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狼牙脩国狼牙脩國

梁書 諸夷伝(梁書に記された諸夷の記録) 梁書 諸夷傳 · 姚思廉 · 636年(唐・貞観10年) · 段落 2 · 漢字 463字 · 朗読 1.9分

梁書 諸夷伝(梁書に記された諸夷の記録) 全一巻 南朝の梁が見た三十六か国。武寧王が「再び強国となった」と知らせた表文、新羅が初めて自らの名で現れる記録、仏の髪と阿育王塔の話、そして扶桑国・女人国のような海の果ての伝説まで — 南海から西域に至る最も幅広い諸夷伝である。

1狼牙脩国

狼牙脩國,在南海中。其界東西三十日行,南北二十日行,去廣州二萬四千里。土氣物產與扶南略同,偏多𥴈沉婆律香等。其俗男女皆袒而被髮,以吉貝爲干縵。其王及貴臣乃加雲霞布覆胛,以金繩爲絡帶,金鐶貫耳。女子則被布,以瓔珞繞身。其國累磚爲城,重門樓閣。王出乘象,有幡毦旗鼓,罩白蓋,兵衛甚設。國人說,立國以來四百餘年,後嗣衰弱,王族有賢者,國人歸之。王聞知,乃加囚執,其鏁無故自斷,王以爲神,因不敢害,乃斥逐出境,遂奔天竺,天竺妻以長女。俄而狼牙王死,大臣迎還爲王。二十餘年死,子婆伽達多立。天監十四年,遣使阿撤多奉表曰:「大吉天子足下:離淫怒癡,哀愍衆生,慈心無量。端嚴相好,身光明朗,如水中月,普照十方。眉間白毫,其白如雪,其色照曜,亦如月光。諸天善神之所供養,以垂正法寶,梵行衆增,莊嚴都邑。城閣高峻,如乾陁山。樓觀羅列,道途平正。

狼牙脩国は南海の中にある。その境は東西に三十日の道、南北に二十日の道で、広州から二万四千里である。土地の気と産物は扶南とおおむね同じだが、𥴈香・沈香・婆律香などがとりわけ多い。その風俗では、男女はみな肌をあらわにして髪を解き、吉貝で干縵を作る。その王と身分の高い臣は、さらに雲霞の布を肩にかけ覆い、金の縄を絡帯とし、金の輪を耳に通す。女は布をまとい、瓔珞を身にめぐらす。その国は煉瓦を積んで城とし、重ねた門と楼閣がある。王が出るときは象に乗り、幡・毦・旗・鼓があって白い蓋をかざし、兵の護りはきわめて厳しく備わっている。国の人の言うところでは、国を立ててから四百余年、後の嗣が衰え弱ったが、王族に賢い者があって国人がこれに帰した。王はこれを聞き知って囚え執えたが、その鎖がわけもなく自ずから断れたので、王は神だと思ってあえて害することができず、境の外へ追い払った。そこで天竺へ逃げ去ると、天竺は長女をその妻とした。やがて狼牙の王が死に、大臣たちが迎え還して王とした。二十余年で死に、子の婆伽達多が立った。天監十四年、使者の阿撤多を遣わして表を奉じて言った。「大吉天子の足下に申し上げます。淫りと怒りと痴かさを離れ、衆生を哀れみ憐れみ、慈しみの心は量りがありません。端正で荘厳な相好に、身の光は明るく朗らかで、水の中の月のように十方をあまねく照らされ、眉の間の白い毫は、その白さは雪のよう、その色の輝きはまた月の光のようです。諸々の天の善神が供養するところとして、正しい法の宝を垂れ、梵行の衆は増し、都邑を荘厳しています。城と閣は高く険しく乾陁山のようであり、楼観は並び立ち、道は平らに正しいのです。

2婆伽達多の表

人民熾盛,快樂安穩。著種種衣,猶如天服。於一切國,爲極尊勝。天王愍念羣生,民人安樂,慈心深廣,律儀清淨,正法化治,供養三寶,名稱宣揚,佈滿世界,百姓樂見,如月初生。譬如梵王,世界之主,人天一切,莫不歸依。敬禮大吉天子足下,猶如現前,忝承先業,慶嘉無量。今遣使問訊大意。欲自往,復畏大海風波不達。今奉薄獻,願大家曲垂領納。」

人民は盛んに栄えて、快く楽しく安らかです。さまざまな衣を着て、ちょうど天の衣のようであり、一切の国の中で極めて尊くすぐれています。天王は群れ生きるものを憐れみ念われるので、民人は安楽であり、慈しみの心は深く広く、律儀は清く浄く、正しい法で教え治め、三宝を供養され、その名は宣べ揚げられて世界に満ちわたり、百姓が見ることを楽しむのは、月の初めて生ずるようです。たとえば梵王、世界の主であって、人と天の一切、帰依しないものはありません。大吉天子の足下を敬い礼することは、ちょうど目の前におられるようです。かたじけなくも先の業を承けて、慶びと嘉びは量りがありません。いま使者を遣わして大いなる御心を伺います。自ら参りたくはありますが、大海の風波に達せぬことを恐れます。いま薄い献り物を奉りますので、大家が曲げて受け納めてくださいますように。」