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蛇福が語らない蛇福不言

三国遺事(三国時代の遺聞集) 三國遺事 · 一然(イリョン) · 1281年(高麗・忠烈王7年) · 段落 3 · 漢字 309字 · 朗読 1.2分

三国遺事(三国時代の遺聞集) 義解 第5 高麗の僧・一然が編んだ三国時代の説話集。正史が捨てた話を集めている。檀君神話を載せる最も古い書物である。

1十二歳まで語らず立ちもしない

虵福不言亰師萬善北里有寡女,不夫而孕旣産.年至十二歳不語亦不起.因号虵童.〔下或作虵卜又巴又伏䓁,皆言童也.〕

蛇福が語らない。

京師の万善北里に独り住む女がいた。夫なしに身ごもって産んだ。

年十二に至るまで語らず、立ち上がりもしなかった。

それによって蛇童と呼んだ。〔下の字を蛇卜・蛇巴・蛇伏などと書くこともあり、みな童をいう言葉である。〕

夾注 1

下或作虵卜又巴又伏䓁, 皆言童也.

下の字を蛇卜・蛇巴・蛇伏などと書くこともあり、みな童をいう言葉である。

2言葉が煩わしい

一日其母死,時元曉住高仙寺曉見之迎禮.福不荅拜而曰,“君我昔日䭾経牸牛今已亡矣偕葬何如.”曉曰,“諾.”遂與到家.令曉布薩授戒.臨尸祝曰,“莫生兮,其死也苦.莫死兮,其生也苦.”福曰,“詞煩.”更之曰,“死生苦兮.”二公轝帰活里山東麓.曉曰,“葬智恵虎於智恵林中不亦冝乎.”福乃作偈曰,“徃昔釋迦牟尼佛裟羅樹間入涅槃.于今亦有如彼者欲入蓮花藏界寬.”言訖拔茅莖.下有世界晃朗清虚,七寳欄楯樓閣莊嚴殆非人間世.福負尸共入其地奄然而合.曉乃還.

ある日、その母が死んだ。

その時、元暁は高仙寺に住んでいたが、元暁は彼を見て迎えて礼をした。

蛇福は拝に答えずに言った。「あなたと私が昔、経を載せて運んだ牸牛が、今もう死んだ。共に葬るのはどうか。」

元暁は「よい」と言い、ついに共に家に至った。

元暁に布薩させて戒を授けさせた。

屍の前で祝して言った。「生まれるな、その死が苦しいから。死ぬな、その生が苦しいから。」

蛇福が言った。「言葉が煩わしい。」

改めて言った。「生き死にが苦しいことよ。」

二人は輿を担いで活里山の東の麓に行った。

元暁が言った。「智慧の虎を智慧の林の中に葬るのも、また宜しくはないか。」

蛇福はそこで偈を作って言った。

往き昔、釈迦牟尼仏は 裟羅樹の間で涅槃に入られた。 今もまたあの方のような人があって 蓮花蔵世界の寛きに入ろうとする。

言い終えて茅の茎を抜いた。

下に世界があって晃らかに朗らかで清く虚ろであり、七宝の欄干と楼閣が荘厳で、ほとんど人の世ではなかった。

蛇福は屍を負って共にその地に入ると、たちまち合わさって閉じた。

元暁はそこで帰った。

3荒唐な話が多く付いた

後人爲創寺於金剛山東南,額曰道塲寺,每年三月十四日行占察㑹爲恒䂓.福之應世唯示此爾,俚諺多以荒唐之說托焉,可笑.讃曰.淵默龍眠豈䓁閑,臨行一曲没多般.苦兮生死元非苦,華藏浮休世界寬.

後の人が金剛山の東南に寺を建てて額を道場寺といい、年ごとに三月十四日に占察会を開くことを常の規例とした。

蛇福が世に応じたのはただこれを示しただけであるのに、里の俗説に荒唐な話を託したものが多く、笑うべきことである。

讃えて言う。

淵のように黙し龍のように眠る、どうして並の閑かさであろう 旅立つ時の一曲にも多くの言葉はなかった。 苦しいことよ生死は、もとより苦ではなく 華蔵の世界は浮くも休むも寛い。