いにしえの文 › 大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) › 第12巻

烏鎩国烏鎩國

大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 大唐西域記 · 玄奘 著 · 辯機 編 · 646年(唐・貞観20年) · 段落 3 · 漢字 559字 · 朗読 2.2分

大唐西域記(大唐の西域をめぐる記) 第12巻 玄奘が十七年のあいだ西域とインドの百三十八か国を踏んで帰り、唐の太宗に奉った記録。西遊記のもとになった書だが、ここにあるのは妖怪ではなく、国ごとの広さと気候と言葉と信仰である。法顕より二百年後、慧超より八十年前の道である。

烏鎩國周千餘里,國大都城周十餘里,南臨徙多河。地土沃壤,稼穡殷盛,林樹郁茂,花果具繁。多出雜玉,則有白玉、黳玉、青玉。氣序和,風雨順。俗寡禮義,人性剛獷,多詭詐,少廉恥。文字、語言少同伎佉沙國。容貌醜弊,衣服皮褐。然能崇信,敬奉佛法。伽藍十餘所,僧徒減千人,習學小乘教說一切有部。自數百年王族絕嗣,無別君長,役屬朅盤陁國。

烏鎩国は周り千余里、国の大都城は周り十余里で、南は徙多河に臨んでいる。土地は沃えた壌で、稼穡は殷んに盛んで、林の樹は郁んに茂り、花と果はともに繁っている。雑多な玉が多く出るが、白玉・黳玉・青玉がある。気候は和らぎ、風雨は順である。風俗に礼義は寡なく、人の性質は剛く獷しく、詭りと詐りが多く、廉恥が少ない。文字と言語は佉沙国と少し同じである。容貌は醜く弊れており、衣服は皮と褐である。しかし能く崇め信じ、仏法を敬い奉じている。伽藍は十余ヶ所、僧徒は千人に満たないが、小乗教の説一切有部を習い学ぶ。数百年前から王族の嗣が絶え、別に君長がなく、朅盤陀国に役属している。

2迦葉波仏の時に定に入った苾芻

城西二百餘里至大山,山氣巃嵸,觸石興雲,崖隒崢嶸,將崩未墜。其巔窣堵波,郁然奇制也。聞諸土俗曰:數百年前,山崖崩圮,中有苾芻,瞑目而坐,軀量偉大,形容枯槁,鬚髮下垂,被肩蒙面。有田獵者見已白王,王躬觀禮。都人士子,不召而至,焚香散花,競修供養。王曰:「斯何人哉?若此偉也!」有苾芻對曰:「此鬚髮垂長而被服袈裟,乃入滅心定阿羅漢也。夫入滅心定者,先有期限,或言聞犍椎聲,或言待日光照,有茲警察,便從定起。若無警察,寂然不動,定力持身,遂無壞滅。段食之體,出定便謝。宜以酥油灌註,令得滋潤,然後鼓擊,警悟定心。」王曰:「俞乎!」乃擊犍椎。其聲才振,而此羅漢豁然高視,久之,乃曰:「爾輩何人?形容卑小,被服袈裟?」對曰:「我苾芻也。」曰:「然,我師迦葉波如來今何所在?」對曰:「入大涅槃,其來已久。」聞而閉目,悵若有懷,尋重問曰:「釋迦如來出興世耶?」對曰:「誕靈導世,已從寂滅。」聞復俯首,久之乃起,升虛空,現神變,化火焚身,遺骸墜地。王收其骨,起窣堵波。

城の西二百余里で大山に至る。山の気は巃く嵸く、石に触れて雲を興し、崖の隒は崢しく嶸しく、崩れようとしてまだ墜ちていない。その巔の窣堵波は、郁然として奇しい制である。その土地の俗に聞くと、こう言う。数百年前、山の崖が崩れ圮れたが、その中に苾芻がいて、目を瞑って坐っていた。軀の量は偉く大きく、形と容は枯れ槁れており、鬚と髪は下に垂れて、肩を被い面を蒙っていた。田り獵る者が見て王に白すと、王は躬ら観て礼をした。都の人や士子が、召されずに至り、香を焚き花を散らして、競って供養を修めた。王は「これは何という人か。これほどに偉いとは」と言った。ある苾芻が対えて言った、「この鬚と髪が垂れて長く、袈裟を被り服ている者は、滅心定に入った阿羅漢です。およそ滅心定に入る者は、先に期限を定めておき、犍椎の声を聞けばと言う者もあり、日の光が照らすのを待つと言う者もあります。この警め察しがあれば、すぐに定から起ちます。もし警め察しがなければ、寂然として動かず、定の力が身を持つので、ついに壊れ滅びることがありません。段食の体ですから、定を出ればすぐに謝れてしまいます。酥油を灌ぎ註いで滋り潤わせ、その後に鼓を撃って、定の心を警め悟らせるべきです」。王は「よろしい」と言い、そこで犍椎を撃った。その声がやっと振れると、この羅漢は豁然と高く視て、久しくしてから、「お前たちは何という人か。形と容は卑しく小さいのに、袈裟を被り服ているのは」と言った。対えて「私たちは苾芻です」と言った。「そうか。私の師、迦葉波如来は今どこにおられるか」と言った。対えて「大涅槃に入られてから、すでに久しいです」と言った。聞いて目を閉じ、悵んで懷うところがあるようであった。ついで重ねて問うて、「釈迦如来は世に出で興られたか」と言った。対えて「霊しく誕まれて世を導かれ、すでに寂滅に従われました」と言った。聞いてまた首を俯れ、久しくしてから起ち、虚空に升り、神しい変を現し、火と化して身を焚くと、遺された骸が地に墜ちた。王はその骨を収めて、窣堵波を起てた。

從此北行,山磧曠野五百餘里,至佉沙國。

ここから北へ、山と磧の曠い野を五百余里行くと佉沙国に至る。

夾注 1

舊謂疏勒者,乃稱其城號也。正音宜云室利訖栗多底。疏勒之言,猶為訛也。

旧くは疏勒と謂ったのは、その城の号を称えたものである。正しい音では室利訖栗多底と云うべきである。疏勒という言は、なお訛りである。