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周穆王周穆王篇

列子(列禦寇の書) 列子 · 列禦寇の名で伝わる · 今の版本は4世紀頃 · 段落 9 · 漢字 2,913字 · 朗読 11.7分

列子(列禦寇の書) 周穆王篇 道徳経・荘子とともに道家の三書に数えられるが、読む味わいがかなり違う。論じるよりも話を聞かせ、その話が後の世に言葉となって残った。天が崩れるのではないかと眠れなかった杞の国の人(杞憂)、山を移すと言って子孫を数えた愚公(愚公移山)、どんぐりを朝に三つ夕に四つ与えると怒った猿たち(朝三暮四)、琴の音から泰山と川の流れを聞き分けた鍾子期(知音)はみなこの書から出た。 八編の肌合いがそれぞれ違う。天瑞・黄帝は生まれることと変わることを説き、周穆王は夢と目覚めの境を揺さぶり、湯問はこの書架で最も大きな想像を広げる — 底のない谷の帰墟と五つの山を背に負って立つ大亀、人とまったく同じに歩き歌い、割って見れば革と木であった偃師の人形。力命は力と命を向かい合わせて争わせ、楊朱は「我が身の毛一本で天下を利することはしない」という言葉が出たところであり、説符は短い話三十四片で締めくくる。

周穆王時,西極之國有化人來,入水火,貫金石;反山川,移城邑;乘虛不墜,觸實不硋。千變萬化,不可窮極。既已變物之形,又且易人之慮。穆王敬之若神,事之若君。推路寢以居之,引三牲以進之,選女樂以娛之。化人以爲王之宮室卑陋而不可處,王之廚饌腥螻而不可饗,王之嬪御膻惡而不可親。穆王乃爲之改築。土木之功,赭堊之色,無遺巧焉。五府爲虛,而臺始成。其高千仞,臨終南之上,號曰中天之臺。簡鄭衛之處子娥媌靡曼者,施芳澤,正娥眉,設笄珥,衣阿錫,曳齊紈。粉白黛黑,珮玉環。雜芷若以滿之,奏《承雲》《六瑩》《九韶》《晨露》以樂之。月月獻玉衣,旦旦薦玉食。化人猶不舍然,不得已而臨之。居亡幾何,謁王同游。王執化人之袪,騰而上者,中天迺止。暨及化人之宮,化人之宮構以金銀,絡以珠玉,出雲雨之上,而不知下之據,望之若屯雲焉。耳目所觀聽,鼻口所納嘗,皆非人間之有。王實以爲清都、紫微、鈞天、廣樂,帝之所居。王俯而視之,其宮榭若累塊積蘇焉。王自以居數十年不思其國也。化人復謁王同游,所及之處,仰不見日月,俯不見河海。光影所照,王目眩不能得視;音響所來,王耳亂不能得聽。百骸六藏,悸而不凝。意迷精喪,請化人求還。化人移之,王若殞虛焉。既寤,所坐猶嚮者之處,侍御猶嚮者之人。視其前,則酒未清,肴未昲。王問所從來,左右曰:「王默存耳。」由此穆王自失者三月而復,更問化人。化人曰:「吾與王神遊也,形奚動哉?且曩之所居,奚異王之宮?曩之所游,奚異王之圃?王閒恆有,疑蹔亡。變化之極,徐疾之間,可盡模哉?」王大悅。不恤國事,不樂臣妾,肆意遠游。命駕八駿之乘,右服𧄪騮而左綠耳,右驂赤驥而左白𣚘,主車則造父爲御,𧮼𠱛爲右;次車之乘,右服渠黃而左踰輪,左驂盜驪而右山子,柏夭主車,參百爲御,奔戎爲右。馳驅千里,至於巨蒐氏之國。巨蒐氏乃獻白鵠之血以飲王,具牛馬之湩以洗王之足,及二乘之人。已飲而行,遂宿於崑崙之阿,赤水之陽。別日升於崑崙之丘,以觀黃帝之宮,而封之以詒後世。遂賓於西王母,觴於瑤池之上。西王母爲王謠,王和之,其辭哀焉。西觀日之所入。一日行萬里。王乃歎曰:「於乎!予一人不盈於德而諧於樂,後世其追數吾過乎!」穆王幾神人哉!能窮當身之樂,猶百年乃徂,世以爲登假焉。

周の穆王のとき、西の極みの国から化人が来た。水にも火にも入り、金や石を貫き、山や川をひるがえし、城や邑を移し、虚に乗っても落ちず、実に触れても塞がれなかった。千に変じ万に化して、きわめ尽くすことができなかった。すでに物の形を変え、さらに人の思いまで易えた。

穆王は彼を神のように敬い、君のように仕えた。路寝を押しのけて住まわせ、三牲を引いて献じ、女楽を選んで楽しませた。

化人は、王の宮室は低く陋くて住めず、王の厨の膳は生臭くて食えず、王の宮女は臭く醜くて近づけないと言った。

穆王はそこで彼のために改めて築いた。土と木の工、赭と白の色づけに、巧みを残すところがなかった。五つの府が空になって、はじめて台が成った。その高さは千仞、終南山の上を臨み、名づけて中天の台といった。

鄭と衛の処女のうち、美しくしなやかな者を選び、香の油を施し、眉を整え、笄や耳飾りをつけ、阿の細布を着せ、斉の白絹を引かせた。粉で白くし、黛で黒くし、玉の環を帯びさせた。芷と若を混ぜて満たし、『承雲』『六瑩』『九韶』『晨露』を奏して楽しませた。月ごとに玉の衣を献じ、朝ごとに玉の食を薦めた。

化人はそれでも心が落ち着かず、やむなくそこに臨んだ。

住んで幾らも経たないころ、王に一緒に遊ぶことを請うた。王が化人の袖を取ると、昇って上り、中天に至ってようやく止まった。

化人の宮に至ると、化人の宮は金と銀で構え、珠と玉で絡い、雲や雨の上に出て、下が何に拠っているのかも分からず、望めば群れ集まる雲のようであった。耳と目で見聞きするもの、鼻と口で納め味わうものは、みな人の世にあるものではなかった。王はまことに清都・紫微・鈞天・広楽、すなわち帝の住むところだと思った。

王が俯いて見ると、自分の宮や榭は、土の塊を積み、薪を積み上げたようであった。王はみずからそこに数十年住んだと思い、自分の国を思わなかった。

化人がまた王に一緒に遊ぶことを請うた。至ったところでは、仰いでも日や月が見えず、俯いても河や海が見えなかった。光と影の照らすところでは王の目が眩んで見ることができず、音と響きの来るところでは王の耳が乱れて聞くことができなかった。百の骸と六つの蔵が跳ねて落ち着かなかった。意は惑い精は失われ、化人に還ることを請うた。化人が彼を移すと、王は虚から落ちるようであった。

目覚めてみると、座っているのはさきほどの場所であり、侍る者もさきほどの人であった。前を見れば、酒はまだ澄まず、肴はまだ乾いていなかった。

王がどこから来たのかと問うと、傍の者が言った。「王は黙って座っておられただけです。」

これより穆王は我を失うことが三月あってから戻った。あらためて化人に問うと、化人が言った。

「私は王と神で遊んだのです。形がどうして動きましょうか。また、さきほど居たところが、どうして王の宮と違いましょう。さきほど遊んだところが、どうして王の園と違いましょう。王は常に在るものに馴れておられるので、しばし亡いものを疑われるのです。変化のきわみ、遅さと速さの隔たりを、すべて写し取れましょうか。」

王は大いに悦んだ。国の事を顧みず、臣や妾を楽しまず、思いのままに遠く遊んだ。

八頭の駿馬の車を仕立てさせた。右の内馬は𧄪騮、左は緑耳、右の添え馬は赤驥、左は白𣚘であった。主の車は造父が御し、𧮼𠱛が右に立った。次の車は、右の内馬が渠黄、左が踰輪、左の添え馬が盗驪、右が山子であった。柏夭が車を司り、参百が御し、奔戎が右に立った。

千里を駆けて、巨蒐氏の国に至った。巨蒐氏はそこで白鵠の血を献じて王に飲ませ、牛と馬の乳を備えて王と二つの車の人々の足を洗わせた。飲み終えて行き、ついに崑崙の阿、赤水の北に宿った。

別の日に崑崙の丘に登り、黄帝の宮を観て、土を盛って後の世に遺した。ついに西王母の客となり、瑤池のほとりで杯を挙げた。西王母が王のために謡い、王がそれに和したが、その辞は哀しかった。西に日の入るところを観た。一日に万里を行った。

王はそこで嘆いた。「ああ、私一人が徳に満たないまま楽しみに和したのだから、後の世は私の過ちを数え上げるであろう。」

穆王はほとんど神人であった。その身の楽しみをきわめることができたが、それでも百年で去った。世は彼が天に昇ったのだと思った。

老成子學幻於尹文先生,三年不告。老成子請其過而求退。尹文先生揖而進之於室,屏左右而與之言曰:「昔老聃之徂西也,顧而告予曰:『有生之氣,有形之狀,盡幻也。造化之所始,陰陽之所變者,謂之生,謂之死。窮數達變,因形移易者,謂之化,謂之幻。造物者其巧妙,其功深,固難窮難終。因形者其巧顯,其功淺,故隨起隨滅。知幻化之不異生死也,始可與學幻矣。』吾與汝亦幻也,奚須學哉?」老成子歸,用尹文先生之言,深思三月,遂能存亡自在,憣校四時,冬起雷,夏造冰;飛者走,走者飛,終身不箸其術,故世莫傳焉。子列子曰:「善爲化者,其道密庸,其功同人。五帝之德,三王之功,未必盡智勇之力,或由化而成。孰測之哉?」

老成子が尹文先生に幻術を学んだが、三年のあいだ告げられなかった。老成子はみずからの過ちを問い、退くことを願った。

尹文先生は揖して室に入れ、左右を退けて彼に語った。

「昔、老聃が西へ去るとき、振り返って私に告げた。『生ある気も、形ある姿も、ことごとく幻である。造化の始まるところ、陰陽の変わるところを生といい、死という。数をきわめ変を究め、形に因って移り易わるものを化といい、幻という。

物を造る者はその巧みが妙であり、その功が深く、まことにきわめがたく終えがたい。形に因るものはその巧みが顕わであり、その功が浅いので、起こるにつれて滅びる。幻や化が生や死と異ならないことを知って、はじめて幻を学ぶに足る。』

私もお前も幻である。何を学ぶ必要があろうか。」

老成子は帰り、尹文先生の言葉を用いて三月のあいだ深く思った。ついに在ることも亡いことも心のままにし、四季をひるがえして、冬に雷を起こし、夏に氷を造り、飛ぶものを走らせ、走るものを飛ばせた。だが終生その術を書き留めなかったので、世に伝わらなかった。

子列子が言った。「化をよくする者は、その道がひそかに用いられ、その功は人と同じに見える。五帝の徳、三王の功も、必ずしもすべてが智と勇の力によるのではなく、あるいは化によって成ったのかもしれない。誰がそれを測れようか。」

覺有八徵,夢有六候。奚謂八徵?一曰故,二曰爲,三曰得,四曰喪,五曰哀,六曰樂,七曰生,八曰死。此者八徵,形所接也。奚謂六候?一曰正夢,二曰蘁夢,三曰思夢,四曰寤夢,五曰喜夢,六曰懼夢。此六者,神所交也。不識感變之所起者,事至則惑其所由然;識感變之所起者,事至則知其所由然。知其所由然,則無所怛。一體之盈虛消息,皆通於天地,應於物類。故陰氣壯,則夢涉大水而恐懼;陽氣壯,則夢涉大火而燔焫;陰陽俱壯,則夢生殺。甚飽則夢與,甚饑則夢取。是以以浮虛爲疾者,則夢揚;以沈實爲疾者,則夢溺;藉帶而寢則夢蛇,飛鳥銜髮則夢飛;將陰夢火,將疾夢食;飲酒者憂,歌儛者哭。子列子曰:「神遇爲夢,形接爲事。故晝想夜夢,神形所遇。故神凝者想夢自消。信覺不語,信夢不達,物化之往來者也。古之真人,其覺自忘,其寢不夢,幾虛語哉?」

覚めているときに八つの徴があり、夢に六つの候がある。

八つの徴とは何か。一に故、二に為、三に得、四に喪、五に哀、六に楽、七に生、八に死である。この八つの徴は、形が接するものである。

六つの候とは何か。一に正夢、二に蘁夢、三に思夢、四に寤夢、五に喜夢、六に懼夢である。この六つは、神が交わるものである。

感と変の起こるところを知らない者は、事が至ればその拠るところに惑う。感と変の起こるところを知る者は、事が至ればその拠るところを知る。その拠るところを知れば、おののくところがない。

一つの体の満ち虚ろい消え育つことは、みな天地に通じ、物の類に応じる。だから陰の気が盛んであれば、大水を渉って恐れ懼れる夢を見る。陽の気が盛んであれば、大火を渉って焼かれる夢を見る。陰と陽がともに盛んであれば、生かし殺す夢を見る。ひどく飽きていれば与える夢を見、ひどく飢えていれば取る夢を見る。

だから浮いて虚ろなことが病である者は、揚がる夢を見、沈んで実することが病である者は、溺れる夢を見る。帯を敷いて寝れば蛇の夢を見、飛ぶ鳥が髪を銜えれば飛ぶ夢を見る。陰になろうとすれば火の夢を見、病もうとすれば食べる夢を見る。酒を飲む者は憂い、歌い舞う者は哭する。

子列子が言った。「神が遇えば夢となり、形が接すれば事となる。だから昼に想うことを夜に夢みるのは、神と形が遇うからである。だから神の凝った者は、想いも夢もおのずから消える。まことに覚めた者は語らず、まことに夢みた者は述べない。物の化が往き来するだけである。昔の真人は、覚めていてもみずからを忘れ、寝ても夢みなかった。これがどうして空言であろうか。」

西極之南隅有國焉,不知境界之所接,名古莽之國。陰陽之氣所不交,故寒暑亡辨;日月之光所不照,故晝夜亡辨。其民不食不衣而多眠。五旬一覺,以夢中所爲者實,覺之所見者妄。四海之齊謂中央之國,跨河南北,越岱東西,萬有餘里。其陰陽之審度,故一寒一暑;昏明之分察,故一晝一夜。其民有智有愚。萬物滋殖,才藝多方。有君臣相臨,禮法相持。其所云爲不可稱計。一覺一寐,以爲覺之所爲者實,夢之所見者妄。東極之北隅有國曰阜落之國。其土氣常燠,日月餘光之照。其土不生嘉苗。其民食草根木實,不知火食,性剛悍,彊弱相藉,貴勝而不尚義;多馳步,少休息,常覺而不眠。

西の極みの南の隅に国があり、その境がどこに接しているのか分からない。名を古莽の国という。陰と陽の気が交わらないので、寒さと暑さの区別がない。日と月の光が照らさないので、昼と夜の区別がない。その民は食べず着ず、よく眠る。五十日に一度覚め、夢のなかで行うことを実とし、覚めて見るものを妄とする。

四海のまんなかを中央の国という。河の南北にまたがり、岱山の東西を越えて、万余里である。その陰と陽が明らかに度を分けるので、一度寒く一度暑い。その暗と明がはっきり分かれるので、一度昼で一度夜である。その民には智もあり愚もある。万物が繁り殖え、才と芸が多方にわたる。君と臣が互いに臨み、礼と法が互いに支える。その言うことなすことは数え上げられない。一度覚め一度寝て、覚めて行うことを実とし、夢に見るものを妄とする。

東の極みの北の隅に阜落の国がある。その土の気は常に暖かく、日と月の余りの光が照らす。その土はよい苗を生じない。その民は草の根や木の実を食べ、火で煮て食うことを知らない。性は剛く強く、強い者が弱い者を踏みつけ、勝つことを貴んで義を尚ばない。よく走り歩き、休むことが少なく、常に覚めていて眠らない。

周之尹氏大治產,其下趣役者侵晨昏而弗息。有老役夫筋力竭矣,而使之彌勤。晝則呻呼而即事,夜則昏憊而熟寐。精神荒散,昔昔夢爲國君,居人民之上,總一國之事,遊燕宮觀,恣意所欲,其樂無比,覺則復役。人有慰喻其懃者,役夫曰:「人生百年,晝夜各分。吾晝爲僕虜,苦則苦矣;夜爲人君,其樂無比,何所怨哉?」尹氏心營世事,慮鍾家業,心形俱疲,夜亦昏憊而寐,昔昔夢爲人僕,趨走作役,無不爲也;數罵杖撻,無不至也。眠中啽囈呻呼,徹旦息焉。尹氏病之,以訪其友。友曰:「若位足榮身,資財有餘,勝人遠矣。夜夢爲僕,苦逸之復,數之常也。若欲覺夢兼之,豈可得邪?」尹氏聞其友言,寬其役夫之程,減己思慮之事,疾並少間。

周の尹氏が産を大いに治めた。その下で使われる者たちは、明け方から日暮れを越えて休むことができなかった。

年老いた使われ人がいて、筋も力も尽きていたのに、いよいよ勤めさせられた。昼は呻き声をあげて事に就き、夜は疲れ果てて熟く寝た。精神は荒れ散って、夜ごとに国の君となり、人民の上に居て一国の事を統べ、宮や観に遊び宴し、思いのままに欲するという夢を見た。その楽しみは比べるものがなく、覚めればまた使役であった。

その苦労を慰め諭す者があると、使われ人は言った。「人が生きるのは百年、昼と夜がそれぞれ半分だ。私は昼は僕虜であり、苦しいことは苦しい。だが夜は人の君であって、その楽しみは比べるものがない。何を怨むことがあろうか。」

尹氏は心で世の事を営み、思いは家の業に結ばれて、心も形もともに疲れ、夜もまた疲れ果てて寝たが、夜ごとに人の僕となり、走り回って使役され、しないことがなく、しばしば罵られ杖で打たれ、至らないことがないという夢を見た。眠りのなかで呻き唸り、朝まで続いてようやく息んだ。

尹氏がこれを苦しんで友に尋ねた。友が言った。「あなたの位は身を栄やすに足り、資財も余りがあって、人より遠く勝っている。夜に僕となる夢を見るのは、苦と逸とが返りあうことであって、数の常である。あなたが覚めているときも夢のときも兼ねて得ようとしても、どうして得られようか。」

尹氏はその友の言葉を聞いて、使われ人の日課をゆるめ、自分の思い煩う事を減らしたので、病はともに少し和らいだ。

鄭人有薪於野者,偶駭鹿,御而擊之,斃之。恐人見之也,遽而藏諸隍中,覆之以蕉,不勝其喜。俄而遺其所藏之處,遂以爲夢焉,順塗而詠其事。傍人有聞者,用其言而取之。既歸,告其室人曰:「向薪者夢得鹿而不知其處,吾今得之,彼直真夢矣。」室人曰:「若將是夢見薪者之得鹿邪?詎有薪者邪?今真得鹿,是若之夢真邪?」夫曰:「吾據得鹿,何用知彼夢我夢邪?」薪者之歸,不厭失鹿。其夜真夢藏之之處,又夢得之之主。爽旦,案所夢而尋得之,遂訟而爭之,歸之士師。士師曰:「若初真得鹿,妄謂之夢;真夢得鹿,妄謂之實。彼真取若鹿,而與若爭鹿。室人又謂夢仞人鹿,無人得鹿。今據有此鹿,請二分之。」以聞鄭君。鄭君曰:「嘻!士師將復夢分人鹿乎?」訪之國相。國相曰:「夢與不夢,臣所不能辨也。欲辨覺夢,唯黃帝孔丘。今亡黃帝孔丘,孰辨之哉?且恂士師之言可也。」

鄭の人で野に薪を取る者がいた。驚いた鹿に出会い、迎え撃って殺した。人に見られることを恐れ、急いで水のない堀の中に隠し、蕉で覆い、その喜びに堪えられなかった。

ほどなく隠した場所を忘れてしまい、そこで夢だったと思い、道を行きながらそのことを口に唱えた。傍の人で聞いた者があり、その言葉に従ってそれを取った。

帰って自分の妻に告げた。「さきほど薪を取る者が、鹿を得る夢を見てその場所を知らなかったが、私がいま得たのだ。あの者はまさしくまことの夢だったのだ。」

妻が言った。「あなたが、薪を取る者が鹿を得るのを夢に見たのではありませんか。どうして薪を取る者がいたでしょう。いままことに鹿を得たのなら、あなたの夢がまことだったのですか。」

夫が言った。「私が鹿を得たことに拠ればそれでよい。あの者の夢か私の夢かを知って、何になろうか。」

薪を取っていた者は帰っても鹿を失ったことを心から消せなかった。その夜、まことに隠した場所を夢みて、さらにそれを取った者の主まで夢みた。夜明けに、夢みたところを尋ねて探し当て、ついに訴えて争い、士師のもとに持ち込まれた。

士師が言った。「あなたは初めにまことに鹿を得ておきながら、みだりにそれを夢だと言い、まことに夢に鹿を得ておきながら、みだりにそれを実だと言った。あの者はまことにあなたの鹿を取り、そしてあなたと鹿を争っている。その妻はまた、夢で人の鹿を自分のものにしたのであって、鹿を得た人はいないと言う。いまここにこの鹿が在ることに拠って、二つに分けることを願う。」

鄭の君に聞こえた。鄭の君が言った。「ああ、士師もまた、夢で人の鹿を分けるのではないか。」

国の相に尋ねた。相が言った。「夢か夢でないかは、臣の弁じうるところではありません。覚めと夢を弁じようとするなら、ただ黄帝と孔丘だけです。いま黄帝も孔丘もおりません。誰がそれを弁じましょうか。ひとまず士師の言葉に従うのがよろしいでしょう。」

宋陽里華子中年病忘,朝取而夕忘,夕與而朝忘;在塗則忘行,在室則忘坐;今不識先,後不識今。闔室毒之,謁史而卜之,弗占;謁巫而禱之,弗禁;謁醫而攻之,弗已。魯有儒生自媒能治之,華子之妻子以居產之半請其方。儒生曰:「此固非卦兆之所占,非祈請之所禱,非藥石之所攻。吾試化其心,變其慮,庶幾其瘳乎!」於是試露之,而求衣;飢之,而求食;幽之,而求明。儒生欣然告其子曰:「疾可已也。然吾之方密,傳世不以告人。試屏左右,獨與居室七日。」從之,莫知其所施爲也,而積年之疾一朝都除。華子既悟,迺大怒,黜妻罰子,操戈逐儒生。宋人執而問其以,華子曰:「曩吾忘也,蕩蕩然不覺天地之有無。今頓識既往,數十年來存亡、得失、哀樂、好惡,擾擾萬緒起矣。吾恐將來之存亡、得失、哀樂、好惡之亂吾心如此也,須臾之忘,可復得乎?」子貢聞而怪之,以告孔子。孔子曰:「此非汝所及乎!」顧謂顏回紀之。

宋の陽里の華子が、中年になって忘れる病を患った。朝に取ったものを夕に忘れ、夕に与えたものを朝に忘れ、道にあっては歩くことを忘れ、室にあっては座ることを忘れ、いまは先を知らず、後はいまを知らなかった。

家中がこれを苦しみ、史を訪ねて卜わせたが占が出ず、巫を訪ねて祈らせたが止まらず、医を訪ねて攻めさせたが已まなかった。

魯に一人の儒生があり、みずから治せると名乗り出た。華子の妻と子は家産の半分を出してその方を請うた。

儒生が言った。「これはもとより卦や兆で占うものでもなく、祈り請うて禱るものでもなく、薬や石で攻めるものでもない。私は試みにその心を化し、その思いを変えてみよう。おそらくそれで癒えるであろう。」

そこで試みに彼を露わにしておくと衣を求め、飢えさせると食を求め、暗いところに置くと明かりを求めた。

儒生は喜んでその子に告げた。「病は已むことができる。しかし私の方は秘密で、代々伝えても人には告げない。試みに左右を退け、ただ一人で七日のあいだ室に居させてほしい。」

そのとおりにした。何をしたのか誰も知らなかったが、積年の病が一朝にしてすべて除かれた。

華子は覚めると、そこで大いに怒り、妻を退け子を罰し、戈を取って儒生を追った。宋の人が彼を押さえてその理由を問うと、華子が言った。

「先日、私が忘れていたときには、荒々として天地が在るか無いかも覚えなかった。いま急に過ぎたことを知り、数十年来の存亡、得失、哀楽、好悪が、乱れ騒いで万の思いとなって起こった。私は、これから来る存亡、得失、哀楽、好悪が、こうして私の心を乱すことを恐れる。しばしの忘れを、もう一度得られようか。」

子貢が聞いて怪しみ、孔子に告げた。孔子が言った。「これはお前の及ぶところではない。」そして顔回を振り返って、これを記させた。

秦人逢氏有子,少而惠,及壯而有迷罔之疾,聞歌以爲哭,視白以爲黑,饗香以爲朽,嘗甘以爲苦,行非以爲是;意之所之,天地、四方,水火、寒暑,無不倒錯者焉。楊氏告其父曰:「魯之君子多術藝,將能已乎?汝奚不訪焉?」其父之魯,過陳,遇老聃,因告其子之證。老聃曰:「汝庸知汝子之迷乎?今天下之人皆惑於是非,昏於利害。同疾者多,固莫有覺者。且一身之迷不足傾一家,一家之迷不足傾一鄉,一鄉之迷不足傾一國,一國之迷不足傾天下。天下盡迷,孰傾之哉?向使天下之人其心盡如汝子,汝則反迷矣。哀樂、聲色、臭味、是非,孰能正之?且吾之此言未必非迷,而況魯之君子迷之郵者,焉能解人之迷哉?榮汝之糧,不若遄歸也。」

秦の逢氏に子があった。幼いころは慧かったが、壮年になって惑い乱れる病になった。歌を聞いて哭だと思い、白を見て黒だと思い、香ばしいものを味わって腐っていると思い、甘いものを嘗めて苦いと思い、非を行って是だと思った。思いの向かうところ、天地も四方も、水も火も、寒さも暑さも、取り違えないものがなかった。

楊氏がその父に告げた。「魯の君子には術や芸が多い。治せるのではないか。あなたはなぜ訪ねないのか。」

その父が魯へ行く途中、陳を過ぎ、老聃に出会って、子の症を告げた。老聃が言った。

「あなたはどうして、あなたの子が惑っていると分かるのか。いま天下の人はみな是と非に惑い、利と害に昏い。同じ病の者が多いので、もとより覚っている者はいない。

また、一身の惑いは一家を傾けるに足らず、一家の惑いは一郷を傾けるに足らず、一郷の惑いは一国を傾けるに足らず、一国の惑いは天下を傾けるに足らない。天下がことごとく惑えば、誰がそれを傾けようか。

かりに天下の人の心がみなあなたの子のようであったなら、あなたのほうが逆に惑った者になる。哀と楽、声と色、臭いと味、是と非を、誰が正せようか。

また私のこの言葉も、必ずしも惑いでないとはいえない。まして魯の君子は惑いの最も極まった者たちである。どうして人の惑いを解けようか。あなたの糧を担うより、速やかに帰るほうがよい。」

燕人生於燕,長於楚,及老而還本國。過晉國,同行者誑之,指城曰:「此燕國之城。」其人愀然變容。指社曰:「此若里之社。」乃喟然而歎。指舍曰:「此若先人之廬。」乃涓然而泣。指壠曰:「此若先人之冢。」其人哭不自禁。同行者啞然大笑,曰:「予昔紿若,此晉國耳。」其人大慙。及至燕,真見燕國之城社,真見先人之廬冢,悲心更微。

燕の人が燕に生まれ、楚で育ち、老いてから本国へ還った。晋の国を過ぎるとき、同行の者が彼を騙して、城を指して言った。

「これが燕の国の城だ。」その人は哀しげに顔色を変えた。

社を指して言った。「これがあなたの里の社だ。」そこで溜め息をついて嘆いた。

家を指して言った。「これがあなたの先人の廬だ。」そこではらはらと泣いた。

塚を指して言った。「これがあなたの先人の冢だ。」その人は哭するのをみずから止められなかった。

同行の者は呆れて大笑いし、言った。「私はさきほどあなたを騙したのだ。これは晋の国にすぎない。」その人は大いに慙じた。

燕に至って、まことに燕の国の城と社を見、まことに先人の廬と冢を見たときには、悲しむ心はかえって薄かった。