いにしえの文 › 菜根譚(菜の根を噛む処世の語り) › 全一巻

前集 一(第一〜四十五条)前集

菜根譚(菜の根を噛む処世の語り) 菜根譚 · 洪自誠 · 明・万暦年間(1600年頃) · 段落 45 · 漢字 1,571字 · 朗読 6.3分

菜根譚(菜の根を噛む処世の語り) 全一巻 「菜の根を噛むことができれば百のことを成し遂げられる」から名を取った処世の箴言集。前集は人の間で身を守る法を、後集は自然のなかで心を放つ法を説く。儒・仏・道の三つの流れが一つの器に収められている。

1一時の寂しさと万古の惨めさ

棲守道德者,寂寞一時;依阿權勢者,淒涼萬古。故達人觀物外之物,思身後之身,寧受一時之寂寞,毋取萬古之淒涼。

道徳を守って生きる者は、一時のあいだ寂しいだけである。権勢に取りすがる者は、万古にわたって惨めである。だから物事に通じた人は、物の外にある物を見、この身の後に残る身を思い、一時の寂しさを受けることはあっても、万古の惨めさを取ることはしない。

2世慣れているより愚直であれ

涉世淺,點染亦淺;歷事深,機械亦深。故君子與其練達,不若朴魯;與其曲謹,不若疎狂。

世の中を浅く渡れば、染まる汚れも浅い。事を深く経れば、小ざかしい策もまた深くなる。だから君子は、世慣れて練れているよりは、むしろ素朴で愚直であるほうがよく、細かく気を遣って慎むよりは、むしろおおらかで粗いほうがよい。

3心は明かし、才は隠せ

君子之心事,天青日白,不可使人不知。君子之才華,玉韞珠藏,不可使人易知。

君子の心のうちの事は、空が青く日が明るいようにあって、人に知られないようにしてはならない。君子の才は、玉が包まれ珠が蔵されているようにあって、人に容易に知られるようにしてはならない。

4染まらぬことがいっそう清い

勢利紛華,不近者爲潔,近之而不染者爲尤潔;智械機巧,不知者爲高,知之而不用者爲尤高。

権勢と利得、華やかな宴は、近づかない者が清い。だが、近づいてなお染まらない者はいっそう清い。小ざかしい策と巧みな細工は、知らない者が高い。だが、知っていて用いない者はいっそう高い。

5耳に逆らう言葉が砥石

耳中常聞逆耳之言,心中常有拂心之事,纔是進德修行的砥石。若言言悅耳,事事快心,便把此生埋在鴆毒中矣。

耳には常に逆らう言葉が聞こえ、心には常に意に反する事がある。それこそが徳に進み行いを修める砥石である。もし言葉がどれも耳に快く、事がどれも心に快いなら、それはこの一生を鴆の毒のなかに埋めることになる。

6一日も喜びの気がなくてはならない

怒雨疾風,禽鳥戚戚;霽日光風,草木欣欣。可見天地不可一日無和氣,人心不可一日無喜神。

怒る雨、激しい風には鳥も憂え、晴れた日、澄んだ風には草木も喜ぶ。天地に一日も和やかな気がなくてはならず、人の心に一日も喜びの精神がなくてはならないことが分かる。

7真の味はただ淡いだけ

醲肥辛甘非真味,真味只是淡;神奇卓異非至人,至人只是常。

濃い酒、脂の多い肉、辛いものや甘いものは真の味ではない。真の味はただ淡いだけである。神秘的で抜きんでて異なる者が至人ではない。至人はただ平常であるだけだ。

8忙しいときは悠々と、暇なときは引き締めて

天地寂然不動,而氣機無一息少停;日月晝夜奔馳,而貞明則萬古不易。故君子閒時要有喫緊的心思,忙處要有悠閒的趣味。

天地は静まって動かないように見えるが、その気の働きは一息も止まることがない。日と月は昼夜を駆けめぐるが、その正しい明るさは万古を経ても変わらない。だから君子は、暇なときには差し迫った事に備える心構えを持ち、忙しいさなかには悠々とした趣を持たなければならない。

9夜ふけに独り心を見る

夜深人靜,獨坐觀心,始覺妄窮而真獨露,每於此中得大機趣;既覺真現而妄難逃,又於此中得大慚忸。

夜が更けて人が静まったとき、独り座って心を見つめると、はじめて妄りな思いが尽きて真実だけが独り現れるのに気づき、いつもこのなかで大いなる機微と味わいを得る。やがて真実が現れても妄りな思いから逃れがたいと気づけば、またこのなかで大いに恥じ入ることを得る。

10得意のときこそ早く振り返れ

恩裏由來生害,故快意時須早回頭;敗後或反成功,故拂心處莫便放手。

恩恵のうちからもともと害が生じる。だから意のままに事が運ぶときは、早めに頭をめぐらせて振り返るべきだ。失敗のあとに、かえって成功することもある。だから心に逆らうところで、すぐに手を放してはならない。

11粗食の人こそ氷のように清い

藜口莧腸者,多冰清玉潔;袞衣玉食者,甘婢膝奴顏。蓋志以澹泊明,而節從肥甘喪也。

あかざの汁、ひゆの菜で腹を満たす人には、氷のように清く玉のように潔い者が多い。錦の衣をまとい玉のような食事をとる人は、召使のように膝を折り、下僕のような顔で取りつくろうことを甘んじて受ける。おおよそ志は淡泊によって明るくなり、節操は脂っこく甘いもののなかで失われるのである。

12生きては寛く、後には長く

面前的田地要放得寬,使人無不平之嘆;身後的惠澤要流得長,使人有不匱之思。

目の前の田畑は広くあけ放って、人に不平の嘆きが起こらないようにせよ。身の後に残す恵みは長く流れるようにして、人に尽きることのない慕わしさが残るようにせよ。

13狭い道では一歩よけよ

徑路窄處,留一步與人行;滋味濃的,減三分讓人嗜。此是涉世一極安樂法。

狭い道では一歩を譲って人に先を行かせ、味の濃いものは三分を減らして人に味わわせよ。これが世の中を渡るうえでの、きわめて安らかで楽な法のひとつである。

14俗情を脱すれば名流に入る

作人無甚高遠事業,擺脫得俗情便入名流;爲學無甚增益工夫,減除得物累便超聖境。

人となるのに、何か高く遠い事業があるのではない。俗な情を振り払えば、それで名流に入る。学ぶのに、何か付け足す工夫があるのではない。物にとらわれる煩いを取り除けば、それで聖人の境地を越える。

15三分の侠気と一点の素心

交友須帶三分俠氣,做人要存一點素心。

友と交わるには三分の侠気を帯びていなければならず、人となるには一点の素のままの心を保たなければならない。

16先んじてはならぬこと、遅れてはならぬこと

寵利毋居人前,德業毋落人後;受享毋踰分外,修爲毋減分中。

寵愛と利得では人の前に出てはならず、徳行と事業では人の後に落ちてはならない。受け享けるには分を越えてはならず、修め行うには分の内に減らしてはならない。

17退くことが進むための元手

處世讓一步爲高,退步即進步的張本;待人寬一分是福,利人實利己的根基。

世を渡るには一歩を譲ることが高い。退くことがそのまま進むための元手である。人に接するには一分の寛さが福である。人を利することが、実は自分を利する土台になる。

18誇りの一字、悔いの一字

蓋世功勞,當不得一個「矜」字;彌天罪過,當不得一個「悔」字。

世を覆うほどの功労も、「矜(ほこり)」の一字には勝てない。天に満ちるほどの罪過も、「悔(くい)」の一字には勝てない。

19名は分け、汚名は引き受けよ

完名美節,不宜獨任,分些與人,可以遠害全身;辱行污名,不宜全推,引些歸己,可以韜光養德。

完全な名声と美しい節操は、独りで引き受けてはならない。いくぶんかを人に分け与えてこそ、害を遠ざけて身を保つことができる。恥ずべき行いと汚れた名は、すべてを人に押しつけてはならない。いくぶんかを自分に引き取ってこそ、光を包み隠して徳を養うことができる。

20余地を残しておけ

事事留個有餘不盡的意思,便造物不能忌我,鬼神不能損我。若業必求滿,功必求盈者,不生內變,必召外憂。

事ごとに余りを残して出し尽くさない心づもりでいれば、造物主も私を妬むことができず、鬼神も私を損なうことができない。もし事業には必ず満ちることを求め、功には必ずあふれることを求めるなら、内に異変が起こらなければ、必ず外から憂いを招く。

21家庭にこそ真の仏がある

家庭有個真佛,日用有種真道。人能誠心和氣,愉色婉言,使父母兄弟間形骸兩釋,意氣交流,勝於調息觀心萬倍矣。

家庭に真の仏があり、日々の暮らしに真の道がある。人が誠の心と和やかな気、晴れやかな顔色と穏やかな言葉づかいをもって、父母兄弟のあいだの身と身の隔てを解き、心と気を通わせることができるなら、息を調え心を観ずるよりも万倍まさっている。

22雲止まり水静まるなかの生気

好動者,雲電風燈;嗜寂者,死灰槁木。須定雲止水中,有鳶飛魚躍氣象,纔是有道的心體。

動くことを好む者は、雲間の電光、風前の灯である。静けさばかりを好む者は、消えた灰、枯れた木である。止まった雲、静まった水のなかに、鳶が飛び魚が躍る気配があってこそ、それが道を身につけた者の心の本体である。

23責めるのは受け止められる程度に

攻人之惡毋太嚴,要思其堪受;教人之善毋過高,當使其可從。

人の悪を責めるのに、あまり厳しくしてはならない。相手がそれを受け止めきれるかを思うべきだ。人に善を教えるのに、あまり高くしてはならない。相手が従えるようにすべきである。

24汚れたものから清さが生まれる

糞蟲至穢,變爲蟬而飲露於秋風;腐草無光,化爲螢而耀采於夏月。固知潔常自污出,明每從晦生也。

糞のなかの虫はきわめて汚いが、蝉に変じて秋風のなかで露を飲む。腐った草は光を持たないが、蛍に化して夏の月の下で輝きを放つ。清さは常に汚れから出て、明るさはいつも暗さから生まれるのだと、まことに知られる。

25客気を抑えてこそ正気が伸びる

矜高倨傲,無非客氣,降伏得客氣下,而後正氣伸;情欲意識,盡屬妄心,消殺得妄心盡,而後真心現。

誇り高ぶり傲ることは、どれも客気にすぎない。客気を抑え伏せてこそ、その後に正気が伸びる。情欲と分別の意識は、すべて妄りな心に属する。妄りな心を消し尽くしてこそ、その後に真の心が現れる。

26事の後の悔いで事の前の迷いを破れ

飽後思味,則濃淡之境都消;色後思婬,則男女之見盡絕。故人常以事後之悔悟,破臨事之癡迷,則性定而動無不正。

腹が満ちた後に味を思えば、濃いか淡いかという境目はすべて消える。色事の後に淫らな欲を思えば、男女という見方はことごとく絶える。だから人が常に、事の後の悔いと気づきをもって、事に臨む前の愚かな迷いを破るなら、性は定まり、その動きに正しくないものがなくなる。

27官職のなかの山林、山林のなかの経綸

居軒冕之中,不可無山林的氣味;處林泉之下,須要懷廊廟的經綸。

高い官職のなかにあっても、山林の味わいがなくてはならない。林や泉のもとに退いていても、朝廷の経綸を胸に抱いていなければならない。

28過ちのないことが功である

處世不必邀功,無過便是功;與人不求感德,無怨便是德。

世を渡るのに、わざわざ功を求めなくてよい。過ちがなければ、それが功である。人に施して、徳を感謝されることを求めなくてよい。恨まれなければ、それが徳である。

29苦しすぎず、枯れすぎず

憂勤是美德,太苦則無以適性怡情;澹泊是高風,太枯則無以濟人利物。

憂え勤めることは美しい徳であるが、度を越して苦しければ、本性にかなって心を楽しませるすべがない。淡泊であることは高い風格であるが、度を越して枯れていれば、人を救い物を利するすべがない。

30初めの心と終わりの道

事窮勢蹙之人,當原其初心;事當功成行滿,要觀其末路。

事が行き詰まり勢いの縮んだ人については、その初めの心を顧みるべきである。功が成り行いが満ちた人については、その終わりの道を見るべきである。

31富貴でありながら薄情では、どうして享けられよう

富貴家宜寬厚而反忌刻,是富貴而貧賤其行矣,如何能享?聰明人宜斂藏而反炫耀,是聰明而愚懵其病矣,如何不敗?

富貴の家は寛やかで情が厚くあるべきなのに、かえって妬み薄情であるなら、富貴でありながらその行いを貧賤にしているのであって、どうしてそれを享けていられよう。聡明な人は才を収め隠すべきなのに、かえって見せびらかすなら、聡明でありながらその病が愚かさなのであって、どうして敗れずにいられよう。

32低い所に住んでこそ高みの危うさを知る

居卑而後知登高之爲危,處晦而後知向明之太露;守靜而後知好動之過勞,養默而後知多言之爲躁。

低い所に住んでみてはじめて、高く登ることが危ういと知る。暗い所にいてみてはじめて、明るい方へ向かうことがあまりに身をさらすのだと知る。静けさを守ってみてはじめて、動くことを好むのが度を越して骨折りだと知る。沈黙を養ってみてはじめて、言葉の多いのが落ち着きのないことだと知る。

33捨てることで凡を脱し聖に入る

放得功名富貴之心下,便可脫凡;放得道德仁義之心下,纔可入聖。

功名と富貴を望む心を下に置いてこそ、凡俗を脱することができる。道徳と仁義を振りかざす心までも下に置いてこそ、はじめて聖の境地に入ることができる。

34自分の意見こそ心を食う虫

利欲未盡害心,意見乃害心之蟊賊;聲色未必障道,聰明乃障道之藩屏。

利欲が心をすべて害するのではない。自分の意見こそが心を食い荒らす虫である。音楽や色事が必ず道をふさぐのではない。聡明こそが道をふさぐ垣である。

35進めぬ所では退き、進める所では譲れ

人情反覆,世路崎嶇。行不去處,須知退一步之法;行得去處,務加讓三分之功。

人の情はひるがえりやすく、世の道は険しい。進めない所では、一歩退く法を知らなければならない。進める所では、三分を譲る功をつとめて加えよ。

36憎まぬこと、礼を尽くすこと

待小人,不難於嚴,而難於不惡;待君子,不難於恭,而難於有禮。

小人に接するには、厳しくすることが難しいのではなく、憎まないことが難しい。君子に接するには、恭しくすることが難しいのではなく、礼を尽くすことが難しい。

37愚かさを守って清らかな名を残せ

寧守渾噩而黜聰明,留些正氣還天地;寧謝紛華而甘澹泊,遺個清名在乾坤。

むしろ素朴さを守り、小ざかしさを退けて、いくぶんかの正しい気を天地に返すがよい。むしろ華やかさを辞し、淡泊を甘んじて受け、一つの清らかな名を天地に残すがよい。

38魔を伏せるにはまず自分の心から

降魔者先降自心,心伏則羣邪退聽;馭橫者先馭此氣,氣平則外橫不侵。

魔を降伏させようとする者は、まず自分の心を降伏させよ。心が伏せば、もろもろの邪なものは退いて命に従う。横暴を制しようとする者は、まずこの血気を制せよ。気が平らかであれば、外の横暴も侵してはこない。

39弟子を教えるのは深窓の娘を育てるように

教弟子如養閨女,最要嚴出入,謹交遊。若一接近匪人,是清淨田中,下一不淨種子,便終身難植嘉禾矣。

弟子を教えるのは深窓の娘を育てるのと同じで、出入りを厳しくし、交わりを慎ませることがもっとも肝要である。ひとたびよからぬ者に近づけば、それは清らかな田に汚れた種を一粒下ろすようなもので、生涯よい稲を植えることが難しくなる。

40欲の道には指も染めるな

欲路上事,毋樂其便而姑爲染指,一染指便深入萬仞;理路上事,無憚其難而稍爲退步,一退步便遠隔千山。

欲の道にかかわる事は、その手軽さを喜んで、かりそめにも指を染めてはならない。ひとたび指を染めれば、たちまち万仞の深みに落ち込む。理の道にかかわる事は、その難しさを厭って、わずかでも退いてはならない。ひとたび退けば、たちまち千の山ほど遠く隔たる。

41濃すぎず、枯れすぎず

念頭濃者自待厚,待人亦厚處處皆濃;念頭淡者自待薄,待人亦薄,處處皆淡。故君子居常嗜好,不可太濃艶,亦不宜太枯寂。

心の持ちようが濃い人は、自分にも厚く、人にも厚く接して、どこもかしこも濃い。心の持ちようが淡い人は、自分にも薄く、人にも薄く接して、どこもかしこも淡い。だから君子は、ふだんの好み嗜むところが、あまりに濃く艶やかであってもならず、あまりに枯れて寂しくてもならない。

42相手は富、私は仁

彼富我仁,彼爵我義,君子固不爲君相所牢籠;人定勝天,志壹動氣,君子亦不受造化之陶鑄。

相手が富を持ち出せば私は仁を、相手が官位を持ち出せば私は義を持ち出す。君子はもとより、君主や宰相にも籠絡されない。人が力を定めて尽くせば天にも勝ち、志が一つであれば気質をも動かす。君子は造化が鋳込んだ型にも閉じこめられない。

43風が凪いだところに人生を見る

風恬浪靜中,見人生之真境;味淡聲希處,識心體之本然。

風が凪ぎ波が静まったなかに、人生の真の境地が見える。味が淡く音のまれな所で、心の本体のありのままが分かる。

44一歩高く立ち、一歩退いて居よ

立身不高一步立,如塵裏振衣,泥中濯足,如何超達;處世不退一步處,如飛蛾投燭,羝羊觸藩,如何安樂。

身を立てるのに一歩高く立たなければ、塵のなかで衣を払い、泥のなかで足を洗うようなもので、どうして超え出ることができよう。世を渡るのに一歩退いて居なければ、蛾が灯に飛び込み、牡羊が垣を突くようなもので、どうして安らかで楽しくいられよう。

45精神を一つの道に集めよ

學者要收拾精神,併歸一路。如修德而留意於事功名譽,必無實詣;讀書而寄興於吟詠風雅,定不深心。

学ぶ者は精神を収め集めて、ひとつの道に合わせなければならない。徳を修めながら心を事業や名誉に寄せれば、必ず真の深みには至らない。書を読みながら興を吟詠や風雅に託せば、けっして心の深みには届かない。