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窣堵利瑟那国窣堵利瑟那國

大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 大唐西域記 · 玄奘 著 · 辯機 編 · 646年(唐・貞観20年) · 段落 2 · 漢字 112字 · 朗読 0.4分

大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 第1巻 玄奘が十七年のあいだ西域とインドの百三十八か国を踏んで帰り、唐の太宗に奉った記録。西遊記のもとになった書だが、ここにあるのは妖怪ではなく、国ごとの広さと気候と言葉と信仰である。法顕より二百年後、慧超より八十年前の道である。

窣堵利瑟那國周千四五百里。東臨葉河。葉河出葱嶺北原。西北而流。浩汗渾濁汩㴔漂急。土宜風俗同赭時國。自有王附突厥。

窣堵利瑟那国は周り千四、五百里である。東は葉河に臨む。葉河は葱嶺の北の原から出て、西北へ流れるが、浩く汗く渾り濁って、汩く㴔く漂い急しい。土地に宜しいものと風俗は赭時国と同じである。自らの王はあるが、突厥に附いている。

從此西北入大沙磧。絕無水草。途路彌漫。疆境難測。望大山尋遺骨。以知所指。以記經途。行五百餘里至颯秣建國。

ここから西北へ大きな沙磧に入る。水も草も絶えてなく、途の路が彌り漫ちて、疆の境を測りがたい。大きな山を望み、遺された骨を尋ねて、指すところを知り、経てゆく途を記す。五百余里行くと颯秣建国に至る。

夾注 1

唐言康國

唐の言葉では康国である。