帰心 — 仏に心を寄せる歸心
1三世のことは信ずるに足る
三世之事,信而有征,家世歸心,勿輕慢也。其間妙旨,具諸經論,不復於此,少能贊述;但懼汝曹猶未牢固,略重勸誘爾。
三世のことは信ずるに足り、証しもある。我が家は代々心を寄せてきた。軽んじてはならない。その間の妙なる趣旨は諸々の経や論に備わっているので、ここで改めて少しでも称え述べることはしない。ただお前たちがまだ固まっていないことを恐れて、ざっと重ねて勧めるだけである。
2内と外の二つの教えは、もともと一つの体
原夫四塵五蔭,剖析形有;六舟三駕,運載群生:萬行歸空,千門入善,辯才智惠,豈徒七經、百氏之博哉?明非堯、舜、周、孔所及也。內外兩教,本為一體,漸積為異,深淺不同。內典初門,設五種禁;外典仁義禮智信,皆與之符。仁者,不殺之禁也;義者,不盜之禁也;禮者,不邪之禁也;智者,不酒之禁也;信者,不妄之禁也。至如畋狩軍旅,燕享刑罰,因民之性,不可卒除,就為之節,使不淫濫爾。歸周、孔而背釋宗,何其迷也!
考えてみれば、四塵と五蘊は形と存在を割って見きわめ、六舟と三駕は多くの衆生を運び載せる。万の行が空に帰し、千の門が善に入るのだから、その弁才と智慧は、どうして七経と百家の広さに止まろうか。堯・舜・周公・孔子の及ぶところでないのは明らかである。内と外の二つの教えは、もともと一つの体なのに、だんだん積み重なって違ってきたので、深さ浅さが同じでない。内典すなわち仏の教えの初めの門に五つの禁戒を立てているが、外典の仁・義・礼・智・信は、どれもこれに合う。仁は殺さないという禁、義は盗まないという禁、礼は邪にならないという禁、智は酒を飲まないという禁、信は偽らないという禁である。狩りや軍、宴や刑罰のようなものは、民の性に沿ったもので、急には取り除けないので、節度を立てて行き過ぎないようにするだけである。周公や孔子に帰しながら釈迦の宗旨に背くのは、どれほど迷ったことであろう。
3世俗が仏を謗る五つのこと
俗之謗者,大抵有五:其一,以世界外事及神化無方為迂誕也,其二,以吉凶禍福或未報應為欺誑也,其三,以僧尼行業多不精純為奸慝也,其四,以糜費金寶減耗課役為損國也,其五,以縱有因緣如報善惡,安能辛苦今日之甲,利益後世之乙乎?為異人也。今並釋之於下云。
世俗の謗りは、おおよそ五つある。一つには、世界の外のことや神妙な変化が限りないのを、荒唐だとすること。二つには、吉凶と禍福がときに報いとして現れないのを、偽りだとすること。三つには、僧や尼の行いが多く精純でないのを、奸しいとすること。四つには、金や宝を費やし賦役を減らすのを、国を損なうとすること。五つには、たとえ因縁があって善悪に報いるとしても、どうして今日の甲が苦労して後の世の乙を利することになるのか、別人ではないかとすること。今、下でまとめて解く。
4第一の解 — 天も地も測りきれないのに
釋一曰:夫遙大之物,寧可度量?今人所知,莫若天地。天為積氣,地為積塊,日為陽精,月為陰精,星為萬物之精,儒家所安也。星有墜落,乃為石矣;精若是石,不得有光,性又質重,何所系屬?一星之徑,大者百里,一宿首尾,相去數萬;百里之物,數萬相連,闊狹從斜,常不盈縮。又星與日月,形色同爾,但以大小為其等差;然而日月又當石也?石既牢密,烏兔焉容?石在氣中,豈能獨運?日月星辰,若皆是氣,氣體輕浮,當與天合,往來環轉,不得錯違,其間遲疾,理宜一等;何故日月五星二十八宿,各有度數,移動不均?寧當氣墜,忽變為石?地既滓濁,法應沈厚,鑿土得泉,乃浮水上;積水之下,復有何物?江河百谷,從何處生?東流到海,何為不溢?歸塘尾閭,渫何所到?沃焦之石,何氣所然?潮汐去還,誰所節度?天漢懸指,那不散落?水性就下,何故上騰?天地初開,便有星宿;九州未劃,列國未分,翦疆區野,若為躔次?封建已來,誰所制割?國有增減,星無進退,災祥禍福,就中不差;幹象之大,列星之夥,何為分野,止系中國?昴為旄頭,匈奴之次;西胡、東越,雕題、交址,獨棄之乎?以此而求,迄無了者,豈得以人事尋常,抑必宇宙外也?
第一の解。遥かに大きなものを、どうして測れようか。今の人が知っているもので、天と地に及ぶものはない。天は積もった気、地は積もった塊、日は陽の精、月は陰の精、星は万物の精である、というのが儒家の落ち着くところである。星が落ちれば石になる。精が石であるなら光があるはずがなく、性質もまた重いのに、どこに繋がっているのか。星一つの直径は大きいものが百里、一つの星宿の頭と尾は互いに数万里離れているのに、百里の物が数万里に連なって、幅も傾きも、いつも伸び縮みしない。また星と日と月は、形も色も同じで、ただ大小で等級が違うだけだというなら、では日と月も石なのか。石は固く密なのに、烏と兎がどうして入っていられよう。石が気の中にあって、どうして独りで巡れよう。日・月・星辰がどれも気だというなら、気の体は軽く浮くのだから天と合して、行き来し巡って外れることができず、その間の遅速も理からいって一様であるべきなのに、どうして日と月と五星と二十八宿にそれぞれ度数があって、動きが均しくないのか。気が落ちて、たちまち石に変わるというのか。地は滓で濁っているから、法としては沈んで厚くあるべきなのに、土を掘れば泉が出るのだから、水の上に浮いているのである。積もった水の下には、また何があるのか。川や河や多くの谷は、どこから生まれるのか。東へ流れて海に至って、どうして溢れないのか。歸塘や尾閭から漏れて、どこへ行くのか。沃焦の石は、何の気で燃えるのか。潮の満ち引きは、誰が整えているのか。天の川が懸かっているのに、どうして散って落ちないのか。水の性は下へ向かうのに、どうして上へ昇るのか。天地が初めて開いたとき、すぐに星宿があった。九州がまだ分けられず、諸国がまだ分かれていなかったときに、国境を切り野を区切ったのを、どうやって星の宿りに当てたのか。封建以来、誰が割り定めたのか。国は増え減りしても星は進み退きしないのに、災いと瑞祥、禍と福は、その中で外れない。天の象は大きく、連なる星は多いのに、どうして分野は中国にばかり繋がっているのか。昴は旄頭で匈奴の座とされるが、西の胡、東の越、雕題や交址は、ひとり捨てられたのか。こう求めても、ついにわかる者がいないのだから、どうして人の事の常をもって、宇宙の外を必ずないと決められようか。
5耳と目の外のものを疑う人たち
凡人之信,唯耳與目;耳目之外,咸致疑焉。儒家說天,自有數義:或渾或蓋,乍宣乍安。鬥極所周,管維所屬,若所親見,不容不同;若所測量,寧足依據?何故信凡人之臆說,迷大聖之妙旨,而欲必無恒沙世界、微塵數劫也?而鄒衍亦有九州之談。山中人不信有魚大如木,海上人不信有木大如魚;漢武不信弦膠,魏文不信火布;胡人見錦,不信有蟲食樹吐絲所成;昔在江南,不信有千人氈帳,及來河北,不信有二萬斛船:皆實驗也。
普通の人が信じるのは、耳と目だけで、耳と目の外のものは、どれも疑ってしまう。儒家が天を説くのにも、もともといくつもの説があって、渾天説といい蓋天説といい宣夜説といい安天説という。北斗と北極が巡ること、管維が繋がっていることが、もし親しく見たものなら同じにならないはずがなく、測って計ったものなら、どうして拠るに足りよう。どうして普通の人の当て推量は信じて、大聖の妙なる趣旨に迷い、恒河沙の世界と微塵数の劫が必ずないと決めようとするのか。鄒衍にも九州の話があった。山の中の人は木ほど大きな魚があるのを信じず、海辺の人は魚ほど大きな木があるのを信じない。漢の武帝は弦膠を信じず、魏の文帝は火布を信じず、胡の人は錦を見て、虫が木を食べて糸を吐いてできたものだとは信じなかった。昔、江南にいたころは千人用の氈の天幕があることを信じず、河北に来てからは二万斛の船があることを信じなかった。どれも実際に確かめたことである。
6人の力でもこうなのだから、神通はなおさら
世有祝師及諸幻術,猶能履火蹈刃,種瓜移井,倏忽之間,十變五化。人力所為,尚能如此;何況神通感應,不可思量,千里寶幢,百由旬座,化成凈土,踴出妙塔乎?
世に祈りの師やいろいろな幻術があって、火を踏み刃を踏み、瓜を植え井を移して、またたく間に十度も五度も変える。人の力でするものでさえこうなのだから、まして測り知れない神通と感応で、千里の宝幢、百由旬の座、浄土に変じ、妙なる塔が湧き出ることは、どうであろうか。
7第二の解 — 報いは遅いだけで、ないのではない
釋二曰:夫信謗之徵,有如影響;耳聞目見,其事已多,或乃精誠不深,業緣未感,時儻差闌,終當獲報耳。善惡之行,禍福所歸。九流百氏,皆同此論,豈獨釋典為虛妄乎?項橐、顏回之短折,伯夷、原憲之凍餒,盜跖、莊蹻之福壽,齊景、桓魋之富強,若引之先業,冀以後生,更為通耳。如以行善而偶鐘禍報,為惡而儻值福征,便生怨尤,即為欺詭;則亦堯、舜之雲虛,周、孔之不實也,又欲安所依信而立身乎?
第二の解。信じることと謗ることの証しは、影や響きのようであり、耳で聞き目で見た事はすでに多い。ときには誠が深くなく、業の縁がまだ感じ合わないので、時期が外れることがあっても、ついには報いを受けるだけである。善と悪の行いは、禍と福が帰するところであり、九流百家もみなこの論を同じくしているのに、どうして仏典だけを虚妄だとするのか。項橐と顔回の早世、伯夷と原憲の寒さと飢え、盗跖と荘蹻の福と長寿、斉の景公と桓魋の富と強さを、前の世の業に引いて、後の生に望みをかけるなら、いっそう筋が通る。善いことをして偶然に禍の報いに遭い、悪いことをして偶然に福の兆しに当たったからといって、すぐ恨んで偽りだと言うなら、堯や舜も空しく、周公や孔子も実がないということになり、いったい何に拠り信じて身を立てようというのか。
8第三の解 — 学ぶ者が怠るのが、どうして教えの過ちか
釋三曰:開闢已來,不善人多而善人少,何由悉責其精絜乎?見有名僧高行,棄而不說;若睹凡僧流俗,便生非毀。且學者之不勤,豈教者之為過?俗僧之學經律,何異世人之學詩、禮?以詩、禮之教,格朝廷之人,略無全行者;以經律之禁,格出家之輩,而獨責無犯哉?且闕行之臣,猶求祿位;毀禁之侶,何慚供養乎?其於戒行,自當有犯。一披法服,已墮僧數,歲中所計,齋講誦持,比諸白衣,猶不啻山海也。
第三の解。天地が開けて以来、善くない人が多く善い人は少ないのだから、どうしてその清らかさをみな求められよう。名の知れた僧や高い行いがあっても、放っておいて口にせず、並の僧の俗っぽさを見れば、すぐに謗りを口にする。それに、学ぶ者が勤めないのが、どうして教える者の過ちであろうか。俗な僧が経と律を学ぶのは、世の人が『詩経』や『礼記』を学ぶのと何が違うのか。『詩経』『礼記』の教えで朝廷の人を量れば、まるごと行っている者はほとんどいない。経と律の禁戒で出家した者たちを量って、彼らだけに犯すことがないよう求めるのか。それに行いの欠けた臣でもなお禄と位を求めるのだから、禁戒を破った者たちが、どうして供養を恥じようか。その戒の行いには、おのずと犯すこともある。しかしひとたび法衣を着て僧の数に入れば、一年のうちに数える斎や講説、読誦と受持は、白い衣の人に比べれば、山と海ほどの差では済まない。
9第四の解 — 道を求めるのは身の計、費えを惜しむのは国の謀
釋四曰:內教多途,出家自是其一法耳。若能誠孝在心,仁惠為本,須達、流水,不必剃落鬚髮;豈令罄井田而起塔廟,窮編戶以為僧尼也?皆由為政不能節之,遂使非法之寺,妨民稼穡,無業之僧,空國賦算,非大覺之本旨也。抑又論之:求道者,身計也;惜費者,國謀也。身計國謀,不可兩遂。誠臣徇主而棄親,孝子安家而忘國,各有行也。儒有不屈王侯高尚其事,隱有讓王辭相避世山林;安可計其賦役,以為罪人?若能偕化黔首,悉入道場,如妙樂之世,禳佉之國,則有自然稻米,無盡寶藏,安求田蠶之利乎?
第四の解。内の教えには道が多く、出家はその中の一つの法にすぎない。誠と孝が心にあり、仁と恵みが根本となるなら、須達や流水のように、必ずしも髭と髪を剃らなくてもよい。どうして井田を使い尽くして塔や寺を建て、戸口を残らず僧尼にしようというのか。どれも政が節度を持てなかったせいで、ついに法に外れた寺が民の耕作を妨げ、業のない僧が国の賦税を空にしたのであって、大いなる覚りの本の趣旨ではない。さらに論ずれば、道を求めるのは身の計であり、費えを惜しむのは国の謀である。身の計と国の謀は、両方とも遂げることはできない。誠ある臣が主に従って親を捨て、孝子が家を安らかにして国を忘れるのは、それぞれ行うところがあるのである。儒者には王侯に屈せずその志を高くする者があり、隠者には王位を譲り相を辞して山林に世を避ける者がある。どうしてその賦役を数え立てて罪人だと言えようか。もしすべての民をともに教化して、みな道場に入れ、妙楽の世や禳佉の国のようになれるなら、自然に実る稲米と尽きることのない宝の蔵があるのだから、どうして田や蚕の利を求めようか。
10第五の解 — 後の身も自分の身である
釋五曰:形體雖死,精神猶存。人生在世,望於後身似不相屬;及其歿後,則與前身似猶老少朝夕耳。世有魂神,示現夢想,或降童妾,或感妻孥,求索飲食,征須福佑,亦為不少矣。今人貧賤疾苦,莫不怨尤前世不修功業;以此而論,安可不為之作地乎?夫有子孫,自是天地間一蒼生耳,何預身事?而乃愛護,遺其基址,況於己之神爽,頓欲棄之哉?凡夫蒙蔽,不見未來,故言彼生與今非一體耳;若有天眼,鑒其念念隨滅,生生不斷,豈可不怖畏邪?又君子處世,貴能克己復禮,濟時益物。治家者欲一家之慶,治國者欲一國之良,仆妾臣民,與身竟何親也,而為勤苦修德乎?亦是堯、舜、周、孔虛失愉樂耳。一人修道,濟度幾許蒼生?免脫幾身罪累?幸熟思之!汝曹若觀俗計,樹立門戶,不棄妻子,未能出家;但當兼修戒行,留心誦讀,以為來世津梁。人生難得,無虛過也。
第五の解。形体は死んでも、精神は残る。人が世に生きているとき、後の身を眺めれば互いに関わりがないように思えるが、死んだ後になれば、前の身との関わりは、老いと若さ、朝と夕のようなものにすぎない。世に魂や神があって、夢に現れたり、子どもや妾に降りたり、妻子を感じさせたりして、飲み食いを求め、福と助けを願うことも、少なくない。今の人は貧しく卑しく病んで苦しければ、前の世に功業を修めなかったことを恨まない者はない。これで論ずれば、どうして後のために地ならしをしないでいられよう。子孫があるといっても、それは天地の間の一つの生き物にすぎず、自分の身の事と何の関わりがあろうか。それでも愛しみ守ってその土台を残しておくのに、まして自分の精神を、どうしていきなり捨てようとするのか。凡夫は覆われて未来が見えないので、あの生とこの生は一つの体ではないと言うだけである。天眼があって、念ごとに滅び、生ごとに絶えないことを照らして見るなら、どうして怖れないでいられよう。また君子が世に身を置くのは、己に克ち礼に復って、時を救い人を益することを貴ぶのである。家を治める者は一家の慶びを願い、国を治める者は一国の善さを願うが、召使いや妾や臣や民が、自分の身と結局どんな親しさがあって、彼らのために苦労して徳を修めるのか。それもまた堯・舜・周公・孔子が、むなしく楽しみを失っただけだということになる。一人が道を修めれば、どれほどの衆生を渡し、どれほどの身の罪と累を脱がせることになるのか。どうかよく考えてみよ。お前たちが世俗の計を見て家を立て、妻子を捨てられず、出家できないとしても、戒の行いを合わせて修め、読誦に心を置いて、来世の渡し場と橋とすべきである。人の身は得がたいのだから、むなしく過ごしてはならない。
11殺すことを遠ざけよ
儒家君子,尚離庖廚,見其生不忍其死,聞其聲不食其肉。高柴、折像,未知內教,皆能不殺,此乃仁者自然用心。含生之徒,莫不愛命;去殺之事,必勉行之。好殺之人,臨死報驗,子孫殃禍,其數甚多,不能悉錄耳,且示數條於末。
儒家の君子でも厨を遠ざけ、生きているのを見ればその死に忍びず、その声を聞けばその肉を食べない。高柴と折像は内の教えを知らなかったが、どちらも殺さなかった。これは仁ある人の自然な心の働きである。命を持つものはどれも命を惜しまないものはないのだから、殺すことをやめる行いは、必ず努めて行いなさい。殺すことを好む人が、死に臨んで報いの験が現れ、子孫が災いを受けた例はとても多く、すべては記せないので、末にいくつかの条を示す。
12卵の白身で髪を洗っていた人
梁世有人,常以雞卵白和沐,云使髮光,每沐輒二三十枚。臨死,髮中但聞啾啾數千雞雛聲。
梁にある人がいて、いつも卵の白身を混ぜて髪を洗い、髪に艶が出ると言って、洗うたびに二、三十個も使った。死ぬとき、髪の中からただ、数千羽の雛がちゅうちゅうと鳴く声だけが聞こえた。
13鱔の羹を売っていた家
江陵劉氏,以賣鱔羹為業。後生一兒頭是鱔,自頸以下,方為人耳。
江陵の劉氏は、鱔の羹を売って生業としていた。のちに子が一人生まれたが、頭は鱔で、首から下がはじめて人であった。
14客の懐に飛び込んだ羊
王克為永嘉郡守,有人餉羊,集賓欲燕。而羊繩解,來投一客,先跪兩拜,便入衣中。此客竟不言之,固無救請。須臾,宰羊為羹,先行至客。一臠入口,便下皮內,周行遍體,痛楚號叫;方復說之。遂作羊鳴而死。
王克が永嘉郡守であったとき、ある人が羊を贈ってきたので、客を集めて宴を開こうとした。ところが羊の縄が解けて、一人の客のところへ駆けてきて、まず二度膝を折って拝し、そのまま衣の中に入った。この客はついにそのことを言わず、助けてやってくれとも頼まなかった。しばらくして羊を屠って羹にし、まずその客に回した。一切れが口に入ると、すぐ皮の内へ下って全身を巡ったので、痛みに泣き叫び、それからやっとそのことを話した。そしてついに羊の鳴き声を立てて死んだ。
15階段に来て拝した牛
梁孝元在江州時,有人為望蔡縣令,經劉敬躬亂,縣廨被焚,寄寺而住。民將牛酒作禮,縣令以牛繫旛柱,屏除形像,鋪設床坐,於堂上接賓。未殺之頃,牛解,徑來至階而拜,縣令大笑,命左右宰之。飲噉醉飽,便臥檐下。稍醒而覺體癢,爬搔隱疹,因爾成癩,十許年死。
梁の孝元帝が江州にいたとき、ある人が望蔡県令になった。劉敬躬の乱に遭って県の役所が焼け、寺に寄って住んでいた。民が牛と酒を持ってきて礼をしたので、県令は牛を幡の柱に繋ぎ、仏像を片づけ、床と座を敷いて、堂の上で客を迎えた。屠る前に牛が解けて、まっすぐ階段のところへ来て拝したが、県令は大笑いして左右の者に屠らせた。飲み食いして酔い満腹になり、軒の下に寝た。少し目が覚めて体が痒いのに気づき、掻いているうちに疹ができ、それがもとで癩となって、十年あまりして死んだ。
16手首を切った部曲の子
楊思達為西陽郡守,值侯景亂,時復旱儉,饑民盜田中麥。思達遣一部曲守視,所得盜者,輒截手腕,凡戮十餘人。部曲後生一男,自然無手。
楊思達が西陽郡守であったとき、侯景の乱に遭い、また旱と不作で、飢えた民が畑の麦を盗んだ。楊思達は部曲を一人遣わして見張らせたが、捕らえた盗人はそのたびに手首を切り、全部で十人あまりを傷つけた。その部曲は後に男の子を一人生んだが、生まれつき手がなかった。
17自分の手で牛を屠らないとうまくないと言った人
齊有一奉朝請,家甚豪侈,非手殺牛,噉之不美。年三十許,病篤,大見牛來,舉體如被刀刺,叫呼而終。
斉に奉朝請が一人いて、家はひどく豪奢で、自分の手で牛を屠らなければ、食べてもうまくないと言っていた。年三十あまりで病が重くなると、牛が来るのを大きく見て、全身が刀で刺されるようになり、叫んで死んだ。
18魚を捕っていた高偉
江陵高偉,隨吾入齊,凡數年,向幽州澱中捕魚。後病,每見群魚嚙之而死。
江陵の高偉は、私に従って斉に入り、数年のあいだ幽州の池で魚を捕っていた。のちに病んで、いつも魚の群れが自分を噬むのを見ながら死んだ。
19嫁の父母を罵る舅と姑
世有癡人,不識仁義,不知富貴並由天命。為子娶婦,恨其生資不足,倚作舅姑之尊,蛇虺其性,毒口加誣,不識忌諱,罵辱婦之父母,卻成教婦不孝己身,不顧他恨。但憐己之子女,不愛己之兒婦。如此之人,陰紀其過,鬼奪其算。慎不可與為鄰,何況交結乎?避之哉!
世に愚かな人がいて、仁義を知らず、富貴がどれも天命から出ることを知らない。子のために嫁を迎えると、その持参の元手が足りないことを恨み、舅や姑の尊さを笠に着て、蛇のような性で、毒ある口で言いがかりをつけ、憚ることを知らずに嫁の父母を罵る。これはかえって嫁に自分に不孝であるよう教えることになるのに、人の恨みを顧みない。ただ自分の子や娘を憐れんで、自分の嫁は愛さない。こういう人は、あの世でその過ちが記され、鬼がその寿命を奪う。隣になるのさえ慎むべきなのに、まして交わるだろうか。避けるべきである。