いにしえの文 › 荀子(荀況の書) › 王制篇

王制王制篇

荀子(荀況の書) 荀子 · 荀況 · 紀元前3世紀 · 段落 26 · 漢字 4,270字 · 朗読 17.1分

荀子(荀況の書) 王制篇 孟子が性善を説いたところに、荀子は性悪を置いた。人の性は生まれながらに利を好み、妬み憎むので、そのままにしておけば争い奪って乱れる — だから師と法によってあるべき姿にし、礼と義で導いてはじめて治まるというのである。善は生まれつきのものではなく、積み重ねてできるものだと言った。 第一篇「勧学」が「青い染料は藍から出るが、藍より青い」で開き、「天論」は天を人の事から切り離して「天を大きなものとして慕うより、物として養い裁ち用いよ」と言う。「礼論」は礼がどこから来たのかを欲と物の争いから解き、「楽論」は音楽を否とした墨子に打ち返す。「正名」は名が天の定めたものではなく人びとが結んだ約束であることを明らかにし、「成相」の一篇は労働歌の調子に治まりと乱れを載せた歌である。 「君は舟であり衆人は水である、水は舟を浮かべもし、水は舟を覆しもする」が「王制」にある。李斯と韓非がその門下から出た。

請問為政?曰:賢能不待次而舉,罷不能不待須而廢,元惡不待教而誅,中庸不待政而化。分未定也,則有昭繆。雖王公士大夫之子孫也,不能屬於禮義,則歸之庶人。雖庶人之子孫也,積文學,正身行,能屬於禮義,則歸之卿相士大夫。故姦言,姦說,姦事,姦能,遁逃反側之民,職而教之,須而待之,勉之以慶賞,懲之以刑罰。安職則畜,不安職則棄。五疾,上收而養之,材而事之,官施而衣食之,兼覆無遺。才行反時者死無赦。夫是之謂天德,是王者之政也。

政について問う。言う、賢く能ある者は順番を待たずに挙げ、愚かで能なき者は少しも待たずに退け、第一の悪は教えを待たずに討ち、中くらいの者は政を待たずに自ずと化する。

分がまだ定まっていなければ昭穆の序がある。たとえ王公や士大夫の子孫でも礼と義に属することができなければ庶人に帰し、たとえ庶人の子孫でも文と学を積み身の行いを正して礼と義に属することができれば卿・相・士大夫に帰す。

だから邪な言、邪な説、邪な事、邪な能、逃げ出し寝返る民には、職を与えて教え、しばらく待ち、誉れと賞で励まし、刑罰で懲らす。職に安らげば養い、職に安らがなければ捨てる。

五つの病ある者は、上が引き受けて養い、才に応じて事をさせ、官を通じて衣食を与え、あまねく覆って漏らすことがない。才と行いが時にそむく者は殺して赦さない。これをおよそ天の徳といい、これが王たる者の政である。

聽政之大分:以善至者待之以禮,以不善至者待之以刑。兩者分別,則賢不肖不雜,是非不亂。賢不肖不雜,則英傑至,是非不亂,則國家治。若是,名聲日聞,天下願,令行禁止,王者之事畢矣。

政を聴く大きな分はこうである。善をもって来る者は礼で待遇し、善くないものをもって来る者は刑で待遇する。二つが分かれれば賢い者と愚かな者が混じらず、是非が乱れない。賢い者と愚かな者が混じらなければ英傑が至り、是非が乱れなければ国家が治まる。このようであれば、名と声が日々聞こえ、天下が願い、令が行われ禁が守られる。王たる者の仕事は尽きたのである。

凡聽:威嚴猛厲,而不好假道人,則下畏恐而不親,周閉而不竭。若是,則大事殆乎弛,小事殆乎遂。和解調通,好假道人,而無所凝止之,則姦言並至,嘗試之說鋒起。若是,則聽大事煩,是又傷之也。故法而不議,則法之所不至者必廢。職而不通,則職之所不及者必隊。故法而議,職而通,無隱謀,無遺善,而百事無過,非君子莫能。故公平者,職之衡也;中和者,聽之繩也。其有法者以法行,無法者以類舉,聽之盡也。偏黨而不經,聽之辟也。故有良法而亂者,有之矣,有君子而亂者,自古及今,未嘗聞也。傳曰:「治生乎君子,亂生乎小人。」此之謂也。

およそ聴くことが威厳があって猛々しく厳しく、人に道を貸すことを好まなければ、下は畏れ恐れて親しまず、すっかり閉じて尽くさない。このようであれば、大事は緩みやすく、小事は損じやすい。

和らげ解きほぐし調えて通じ、人に道を貸すことを好みながら、凝り固めて止めるところがなければ、邪な言が揃って至り、試すような説が峰のように起こる。このようであれば、聴くうえで大事が煩わしくなる。これもまた損なうことである。

だから法があって議さなければ、法の至らないところは必ず廃れる。職があって通じなければ、職の及ばないところは必ず落ちる。だから法があって議し、職があって通じ、隠れた謀がなく、漏らした善がなく、百事に過ちがないのは、君子でなければ誰にもできない。

だから公平は職の秤であり、中和は聴くことの墨縄である。法のあるものは法で行い、法のないものは類で挙げて処する。これが聴くことの尽きるところである。偏り党を組んで縦糸がないのは、聴くことの誤りである。

だから善い法があって乱れることはあるが、君子があって乱れたことは、古から今まで、かつて聞いたことがない。伝えに「治は君子から生じ、乱は小人から生じる」とある。これを言うのである。

分均則不偏,埶齊則不壹,眾齊則不使。有天有地,而上下有差;明王始立,而處國有制。夫兩貴之不能相事,兩賤之不能相使,是天數也。埶位齊,而欲惡同,物不能澹則必爭;爭則必亂,亂則窮矣。先王惡其亂也,故制禮義以分之,使有貧富貴賤之等,足以相兼臨者,是養天下之本也。書曰:「維齊非齊。」此之謂也。

分が均しければ偏らず、勢いが斉しければ一つにならず、人々が斉しければ使えない。天があり地があって上下に差があり、明らかな王が初めて立って国に処するに制がある。

およそ二人とも貴ければ互いに仕えることができず、二人とも賤しければ互いに使うことができない。これは天の理の数である。勢いと位が斉しくて、望み憎むところが同じで、物が足りなければ必ず争う。争えば必ず乱れ、乱れれば行きづまる。

先王はその乱れを憎んだので、礼と義を定めてこれを分け、貧富貴賤の等級があって互いに併せ臨むに足るようにした。これが天下を養う根本である。『書』に「斉しさは斉しくしないことで成る」とある。これを言うのである。

馬駭輿,則君子不安輿;庶人駭政,則君子不安位。馬駭輿,則莫若靜之;庶人駭政,則莫若惠之。選賢良,舉篤敬,興孝弟,收孤寡,補貧窮。如是,則庶人安政矣。庶人安政,然後君子安位。傳曰:「君者、舟也,庶人者、水也;水則載舟,水則覆舟。」此之謂也。故君人者,欲安、則莫若平政愛民矣;欲榮、則莫若隆禮敬士矣;欲立功名、則莫若尚賢使能矣。-是人君之大節也。三節者當,則其餘莫不當矣。三節者不當,則其餘雖曲當,猶將無益也。孔子曰:「大節是也,小節是也,上君也;大節是也,小節一出焉,一入焉,中君也;大節非也,小節雖是也,吾無觀其餘矣。」

馬が車に驚けば君子は車に安らがず、庶人が政に驚けば君子は位に安らがない。馬が車に驚けば静かにするのに及ぶものはなく、庶人が政に驚けば恵むのに及ぶものはない。

賢く善い者を選び、篤く敬う者を挙げ、孝と悌を起こし、孤児や寡婦を引き受け、貧しく行きづまった者を補う。このようであれば庶人は政に安らぐ。庶人が政に安らいでから初めて君子は位に安らぐ。

伝えに「君は舟であり、庶人は水である。水は舟を載せもし、水は舟を覆しもする」とある。これを言うのである。

だから人を治める者が安らぎたいなら政を平らにし民を愛するのに及ぶものはなく、栄えたいなら礼を高く仰ぎ士を敬うのに及ぶものはなく、功と名を立てたいなら賢い者を尊び能ある者を使うのに及ぶものはない。これが君主の大きな節である。

三つの節が適切なら、その残りも適切でないものがなく、三つの節が適切でないなら、その残りがたとえ曲がりなりにも適切でも、なお益がない。孔子は言った。「大きな節が正しく小さな節も正しければ上の君である。大きな節が正しく小さな節が一つは出て一つは入るなら中くらいの君である。大きな節が誤っていれば、小さな節がたとえ正しくても、私はその残りを見ない」

成侯、嗣公聚斂計數之君也,未及取民也。子產取民者也,未及為政也。管仲為政者也,未及修禮也。故修禮者王,為政者彊,取民者安,聚斂者亡。故王者富民,霸者富士,僅存之國富大夫,亡國富筐篋,實府庫。筐篋已富,府庫已實,而百姓貧:夫是之謂上溢而下漏。入不可以守,出不可以戰,則傾覆滅亡可立而待也。故我聚之以亡,敵得之以彊。聚斂者,召寇、肥敵、亡國、危身之道也,故明君不蹈也。

成侯と嗣公は取り立てて集め数を数えるだけの君で、民を得るには至らなかった。子産は民を得た者だが、政をなすには至らなかった。管仲は政をなした者だが、礼を修めるには至らなかった。

だから礼を修める者は王となり、政をなす者は強くなり、民を得る者は安らぎ、取り立てて集める者は滅びる。

だから王たる者は民を富ませ、覇たる者は士を富ませ、やっと残る国は大夫を富ませ、滅びる国は箱を富ませ蔵を満たす。箱がすでに富み蔵がすでに満ちているのに民が貧しい。これをおよそ上が溢れて下が漏れるという。内にあっては守ることができず、外に出ては戦うことができない。傾き覆り滅びるのを立って待てるほどである。

だから私が集めて滅び、敵が得て強くなる。取り立てて集めることは、寇を招き、敵を肥やし、国を滅ぼし、身を危うくする道である。だから明らかな君はこれを踏まない。

王奪之人,霸奪之與,彊奪之地。奪之人者臣諸侯,奪之與者友諸侯,奪之地者敵諸侯。臣諸侯者王,友諸侯者霸,敵諸侯者危。

王たる者は人を奪い、覇たる者は味方を奪い、強い者は地を奪う。人を奪う者は諸侯を臣とし、味方を奪う者は諸侯を友とし、地を奪う者は諸侯を敵とする。諸侯を臣とする者は王となり、諸侯を友とする者は覇となり、諸侯を敵とする者は危うい。

用彊者:人之城守,人之出戰,而我以力勝之也,則傷人之民必甚矣;傷人之民甚,則人之民必惡我甚矣;人之民惡我甚,則日欲與我鬥。人之城守,人之出戰,而我以力勝之,則傷吾民必甚矣;傷吾民甚,則吾民之惡我必甚矣;吾民之惡我甚,則日不欲為我鬥。人之民日欲與我鬥,吾民日不欲為我鬥,是彊者之所以反弱也。地來而民去,累多而功少,雖守者益,所以守者損,是以大者之所以反削也。諸侯莫不懷交接怨,而不忘其敵,伺彊大之間,承彊大之敝,此彊大之殆時也。

強さを用いる者はこうである。人が城を守り人が出て戦うのに、私が力で勝てば、人の民を傷つけることが必ず甚だしい。人の民を傷つけることが甚だしければ、人の民が私を憎むことが必ず甚だしい。人の民が私を憎むことが甚だしければ、日々私と戦おうとする。

人が城を守り人が出て戦うのに、私が力で勝てば、わが民を傷つけることが必ず甚だしい。わが民を傷つけることが甚だしければ、わが民が私を憎むことが必ず甚だしい。わが民が私を憎むことが甚だしければ、日々私のために戦おうとしなくなる。

人の民が日々私と戦おうとし、わが民が日々私のために戦おうとしない。これが強い者がかえって弱くなる理由である。地が来ても民が去り、積もるものが多くても功が少ない。たとえ守るべきものが増えても守る者が減るのだから、これが大きい者がかえって削られる理由である。

諸侯は交わりを抱きながら恨みを継がない者がなく、その敵を忘れず、強く大きい者の隙を窺い、強く大きい者の疲弊に乗ずる。これが強く大きい者の危うい時である。

知彊大者不務彊也,慮以王命,全其力,凝其德。力全則諸侯不能弱也,德凝則諸侯不能削也,天下無王霸主,則常勝矣:是知彊道者也。

強く大きいことを知る者は強さに努めず、王の命によって考え、その力を全くし、その徳を凝らせる。力が全ければ諸侯が弱くすることができず、徳が凝れば諸侯が削ることができない。天下に王や覇たる主がなければ常に勝つ。これが強さの道を知る者である。

彼霸者則不然:辟田野,實倉廩,便備用,案謹募選閱材伎之士,然後漸慶賞以先之,嚴刑罰以糾之。存亡繼絕,衛弱禁暴,而無兼并之心,則諸侯親之矣。修友敵之道,以敬接諸侯,則諸侯說之矣。所以親之者,以不并也;并之見,則諸侯疏矣。所以說之者,以友敵也;臣之見,則諸侯離矣。故明其不并之行,信其友敵之道,天下無王霸主,則常勝矣。是知霸道者也。

あの覇たる者はそうではない。田と野を開き、倉を満たし、用いるものを整え、才と技ある士を慎んで募り選び調べ、そのうえで誉れと賞を次第に与えて先立たせ、刑罰を厳しくして正す。

滅びる国を存続させ絶える家を継がせ、弱い者を守り荒い者を禁じながら、併せ呑む心がなければ諸侯は親しむ。敵と友になる道を修め、敬をもって諸侯に接すれば諸侯は喜ぶ。

親しむ理由は併せないからであり、併せる意図が見えれば諸侯は疎くなる。喜ぶ理由は敵と友になるからであり、臣とする意図が見えれば諸侯は離れる。だから併せない行いを明らかにし、敵と友になる道を信あるものにすれば、天下に王や覇たる主がないとき常に勝つ。これが覇の道を知る者である。

閔王毀於五國,桓公劫於魯莊,無它故焉,非其道而慮之以王也。

閔王が五つの国に壊され、桓公が魯の荘公に脅されたのは、他に理由はない。その道でないのに王のつもりで考えたからである。

彼王者不然:仁眇天下,義眇天下,威眇天下。仁眇天下,故天下莫不親也;義眇天下,故天下莫不貴也;威眇天下,故天下莫敢敵也。以不敵之威,輔服人之道,故不戰而勝,不攻而得,甲兵不勞而天下服,是知王道者也。知此三具者,欲王而王,欲霸而霸,欲彊而彊矣。

あの王たる者はそうではない。仁が天下に遥かであり、義が天下に遥かであり、威が天下に遥かである。仁が天下に遥かだから天下は親しまない者がなく、義が天下に遥かだから天下は貴ばない者がなく、威が天下に遥かだから天下は敢えて敵する者がない。

敵しえない威で人を服させる道を助けるから、戦わずに勝ち、攻めずに得て、甲と兵が労せずに天下が服する。これが王の道を知る者である。この三つの備えを知れば、王となりたければ王となり、覇となりたければ覇となり、強くなりたければ強くなる。

王者之人:飾動以禮義,聽斷以類,明振毫末,舉措應變而不窮,夫是之謂有原。是王者之人也。

王たる者の人はこうである。動きを礼と義で飾り、類によって聴いて裁き、明らかさが毛の先まで及び、挙げ置くことが変化に応じて行きづまらない。これをおよそ源があるという。これが王たる者の人である。

王者之制:道不過三代,法不二後王;道過三代謂之蕩,法二後王謂之不雅。衣服有制,宮室有度,人徒有數,喪祭械用皆有等宜。聲、則非雅聲者舉廢,色、則凡非舊文者舉息,械用,則凡非舊器者舉毀,夫是之謂復古,是王者之制也。

王たる者の制はこうである。道は三代を過ぎず、法は後の王を二つにしない。道が三代を過ぎれば放埒といい、法が後の王を二つにすれば雅でないという。

衣服に制があり、宮室に度があり、人の数に定めがあり、喪と祭と器と用いるものにみな等級と適切さがある。声は雅な声でないものをすべて廃し、色はおよそ古い文様でないものをすべてやめ、器と用いるものはおよそ古い器でないものをすべて壊す。これをおよそ古に復するという。これが王たる者の制である。

王者之論:無德不貴,無能不官,無功不賞,無罪不罰。朝無幸位,民無幸生。尚賢使能,而等位不遺;析愿禁悍,而刑罰不過。百姓曉然皆知夫為善於家,而取賞於朝也;為不善於幽,而蒙刑於顯也。夫是之謂定論。是王者之論也。

王たる者の論はこうである。徳がなければ貴くせず、能がなければ官を与えず、功がなければ賞せず、罪がなければ罰しない。朝廷に幸運の位がなく、民に幸運の生がない。賢い者を尊び能ある者を使いながら等級と位を漏らさず、慎み深い者を分け荒い者を禁じながら刑罰が行き過ぎない。

民は明らかに、家で善をなせば朝廷で賞を受け、暗いところで善くないことをなせば明るいところで刑を被ることを知る。これをおよそ定まった論といい、これが王たる者の論である。

王者之法:等賦、政事、財萬物,所以養萬民也。田野什一,關市幾而不征,山林澤梁,以時禁發而不稅。相地而衰政。理道之遠近而致貢。通流財物粟米,無有滯留,使相歸移也,四海之內若一家。故近者不隱其能,遠者不疾其勞,無幽閒隱僻之國,莫不趨使而安樂之。夫是之為人師。是王者之法也。

王たる者の法はこうである。賦を等級づけ、政事をなし、万物を財とすることは、万民を養うためである。

田と野は十に一つ、関と市は調べても税を取らず、山と林と沢と梁は時に従って禁じ開いて税を取らない。土地を見て賦を減らし、道の遠近を考えて貢がせる。財物と穀物を流し通じさせ、滞り留まることなく互いに帰し移らせる。四海の内が一つの家のようである。

だから近い者はその能を隠さず、遠い者はその労を厭わず、奥深く偏った国がなく、誰もが駆けつけて使われ、それを安らかに楽しまない者がない。これをおよそ人の師となるといい、これが王たる者の法である。

北海則有走馬吠犬焉,然而中國得而畜使之。南海則有羽翮、齒革、曾青、丹干焉,然而中國得而財之。東海則有紫紶、魚鹽焉,然而中國得而衣食之。西海則有皮革、文旄焉,然而中國得而用之。故澤人足乎木,山人足乎魚,農夫不斲削、不陶冶而足械用,工賈不耕田而足菽粟。故虎豹為猛矣,然君子剝而用之。故天之所覆,地之所載,莫不盡其美,致其用,上以飾賢良,下以養百姓而安樂之。夫是之謂大神。詩曰:「天作高山,大王荒之;彼作矣,文王康之。」此之謂也。

北の海には走る馬と吠える犬がいるが、中原が得て飼い使う。南の海には羽や牙や革や曾青や丹砂があるが、中原が得て財とする。東の海には紫の糸や魚や塩があるが、中原が得て着て食べる。西の海には皮革や文様ある旄があるが、中原が得て用いる。

だから沢の人は木に足り、山の人は魚に足り、農夫は削り整えず焼き鋳ずとも器と用いるものに足り、工匠と商人は田を耕さずとも豆と粟に足る。

だから虎や豹は猛々しいが、君子が剥いで用いる。だから天が覆うものと地が載せるものは、その美しさを尽くしその用を遂げないものがなく、上では賢く善い者を飾り、下では民を養って安らかに楽しませる。これをおよそ大いなる神妙という。『詩』に「天が高い山を作り、大王がこれを開いた。あの者が作って、文王がこれを安らかにした」とある。これを言うのである。

以類行雜,以一行萬。始則終,終則始,若環之無端也,舍是而天下以衰矣。天地者,生之始也;禮義者,治之始也;君子者,禮義之始也;為之,貫之,積重之,致好之者,君子之始也。故天地生君子,君子理天地;君子者,天地之參也,萬物之摠也,民之父母也。無君子,則天地不理,禮義無統,上無君師,下無父子,夫是之謂至亂。君臣、父子、兄弟、夫婦,始則終,終則始,與天地同理,與萬世同久,夫是之謂大本。故喪祭、朝聘、師旅一也;貴賤、殺生、與奪一也;君君、臣臣、父父、子子、兄兄、弟弟一也;農農、士士、工工、商商一也。

類で雑多なものを行い、一つで万を行う。始まれば終わり、終われば始まり、環に端がないようである。これを手放せば天下はそれで衰える。

天地は生の始まりであり、礼と義は治の始まりであり、君子は礼と義の始まりであり、これをなし、これを貫き、これを積み重ね、これを極めて好むことが君子の始まりである。

だから天地が君子を生み、君子が天地を治める。君子とは天地と三つになる者であり、万物を統べる者であり、民の父母である。君子がなければ天地は治まらず、礼と義に綱がなく、上に君と師がなく、下に父と子がない。これをおよそ至れる乱という。

君と臣、父と子、兄と弟、夫と妻は、始まれば終わり、終われば始まり、天地と理を同じくし、万世と久しさを同じくする。これをおよそ大いなる本という。

だから喪と祭、朝と聘、軍旅は一つである。貴と賤、殺と生、与と奪は一つである。君が君らしく、臣が臣らしく、父が父らしく、子が子らしく、兄が兄らしく、弟が弟らしいことは一つである。農夫が農夫らしく、士が士らしく、工匠が工匠らしく、商人が商人らしいことは一つである。

水火有氣而無生,草木有生而無知,禽獸有知而無義,人有氣、有生、有知,亦且有義,故最為天下貴也。力不若牛,走不若馬,而牛馬為用,何也?曰:人能群,彼不能群也。人何以能群?曰:分。分何以能行?曰:義。故義以分則和,和則一,一則多力,多力則彊,彊則勝物;故宮室可得而居也。故序四時,裁萬物,兼利天下,無它故焉,得之分義也。

水と火は気があって生がなく、草木は生があって知がなく、鳥獣は知があって義がなく、人は気があり生があり知があり、さらに義がある。だから天下で最も貴い。

力は牛に及ばず、走ることは馬に及ばないのに、牛と馬が用いられるのはなぜか。言う、人は群れることができ、彼らは群れることができないからである。

人は何によって群れることができるか。言う、分である。分は何によって行われるか。言う、義である。だから義で分ければ和し、和せば一つになり、一つになれば力が多く、力が多ければ強く、強ければ物に勝つ。だから宮室を得て住むことができる。

だから四季を順序づけ万物を裁いて天下をあまねく利するのは、他に理由はない。分と義を得たからである。

故人生不能無群,群而無分則爭,爭則亂,亂則離,離則弱,弱則不能勝物;故宮室不可得而居也,不可少頃舍禮義之謂也。能以事親謂之孝,能以事兄謂之弟,能以事上謂之順,能以使下謂之君。

だから人は生きるうえで群れないことができないが、群れていて分がなければ争い、争えば乱れ、乱れれば離れ、離れれば弱く、弱ければ物に勝てない。だから宮室を得て住むことができない。片時も礼と義を手放せないことを言うのである。

よく親に仕えることを孝といい、よく兄に仕えることを悌といい、よく上に仕えることを順といい、よく下を使うことを君という。

君者,善群也。群道當,則萬物皆得其宜,六畜皆得其長,群生皆得其命。故養長時,則六畜育;殺生時,則草木殖;政令時,則百姓一,賢良服。

君とはよく群れさせる者である。群れの道が適切なら、万物はみなその適切さを得、六畜はみなその成長を得、群れ生きるものはみなその命を得る。だから養い育てることが時にかなえば六畜が育ち、殺し生かすことが時にかなえば草木が増え、政令が時にかなえば民が一つになり賢く善い者が服する。

聖王之制也:草木榮華滋碩之時,則斧斤不入山林,不夭其生,不絕其長也。黿鼉魚鱉鰍鱣孕別之時,罔罟毒藥不入澤,不夭其生,不絕其長也。春耕、夏耘、秋收、冬藏,四者不失時,故五穀不絕,而百姓有餘食也。汙池淵沼川澤,謹其時禁,故魚鱉優多,而百姓有餘用也。斬伐養長不失其時,故山林不童,而百姓有餘材也。

聖王の制はこうである。草木が花咲き増し大きくなる時には、斧を山林に入れない。その生を若くして折らず、その成長を絶たないのである。亀や鰐や魚やスッポンやドジョウやチョウザメが子を孕み子を産む時には、網と毒薬を沢に入れない。その生を若くして折らず、その成長を絶たないのである。

春に耕し夏に草取りし秋に収め冬に蔵する四つが時を失わないから、五穀が絶えず民に余る食がある。水たまりや池や川や沢はその時の禁を慎むから、魚とスッポンがゆたかに多く民に余る用がある。伐り切り養い育てることがその時を失わないから、山林が禿げず民に余る材がある。

聖王之用也:上察於天,下錯於地,塞備天地之間,加施萬物之上,微而明,短而長,狹而廣,神明博大以至約。故曰:一與一是為人者,謂之聖人。

聖王の用いようはこうである。上は天に見極め、下は地に置き、天地の間を満たし備え、万物の上に加え施す。微かでいて明らかであり、短くて長く、狭くて広く、神妙で明らかで広大でありながら至って簡略である。だから言う、一つと一つでこれを人とする者を聖人というと。

序官:宰爵知賓客、祭祀、響食犧牲之牢數。司徒知百宗、城郭、立器之數。司馬知師旅、甲兵、乘白之數。脩憲命,審詩商,禁淫聲,以時順脩,使夷俗邪音不敢亂雅,大師之事也。脩隄梁,通溝澮,行水潦,安水臧,以時決塞,歲雖凶敗水旱,使民有所耘艾,司空之事也。相高下,視肥墝,序五種,省農功,謹蓄藏,以時順脩,使農夫樸力而寡能,治田之事也。脩火憲,養山林藪澤草木、魚鱉、百索,以時禁發,使國家足用,而財物不屈,虞師之事也。順州里,定廛宅,養六畜,閒樹藝,勸教化,趨孝弟,以時順修,使百姓順命,安樂處鄉,鄉師之事也。論百工,審時事,辨功苦,尚完利,便備用,使雕琢文采不敢專造於家,工師之事也。相陰陽,占祲兆,鑽龜陳卦,主攘擇五卜,知其吉凶妖祥,傴巫跛擊之事也。脩採清,易道路,謹盜賊,平室律,以時順修,使賓旅安而貨財通,治市之事也。抃急禁悍,防淫除邪,戮之以五刑,使暴悍以變,姦邪不作,司寇之事也。本政教,正法則,兼聽而時稽之,度其功勞,論其慶賞,以時慎脩,使百吏免盡,而眾庶不偷,冢宰之事也。論禮樂,正身行,廣教化,美風俗,兼覆而調一之,辟公之事也。全道德,致隆高,綦文理,一天下,振毫末,使天下莫不順比從服,天王之事也。故政事亂,則冢宰之罪也;國家失俗,則辟公之過也;天下不一,諸侯俗反,則天王非其人也。

官を順序づける。

宰爵は賓客と祭祀と饗宴に用いる犠牲の牢の数を知る。司徒は諸々の宗族と城郭と器を立てる数を知る。司馬は軍旅と甲と兵と乗り物の数を知る。

法と命を修め、詩と歌を審らかにし、みだらな声を禁じ、時に従って順に修め、夷の習わしと邪な音が敢えて雅を乱さないようにするのは、太師の仕事である。

堤と橋を修め、溝を通じ、溜まった水を流し、水の蔵えを安らかにし、時に従って開き塞ぎ、年がたとえ凶作で水害や旱があっても、民に草取りし刈るところがあるようにするのは、司空の仕事である。

高低を見、肥え痩せを見極め、五つの穀物を順序づけ、農事の功を調べ、蓄え蔵することを慎み、時に従って順に修め、農夫が素朴に力を尽くして小細工が少ないようにするのは、田を治める者の仕事である。

火に関する法を修め、山林と藪沢と草木と魚とスッポンと諸々のものを養い、時に従って禁じ開き、国家が用に足りて財物が尽きないようにするのは、虞師の仕事である。

州と里を順にし、宅地と家を定め、六畜を養い、木を植えることを習わせ、教化を勧め、孝と悌を促し、時に従って順に修め、民が命に従い里に安らかに楽しく住むようにするのは、郷師の仕事である。

諸々の工匠を論じ、時の仕事を審らかにし、出来の良し悪しを見分け、全きことと利を尊び、用いるものを整えやすくし、彫り刻んだ文様を敢えて家で勝手に作らせないようにするのは、工師の仕事である。

陰と陽を見、妖しい兆しを占い、亀を穿ち卦を並べ、五つの卜を選んで祓うことを司り、その吉凶と妖祥を知るのは、巫と覡の仕事である。

厠を整え、道路を平らにし、盗賊を慎み、家に関する律を平らにし、時に従って順に修め、客と旅人が安らぎ貨財が通じるようにするのは、市を治める者の仕事である。

急なことを処し、荒い者を禁じ、みだらを防ぎ邪を除き、五つの刑で殺し、荒く猛々しい者がこれで変わり、邪と誤りが起こらないようにするのは、司寇の仕事である。

政と教えを根本とし、法則を正し、併せて聴いて時々に調べ、その功と労を測り、その誉れと賞を論じ、時に従って慎んで修め、百吏が力を尽くし人々が怠らないようにするのは、冢宰の仕事である。

礼と楽を論じ、身の行いを正し、教化を広め、習わしを美しくし、併せて覆って調えて一つにするのは、辟公の仕事である。

道と徳を全くし、高みを極め、文と理を尽くし、天下を一つにし、毛の先まで振るい、天下が順い比べ従い服さない者がないようにするのは、天王の仕事である。

だから政事が乱れれば冢宰の罪であり、国家が習わしを失えば辟公の過ちであり、天下が一つにならず諸侯が習わしにそむけば、天王がその人でないのである。

具具而王,具具而霸,具具而存,具具而亡。用萬乘之國者,威彊之所以立也,名聲之所以美也,敵人之所以屈也,國之所以安危臧否也,制與在此,亡乎人。王、霸、安存、危殆、滅亡,制與在我,亡乎人。夫威彊未足以殆鄰敵也,名聲未足以縣天下也,則是國未能獨立也,豈渠得免夫累乎?天下脅於暴國,而黨為吾所不欲於是者,日與桀同事同行,無害為堯。是非功名之所就也,非存亡安危之所墮也。功名之所就,存亡安危之所墮,必將於愉殷赤心之所。誠以其國為王者之所亦王,以其國為危殆滅亡之所亦危殆滅亡。殷之日,案以中立,無有所偏,而為縱橫之事,偃然案兵無動,以觀夫暴國之相卒也。案平政教,審節奏,砥礪百姓,為是之日,而兵剸天下勁矣。案然修仁義,伉隆高,正法則,選賢良,養百姓,為是之日,而名聲剸天下之美矣。權者重之,兵者勁之,名聲者美之。夫堯舜者一天下也,不能加毫末於是矣。

備えるべきものを備えて王となり、備えるべきものを備えて覇となり、備えるべきものを備えて残り、備えるべきものを備えて滅びる。

万乗の国を用いる者は、威と強さが立つ理由であり、名と声が美しくなる理由であり、敵が屈する理由であり、国が安らぎ危うく善く悪くなる理由である。裁きはここにあって人にはない。王となること、覇となること、安らかに残ること、危ういこと、滅びることは、裁きが私にあって人にはない。

およそ威と強さがまだ隣の敵を危うくするに足らず、名と声がまだ天下に掛かるに足らなければ、これは国がまだ独り立つことができないのであって、どうしてその繋がりを免れられようか。

天下が荒い国に脅されて、私がそこで望まないことを党を組んでするなら、日々桀と事を同じくし行いを同じくしても堯であることに害はない。これは功と名が成るところではなく、存亡と安危が落ち着くところではない。

功と名が成るところ、存亡と安危が落ち着くところは、必ず喜ばしく盛んな赤心のあるところである。まことにその国を王たる者の場とすればやはり王となり、その国を危うく滅びる場とすればやはり危うく滅びる。

盛んな日には中立して偏るところなく縦横の事をなし、さっと兵を伏せて動かず、あの荒い国々が互いに終わるのを見る。政と教えを平らにし、節と調べを審らかにし、民を磨けば、こうする日に兵は天下でもっぱら強くなる。安らかに仁と義を修め、高みに並び、法則を正し、賢く善い者を選び、民を養えば、こうする日に名と声は天下でもっぱら美しくなる。

権を重くし、兵を強くし、名と声を美しくする。およそ堯と舜が天下を一つにしたのも、ここに毛の先ほども加えることはできない。

權謀傾覆之人退,則賢良知聖之士案自進矣。刑政平,百姓和,國俗節,則兵勁城固,敵國案自詘矣。務本事,積財物,而勿忘棲遲薛越也,是使群臣百姓皆以制度行,則財物積,國家案自富矣。三者體此而天下服,暴國之君案自不能用其兵矣。何則?彼無與至也。彼其所與至者,必其民也。其民之親我,歡若父母,好我芳如芝蘭,反顧其上則若灼黥,若仇讎;彼人之情性也雖桀跖,豈有肯為其所惡,賊其所好者哉!彼以奪矣。故古之人,有以一國取天下者,非往行之也,脩政其所,天下莫不願,如是而可以誅暴禁悍矣。故周公南征而北國怨,曰:「何獨不來也!」東征而西國怨,曰:「何獨後我也!」孰能有與是鬥者與?安以其國為是者王。殷之日,安以靜兵息民,慈愛百姓,辟田野,實倉廩,便備用,安謹募選閱材伎之士,然後漸賞慶以先之,嚴刑罰以防之,擇士之知事者,使相率貫也,是以厭然畜積修飾,而物用之足也。兵革器械者,彼將日日暴露毀折之中原;我將脩飾之,拊循之,掩蓋之於府庫。貨財粟米者,彼將日日棲遲薛越之中野,我今將畜積并聚之於倉廩。材伎股肱健勇爪牙之士,彼將日日挫頓竭之於仇敵,我今將來致之,并閱之,砥礪之於朝廷。如是,則彼日積敝,我日積完;彼日積貧,我日積富;彼日積勞,我日積佚。君臣上下之間者,彼將厲厲焉日日相離疾也,我將頓頓焉日日相親愛也,以是待其敝。安以其國為是者霸。立身則從傭俗,事行則遵傭故,進退貴賤則舉傭士,之所以接下之人百姓者則庸寬惠,如是者則安存。立身則輕楛,事行則蠲疑,進退貴賤則舉佞侻,之所以接下之人百姓者則好取侵奪,如是者危殆。立身則憍暴,事行則傾覆,進退貴賤則舉幽險詐故,之所以接下之人百姓者,則好用其死力矣,而慢其功勞,好用其籍斂矣,而忘其本務,如是者滅亡。--此五等者,不可不善擇也,王、霸、安存、危殆、滅亡之具也。善擇者制人,不善擇者人制之。善擇之者王,不善擇之者亡。夫王者之與亡者,制人之與人制之也,是其為相縣也亦遠矣。

権謀で傾け覆す人が退けば、賢く善く知があり聖なる士が自ずと進み出る。刑と政が平らで、民が和し、国の習わしに節があれば、兵が強く城が固く、敵国が自ずと屈する。根本の事に努め財物を積み、しかも流し捨て散らし捨てることを忘れず、群臣と民がみな制度で行うようにすれば、財物が積もって国家が自ずと富む。

三つを体とすれば天下が服し、荒い国の君は自ずとその兵を用いることができない。なぜか。あの者には共に至る者がないからである。あの者が共に至る者とは、必ずその民である。その民が私に親しむことは父母のように喜ばしく、私を好むことは芝蘭のように香しく、振り返って自分の上を顧みれば、焼かれ刺青されたようで、仇のようである。あの人の情と性は、たとえ桀や跖でも、どうしてその憎むところをなし、その好むところを害そうとするだろうか。あの者はすでに奪われたのである。

だから古の人の中に一つの国で天下を取った者がある。行って攻めたのではなく、自分のところで政を修めると天下が願わない者がなかったのである。このようであれば荒い者を討ち猛々しい者を禁じることができる。だから周公が南を征すると北の国が恨んで「どうして我々のところだけに来ないのか」と言い、東を征すると西の国が恨んで「どうして我々だけを後にするのか」と言った。誰がこれと戦えようか。安らかにその国をこのようにする者が王となる。

盛んな日には安らかに兵を静め民を休ませ、民を慈しみ愛し、田と野を開き、倉を満たし、用いるものを整え、安らかに慎んで才と技ある士を募り選び調べ、そのうえで賞と誉れを次第に与えて先立たせ、刑罰を厳しくして防ぎ、士の中で事を知る者を選んで互いに率い貫かせる。だからゆったりと蓄え積み修め整えて、物と用いるものが足りる。

兵器と武具は、あの者は日々野原の中にさらして壊し折るだろうが、私は修め整え、手入れし、蔵に覆っておく。財貨と穀物は、あの者は日々野の中に流し捨て散らし捨てるだろうが、私は今、倉に蓄え集める。才と技があり手足が健やかで勇ましく爪と牙となる士は、あの者は日々仇と敵のところで挫き尽くさせるだろうが、私は今、招き寄せ、併せて調べ、朝廷で磨く。

このようであれば、あの者は日々疲弊を積み、私は日々全きを積む。あの者は日々貧しさを積み、私は日々富を積む。あの者は日々労を積み、私は日々安らぎを積む。君と臣、上と下の間では、あの者は日々険しく互いに離れ憎み合うだろうが、私は日々篤く互いに親しみ愛する。こうしてその疲弊を待つ。安らかにその国をこのようにする者が覇となる。

身を立てるには中くらいの習わしに従い、事を行うには中くらいの古例に従い、進め退け貴くし賤しくするには中くらいの士を挙げ、下の人や民に接するには中くらいに寛やかで恵み深い。このような者は安らかに残る。

身を立てることが軽く粗く、事を行うことが濁って疑わしく、進め退け貴くし賤しくするにはへつらい抜け目ない者を挙げ、下の人や民に接するには奪い侵すことを好む。このような者は危うい。

身を立てることが傲り荒く、事を行うことが傾け覆し、進め退け貴くし賤しくするには奥深く険しく欺く者を挙げ、下の人や民に接するにはその死力を用いることを好みながらその功と労を侮り、その取り立てを好みながらその根本の務めを忘れる。このような者は滅びる。

この五つの等級はよく選ばないわけにはいかない。王となり、覇となり、安らかに残り、危うく、滅びる備えである。よく選ぶ者は人を裁き、よく選ばない者は人に裁かれる。よく選ぶ者は王となり、よく選ばない者は滅びる。およそ王たる者と滅びる者、人を裁く者と人に裁かれる者は、その互いの隔たりもまた遠い。