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呬摩呾羅国呬摩呾羅國

大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 大唐西域記 · 玄奘 著 · 辯機 編 · 646年(唐・貞観20年) · 段落 2 · 漢字 199字 · 朗読 0.8分

大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 第12巻 玄奘が十七年のあいだ西域とインドの百三十八か国を踏んで帰り、唐の太宗に奉った記録。西遊記のもとになった書だが、ここにあるのは妖怪ではなく、国ごとの広さと気候と言葉と信仰である。法顕より二百年後、慧超より八十年前の道である。

呬摩呾羅國,睹貨邏國故地也,周三千餘里。山川邐迤,土地沃壤,宜穀稼,多宿麥,百卉滋茂,眾果具繁。氣序寒烈,人性暴急,不識罪福,形貌鄙陋。舉措威儀,衣氈皮褐,頗同突厥。其婦人首冠木角,高三尺餘,前有兩岐,表夫父母。上岐表父,下岐表母,隨先喪亡,除去一岐。舅姑俱歿,角冠全棄。其先強國,王,釋種也,蔥嶺之西,多見臣伏。境鄰突厥,遂染其俗。又為侵掠,自過其境,故此國人流離異域,數十堅城,各別立主。穹廬毳帳,遷徙往來。西接訖栗瑟摩國。

呬摩呾羅国は、睹貨邏国の故い地であって、周り三千余里である。山も川も邐り迤り、土地は沃えた壌で、穀の稼に宜しく、宿麦が多く、百の卉が滋り茂り、衆の果がともに繁っている。気候は寒く烈しく、人の性は暴しく急で、罪も福も識らず、形も貌も鄙しく陋い。挙措も威儀も、氈や皮や褐を衣ることも、かなり突厥と同じである。その婦人は首に木の角を冠り、高さは三尺余りで、前に二つの岐があって、夫の父母を表す。上の岐は父を表し、下の岐は母を表す。先に喪い亡くなった方に随って、一つの岐を除き去る。舅も姑もともに歿すれば、角の冠をまるごと棄てる。その先は強い国で、王は釈の種であって、蔥嶺の西では、臣として伏す者が多く見られた。境が突厥に鄰していたので、ついにその俗に染まった。また侵され掠められ、自らその境を過ぎられたので、それでこの国の人は異なる域に流れ離れ、数十の堅い城が、それぞれ別に主を立てている。穹廬や毳の帳で、遷り徙って往き来する。西は訖栗瑟摩国に接している。

東谷行二百餘里,至缽鐸創那國。

東の谷を二百余里行くと、缽鐸創那国に至る。