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海南の諸国海南諸國

梁書 諸夷伝(梁書に記された諸夷の記録) 梁書 諸夷傳 · 姚思廉 · 636年(唐・貞観10年) · 段落 1 · 漢字 197字 · 朗読 0.8分

梁書 諸夷伝(梁書に記された諸夷の記録) 全一巻 南朝の梁が見た三十六か国。武寧王が「再び強国となった」と知らせた表文、新羅が初めて自らの名で現れる記録、仏の髪と阿育王塔の話、そして扶桑国・女人国のような海の果ての伝説まで — 南海から西域に至る最も幅広い諸夷伝である。

1海南の諸国の序

海南諸國,大抵在交州南及西南大海洲上,相去近者三五千里,遠者二三萬里,其西與西域諸國接。漢元鼎中,遣伏波將軍路博多開百越,置日南郡。其徼外諸國,自武帝以來皆朝貢。後漢桓帝世,大秦、天竺皆由此道遣使貢獻。及吳孫權時,遣宣化從事朱應、中郎康泰通焉。其所經及傳聞,則有百數十國,因立記傳。晉代通中國者蓋鮮,故不載史官。及宋、齊,至者有十餘國,始爲之傳。自梁革運,其奉正朔,脩貢職,航海歲至,踰於前代矣。今采其風俗粗著者,綴爲《海南傳》云。

海南の諸国は、おおむね交州の南および西南の大海の島の上にある。互いの隔たりは、近いものが三千から五千里、遠いものが二万から三万里で、その西は西域の諸国と接している。漢の元鼎年間、伏波将軍の路博多を遣わして百越を開き、日南郡を置いた。その辺境の外の諸国は、武帝以来みな朝貢してきた。後漢の桓帝の世には、大秦と天竺がいずれもこの道によって使者を遣わし、貢物を献じた。呉の孫権の時になって、宣化従事の朱応と中郎の康泰を遣わしてこれと通じさせた。その経てきた所と伝え聞いた所は百数十国に及び、それによって記と伝を立てた。晋の代に中国と通じた者はおおよそ少なく、それゆえ史官に載せられなかった。宋・斉に至って、来る者が十余国あり、はじめてその伝を作った。梁が天命を革めて以来、正朔を奉じ、貢職を修め、海を渡って年ごとに至る者は、前の代を超えた。いま、その風俗のうちおおよそ著しいものを採り、綴って『海南伝』とする。