いにしえの文 › 竹取物語(竹取の翁の物語)

第八竹取物語 8

竹取物語(竹取の翁の物語) 竹取物語 · 作者未詳 · 9世紀末〜10世紀初めに成立 · 段落 5 · 漢字 2,245字 · 朗読 5.6分

竹取物語(竹取の翁の物語) 日本に残る最も古い物語。竹の中から出てきた子が育ち、五人の貴公子と帝の求婚を次々に退けて月へ帰る。五人に持ってこいと言ったものはどれも世にない品で — 天竺の石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の首の玉、燕の子安貝 — それぞれが偽り、こしらえて恥をかく。富士の山の頂から煙が立つ理由も、この物語の終わりに記されている。

さてかぐや姫かたち世に似ずめでたきことを、帝聞しめして、内侍中臣のふさ子にの給ふ、「多くの人の身を徒になしてあはざンなるかぐや姫は、いかばかりの女ぞ。」と、「罷りて見て參れ。」との給ふ。ふさ子承りてまかれり。竹取の家に畏まりて請じ入れてあへり。嫗に内侍のたまふ、「仰ごとに、かぐや姫の容いうにおはすとなり。能く見て參るべきよしの給はせつるになん參りつる。」といへば、「さらばかくと申し侍らん。」といひて入りぬ。かぐや姫に、「はやかの御使に對面し給へ。」といへば、かぐや姫、「よき容にもあらず。いかでか見ゆべき。」といへば、「うたてもの給ふかな。帝の御使をばいかでか疎にせん。」といへば、かぐや姫答ふるやう、「帝の召しての給はんことかしこしとも思はず。」といひて、更に見ゆべくもあらず。うめる子のやうにはあれど、いと心恥しげに疎なるやうにいひければ、心のまゝにもえ責めず。嫗、内侍の許にかへり出でて、「口をしくこの幼き者はこはく侍るものにて、對面すまじき。」と申す。内侍、「『必ず見奉りて參れ。』と、仰事ありつるものを、見奉らではいかでか歸り參らん。國王の仰事を、まさに世に住み給はん人の承り給はではありなんや。いはれぬことなし給ひそ。」と、詞はづかしくいひければ、これを聞きて、ましてかぐや姫きくべくもあらず。「國王の仰事を背かばはや殺し給ひてよかし。」といふ。この内侍歸り參りて、このよしを奏す。帝聞しめして、「多くの人を殺してける心ぞかし。」との給ひて、止みにけれど、猶思しおはしまして、「この女のたばかりにやまけん。」と思しめして、竹取の翁を召して仰せたまふ、「汝が持て侍るかぐや姫を奉れ。顔容よしと聞しめして、御使をたびしかど、かひなく見えずなりにけり。かくたい〴〵しくやはならはすべき。」と仰せらる。翁畏まりて御返事申すやう、「この女の童は、絶えて宮仕つかう奉るべくもあらず侍るを、もてわづらひ侍り。さりとも罷りて仰せ給はん。」と奏す。是を聞し召して仰せ給ふやう、「などか翁の手におほしたてたらんものを、心に任せざらん。この女もし奉りたるものならば、翁に冠をなどかたばせざらん。」翁喜びて家に歸りて、かぐや姫にかたらふやう、「かくなん帝の仰せ給へる。なほやは仕う奉り給はぬ。」といへば、かぐや姫答へて曰く、「もはらさやうの宮仕つかう奉らじと思ふを、強ひて仕う奉らせ給はゞ消え失せなん。御司冠つかう奉りて死ぬばかりなり。」翁いらふるやう、「なしたまひそ。官冠も、我子を見奉らでは何にかはせん。さはありともなどか宮仕をし給はざらん。死に給ふやうやはあるべき。」といふ。「『なほそらごとか。』と、仕う奉らせて死なずやあると見給へ。數多の人の志疎ならざりしを、空しくなしてしこそあれ、昨日今日帝のの給はんことにつかん、人ぎきやさし。」といへば、翁答へて曰く、「天の下の事はとありともかゝりとも、御命の危きこそ大なるさはりなれ。猶仕う奉るまじきことを參りて申さん。」とて、參りて申すやう、「仰の事のかしこさに、かの童を參らせんとて仕う奉れば、『宮仕に出したてなば死ぬべし。』とまをす。造麿が手にうませたる子にてもあらず、昔山にて見つけたる。かゝれば心ばせも世の人に似ずぞ侍る。」と奏せさす。 帝おほせ給はく、「造麿が家は山本近かンなり。御狩の行幸し給はんやうにて見てんや。」とのたまはす。造麿が申すやう、「いとよきことなり。何か心もなくて侍らんに、ふと行幸して御覽ぜられなん。」と奏すれば、帝俄に日を定めて、御狩にいで給ひて、かぐや姫の家に入り給ひて見給ふに、光滿ちてけうらにて居たる人あり。「これならん。」とおぼして、近くよらせ給ふに、逃げて入る、袖を捕へ給へば、おもてをふたぎて候へど、初よく御覽じつれば、類なくおぼえさせ給ひて、「許さじとす。」とて率ておはしまさんとするに、かぐや姫答へて奏す、「おのが身はこの國に生れて侍らばこそ仕へ給はめ、いとゐておはし難くや侍らん。」と奏す。帝「などかさあらん。猶率ておはしまさん。」とて、御輿を寄せたまふに、このかぐや姫きと影になりぬ。「はかなく、口をし。」とおぼして、「げにたゞ人にはあらざりけり。」とおぼして、「さらば御供には率ていかじ。もとの御かたちとなり給ひね。それを見てだに歸りなん。」と仰せらるれば、かぐや姫もとのかたちになりぬ。帝なほめでたく思し召さるゝことせきとめがたし。かく見せつる造麿を悦びたまふ。さて仕うまつる百官の人々に、あるじいかめしう仕う奉る。帝かぐや姫を留めて歸り給はんことを、飽かず口をしくおぼしけれど、たましひを留めたる心地してなん歸らせ給ひける。御輿に奉りて後に、かぐや姫に、

さて、かぐや姫の姿が世に似るものなく美しいことを、帝がお聞きになって、内侍(ないし)の中臣のふさ子におっしゃいました。「多くの人の身をむだにしながら会わないというかぐや姫は、どれほどの女なのか。」と、「行って見て参れ。」とおっしゃいます。

ふさ子は承って参りました。竹取の家では恐れ入ってお招き入れし、お会いしました。嫗に内侍がおっしゃいます。「仰せには、かぐや姫のお姿がすぐれていらっしゃるとのことです。よく見て参るようにとお言いつけになりましたので、参ったのです。」と言いますと、「それではそのように申してまいりましょう。」と言って入りました。

かぐや姫に、「早くあのお使いにお会いなさい。」と言いますと、かぐや姫は「よい顔でもありません。どうしてお会いできましょう。」と言います。「困ったことをおっしゃるものだ。帝のお使いをどうしておろそかにできよう。」と言いますと、かぐや姫が答えますには、「帝がお召しになっておっしゃることも、恐ろしいとは思いません。」と言って、まったくお会いする気配もありません。産んだ子のようには思っていますが、たいそう気恥ずかしく、よそよそしく言いましたので、思いのままに責めることもできません。

嫗は内侍のもとへ帰り出て、「残念なことに、この幼い者は気が強い者でございまして、お会いしそうにありません。」と申し上げます。内侍は、「『必ずお目にかかって参れ。』と仰せがありましたものを、お目にかからずにどうして帰り参れましょう。国王の仰せを、まさしくこの世にお住みになる人が承られずにすむものでしょうか。理に合わないことをなさいますな。」と、顔の赤らむほどに言いましたので、これを聞いて、かぐや姫はいっそう聞く気配もありません。「国王の仰せに背くというなら、早く殺してくださればよいでしょう。」と言います。

この内侍は帰り参って、この趣を奏上します。帝はお聞きになって、「なるほど、多くの人を殺してしまった心であるな。」とおっしゃって、おやめになりましたが、それでもお心にかけておられて、「この女の策略に負けようか。」とお思いになり、竹取の翁をお召しになって仰せになりました。「お前が持っているかぐや姫を差し出せ。顔かたちがよいとお聞きになって、お使いを遣わしたが、甲斐なく会えずに終わってしまった。このように不届きな振る舞いを習わせてよいものか。」と仰せられます。

翁は恐れ入ってお返事申し上げますには、「この女の童は、まったく宮仕えを申し上げられるような者ではございませんので、持て余しております。それでも、下がって仰せを申し伝えましょう。」と奏上します。

これをお聞きになって仰せになるには、「どうして翁の手で育て上げた者を、思いのままにできないのか。この女をもし差し出したならば、翁に官位をどうして与えないことがあろうか。」

翁は喜んで家に帰り、かぐや姫に語りました。「このように帝が仰せになった。それでも宮仕えを申し上げないのか。」と言いますと、

かぐや姫は答えて言いました。「まったくそのような宮仕えは申し上げまいと思っておりますのに、無理にお仕えさせなさるなら、消え失せてしまいましょう。お役目や官位を得て差し上げて、死ぬばかりです。」

翁が言い返しました。「そんなことをなさるな。官位も、わが子を見申し上げられないでは何になろう。それにしても、どうして宮仕えをなさらないのか。死なれるような道理があろうか。」と言います。

「『それでも嘘だというのか。』とおっしゃるなら、お仕えさせてみて、死なないかどうかご覧ください。おおぜいの人の心が浅くはなかったのに、それをむだにしてしまったのに、昨日今日、帝がおっしゃることに従うなら、人聞きが恥ずかしいことです。」と言いますと、

翁は答えて言いました。「天下のことはああであろうとこうであろうと、お命の危ういことこそ大きな差し障りである。それでもお仕えできないということを、参って申し上げよう。」と言って、参って申し上げました。「仰せのことの恐ろしさに、あの童を差し上げようとして申し伝えましたところ、『宮仕えに出されたら死ぬでしょう。』と申します。造麿(みやつこまろ)の手で産ませた子でもなく、昔、山で見つけた子でございます。そういうわけで、心づかいも世の人とは似ておりません。」と奏上させました。

帝が仰せになりました。「造麿の家は山のふもとに近いそうである。御狩りの行幸をなさるようにして見てはどうか。」とおっしゃいます。

造麿が申しますには、「たいそうよいことでございます。何の心構えもなくおりますところへ、ふいに行幸なさってご覧になればよろしいでしょう。」と奏上しますと、帝は急に日をお定めになり、御狩りにお出かけになって、かぐや姫の家にお入りになってご覧になりますと、光が満ちて清らかで美しい人が座っていました。「これであろう。」とお思いになって近くにお寄りになりますと、逃げて入りますその袖をお捕らえになりました。顔を覆っておりましたが、初めによくご覧になっていましたので、比べるものもなくお思いになって、「逃がしはしない。」とおっしゃって連れて行こうとなさいますと、かぐや姫が答えて奏上しました。「わたしの身がこの国に生まれたものでしたらお仕えもいたしましょうが、連れていらっしゃるのは難しいことでございましょう。」と奏上します。

帝は「どうしてそんなことがあろう。それでも連れて行こう。」とおっしゃって御輿をお寄せになりますと、このかぐや姫はふっと影になってしまいました。「はかなく、残念だ。」とお思いになって、「まことに、ただの人ではなかったのだ。」とお思いになって、「それならばお供には連れて行くまい。もとのお姿になってください。それを見てでも帰ろう。」と仰せられますので、かぐや姫はもとの姿になりました。

帝はそれでもすばらしくお思いになるお心をせき止めがたくおられました。このように見せてくれた造麿をお喜びになります。そうして、お仕えする百官の人々に、主人役として盛大にもてなしました。帝はかぐや姫を残してお帰りになることを、飽き足らず残念にお思いになりましたが、魂を置いてゆく心地でお帰りになりました。御輿にお乗りになった後に、かぐや姫に、

かへるさのみゆき物うくおもほえてそむきてとまるかぐや姫ゆゑ

帰り道の この行幸が気重く思われるのは 背いて留まる かぐや姫のせいなのです

御返事を、

お返事に差し上げたのは、

葎はふ下にもとしは經ぬる身のなにかはたまのうてなをもみむ

葎(むぐら)の生い茂る その下で年を経てきたこの身が どうして玉で造った 高殿を見ることがありましょう

これを帝御覽じて、いとゞ歸り給はんそらもなくおぼさる。御心は更に立ち歸るべくもおぼされざりけれど、さりとて夜を明し給ふべきにもあらねば、歸らせ給ひぬ。常に仕う奉る人を見給ふに、かぐや姫の傍に寄るべくだにあらざりけり。「こと人よりはけうらなり。」とおぼしける人の、かれに思しあはすれば人にもあらず。かぐや姫のみ御心にかゝりて、たゞ一人過したまふ。よしなくて御方々にもわたり給はず、かぐや姫の御許にぞ御文を書きて通はさせ給ふ。御返事さすがに憎からず聞えかはし給ひて、おもしろき木草につけても、御歌を詠みてつかはす。

これを帝がご覧になって、いっそうお帰りになる気持ちもなくお思いになります。お心はまったく引き返すこともおできにならないようでしたが、そうかといって夜を明かされるわけにもいきませんので、お帰りになりました。常にお仕えする人々をご覧になりますと、かぐや姫の傍に寄れるほどの者さえありませんでした。「ほかの人よりは清らかで美しい。」とお思いになっていた人も、あの人に思い比べますと人でもないようです。かぐや姫だけがお心にかかって、ただ一人お過ごしになります。つまらないとお思いになって女御の方々のところへもお渡りにならず、かぐや姫のもとへお文をお書きになって通わせられます。お返事もさすがに憎からぬ様で聞こえ交わしになり、趣のある木や草に寄せても、お歌を詠んでお遣わしになりました。