僧伽羅国僧伽羅國
僧伽羅國周七千餘里,國大都城周四十餘里。土地沃壤,氣序溫暑,稼穡時播,花果具繁。人戶殷盛,家產富饒。其形卑黑,其性獷烈。好學尚德,崇善勤福。
僧伽羅国は周り七千余里、国の大都城は周り四十余里である。土地は沃えた壌で、気候は温かく暑く、植え収めることを時に合わせて行い、花も果もともに繁っている。人の戸は殷んに盛んで、家の産は富み饒かである。その形は卑く黒く、その性は獷しく烈しい。学を好み徳を尚び、善を崇め福に勤める。
2師子を斬った子 — 国の名の由来
此國本寶渚也,多有珍寶,棲止鬼神。其後南印度有一國王,女娉鄰國,吉日送歸,路逢師子,侍衛之徒棄女逃難,女在輿中,心甘喪命。時師子王負女而去,入深山,處幽谷,捕鹿采果,以時資給。既積歲月,遂孕男女,形貌同人,性種畜也。男漸長大,力格猛獸。年方弱冠,人智斯發,請其母曰:「我何謂乎?父則野獸,母乃是人,既非族類,如何配偶?」母乃述昔事以告其子。子曰:「人畜殊途,宜速逃逝。」母曰:「我先已逃,不能自濟。」其子於後逐師子父,登山逾嶺,察其遊止,可以逃難。伺父去已,遂擔負母妹,下趨人里。母曰:「宜各慎密,勿說事源,人或知聞,輕鄙我等。」於是至父本國,國非家族,宗祀已滅。投寄邑人,人謂之曰:「爾曹何國人也?」曰:「我本此國,流離異域,子母相攜,來歸故里。」人皆哀湣,更共資給。其師子王還無所見,追戀男女,憤恚既發,便出山谷,往來村邑,咆哮震吼,暴害人物,殘毒生類,邑人輒出,遂取而殺。擊鼓吹貝,負弩持矛,群從成旅,然後免害。其王懼仁化之不洽也,乃縱獵者,期於擒獲。王躬率四兵,眾以萬計,掩薄林藪,彌跨山谷。師子震吼,人畜辟易。既不擒獲,尋復招募,其有擒執師子除國患者,當酬重賞,式旌茂績。其子聞王之令,乃謂母曰:「饑寒已甚,宜可應募,或有所得,以相撫育。」母曰:「言不可若是!彼雖畜也,猶謂父焉,豈以艱辛,而興逆害?」子曰:「人畜異類,禮義安在?既以違阻,此心何冀?」乃袖小刀,出應招募。是時千眾萬騎,雲屯霧合,師子踞在林中,人莫敢近。子即其前,父遂馴伏,於是乎親愛忘怒,乃剚刃於腹中,尚懷慈愛,猶無忿毒,乃至刳腹,含苦而死。王曰:「斯何人哉,若此之異地?」誘之以福利,震之以威禍,然後具陳始末,備述情事。王曰:「逆哉!父而尚害,況非親乎?畜種難馴,兇情易動。除民之害,其功大矣;斷父之命,其心逆矣。重賞以酬其功,遠放以誅其逆,則國典不虧,王言不貳。」於是裝二大船,多儲糧糗。母留在國,周給賞功,子女各從一舟,隨波飄蕩。其男船泛海至此寶渚,見豐珍玉,便於中止。其後商人采寶,復至渚中,乃殺其商主,留其子女。如是繁息,子孫眾多,遂立君臣,以位上下,建都築邑,據有疆域。以其先祖擒執師子,因舉元功,而為國號。其女船者,泛至波剌斯西,神鬼所魅,產育群女,故今西大女國是也。故師子國人形貌卑黑,方頤大顙,情性獷烈,安忍鴆毒,斯亦猛獸遺種。故其人多勇健。斯一說也。
この国はもともと宝の渚であって、珍しい宝が多く、鬼神が棲み止まっていた。その後、南インドにある一国の王が、娘を隣の国に娉せ、吉い日に送り帰したところ、路で師子に逢い、侍り衛っていた徒は娘を棄てて難を逃れた。娘は輿の中にあって、心に命を喪うことを甘んじた。そのとき師子の王は娘を負って去り、深い山に入り、幽かな谷に処って、鹿を捕り果を采って、時に合わせて資け給えた。すでに歳月が積もって、ついに男と女を孕み生んだが、形も貌も人と同じで、性も種も畜であった。男はだんだん長じ大きくなり、力は猛しい獣と格うほどになった。年がまさに弱冠のころ、人の智がそこで発って、その母に請うて言った。「わたしは何というものなのでしょう。父は野の獣、母は人であって、すでに族の類でもないのに、どうして配り偶ったのですか。」母はそこで昔の事を述べてその子に告げた。子が言った。「人と畜は途を殊にします。速く逃げ逝るべきです。」母が言った。「わたしも先に逃げたが、自ら済うことができなかった。」その子はその後、師子の父に逐い従って山に登り嶺を逾え、その遊び止まるところを察して、難を逃れられる道を求めた。父が去ったのを伺って、ついに母と妹を擔い負って下り、人の里に趨った。母が言った。「それぞれ慎み密にして、事の源を説いてはならない。人がもし知り聞けば、わたしたちを軽んじ鄙しむだろう。」そこで父の本の国に至ったが、国に家の族はなく、宗の祀りもすでに滅びていた。邑の人に投じ寄ると、人が言った。「おまえたちはどの国の人か。」言った。「わたしたちはもとこの国の者ですが、異なる域に流れ離れ、子と母が相い携えて、故い里に帰って来たのです。」人はみな哀れみ湣れんで、さらにともに資け給えた。その師子の王は還って見るところがなかったので、男と女を追い恋い、憤り恚ることがすでに発って、そのまま山の谷を出て、村や邑を往き来し、咆え哮り震え吼えて、人も物も暴しく害い、生きた類を残い毒した。邑の人がそのたびに出て、ついに取って殺そうとし、鼓を撃ち貝を吹き、弩を負い矛を持ち、群れ従って旅を成して、そうしてようやく害を免れた。その王は仁しい化らしが洽らないことを懼れ、そこで猟する者を縦って、擒え獲ることを期した。王は躬ら四つの兵を率い、衆は万をもって計られた。林や藪を掩い薄り、山や谷に彌り跨った。師子が震え吼えると、人も畜も辟き易いた。擒え獲ることができなかったので、ほどなくまた招き募り、師子を擒え執って国の患いを除く者があれば、当に重い賞で酬い、式のとおりにその茂んな績を旌そうとした。その子は王の令を聞いて、そこで母に言った。「饑えと寒さがすでにはなはだしい。募りに応ずるべきです。何か得るものがあれば、それで相い撫し育てましょう。」母が言った。「言葉がこのようであってはならない。あれは畜とはいえ、やはり父というものである。どうして艱しく辛いからといって、逆い害う心を興すのか。」子が言った。「人と畜は類が異なります。礼も義もどこにあるでしょうか。すでに違い阻んでいるのに、この心に何を冀めるのですか。」そこで小さな刀を袖にして、出て招き募りに応じた。このとき千の衆、万の騎が、雲のように屯り霧のように合わさったが、師子は林の中に踞って、人は敢えて近づかなかった。子がその前に進むと、父はそこで馴れ伏し、こうして親しみ愛しんで怒りを忘れたので、そこで刃を腹の中に剚した。それでもなお慈しみ愛しむ心を懷いて、忿り毒むことがなく、腹を刳られるに至っても、苦しみを含んで死んだ。王が言った。「これは何という人か、こんなにも異なるとは。」福や利で誘い、威や禍で震わせ、そうしてようやく始めと末を具えて陳べ、情の事を備えて述べた。王が言った。「逆らうことだ。父すら害うのだから、まして親でない者はどうであろうか。畜の種は馴らしがたく、兇しい情は動きやすい。民の害を除いたのは、その功が大きい。父の命を断ったのは、その心が逆らっている。重い賞でその功に酬い、遠く放ってその逆らいを誅すれば、国の典も虧けず、王の言も貳つにならない。」そこで大きな船を二つ装い、糧や糗を多く儲えた。母は国に留めて、周く功に賞を給え、子と女はそれぞれ一つの舟に従わせ、波に随って飄い蕩わせた。その男の船は海に泛んでこの宝の渚に至り、珍しい玉が豊かなのを見て、そのまま中に止まった。その後、商人が宝を采りに、また渚の中に至ったので、そこでその商いの主を殺し、その子と女を留めた。このように繁り息んで、子孫が衆く多くなり、ついに君と臣を立て、位をもって上と下とし、都を建て邑を築いて、疆域を据え有った。その先の祖が師子を擒え執ったことによって、元の功を挙げて、国の号とした。その女の船は、泛んで波剌斯の西に至り、神鬼に魅かされて、群れの女を産み育てた。それゆえ今の西の大女国がそれである。だから師子国の人は形も貌も卑く黒く、頤は方く顙は大きく、情も性も獷しく烈しく、鴆の毒にも安んじ忍ぶ。これもまた猛しい獣の遺した種である。だからその人には勇しく健やかな者が多い。これが一つの説である。
3僧伽羅と羅剎女たち
佛法所記,則曰:昔此寶洲大鐵城中,五百羅剎女之所居也。城樓之上豎二高幢,表吉兇之相,有吉事吉幢動,有兇事兇幢動。恒伺商人至寶洲者,便變為美女,持香花,奏音樂,出迎慰問,誘入鐵城,樂燕會已,而置鐵牢中,漸取食之。時贍部洲有大商主僧伽者,其子字僧伽羅。父既年老,代知家務,與五百商人入海采寶,風波飄蕩,遇至寶洲。時羅剎女望吉幢動,便賫香花,鼓奏音樂,相攜迎候,誘入鐵城。商主於是對羅剎女王歡娛樂會,自餘商侶,各相配合,彌歷歲時,皆生一子。諸羅剎女情疏故人,欲幽之鐵牢,更伺商侶。時僧伽羅夜感惡夢,知非吉祥,竊求歸路,遇至鐵牢,乃聞悲號之聲。遂升高樹,問曰:「誰相拘縶,而此怨傷?」曰:「爾不知耶?城中諸女,並是羅剎,昔誘我曹入城娛樂。君既將至,幽牢我曹,漸充所食,今已太半,君等不久亦遭此禍。」僧伽羅曰:「當圖何計,可免危難?」對曰:「我聞海濱有一天馬,至誠祈請,必相濟渡。」僧伽羅聞已,竊告商侶,共往海濱,專精求救。是時天馬來告人曰:「爾輩各執我毛鬛,不回顧者,我濟汝曹,越海免難,至贍部洲,吉達鄉國。」諸商人奉指告,專一無貳,執其髦鬛。天馬乃騰驤雲路,越濟海岸。諸羅剎女忽覺夫逃,遂相告語,異其所去,各攜稚子淩虛往來。知諸商人將出海濱,遂相召命,飛行遠訪。嘗未逾時,遇諸商侶,悲喜俱至,涕淚交流,各掩泣而言曰:「我惟感遇,幸會良人,室家有慶,恩愛已久,而今遠棄,妻子孤遺,悠悠此心,誰其能忍?幸願留顧,相與還城。」商人之心未肯回慮,諸羅剎女策說無功,遂縱妖媚,備行嬌惑。商侶愛戀,情難堪忍,心疑去留,身皆退墮。羅剎諸女更相拜賀,與彼商人攜持而去。僧伽羅者,智慧深固,心無滯累,得越大海,免斯危難。時羅剎女王空還鐵城,諸女謂曰:「汝無智略,為夫所棄,既寡藝能,宜勿居此。」時羅剎女王持所生子,飛至僧伽羅前,縱極媚惑,誘請令還。僧伽羅口誦神咒,手揮利劍,叱而告曰:「汝是羅剎,我乃是人,人鬼異路,非其匹合。若苦相逼,當斷汝命。」羅剎女知誘惑之不遂也,淩虛而去,至僧伽羅家,謂其父僧伽曰:「我是某國王女,僧伽娶我為妻,生一子矣,賫持寶貨,來還鄉國。泛海遭風,舟楫漂沒,惟我子母及僧伽羅,僅而獲濟。山川道阻,凍餒艱辛,一言忤意,遂見棄遺,詈言不遜,罵為羅剎。歸則家國遼遠,止則孤遺羈旅。進退無依,敢陳情事。」僧伽曰:「誠如所言,宜時即入室。」居未久,僧伽羅至。父謂之曰:「何重財寶,而輕妻子?」僧伽羅曰:「此羅剎女也。」則以先事具白父母,而親宗戚屬咸事驅逐。時羅剎女遂以訴王,王欲罪僧伽羅。僧伽羅曰:「羅剎之女,情多妖惑。」王以為不誠也,而情悅其淑美,謂僧伽羅曰:「必棄此女,今留後宮。」僧伽羅曰:「恐為災禍。斯既羅剎,食唯血肉。」王不聽僧伽羅之言,遂納為妻。其後夜分,飛還寶渚,召餘五百羅剎鬼女共至王宮,以毒咒術殘害宮中,凡諸人畜,食肉飲血,持其餘屍,還歸寶渚。旦日群臣朝集,王門閉而不開,候聽久之,不聞人語。於是排其戶,辟其門,相從趨講,遂至宮庭,闃其無人,惟有骸骨。群官僚佐相顧失圖,悲號慟哭,莫測禍源。僧伽羅具告始末,臣庶信然,禍自招矣。於是國輔、老臣、群官、宿將,歷問明德,推據崇高,咸仰僧伽羅之福智也,乃相議曰:「夫君人者,豈茍且哉?先資福智,次體明哲,非福智無以享寶位,非明哲何以理機務?僧伽羅者,斯其人矣。夢察禍機,感應天馬,忠以諫主,智足謀身。歷運在茲,惟新成詠。」眾庶樂推,尊立為王。僧伽羅辭不獲免,允執其中,恭揖群官,遂即王位。於是沿革前弊,表式賢良。乃下令曰:「吾先商侶在羅剎國,死生莫測,善惡不分。今將救難,宜整兵甲,拯危恤患,國之福也;收珍藏寶,國之利也。」於是治兵,浮海而往。時鐵城上兇幢遂動,諸羅剎女睹而惶怖,便縱妖媚,出迎誘誑。王素知其詐,令諸兵士口誦神咒,身奮武威。諸羅剎女蹎墜退敗,或逃隱孤島,或沈溺洪流。於是毀鐵城,破鐵牢,救得商人,多獲珍寶。招募黎庶,遷居寶洲,建都築邑,遂有國焉。因以王名而為國號。僧伽羅者,即釋迦如來本生之事也。
仏法に記されているところでは、こう言う。昔、この宝の洲の大きな鉄の城の中は、五百人の羅剎女が居るところであった。城の楼の上に二つの高い幢を豎て、吉と兇の相を表した。吉い事があれば吉の幢が動き、兇い事があれば兇の幢が動いた。つねに宝の洲に至る商人を伺い、そのたびに美しい女に変わって、香や花を持ち、音楽を奏で、出迎えて慰め問い、誘って鉄の城に入れ、楽しく燕り会ってから、鉄の牢の中に置き、だんだん取って食べた。そのころ贍部洲に僧伽という大きな商いの主があり、その子は字を僧伽羅といった。父がすでに年老いたので、代わって家の務めを知り、五百人の商人とともに海に入って宝を采ったが、風や波に飄い蕩われ、たまたま宝の洲に至った。そのとき羅剎女は吉の幢が動くのを望み、そのまま香や花を賫し、鼓を打ち音楽を奏で、相い携えて迎え候い、誘って鉄の城に入れた。商いの主はそこで羅剎女の王と歓び娯しみ楽しみ会い、それ以外の商いの侶もそれぞれ相い配り合わさって、歳も時も彌り歴て、みな一人の子を生んだ。諸々の羅剎女は故い人への情が疏くなり、彼らを鉄の牢に幽めて、あらためて別の商いの侶を伺おうとした。そのとき僧伽羅は夜に悪い夢を感じ、吉祥でないことを知って、ひそかに帰る路を求めたが、たまたま鉄の牢に至って、悲しく号ぶ声を聞いた。そこで高い樹に升って問うた。「誰があなたたちを拘え縶いで、ここで怨み傷んでいるのか。」言った。「あなたは知らないのか。城の中の諸々の女は、みな羅剎である。昔わたしたちを誘って城に入れ娯しませた。あなたたちが至ったので、わたしたちを牢に幽め、だんだん食べるものに充ててきた。今はもう大半になった。あなたたちも久しからずしてこの禍に遭うだろう。」僧伽羅が言った。「どんな計を図れば、危い難を免れられようか。」答えて言った。「わたしは聞いている。海の濱に一頭の天の馬がある。至った誠で祈り請えば、きっと済い渡してくれるだろう。」僧伽羅は聞いてしまうと、ひそかに商いの侶に告げ、ともに海の濱に往って、専ら精しく救いを求めた。このとき天の馬が来て人に告げた。「おまえたちはそれぞれわたしの毛や鬛を執れ。顧み回らない者は、わたしがおまえたちを済い、海を越えて難を免れさせ、贍部洲に至って、吉く郷の国に達させよう。」諸々の商人は指し告げを奉じ、専ら一つにして貳つにせず、その髦や鬛を執った。天の馬はそこで雲の路に騰り驤り、海の岸を越え済った。諸々の羅剎女は忽ち夫が逃げたことに覚き、そこで相い告げ語り、その去ったところを異しみ、それぞれ稚い子を携えて虚を淩いで往き来した。諸々の商人がまさに海の濱を出ようとしていることを知り、そこで相い召し命じて、飛び行って遠く訪ねた。まだ時を逾えないうちに、諸々の商いの侶に遇い、悲しみも喜びもともに至って、涕も涙も交わり流れ、それぞれ泣くのを掩って言った。「わたしはただ遇うことを感じ、幸いに良い人に会い、室も家も慶びがあって、恩も愛もすでに久しいのに、今や遠く棄てられ、妻も子も孤り遺される。悠々たるこの心を、誰が能く忍べましょうか。どうか留まり顧みて、ともに城に還ってください。」商人の心はまだ慮りを回そうとしなかったが、諸々の羅剎女が策り説いても功がないと、ついに妖しい媚びを縦り、嬌しい惑わしを備え行った。商いの侶は愛し恋い、情が堪え忍びがたく、心は去るか留まるかを疑って、身はみな退き墜ちた。羅剎の諸々の女は互いに拝み賀い、あの商人たちを携え持って去った。僧伽羅は智慧が深く固く、心に滞り累わされるものがなかったので、大きな海を越えることができ、この危い難を免れた。そのとき羅剎女の王が空しく鉄の城に還ると、諸々の女が言った。「おまえは智も略もなく、夫に棄てられた。すでに芸も能も寡いのだから、ここに居るべきではない。」そのとき羅剎女の王は生んだ子を持ち、飛んで僧伽羅の前に至り、媚びと惑わしを極めて縦り、誘い請って還らせようとした。僧伽羅は口に神の咒を誦え、手に利い剣を揮い、叱って告げた。「おまえは羅剎であり、わたしは人である。人と鬼は路が異なり、その匹い合うものではない。もし苦しく相い逼るなら、おまえの命を断つ。」羅剎女は誘い惑わすことが遂げられないと知り、虚を淩いで去り、僧伽羅の家に至って、その父の僧伽に言った。「わたしはある国の王の娘です。僧伽がわたしを娶って妻とし、一人の子を生みました。宝や貨を賫し持って、郷の国に還って来るとき、海に泛んで風に遭い、舟も楫も漂い沈み、ただわたしと子、それに僧伽羅だけが、かろうじて済われました。山も川も道が阻み、凍え餒えて艱しく辛いなかで、一言が意に忤ったばかりに、ついに棄て遺てられ、詈る言葉は遜らず、罵って羅剎とされました。帰ろうとすれば家も国も遼く遠く、止まろうとすれば孤り遺された羈旅です。進むも退くも依るところがないので、敢えて情の事を陳べます。」僧伽が言った。「まことに言うとおりであれば、時に即して室に入るべきだ。」居ることまだ久しくないうちに、僧伽羅が至った。父が言った。「どうして財や宝を重んじて、妻や子を軽んじるのか。」僧伽羅が言った。「これは羅剎の女です。」そこで先の事を具えて父母に白したので、親しい宗も戚しい属もみな駆い逐うことに努めた。そのとき羅剎女はついに王に訴え、王は僧伽羅を罪しようとした。僧伽羅が言った。「羅剎の女は、情に妖しい惑わしが多いのです。」王はそれを誠でないと考えたが、その淑しく美しいことに情が悦んで、僧伽羅に言った。「必ずこの女を棄てるなら、今は後の宮に留めよう。」僧伽羅が言った。「災いや禍となるのを恐れます。これはすでに羅剎であって、食うのはただ血と肉です。」王は僧伽羅の言葉を聴かず、ついに納れて妻とした。その後、夜が分かれるころ、飛んで宝の渚に還り、残りの五百人の羅剎の鬼女を召してともに王の宮に至り、毒の咒や術で宮の中を残い害い、およそ諸々の人も畜も、肉を食い血を飲み、その余りの屍を持って、宝の渚に還り帰った。旦の日、群れの臣が朝に集まったが、王の門は閉じて開かず、候い聴くこと久しくしても、人の語るのが聞こえなかった。そこでその戸を排き、その門を辟いて、相い従って趨り、ついに宮の庭に至ると、闃かに人がなく、ただ骸や骨だけがあった。群れの官も僚も佐も相い顧みて図りを失い、悲しく号び慟き哭いたが、禍の源を測ることができなかった。僧伽羅が始めと末を具えて告げると、臣も庶もそれを信じ、禍は自ら招いたものであった。そこで国の輔け、老いた臣、群れの官、宿なる将が、明らかな徳を歴り問い、崇く高いものを推し据えたが、みな僧伽羅の福と智を仰いで、そこで相い議って言った。「そもそも人の君となる者が、どうして茍且であろうか。先に福と智を資とし、次に明らかな哲きを体とする。福と智がなければ宝の位を享けることはできず、明らかな哲きがなければ何で機の務めを理めようか。僧伽羅は、まさにその人である。夢で禍の機を察し、天の馬に感じ応じ、忠によって主を諫め、智は身を謀るに足りた。歴り運るところがここにある。ただ新しくして詠を成そう。」衆も庶も楽しんで推し、尊んで立てて王とした。僧伽羅は辞しても免れることができず、その中を允し執って、群れの官に恭しく揖み、ついに王の位に即いた。そこで前の弊えを沿い革め、賢く良い者を表し式とした。そして令を下して言った。「わたしの先の商いの侶は羅剎の国にあって、死か生かも測られず、善か悪かも分からない。今まさに難を救おうとするのだから、兵も甲も整えるべきだ。危きを拯い患いを恤れむのは、国の福である。珍しきを収め宝を蔵するのは、国の利である。」そこで兵を治め、海に浮かんで往った。そのとき鉄の城の上の兇の幢がそこで動き、諸々の羅剎女は睹て惶れ怖れ、そのまま妖しい媚びを縦り、出迎えて誘い誑かした。王はもとよりその詐りを知っていたので、諸々の兵士に口に神の咒を誦え、身に武の威を奮わせた。諸々の羅剎女は蹎き墜ち退き敗れて、あるいは孤り島に逃げ隠れ、あるいは洪い流れに沈み溺れた。そこで鉄の城を毀ち、鉄の牢を破り、商人を救い得、珍しい宝を多く獲た。黎や庶を招き募って、宝の洲に遷り居らせ、都を建て邑を築いて、ついに国を有った。それによって王の名をもって国の号とした。僧伽羅は、すなわち釈迦如来の本より生まれた事である。
4摩醯因陀羅が法を伝える
僧伽羅國先時惟宗淫祀。佛去世後第一百年,無憂王弟摩醯因陁羅舍離欲愛,誌求聖果,得六神通,具八解脫,足步虛空,來遊此國,弘宣正法,流布遺教。自茲已降,風俗淳信。伽藍數百所,僧徒二萬餘人,遵行大乘上座部法。佛教至後二百餘年,各擅專門,分成二部:一曰摩訶毗訶羅住部,斥大乘,習小教。二曰阿跋耶祇厘住部,學兼二乘,弘演三藏。僧徒乃戒行貞潔,定慧凝明,儀範可師,濟濟如也。
僧伽羅国は先の時にはただ淫らな祀りを宗んでいた。仏が世を去られた後、第一百年に、無憂王の弟、摩醯因陀羅が欲も愛も舍て離れ、聖なる果を求めることを誌し、六神通を得、八解脱を具え、足で虚空を歩んで、この国に来て遊び、正しい法を弘め宣べ、遺された教えを流し布いた。これより以降、風俗は淳く信じるようになった。伽藍は数百ヶ所、僧徒は二万余人で、大乗上座部の法を遵って行う。仏の教えが至ってから後、二百余年にして、それぞれ専門を擅にし、分かれて二つの部となった。一つは摩訶毗訶羅住部といい、大乗を斥けて小の教えを習う。二つは阿跋耶祇釐住部といい、学は二乗を兼ね、三蔵を弘め演べる。僧徒は戒の行いが貞しく潔く、定も慧も凝り明らかで、儀も範も師とするに足り、済々としている。
5仏牙を安んじた精舍
王宮側有佛牙精舍,高數百尺,瑩以珍珠,飾之奇寶。精舍上建表柱,置缽曇摩羅伽大寶,寶光赫奕聯暉,照曜晝夜,遠望爛若明星。王以佛牙日三灌洗,香水香末,或濯或焚,務極珍奇,式修供養。
王の宮の側に仏牙の精舍があり、高さは数百尺で、珍しい珠で瑩き、奇しい宝で飾っている。精舍の上に表の柱を建て、缽曇摩羅伽の大きな宝を置いた。宝の光は赫々と奕々として暉りを聯ね、昼も夜も照り曜いて、遠くから望むと爛きが明るい星のようである。王は仏牙を日に三たび灌ぎ洗い、香の水と香の末を、あるいは濯ぎあるいは焚き、珍しく奇しいことを極めるよう務めて、式のとおりに供養を修める。
6首を俯して宝を授けた金の仏像
佛牙精舍側有小精舍,亦以眾寶而為瑩飾。中有金佛像,此國先王等身而鑄,肉髻則貴寶飾焉。其後有盜,伺欲竊取,而重門周檻,衛守清切。盜乃鑿通孔道,入精舍而穴之,遂欲取寶,像漸高遠。其盜既不果求,退而嘆曰:「如來在昔修菩薩行,起廣大心,發弘誓願,上自身命,下至國城,悲湣四生,周給一切。今者,如何遺像吝寶?靜言於此,不明昔行。」佛乃俯首而授寶焉。是盜得已,尋持貨賣,人或見者,咸謂之曰:「此寶乃先王金佛像頂髻寶也,爾從何獲,來此鬻賣?」遂擒以白王。王問所從得,盜曰:「佛自與我,我非盜也。」王以為不誠,命使觀驗,像猶俯首。王睹聖靈,信心淳固,不罪其人,重贖其寶,莊嚴像髻,重置頂焉。像因俯首,以至於今。
仏牙の精舍の側に小さな精舍があり、これもまた衆の宝で瑩き飾っている。中に金の仏像があり、この国の先の王が身に等しく鋳たもので、肉の髻には貴い宝を飾っていた。その後、盗人があって、伺って竊み取ろうとしたが、重なる門と周る檻があり、衛り守ることが清く切しかった。盗人はそこで孔の道を鑿り通し、精舍に入って穴をあけ、そこで宝を取ろうとしたところ、像がだんだん高く遠くなった。その盗人は求めを果たせないと、退いて嘆いて言った。「如来は昔、菩薩の行を修め、広く大きな心を起こし、弘い誓いの願を発して、上は身や命から、下は国や城に至るまで、四生を悲しみ湣れんで、一切に周く給えられた。今、どうして遺された像が宝を吝しむのか。静かにここで言えば、昔の行いが明らかでない。」仏はそこで首を俯して宝を授けられた。この盗人は得てしまうと、ほどなく持って貨り売ったが、人で見た者があって、みな言った。「この宝は先の王の金の仏像の頂の髻の宝である。おまえはどこから獲て、ここに来て鬻ぎ売るのか。」そこで擒えて王に白した。王がどこから得たかを問うと、盗人が言った。「仏が自らわたしに与えられた。わたしは盗んだのではない。」王はそれを誠でないと考え、使いに命じて観て験めさせたところ、像はなお首を俯していた。王は聖なる霊しさを睹て、信じる心が淳く固くなり、その人を罪さず、重くその宝を贖い、像の髻を荘り厳って、あらためて頂に置いた。像はそれによって首を俯して、今に至っている。
7日ごとに一万八千の僧を養った厨
王宮側建大廚,日營萬八千僧食。食時既至,僧徒持缽受饌,既得食已,各還其居。自佛教流被,建斯供養,子孫承統,繼業至今。十數年來,國中政亂,未有定主,乃廢斯業。
王の宮の側に大きな厨を建て、日に一万八千人の僧の食を営んだ。食の時が至ると、僧徒は缽を持って饌を受け、食べ終えると、それぞれその居に還った。仏の教えが流れ被ってから、この供養を建て、子孫が統を承け、業を継いで今に至った。十数年来、国の中で政が乱れ、定まった主がないので、そこでこの業を廃してしまった。
8海の隅に出る宝
國濱海隅,地產珍寶,王親祠祭,神呈奇貨。都人士子,往來求采,稱其福報,所獲不同。隨得珠璣,賦稅有科。
国は海の隅に濱し、地から珍しい宝が産する。王が親ら祠り祭ると、神が奇しい貨を呈す。都の人や士の子が往き来して采ることを求めるが、その福の報いに称って、獲るものは同じでない。得た珠や璣に随って、賦や税に科がある。
9䮚迦山
國東南隅有䮚迦山,巖谷幽峻,神鬼遊舍,在昔如來於此說《䮚迦經》。
国の東南の隅に䮚迦山があり、巌も谷も幽かで峻しく、神や鬼が遊び舍る。昔、如来はここで『䮚迦経』を説かれた。
夾注 2
勒鄧反。
勒と鄧の反である。
舊曰楞伽經,訛也。
旧くは楞伽経といったが、訛りである。
10那羅稽羅洲
國南浮海數千里,至那羅稽羅洲。洲人卑小,長餘三尺,人身鳥喙。既無穀稼,唯食椰子。
国の南へ海に浮かんで数千里行くと、那羅稽羅洲に至る。洲の人は卑く小さく、長さは三尺余りで、人の身に鳥の喙である。穀の稼がないので、ただ椰子を食べる。
11月愛珠を肉髻とした石の仏像
那羅稽羅洲西浮海數千里,孤島東崖有石佛像,高百餘尺,東面坐,以月愛珠為肉髻。月將回照,水即懸流,滂霈崖嶺,臨註谿壑。時有商侶,遭風飄浪,隨波泛濫,遂至孤島。海鹹不可以飲,渴乏者久之。是時月十五日也,像頂流水,眾皆獲濟。以為至誠所感,靈聖拯之,於即留停,遂經數日。每月隱高巖,其水不流。時商主曰:「未必為濟我曹而流水也。嘗聞月愛珠月光照即水流註耳,將非佛像頂上有此寶耶?」遂登崖而視之,乃以月愛珠為像肉髻。當見其人,說其始末。
那羅稽羅洲の西へ海に浮かんで数千里、孤り島の東の崖に石の仏像があり、高さは百余尺で、東に面して坐り、月愛珠を肉の髻としている。月がまさに回り照らすころ、水がすぐに懸かり流れ、崖や嶺に滂り霈り、谿や壑に臨み注ぐ。あるとき商いの侶が、風に遭い浪に飄られ、波に随って泛び濫れ、ついに孤り島に至った。海は鹹くて飲むことができず、渇き乏しいことが久しかった。このときは月の十五日であった。像の頂から水が流れ、衆はみな済われた。至った誠が感じるところとなり、霊しく聖なるものが拯ったのだと考えて、そのまま留まり停まり、ついに数日を経た。月が高い巌に隠れるたびに、その水は流れなかった。そのとき商いの主が言った。「必ずしもわたしたちを済うために水が流れるのではあるまい。かつて月愛珠は月の光が照らすとすぐ水が流れ注ぐと聞いたことがある。もしや仏像の頂の上にこの宝があるのではないか。」そこで崖に登って視たところ、月愛珠を像の肉の髻としていた。その人に会ったとき、その始めと末を説いてくれた。
12人の住まない大宝洲
國西浮海數千里,至大寶洲,無人居止,唯神棲宅。靜夜遙望,光燭山水。商人往之者多矣,咸無所得。
国の西へ海に浮かんで数千里行くと、大きな宝の洲に至る。人が居り止まることなく、ただ神が棲み宅るばかりである。静かな夜に遥かに望むと、光が山や水を燭らす。商人で往った者は多いが、みな得るところがなかった。
自達羅毗荼國北入林野中,歷孤城,過小邑,兇人結黨,作害羈旅。行二千餘里,至恭建那補羅國。
達羅毗荼国から北へ林や野の中に入り、孤り城を歴り、小さな邑を過ぎる。兇しい人が党を結んで、羈旅の者に害をなす。二千余里行くと、恭建那補羅国に至る。
夾注 1
南印度境。
南インドの境である。