恵通が龍を降す惠通降龍
1骨が自分の穴に帰って子を抱いていた
恵通降龍釋恵通氏族未詳,白衣之時家在南山西麓銀川洞之口.〔今南澗寺東里.〕一日逰舎東溪上,捕一獺屠之弃骨園中.詰旦亡其骨跡血尋之,骨還舊穴抱五兒而蹲.郎望見驚異久之.感嘆蹰躇便弃俗出家易名恵通.
恵通(えつう)が龍を降す。
僧の恵通は氏族が詳らかでない。俗人であったとき、家は南山の西の麓、銀川洞の入口にあった。〔今の南澗寺の東の里である。〕
ある日、家の東の川辺に遊び、川獺(かわうそ)一匹を捕って殺し、骨を園に捨てた。
翌朝その骨がなくなっていたので、血の跡をたどって探すと、骨が元の穴に帰って、五匹の子を抱いてうずくまっていた。
彼はそれを見て、長いあいだ驚き怪しんだ。
感嘆してためらったのち、すぐに世俗を捨てて出家し、名を恵通と改めた。
夾注 1
今南澗寺東里.
今の南澗寺の東の里である。
2頭に火の鉢を載せる
徃唐謁無畏三藏請業,藏曰“嵎夷之人豈堪法噐”,遂不開授.通不堪軽謝去,服勤三載猶不許通,乃憤悱立於庭頭戴火盆,須臾頂裂聲如雷.蔵聞来視之,撤火盆以指按裂䖏誦神呪,瘡合如平日.有瑕如王字文因号王和尚,深噐之傳印訣.
唐に行って無畏三蔵に会い、学びを請うと、三蔵が言った。「東の辺りの人が、どうして法の器になれようか。」
ついに開いて授けなかった。
恵通は軽んじられて退くのに堪えられず、三年のあいだ勤めて仕えたが、なお許されなかった。
そこで憤り悶えて庭に立ち、頭に火の鉢を載せた。
またたく間に頂が裂け、音が雷のようであった。
三蔵が聞いて来て見て、火の鉢を取り去り、指で裂けた所を押さえて神なる呪を唱えると、傷は癒えて普段どおりになった。
傷の跡が王の字の文様のように残ったので、これによって王和尚と呼んだ。
深く器と認めて印訣(いんけつ)を伝えた。
3白い豆と黒い豆で神兵を作る
時唐室有公主疾病髙宗請救於三藏,舉通自代.通受教别䖏以白豆一斗呪銀噐中,變白甲神兵逐崇不克.又以黒豆一斗呪金噐中,變黒甲神兵,令二色合逐之,忽有蛟龍走出,疾遂瘳.
そのころ唐の王室に公主が病んで、高宗が三蔵に救いを請うと、三蔵は恵通を挙げて自分に代わらせた。
恵通は教えを受けて別に場を構え、白い豆一斗を銀の器の中に入れて呪を唱えると、白い鎧を着た神兵に変わった。病の元となったものを追ったが、勝てなかった。
また黒い豆一斗を金の器の中に入れて呪を唱えると、黒い鎧を着た神兵に変わった。
二色を合わせて追わせると、突然蛟龍(こうりゅう)が走り出て、病はついに癒えた。
4柳の一本のために
龍㤪通之逐已也,来本國文仍林害命𡯃毒.是時鄭恭奉使於唐,見通而謂曰,“師所逐毒龍歸夲國害甚速去除之.”乃與恭以麟徳二年乙丑還國而黜之.龍又㤪恭,乃托之栁生鄭氏門外.恭不之覺但賞其葱宻酷愛之.及神文王崩孝昭即位,修山陵除葬路,鄭氏之栁當道有司欲伐之.恭恚曰“寧斬我頭莫伐此樹.”有司奏聞,王大怒命司冦曰,“鄭恭恃王和尚神術将謀不遜,侮逆王命言斬我頭冝従所好.”乃誅之坑其家.朝議,“王和尚與恭甚厚應有忌嫌,冝先啚之.”乃徴甲尋捕.
龍は恵通に追われたことを恨んで、本国の文仍林に来て、命を害することがはなはだ毒々しかった。
このとき鄭恭(ていきょう)が唐に使いとして行き、恵通に会って言った。「師が追った毒龍が本国に帰って害が甚だしい。急いで行って除いてほしい。」
そこで鄭恭とともに麟徳二年乙丑に国に帰り、龍を追い出した。
龍はまた鄭恭を恨み、鄭氏の家の門の外に生えた柳に取りついた。
鄭恭はそれに気づかず、ただその茂り具合を好んでひどく愛した。
神文王が世を去り孝昭王が即位して、陵を造り葬りの道を開くと、鄭氏の柳が道をふさいだので、役人が伐ろうとした。
鄭恭は怒って言った。「むしろ我が頭を斬れ、この木は伐るな。」
役人が申し上げると、王は大いに怒って司寇に命じた。
「鄭恭は王和尚の神なる術を頼みにして、まさに不遜なことを謀り、王命を侮り逆らって、自分の頭を斬れと言う。好むところに従わせよ。」
そこで誅して、その家を埋めてしまった。
朝廷で議した。「王和尚は鄭恭と非常に厚かったのだから、必ず憚るところがあろう。先に手を打つべきである。」
そこで兵を召して捕らえようとした。
5瓶の首に引いた一画
通在王望寺,見甲徒至登屋携砂甁研朱筆而呼曰,“見我所爲.”乃於甁項抹一畫曰,“爾軰冝各見項.”視之皆朱畫相視愕然.又呼曰,“若断甁項應断爾項如何.”其徒奔走以朱項赴王,王曰,“和尚神通豈人力所能啚.”乃捨之.王女忽有疾詔通治之,疾愈王大恱.通因言,“恭被毒龍之汚濫膺國刑.”王聞之心悔乃免恭妻孥,拜通爲國師.龍既報寃於恭徃機張山爲熊神,慘毒滋甚民多梗之.通到山中諭龍授不殺戒,神害乃息.
恵通は王望寺にいたが、兵たちが至るのを見て、屋根に上り、砂の瓶を携えて朱を研ぎ、筆に浸して叫んだ。
「私がすることを見よ。」
そこで瓶の首に一画を引いて言った。
「お前たちはそれぞれ自分の首を見よ。」
見るとみな朱の画が引かれていて、互いに見合って驚いた。
また叫んだ。「もし瓶の首を切れば、お前たちの首も切れるはずだが、どうする。」
その一団は走り去り、朱の首のまま王のもとに赴くと、王が言った。
「和尚の神通を、どうして人の力で図れようか。」
そこで放っておいた。
王の娘が突然病んだので、詔して恵通に治させると、病が癒えて王は大いに喜んだ。
恵通はそこで言った。「鄭恭は毒龍の汚れを受けて、国の刑をいわれなく受けました。」
王はこれを聞いて心に悔い、鄭恭の妻子を赦し、恵通を国師とした。
龍はすでに鄭恭に恨みを返して機張山に行き、熊の神となったが、惨く毒々しいことがいっそう甚だしく、民が多く苦しんだ。
恵通が山中に至り、龍を諭して不殺の戒を授けると、神の害はこれでやんだ。
6瘡の元は前の世の恨みであった
初神文王發疽背請候於通,通至呪之立活.乃曰“陛下曩昔爲宰官身誤决臧人信忠爲隷,信忠有㤪生生作報.今兹惡疽亦信忠所祟,冝爲忠創伽藍,奉䆩祐以解之.”王深然之,創寺号信忠奉聖寺.寺成空中唱云,“因王創寺脫苦生天㤪已解矣.”〔或本載此事於真表傳中,誤.〕因其唱地置折㤪堂,堂與寺今存.
はじめに神文王が背に悪い瘡(かさ)ができて、恵通に看てくれるよう請うた。恵通が至って呪を唱えると、すぐに癒えた。
そこで言った。「陛下が前の世に宰官の身であられたとき、善良な人の信忠(しんちゅう)を誤って裁いて隷(しもべ)とされました。信忠に恨みがあって、生まれるたびに報いています。
今回の悪い瘡もまた信忠が元となったものですから、信忠のために伽藍を建て、冥福を祈って解くべきです。」
王は深くそのとおりだと思い、寺を建てて信忠奉聖寺とした。
寺が成ると、空中で唱えるように言った。「王が寺を建ててくれたおかげで苦を脱して天に生まれ、恨みはすでに解けた。」〔ある本はこのことを「真表伝」の中に載せるが、誤りである。〕
その声のした所に折怨堂(せつおんどう)を置いたが、堂と寺は今も残っている。
夾注 1
或本載此事於真表傳中, 誤.
ある本はこのことを「真表伝」の中に載せるが、誤りである。
7密教の風が大いに振るう
先是宻夲之後有髙僧明朗.入龍宫得神印〔梵云文豆婁,此云神印.〕祖創神逰林,〔今天王寺.〕屢欀隣國之冦.今和尚傳無畏之髓,遍歴塵寰救人化物.兼以宿命之明創寺雪㤪,宻教之風於是乎大振.天磨之捴持嵓毋岳之呪錫院等皆其流裔也.或云“通俗名尊勝角干”,角干乃新羅之宰相峻級,未聞通歴仕之迹.或云“射得犲狼”,皆未詳.讃曰.山桃溪杏映籬斜,一徑春深两岸花.頼淂郎君閑捕獺,盡教魔外逺亰華.
これより先、密本の後に高僧の明朗(みょうろう)がいた。
龍宮に入って神印を〔梵語で文豆婁(ぶんずる)といい、これは神印を指す。〕得て、神遊林に〔今の四天王寺である。〕初めて寺を建て、幾度も隣国の侵入を払った。
いま和尚は無畏の髄を伝え受けて、塵の世をあまねく巡り、人を救い万物を教化した。
あわせて前の世を明らかに知る力で寺を建て恨みを雪いだので、密教の風はここに大いに振るった。
天磨山の総持巌、母岳山の呪錫院などが、いずれもその流れの子孫である。
ある人は「恵通の俗名は尊勝角干である」というが、角干は新羅の宰相の高い等級であって、恵通が官を歴た跡は聞いていない。
ある人は「狼を射て獲た」というが、いずれも詳らかでない。
讃じて言う。
山の桃と谷の杏が垣に斜めに照り映え 一筋の小道に春が深まり、両岸に花が咲いた。 郎君がのんびりと川獺を捕らえたおかげで 魔と外道をことごとく都から遠く追いやった。
夾注 2
梵云文豆婁, 此云神印.
梵語で文豆婁(ぶんずる)といい、これは神印(しんいん)を指す。
今天王寺.
今の四天王寺である。