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大略大略篇

荀子(荀況の書) 荀子 · 荀況 · 紀元前3世紀 · 段落 109 · 漢字 4,573字 · 朗読 18.3分

荀子(荀況の書) 大略篇 孟子が性善を説いたところに、荀子は性悪を置いた。人の性は生まれながらに利を好み、妬み憎むので、そのままにしておけば争い奪って乱れる — だから師と法によってあるべき姿にし、礼と義で導いてはじめて治まるというのである。善は生まれつきのものではなく、積み重ねてできるものだと言った。 第一篇「勧学」が「青い染料は藍から出るが、藍より青い」で開き、「天論」は天を人の事から切り離して「天を大きなものとして慕うより、物として養い裁ち用いよ」と言う。「礼論」は礼がどこから来たのかを欲と物の争いから解き、「楽論」は音楽を否とした墨子に打ち返す。「正名」は名が天の定めたものではなく人びとが結んだ約束であることを明らかにし、「成相」の一篇は労働歌の調子に治まりと乱れを載せた歌である。 「君は舟であり衆人は水である、水は舟を浮かべもし、水は舟を覆しもする」が「王制」にある。李斯と韓非がその門下から出た。

君人者,隆禮尊賢而王,重法愛民而霸,好利多詐而危。欲近四旁,莫如中央,故王者必居天下之中,禮也。

人を治める者が礼を高く仰ぎ賢い者を尊べば王となり、法を重くし民を愛せば覇となり、利を好み欺きが多ければ危うい。四方を近くしたいなら中央に及ぶところはない。だから王たる者が必ず天下の中央に住むのが礼である。

天子外屏,諸侯內屏,禮也。外屏、不欲見外也;內屏、不欲見內也。

天子は屏を外に置き、諸侯は屏を内に置くのが礼である。外に置くのは外を見せたくないからであり、内に置くのは内を見せたくないからである。

諸侯召其臣,臣不俟駕,顛倒衣裳而走,禮也。詩曰:「顛之倒之,自公召之。」天子召諸侯,諸侯輦輿就馬,禮也。詩曰:「我出我輿,于彼牧矣。自天子所,謂我來矣。」

諸侯がその臣を召せば、臣が車を仕立てるのを待たず衣を逆さに着て走るのが礼である。『詩』に「ひっくり返り逆さになる、公からお召しがあったのだ」とある。天子が諸侯を召せば、諸侯が手車に乗って馬のところへ行くのが礼である。『詩』に「わが輿を出してあの牧へ行く。天子のおわすところから、われに来いと言われたのだ」とある。

天子山冕,諸侯玄冠,大夫裨冕,士韋弁,禮也。

天子は山の文様の冕をかぶり、諸侯は黒い冠をかぶり、大夫は裨冕をかぶり、士は韋の弁をかぶるのが礼である。

天子御珽,諸侯御荼,大夫服笏,禮也。

天子は珽を持ち、諸侯は荼を持ち、大夫は笏を持つのが礼である。

天子彫弓,諸侯彤弓,大夫黑弓,禮也。

天子は彫った弓、諸侯は朱の弓、大夫は黒い弓を用いるのが礼である。

諸侯相見,卿為介,以其教士畢行,使仁居守。

諸侯が互いに会うとき、卿が介添えとなってその教えた士をすべて連れて行き、仁ある者を残して守らせる。

聘人以珪,問士以璧,召人以瑗,絕人以玦,反絕以環。

人を招くには珪を用い、士の安否を問うには璧を用い、人を呼び寄せるには瑗を用い、人と絶つには玦を用い、絶ったのを戻すには環を用いる。

人主仁心設焉,知其役也,禮其盡也,故王者先仁而後禮,天施然也。

君主は仁の心を据え、知はその使いであり、礼はその尽くしである。だから王たる者は仁を先にして礼を後にする。天の施しがそうなのである。

聘禮志曰:「幣厚則傷德,財侈則殄禮。」禮云禮云,玉帛云乎哉!詩曰:「物其指矣,唯其偕矣。」不時宜,不敬文,不驩欣,雖指非禮也。

「聘礼志」に「幣が厚ければ徳を損ない、財が溢れれば礼を絶つ」とある。礼だ礼だというが、玉と絹のことであろうか。『詩』に「物が美味であるのは、ただそれが揃ってのことだ」とある。時に適わず、文を敬わず、喜ばなければ、たとえ美味でも礼ではない。

水行者表深,使人無陷;治民者表亂,使人無失,禮者,其表也。先王以禮義表天下之亂;今廢禮者,是棄表也,故民迷惑而陷禍患,此刑罰之所以繁也。

水を渡る者は深いところを標して人が沈まないようにし、民を治める者は乱れるところを標して人が失わないようにする。礼とはその標である。先王は礼と義で天下の乱れを標した。いま礼を廃するのは標を捨てることである。だから民が惑い迷って災いに陥る。これが刑罰が煩わしくなる理由である。

舜曰:「維予從欲而治。」故禮之生,為賢人以下至庶民也,非為成聖也;然而亦所以成聖也,不學不成;堯學於君疇,舜學於務成昭,禹學於西王國。

舜は「ただ私は望みに従って治める」と言った。だから礼が生じたのは、賢い人より下は庶民のためであって、聖を成すためではない。しかしまた聖を成す手立てでもあって、学ばなければ成らない。堯は君疇に学び、舜は務成昭に学び、禹は西王国に学んだ。

五十不成喪,七十唯衰存。

五十なら喪礼をすべて備えず、七十ならただ喪服だけを置く。

親迎之禮,父南向而立,子北面而跪,醮而命之:「往迎爾相,成我宗事,隆率以敬先妣之嗣,若則有常。」子曰:「諾!唯恐不能,敢忘命矣!」

自ら迎える礼は、父が南を向いて立ち、子が北を向いて跪くと、酒を注いで命ずる。「行ってお前の連れを迎え、わが宗家の事を成し、努め率いて敬いで亡き母の跡を継がせよ。お前にはきっと常があろう」。子が言う。「はい。ただ能わぬことが恐ろしいのですが、敢えて命を忘れましょうか」

夫行也者,行禮之謂也。禮也者,貴者敬焉,老者孝焉,長者弟焉,幼者慈焉,賤者惠焉。

およそ行いとは礼を行うことをいう。礼とは、貴い者を敬い、老いた者に孝であり、年長に悌であり、幼い者を慈しみ、賤しい者に恵むことである。

賜予其宮室,猶用慶賞於國家也;忿怒其臣妾,猶用刑罰於萬民也。

その家に賜り与えることは、国で誉れと賞を用いるのと同じであり、その臣と妾に怒ることは、万民に刑罰を用いるのと同じである。

君子之於子,愛之而勿面,使之而勿視,道之以道而勿彊。

君子は子に対して、愛しても顔に出さず、使っても見つめず、道で導いても強いない。

禮以順人心為本,故亡於禮經而順於人心者,皆禮也。

礼は人の心に順うことを根本とする。だから礼の経典になくても人の心に順うものは、すべて礼である。

禮之大凡:--事生、飾驩也,送死、飾哀也,軍旅、施威也。

礼の大綱はこうである。生者に仕えるのは喜びを飾ることであり、死者を送るのは哀しみを飾ることであり、軍旅は威を施すことである。

親親、故故、庸庸、勞勞,仁之殺也;貴貴、尊尊、賢賢、老老、長長、義之倫也。行之得其節,禮之序也。仁、愛也,故親;義、理也,故行;禮、節也,故成。仁有里,義有門;仁、非其里而處之,非仁也;義,非其門而由之,非義也。推恩而不理,不成仁;遂理而不敢,不成義;審節而不和,不成禮;和而不發,不成樂。故曰:仁義禮樂,其致一也。君子處仁以義,然後仁也;行義以禮,然後義也;制禮反本成末,然後禮也。三者皆通,然後道也。

親しい者を親しみ、古い者を古いとし、努めた者を努めたとし、労した者を労したとすることは仁の減らしであり、貴い者を貴び、尊い者を尊び、賢い者を賢いとし、老いた者を老いたとし、年長を年長とすることは義の倫である。行ってその節を得ることが礼の順序である。

仁は愛だから親しみ、義は理だから行い、礼は節だから成す。仁には里があり義には門がある。仁はその里でないところに身を置けば仁ではなく、義はその門でないところを通れば義ではない。

恩を推しても理に合わなければ仁を成さず、理を遂げても敢えてしなければ義を成さず、節を審らかにしても和さなければ礼を成さず、和しても発しなければ楽を成さない。だから言う、仁と義と礼と楽は、その至るところが一つであると。

君子は仁に身を置くのを義で行ってから初めて仁であり、義を行うのを礼で行ってから初めて義であり、礼を裁いて根本に返って末を成してから初めて礼である。三つがすべて通じてから初めて道である。

貨財曰賻,輿馬曰賵,衣服曰襚,玩好曰贈,玉貝曰唅。賻賵、所以佐生也,贈襚、所以送死也。送死不及柩尸,弔生不及悲哀,非禮也。故吉行五十,奔喪百里,賵贈及事,禮之大也。

財貨を賻といい、車と馬を賵といい、衣服を襚といい、玩び物を贈といい、玉と貝を唅という。賻と賵は生者を助けるためであり、贈と襚は死者を送るためである。死者を送るのに柩と屍に間に合わず、生者を弔うのに悲しみに間に合わなければ、礼ではない。だから吉事には日に五十里を行き、喪に駆けつけるには百里を行き、賵と贈が事に間に合うことが礼の大きさである。

禮者、政之輓也;為政不以禮,政不行矣。

礼とは政の引き綱である。政をなすのに礼で行わなければ、政は行われない。

天子即位,上卿進曰:「如之何憂之長也?能除患則為福,不能除患則為賊。」授天子一策。中卿進曰:「配天而有下土者,先事慮事,先患慮患。先事慮事謂之接,接則事優成。先患慮患謂之豫,豫則禍不生。事至而後慮者謂之後,後則事不舉。患至而後慮者謂之困,困則禍不可禦。」授天子二策。下卿進曰:「敬戒無怠,慶者在堂,弔者在閭。禍與福鄰,莫知其門。豫哉!豫哉!萬民望之。」授天子三策。

天子が位に即けば、上卿が進んで言う。「どうして憂いがそれほど長いのですか。よく患いを除けば福となり、よく患いを除けなければ賊となります」そして天子に第一の策を授ける。

中卿が進んで言う。「天に配して下の土を持つ者は、事に先立って事を考え、患いに先立って患いを考えます。事に先立って事を考えることを接といい、接すれば事がゆたかに成ります。患いに先立って患いを考えることを豫といい、豫すれば禍が生じません。事が至ってから考えることを後といい、後れれば事が挙がりません。患いが至ってから考えることを困といい、困れば禍を防げません」そして天子に第二の策を授ける。

下卿が進んで言う。「敬み戒めて怠らないでください。祝う者が堂にあり弔う者が里にあって、禍と福が隣り合い、誰もその門を知りません。豫してください、豫してください。万民が望んでいます」そして天子に第三の策を授ける。

禹見耕者耦、立而式,過十室之邑、必下。

禹は耕す者が組になって行くのを見れば立って車の横木に礼をし、十戸の邑を過ぎるときは必ず下りた。

殺大蚤,朝大晚,非禮也。治民不以禮,動斯陷矣。

殺すのがあまりに早く、朝するのがあまりに遅いのは礼ではない。民を治めるのに礼で行わなければ、動くたびに陥る。

平衡曰拜,下衡曰稽首,至地曰稽顙。

身を秤竿のように平らにすることを拝といい、秤竿より下げることを稽首といい、額を地につけることを稽顙という。

大夫之臣,拜不稽首,非尊家臣也,所以辟君也。

大夫の臣は拝しても稽首しない。家臣を尊ぶからではなく、君を避けるためである。

一命齒於鄉,再命齒於族,三命,族人雖七十不敢先。上大夫,中大夫,下大夫。

一たび命を受ければ郷で歳の順になり、二たび命を受ければ族で歳の順になり、三たび命を受ければ族の人がたとえ七十でも敢えて先に立たない。上大夫と中大夫と下大夫がある。

吉事尚尊,喪事尚親。

吉事では尊い者を尊び、喪事では親しい者を尊ぶ。

聘、問也。享、獻也。私覿、私見也。

聘は問うことであり、享は献じることであり、私覿は私に会うことである。

言語之美,穆穆皇皇。朝廷之美,濟濟鎗鎗。

言葉の美しさは和やかで輝かしいことであり、朝廷の美しさは斉って鳴り響くことである。

為人臣下者,有諫而無訕,有亡而無疾,有怨而無怒。

人の臣下となった者は、諫めることはあってもそしることはなく、去ることはあっても憎むことはなく、恨むことはあっても怒ることはない。

君於大夫,三問其疾,三臨其喪;於士,一問,一臨。諸侯非問疾弔喪不之臣之家。

君は大夫に対してはその病を三たび問いその喪に三たび臨み、士に対しては一たび問い一たび臨む。諸侯は病を問い喪を弔うのでなければ臣の家に行かない。

既葬,君若父之友食之則食矣,不辟梁肉,有醴酒則辭。

すでに葬ったあと、君か父の友が食べさせれば食べるが、黍の飯と肉を避けず、醴の酒があれば辞退する。

寢不踰廟,讌衣不踰祭服,禮也。

寝る部屋が廟を越えず、くつろぎの衣が祭服を越えないのが礼である。

湯之咸,見夫婦。夫婦之道,不可不正也,君臣父子之本也。咸、感也,以高下下,以男下女,柔上而剛下。

湯の「咸」の卦は夫と妻を見たものである。夫と妻の道は正しくないわけにはいかない。君と臣、父と子の根本である。咸とは感ずることである。高いもので低いところに下り、男で女に下って、柔が上にあり剛が下にある。

聘士之義,親迎之道,重始也。

士を招く義と自ら迎える道は、始めを重んじることである。

禮者,人之所履也,失所履,必顛蹶陷溺。所失微而其為亂大者,禮也。

礼とは人が踏むものである。踏むところを失えば必ず倒れ沈む。失うものは微かでもその乱れとなるものが大きいのが礼である。

禮之於正國家也,如權衡之於輕重也,如繩墨之於曲直也。故人無禮不生,事無禮不成,國家無禮不寧。君臣不得不尊,父子不得不親,兄弟不得不順,夫婦不得不驩,少者以長,老者以養。故天地生之,聖人成之。

礼が国家を正すことは、秤が軽重に対するようであり、墨縄が曲直に対するようである。だから人は礼がなければ生きられず、事は礼がなければ成らず、国家は礼がなければ安らかでない。君と臣が尊くないわけにいかず、父と子が親しくないわけにいかず、兄と弟が順わないわけにいかず、夫と妻が喜ばないわけにいかない。年少の者はこれで育ち、老いた者はこれで養われる。だから天地が生み、聖人が成す。

和鸞之聲,步中武象,趨中韶護。君子聽律習容而後出。

鈴の音は、歩めば「武」と「象」に合い、駆ければ「韶」と「護」に合う。君子は律を聴き容を習ってから出る。

霜降逆女,冰泮殺止,十日一御。

霜が降りれば妻を迎え、氷が解ければ止める。十日に一度侍る。

坐視膝,立視足,應對言語視面。立視前六尺而大之--六六三十六,三丈六尺。

座っては膝を見、立っては足を見、応対し語るときは顔を見る。立っては前方六尺を見て、これを大きくする。六に六で三十六、三丈六尺である。

文貌情用,相為內外表裡。禮之中焉,能思索謂之能慮。

文と貌、情と用は、互いに内と外、表と裏となる。礼の中でよく思索することを、よく考えるという。

禮者,本末相順,終始相應。

礼とは、根本と末が互いに順い、終わりと始めが互いに応ずるものである。

禮者,以財物為用,以貴賤為文,以多少為異。

礼とは、財物を用とし、貴賤を文とし、多少を差異とする。

下臣事君以貨,中臣事君以身,上臣事君以人。

下の臣は財で君に仕え、中の臣は身で君に仕え、上の臣は人で君に仕える。

易曰:「復自道,何其咎?」春秋賢穆公,以為能變也。

『易』に「自分の道に返るのだから、何の咎があろう」とある。『春秋』が穆公を賢いとしたのは、よく変われたとしたからである。

士有妒友,則賢交不親;君有妒臣,則賢人不至。蔽公者謂之昧,隱賢者謂之妒,奉妒昧者謂之交譎。交譎之人,妒昧之臣,國之薉孽也。

士に妬む友があれば賢い交わりが親しまれず、君に妬む臣があれば賢い人が至らない。公を覆う者を昧といい、賢い者を隠す者を妬といい、妬と昧の者を奉ずる者を交譎という。交譎の人と妬と昧の臣は、国の荒れであり災いである。

口能言之,身能行之,國寶也。口不能言,身能行之,國器也。口能言之,身不能行,國用也。口言善,身行惡,國妖也。治國者敬其寶,愛其器,任其用,除其妖。

口でよく語り身でよく行えば国の宝であり、口でよく語れなくても身でよく行えば国の器であり、口でよく語れても身で行えなければ国の用であり、口で善を語り身で悪を行えば国の妖である。国を治める者はその宝を敬い、その器を愛し、その用に任じ、その妖を除く。

不富無以養民情,不教無以理民性。故家五畝宅,百畝田,務其業,而勿奪其時,所以富之也。立大學,設庠序,修六禮,明七教,所以道之也。詩曰:「飲之食之,教之誨之。」王事具矣。

富ませなければ民の情を養えず、教えなければ民の性を治められない。だから家ごとに五畝の宅と百畝の田を与えてその仕事に努めさせ、その時を奪わないのが富ませる手立てであり、大学を立て庠と序を設け、六礼を修め七教を明らかにするのが導く手立てである。『詩』に「飲ませ食べさせ、教え諭す」とある。王の事が備わったのである。

武王始入殷,表商容之閭,釋箕子之囚,哭比干之墓,天下鄉善矣。

武王が初めて殷に入り、商容の里を標し、箕子を囚えから解き、比干の墓で哭すると、天下が善に向かった。

天下國有俊士,世有賢人。迷者不問路,溺者不問遂,亡人好獨。詩曰:「我言維服,勿用為笑。先民有言,詢於芻蕘。」言博問也。

天下の国に俊れた士があり、世に賢い人がある。迷う者は道を問わず、沈む者は渡りを問わず、滅びる者は独りでいることを好む。『詩』に「わが言はただ正しい、笑いものにするな。先の民に言葉がある、草刈りや木こりにも尋ねよ」とある。広く問うことを言ったのである。

有法者以法行,無法者以類舉。以其本知其末,以其左知其右,凡百事異理而相守也。慶賞刑罰,通類而後應;政教習俗,相順而後行。

法のあるものは法で行い、法のないものは類で挙げて処する。その根本でその末を知り、その左でその右を知る。およそ百事は理が異なっても互いに守り合う。誉れと賞と刑罰は類に通じてから応じ、政と教えと習わしは互いに順ってから行われる。

八十者一子不事,九十者舉家不事,廢疾非人不養者,一人不事,父母之喪,三年不事,齊衰大功,三月不事,從諸侯來,與新有昏,期不事。

八十の者は子一人が働かず、九十の者は家中が働かず、病んで人がなければ養えない者は一人が働かない。父母の喪には三年働かず、斉衰と大功には三か月働かず、諸侯から来て新たに婚した者は一年働かない。

子謂子家駒續然大夫,不如晏子;晏子功用之臣也,不如子產;子產惠人也,不如管仲;管仲之為人,力功不力義,力知不力仁,野人也,不可為天子大夫。

孔子は子家駒をおおらかな大夫だが晏子に及ばないとし、晏子は功と用の臣だが子産に及ばないとし、子産は恵み深い人だが管仲に及ばないとした。管仲の人となりは、功に力めて義に力めず、知に力めて仁に力めないから、野の人であって天子の大夫となれない。

孟子三見宣王,不言事。門人曰:「曷為三遇齊王而不言事?」孟子曰:「吾先攻其邪心。」

孟子が宣王に三たび会ったが事を語らなかった。門人が言った。「どうして斉の王に三たび会っても事を語らないのですか」孟子が言った。「私はまずその邪な心を攻めるのだ」

公行子之之燕,遇曾元於塗,曰:「燕君何如?」曾元曰:「志卑。志卑者輕物,輕物者不求助;苟不求助,何能舉?氐羌之虜也,不憂其係壘也,而憂其不焚也。利夫秋毫,害靡國家,然且為之,幾為知計哉!」

公行子が燕に行く途中、道で曾元に出会って言った。「燕の君はどうだろうか」曾元が言った。「志が低いのです。志が低い者は物を軽んじ、物を軽んじる者は助けを求めません。まことに助けを求めなければ、どうしてよく挙げられましょう。氐と羌の捕らわれた者は、繋がれ縛られることを憂えず、その屍が焼かれないことを憂えます。秋の毛筋ほど利があって国家に害があるのに、それでもそれをする。どうして計を知るといえましょうか」

今夫亡箴者,終日求之而不得;其得之也,非目益明也,眸而見之也。心之於慮亦然。

いま針をなくした者が一日中探しても得られず、それを得たのは、目がより明らかになったからではなく、目を見開いて見たからである。心が考えることについてもそうである。

「義」與「利」者,人之所兩有也。雖堯舜不能去民之欲利;然而能使其欲利不克其好義也。雖桀紂不能去民之好義;然而能使其好義不勝其欲利也。故義勝利者為治世,利克義者為亂世。上重義則義克利,上重利則利克義。故天子不言多少,諸侯不言利害,大夫不言得喪,士不通貨財。有國之君不息牛羊,錯質之臣不息雞豚,冢卿不脩幣,大夫不為場園,從士以上皆羞利而不與民爭業,樂分施而恥積藏;然故民不困財,貧窶者有所竄其手。

「義」と「利」は人が二つながら持つものである。たとえ堯と舜でも民が利を望むことを取り去れないが、よくその利を望む心がその義を好む心に勝たないようにできた。たとえ桀と紂でも民が義を好むことを取り去れないが、よくその義を好む心がその利を望む心に勝たないようにできた。

だから義が利に勝てば治まった世となり、利が義に勝てば乱れた世となる。上が義を重んじれば義が利に勝ち、上が利を重んじれば利が義に勝つ。

だから天子は多少を語らず、諸侯は利害を語らず、大夫は得失を語らず、士は財貨を通じない。国を持つ君は牛と羊を増やさず、贈り物を据えて仕えた臣は鶏と豚を増やさず、冢卿は幣を整えず、大夫は場と園を作らない。士から上はみな利を恥じて民と生業を争わず、分け施すことを楽しんで蓄え蔵することを恥じる。だから民が財に行きづまらず、貧しい者が手を寄せるところがある。

文王誅四,武王誅二,周公卒業,至成康則案無誅已。

文王が四つを討ち、武王が二つを討ち、周公がその業を終えて、成王と康王に至っては討つものがなかった。

多積財而羞無有,重民任而誅不能,此邪行之所以起,刑罰之所以多也。

財を多く蓄えて無いことを恥じ、民の荷を重くして能でないことを討つ。これが邪な行いが起こり刑罰が多くなる理由である。

上好義,則民闇飾矣!上好富,則民死利矣!二者治亂之衢也。民語曰:「欲富乎?忍恥矣!傾絕矣!絕故舊矣!與義分背矣!」上好富,則人民之行如此,安得不亂!

上が義を好めば民がひそかに飾り、上が富を好めば民が利に死ぬ。二つは治と乱の分かれ道である。民の言葉に「富みたいか。恥を忍べ。傾けて絶て。古い友を絶て。義と分かれて背け」とある。上が富を好めば人と民の行いがこのようになる。どうして乱れずにいられようか。

湯旱而禱曰:「政不節與?使民疾與?何以不雨至斯極也!宮室榮與?婦謁盛與?何以不雨至斯之極也!苞苴行與?讒夫興與?何以不雨至斯極也!」

湯が旱のときに祈って言った。「政が節にかなわないのですか。民を苦しめたのですか。どうして雨が降らないことがこれほどに至ったのですか。宮室が華やかなのですか。女の願い出が盛んなのですか。どうして雨が降らないことがこれほどに至ったのですか。賄賂が行われているのですか。讒する者が起こっているのですか。どうして雨が降らないことがこれほどに至ったのですか」

天之生民,非為君也;天之立君,以為民也。故古者,列地建國,非以貴諸侯而已;列官職,差爵祿,非以尊大夫而已。

天が民を生んだのは君のためではなく、天が君を立てたのは民のためである。だから古に地を分けて国を建てたのは諸侯を貴くするためだけではなく、官職を並べ爵と禄に差をつけたのは大夫を尊くするためだけではない。

主道知人,臣道知事。故舜之治天下,不以事詔而萬物成。農精於田,而不可以為田師,工賈亦然。

主の道は人を知ることであり、臣の道は事を知ることである。だから舜が天下を治めたとき、事で告げなくても万物が成った。農夫は田に精しいが田を治める師にはなれない。工匠と商人もそうである。

以賢易不肖,不待卜而後知吉。以治伐亂,不待戰而後知克。

賢い者で愚かな者を替えれば、卜を待たずに吉を知り、治まったもので乱れたものを伐てば、戦いを待たずに勝ちを知る。

齊人欲伐魯,忌卞莊子,不敢過卞。晉人欲伐衛,畏子路,不敢過蒲。

斉の人が魯を伐とうとして卞荘子を憚り、敢えて卞を通れなかった。晋の人が衛を伐とうとして子路を畏れ、敢えて蒲を通れなかった。

不知而問堯舜,無有而求天府。--曰:先王之道,則堯舜已;六貳之博,則天府已。

知らなければ堯と舜に問い、持っていなければ天の府に求める。言う、先王の道がすなわち堯と舜であり、六経の広さがすなわち天の府である。

君子之學如蛻,幡然遷之。故其行效,其立效,其置顏色、出辭氣效。無留善,無宿問。

君子の学びは殻を脱ぐようで、さっと移り行く。だからその行いが倣い、その立ち方が倣い、その顔色を置き辞と気を出すことが倣う。善を留めず、問いを一夜も泊めない。

善學者盡其理,善行者究其難。

よく学ぶ者はその理を尽くし、よく行う者はその難しさを究める。

君子立志如窮,雖天子三公問正,以是非對。

君子は志を立てることを行きづまったようにして、たとえ天子や三公が正しさを問うても是非で答える。

君子隘窮而不失,勞倦而不苟,臨患難而不忘細席之言。歲不寒無以知松柏,事不難無以知君子無日不在是。

君子は狭く行きづまっても失わず、労し疲れてもかりそめにせず、患いと難に臨んでも席での言葉を忘れない。年が寒くなければ松と柏を知る手立てがなく、事が難しくなければ君子が一日もここにいなかったことがないのを知る手立てがない。

雨小,漢故潛。夫盡小者大,積微者箸,德至者色澤洽,行盡而聲問遠,小人不誠於內而求之於外。

雨が小さくても漢水はそれで深い。およそ小さなものを尽くす者が大きく、微かなものを積む者が顕れる。徳が至った者は顔色が潤い、行いを尽くした者は名が遠くまで及ぶ。小人は内で誠でないのにそれを外に求める。

言而不稱師謂之畔,教而不稱師謂之倍。倍畔之人,明君不內,朝士大夫遇諸塗不與言。

語って師を称さないことを畔といい、教えて師を称さないことを倍という。倍と畔の人は明らかな君が入れず、朝廷の士大夫が道で出会っても語り合わない。

不足於行者,說過;不足於信者,誠言。故春秋善胥命,而詩非屢盟,其心一也。善為詩者不說,善為易者不占,善為禮者不相,其心同也。

行いに足りない者は説が行き過ぎ、信に足りない者は言を誠だと言い張る。だから『春秋』が胥命を善しとし『詩』がしばしば盟うことを誤りとしたのは、その心が一つである。『詩』をよくする者は解かず、『易』をよくする者は占わず、礼をよくする者は介添えしない。その心が同じである。

曾子曰:「孝子言為可聞,行為可見。言為可聞,所以說遠也;行為可見,所以說近也;近者說則親,遠者悅則附;親近而附遠,孝子之道也。」

曾子が言った。「孝子は言を聞くに足るものとし、行いを見るに足るものとする。言を聞くに足るものとするのは遠い者を喜ばせるためであり、行いを見るに足るものとするのは近い者を喜ばせるためである。近い者が喜べば親しみ、遠い者が喜べば付く。近い者を親しませ遠い者を付かせるのが孝子の道である」

曾子行,晏子從於郊,曰:「嬰聞之:君子贈人以言,庶人贈人以財。嬰貧無財,請假於君子,贈吾子以言:乘輿之輪,太山之木也,示諸檃栝,三月五月,為幬采,敝而不反其常。君子之檃栝,不可不謹也。慎之!蘭茞槁本,漸於蜜醴,一佩易之。正君漸於香酒,可讒而得也。君子之所漸,不可不慎也。」

曾子が去るとき、晏子が郊の外まで従って言った。「私が聞くところでは、君子は人に言を贈り、庶人は人に財を贈るといいます。私は貧しくて財がないので、君子のものを借りてあなたに言を贈りましょう。

車の輪は太山の木です。矯め木に入れて三か月五か月すれば車の覆いの曲がった骨となり、破れてもその常に返りません。君子の矯め木は謹まないわけにはいきません。慎んでください。

蘭と茞と槁本も蜜と醴に浸せば、一つ帯びるだけで取り替えられます。正しい君も香り高い酒に浸せば、讒言で手に入れられます。君子が浸るところは慎まないわけにはいきません」

人之於文學也,猶玉之於琢磨也。詩曰:「如切如磋,如琢如磨。」謂學問也。和之璧,井里之厥也,玉人琢之,為天子寶。子贛季路故鄙人也,被文學,服禮義,為天下列士。

人が文と学に対することは、玉が彫り磨くことに対するようである。『詩』に「切るよう揉むよう、彫るよう磨くよう」とある。学び問うことを言ったのである。和氏の璧は井里の石塊だったが、玉工が彫って天子の宝となった。子貢と季路はもとは田舎の人だったが、文と学を身に着け礼と義を着て、天下の名高い士となった。

學問不厭,好士不倦,是天府也。

学び問うことに飽きず、士を好むことに倦まない。これが天の府である。

君子疑則不言,未問則不言,道遠日益矣。

君子は疑わしければ語らず、まだ問われていなければ語らない。道は遠く日は加わっていく。

多知而無親,博學而無方,好多而無定者,君子不與。

知ることが多くても親しみがなく、博く学んでも方角がなく、多さを好んでも定まりがない者は、君子がともにしない。

少不諷誦,壯不論議,雖可,未成也。

若くて誦えず、育って論じ議しなければ、たとえよいところがあっても成らない。

君子壹教,弟子壹學,亟成。

君子がひとえに教え、弟子がひとえに学べば、速く成る。

君子進則益上之譽,而損下之憂。不能而居之,誣也;無益而厚受之,竊也。學者非必為仕,而仕者必如學。

君子は進めば上の誉れを増し下の憂いを減らす。能でないのにその位にあれば偽りであり、益がないのに厚く受ければ窃みである。学ぶ者は必ず仕えるためではないが、仕える者は必ず学んだようにしなければならない。

子貢問於孔子曰:「賜倦於學矣,願息事君。」孔子曰:「詩云:‘溫恭朝夕,執事有恪。’事君難,事君焉可息哉!」「然則,賜願息事親。」孔子曰:「詩云:‘孝子不匱,永錫爾類。’事親難,事親焉可息哉!」「然則賜願息於妻子。」孔子曰:「詩云:‘刑于寡妻,至于兄弟,以御於家邦。’妻子難,妻子焉可息哉!」「然則賜願息於朋友。」孔子曰:「詩云:‘朋友攸攝,攝以威儀。’朋友難,朋友焉可息哉!」「然則賜願息耕。」孔子曰:「詩云:‘晝爾于茅,宵爾索綯,亟其乘屋,其始播百穀。’耕難,耕焉可息哉!」「然則賜無息者乎?」孔子曰:「望其壙,皋如也,顛如也,鬲如也,此則知所息矣。」子貢曰:「大哉!死乎!君子息焉,小人休焉。」

子貢が孔子に問うた。「私は学ぶのに倦みました。君に仕えることで休みたく願います」

孔子が言った。「『詩』に『朝夕に温かく恭しく、事を執ることに慎みがある』とある。君に仕えるのは難しい。君に仕えることでどうして休めようか」

「それでは私は親に仕えることで休みたく願います」

孔子が言った。「『詩』に『孝子は尽きることがなく、長くお前の類に賜わる』とある。親に仕えるのは難しい。親に仕えることでどうして休めようか」

「それでは私は妻子のところで休みたく願います」

孔子が言った。「『詩』に『妻に手本を示して兄弟に至り、それで家と邦を治める』とある。妻子は難しい。妻子のところでどうして休めようか」

「それでは私は友のところで休みたく願います」

孔子が言った。「『詩』に『友が支えてくれるところ、威儀で支える』とある。友は難しい。友のところでどうして休めようか」

「それでは私は耕すことで休みたく願います」

孔子が言った。「『詩』に『昼は茅を刈り、夜は縄をない、早く屋根に上ってこそ、はじめて百穀を播く』とある。耕すのは難しい。耕すことでどうして休めようか」

「それでは私には休むところがないのですか」

孔子が言った。「その墓を見よ。こんもりと、そびえて、鼎の足のようだ。ここで休むところが分かるだろう」

子貢が言った。「大いなるな、死よ。君子はそこで休み、小人はそこで止む」

國風之好色也,傳曰:「盈其欲而不愆其止。其誠可比於金石,其聲可內於宗廟。」小雅不以於汙上,自引而居下,疾今之政以思往者,其言有文焉,其聲有哀焉。

「国風」が色を好むことについて、伝えに「その欲を満たしながらその止まるところに過たなかった。その誠は金と石に比べるに足り、その声は宗廟に入れるに足る」とある。「小雅」は汚れた上に付かず、自ら退いて下に住み、いまの政を憎んで過ぎた者を思う。だからその言に文があり、その声に哀しみがある。

國將興,必貴師而重傅,貴師而重傅,則法度存。國將衰,必賤師而輕傅;賤師而輕傅,則人有快;人有快則法度壞。

国が興ろうとすれば必ず師を貴び傅を重んじる。師を貴び傅を重んじれば法度が残る。国が衰えようとすれば必ず師を賤しみ傅を軽んじる。師を賤しみ傅を軽んじれば人が勝手に振る舞い、人が勝手に振る舞えば法度が壊れる。

古者匹夫五十而士。天子諸侯子十九而冠,冠而聽治,其教至也。

古には匹夫は五十になって士となった。天子と諸侯の子は十九で冠をかぶり、冠をかぶれば治めることを聴いた。その教えが至っていたのである。

君子也者而好之,其人也;其人而不教,不祥。非君子而好之,非其人也;非其人而教之,齎盜糧,借賊兵也。

君子でありながら学ぶことを好めばその人である。その人なのに教えなければ不祥である。君子でないのに好めばその人ではない。その人でないのに教えれば、盗人に糧を与え賊に兵を貸すことである。

不自嗛其行者,言濫過。古之賢人,賤為布衣,貧為匹夫,食則饘粥不足,衣則豎褐不完;然而非禮不進,非義不受,安取此?

自分の行いに満足できない者は言が溢れ行き過ぎる。古の賢い人は、賤しいことでは布の衣の者であり、貧しいことでは匹夫であって、食べるには粥も足りず、着るには短い毛衣も全くなかった。それでも礼でなければ進まず、義でなければ受けなかった。どこからこれを取ったのであろうか。

子夏家貧,衣若縣鶉。人曰:「子何不仕?」曰:「諸侯之驕我者,吾不為臣;大夫之驕我者,吾不復見。柳下惠與後門者同衣,而不見疑,非一日之聞也。爭利如蚤甲,而喪其掌。」

子夏は家が貧しく、衣が吊るした鶉のようだった。人が言った。「あなたはどうして仕えないのか」言った。「諸侯で私に傲る者には私は臣とならず、大夫で私に傲る者は私は二度と会わない。柳下恵が裏門を守る者と同じ衣を着ても疑われなかったのは、一日で得た評判ではない。利を爪ほど争って、その手のひらを失うものだ」

君人者不可以不慎取臣,匹夫不可不慎取友。友者、所以相有也。道不同,何以相有也?均薪施火,火就燥;平地注水,水流濕。夫類之相從也,如此其著也,以友觀人,焉所疑?取友善人,不可不慎,是德之基也。詩曰:「無將大車,維塵冥冥。」言無與小人處也。

人を治める者は臣を取ることを慎まないわけにはいかず、匹夫は友を取ることを慎まないわけにはいかない。友とは互いに持ち合う手立てである。道が同じでなければ、何で互いに持ち合えようか。

薪を均しく置いて火を置けば火が乾いたほうに向かい、地を平らにして水を注げば水が湿ったほうに流れる。およそ類が互いに従うことがこのように明らかなのだから、友で人を見れば、何を疑うところがあろうか。友を取るのに善い人を取ることを慎まないわけにはいかない。これが徳の基である。『詩』に「大きな車を押すな。ただ埃が立ちこめるだけ」とある。小人とともに居るなということである。

藍苴路作,似知而非。懦弱易奪,似仁而非。悍戇好鬥,似勇而非。

藍を染め道を作るように飾るのは知があるようで違う。弱く柔らかくて易々と奪われるのは仁があるようで違う。荒く愚かで争うことを好むのは勇があるようで違う。

仁義禮善之於人也,辟之若貨財粟米之於家也,多有之者富,少有之者貧,至無有者窮。故大者不能,小者不為,是棄國捐身之道也。

仁と義と礼と善が人にあることは、たとえれば財貨と穀物が家にあるようなものである。多く持つ者は富み、少なく持つ者は貧しく、まったく持たない者は行きづまる。だから大きなことは能でなく、小さなことはしない。これは国を捨て身を捨てる道である。

凡物有乘而來,乘其出者,是其反也。

およそ物は乗じて来るものがある。その出てきたところに乗ずるのが、その返しである。

流言滅之,貨色遠之。禍之所由生也,生自纖纖也。是故君子蚤絕之。

流れる言は消し、財貨と色は遠ざけよ。禍が生じるもとは、細々としたところから生ずる。だから君子は早く絶つ。

言之信者,在乎區蓋之間。疑則不言,未問則不言。

言に信があるのは、区と蓋の間にある。疑わしければ語らず、まだ問われていなければ語らない。

知者明於事,達於數,不可以不誠事也。故曰:「君子難說,說之不以道,不說也。」

知ある者は事に明らかで数に通じるのだから、事を誠にしないわけにはいかない。だから言う、「君子は喜ばせにくい。喜ばせるのに道で行わなければ喜ばない」と。

語曰:「流丸止於甌臾,流言止於知者。」此家言邪說之所以惡儒者也。是非疑,則度之以遠事,驗之以近物,參之以平心,流言止焉,惡言死焉。

言葉に「転がる丸は窪みで止まり、流れる言は知ある者のところで止まる」とある。これが家の言と邪な説が儒者を憎む理由である。是非が疑わしければ、遠い事で測り、近い物で験し、平らかな心で照らし合わせれば、流れる言がそこで止まり、悪い言がそこで死ぬ。

曾子食魚,有餘,曰:「泔之。」門人曰:「泔之傷人,不若奧之。」曾子泣涕曰:「有異心乎哉!」傷其聞之晚也。

曾子が魚を食べて残ったので言った。「米の研ぎ汁に浸しておけ」門人が言った。「研ぎ汁に浸せば人を損ないます。塩辛に漬けるほうがよいでしょう」曾子は涙を流して言った。「私に他の心があったろうか」それを遅く聞いたことを痛んだのである。

無用吾之所短,遇人之所長。故塞而避所短,移而從所仕。疏知而不法,辨察而操僻,勇果而無禮,君子之所憎惡也。

自分の短いところで人の長いところに出会うな。だから塞がれば短いところを避け、移って任ずべきところに従う。粗く知って法とせず、論じ察して偏ったものを握り、勇ましく果敢で礼がないのは、君子が憎むところである。

多言而類,聖人也;少言而法,君子也;多言無法,而流湎然,雖辯,小人也。

言葉が多くても類にかなえば聖人であり、言葉が少なくても法にかなえば君子であり、言葉が多く法がなくて流れ溺れれば、たとえ弁が立っても小人である。

國法禁拾遺,惡民之串以無分得也,有夫分義,則容天下而治;無分義,則一妻一妾而亂。

国法が落ちたものを拾うことを禁じるのは、民が分なく得ることに馴れるのを憎むからである。あの分と義があれば天下を容れても治まり、分と義がなければ一人の妻と一人の妾でも乱れる。

天下之人,唯各特意哉,然而有所共予也。言味者予易牙,言音者予師曠,言治者予三王。三王既以定法度,制禮樂而傳之,有不用而改自作,何以異於變易牙之和,更師曠之律?無三王之法,天下不待亡,國不待死。

天下の人はただそれぞれ意が異なるが、それでもともに与えるところがある。味を語る者は易牙に与え、音を語る者は師曠に与え、治を語る者は三王に与える。

三王がすでに法度を定め礼と楽を裁いて伝えたのに、用いずに改めて自ら作る者があれば、易牙の味付けを変え師曠の律を改めるのと何が違おうか。三王の法がなければ、天下は滅びるのを待つまでもなく、国は死ぬのを待つまでもない。

飲而不食者,蟬也;不飲不食者,浮蝣也。

飲んで食べないものは蝉であり、飲まず食べないものは蜉蝣である。

虞舜、孝己孝而親不愛,比干、子胥忠而君不用,仲尼、顏淵知而窮於世。劫迫於暴國而無所辟之,則崇其善,揚其美,言其所長,而不稱其所短也。

虞舜と孝己は孝であったが親が愛さず、比干と子胥は忠であったが君が用いず、仲尼と顔淵は知があったが世に行きづまった。荒い国に脅されて避けるところがなければ、その善を高め、その美を表し、その長いところを語ってその短いところを言わない。

惟惟而亡者,誹也;博而窮者,訾也;清之而俞濁者,口也。

はいはいと言いながら滅びるのはそしりであり、広くありながら行きづまるのはあげつらいであり、清くしようとしていよいよ濁るのは口である。

君子能為可貴,不能使人必貴己;能為可用,不能使人必用己。

君子は貴ばれるに足るようになれるが、人に必ず自分を貴ばせることはできず、用いられるに足るようになれるが、人に必ず自分を用いさせることはできない。

誥誓不及五帝,盟詛不及三王,交質子不及五伯。

誥と誓は五帝に及ばず、盟と詛は三王に及ばず、人質を交わすことは五覇に及ばなかった。