前集 二(第四十六〜九十条)前集
1慈悲も真の味わいも、どこにでもある
人人有個大慈悲,維摩屠劊無二心也;處處有種真趣味,金屋茅簷非兩地也。只是欲蔽情封,當面錯過,便咫尺千里矣。
人は誰もが大きな慈悲を持っている。維摩居士と屠殺人や首斬り役人とに、二つの心があるのではない。どこにも真の味わいがある。黄金の家と茅葺きの軒とが、二つの土地であるのではない。ただ欲に覆われ情に閉ざされて、目の前で見過ごしてしまえば、すぐそこが千里の隔たりになる。
2木石のような心、雲と水のような味わい
進德修道,要個木石的念頭,若一有欣羨,便趨欲境;濟世經邦,要段雲水的趣味,若一有貪著,便墮危機。
徳に進み道を修めるには、木石のような心構えがなければならない。ひとたび羨む気持ちが起これば、たちまち欲の境へ走る。世を救い国を治めるには、雲や水のような味わいがなければならない。ひとたび貪り執する気持ちが起これば、たちまち危うい機に落ちる。
3吉なる人は眠りのなかでも和やかだ
吉人無論作用安詳,即夢寐神魂無非和氣;凶人無論行事狠戾,即聲音笑語渾是殺機。
吉なる人は、ふるまいが落ち着いて細やかなのは言うまでもなく、眠っているあいだの魂までも和やかな気でないものがない。凶なる人は、することが荒々しくねじ曲がっているのは言うまでもなく、声や笑い声までもがことごとく殺気である。
4暗い所で罪を得るな
肝受病,則目不能視;腎受病,則耳不能聽;病受於人所不見,必發於人所共見。故君子欲無得罪於昭昭,先無得罪於冥冥。
肝が病めば目が見えなくなり、腎が病めば耳が聞こえなくなる。病は人に見えないところで受けるが、必ず人がみな見るところに現れる。だから君子は、明るいところで罪を得たくないと思うなら、まず暗いところで罪を得てはならない。
5事の少ないことが福
福莫福於少事,禍莫禍於多心。唯苦事者,方知少事之爲福;唯平心者,始知多心之爲禍。
福に、事の少ないことよりまさる福はない。禍に、思いわずらいの多いことよりまさる禍はない。事に苦しんだ者だけが、事の少ないことが福だと分かる。心の平らかな者だけが、思いわずらいの多いことが禍だと分かる。
6治世には方正に、乱世には円満に
處治世宜方,處亂世宜圓,處叔季之世,當方圓並用;待善人宜寬,待惡人宜嚴,待庸衆之人,當寬嚴互存。
治まった世では方正であるのがよく、乱れた世では円満であるのがよく、傾いた末の世では方正と円満を併せ用いるべきである。善い人には寛やかに接するのがよく、悪い人には厳しく接するのがよく、ごく普通の人々には寛やかさと厳しさを併せ持って接するべきである。
7施した功は忘れ、受けた恨みは忘れよ
我有功於人不可念,而過則不可不念;人有恩於我不可忘,而怨則不可不忘。
自分が人に施した功は心にとどめてはならないが、自分の過ちは心にとどめなければならない。人が自分に与えた恩は忘れてはならないが、恨みは忘れなければならない。
8施して勘定するな
施恩者,內不見己,外不見人,則斗粟可當萬鍾之惠;利物者,計己之施,責人之報,雖百鎰難成一文之功。
恩を施す者が、内には自分を意識せず、外には相手を意識しなければ、一斗の穀物も万鍾の恵みにあたりうる。物を利する者が、自分の施しを数え、相手に報いを求めるなら、たとえ百鎰の大金でも一文の功さえ成しがたい。
9自分の身の上で人を量れ
人之際遇,有齊有不齊,而能使己獨齊乎?己之情理,有順有不順,而能使人皆順乎?以此相觀對治,亦是一方便法門。
人の境遇には恵まれたものもあり恵まれないものもあるのに、どうして自分だけが恵まれていようと望めよう。自分の心にも素直なときとそうでないときがあるのに、どうして人がみな素直であろうと望めよう。こうして互いを見比べながら治めていくのも、ひとつの方便の法門である。
10心の地が清らかであってこそ書を読める
心地乾淨,方可讀書學古。不然,見一善行,竊以濟私,聞一善言,假以覆短,是又藉寇兵而齎盜糧矣。
心の地が清らかであってはじめて、書を読み古を学ぶことができる。そうでなければ、ひとつの善い行いを見れば盗み取って私欲を満たし、ひとつの善い言葉を聞けば借りてきて自分の短所を覆う。これではまた、敵に武器を貸し、盗人に食糧を届けるようなものである。
11倹しい貧しさのほうがよい
奢者富而不足,何如儉者貧而有餘?能者勞而府怨,何如拙者逸而全真?
奢る者は富んでいても足りない。倹しい者が貧しくても余りがあるのに、どうして及ぶだろうか。才ある者は骨折ったうえに恨みを積む。不器用な者が安らかにして天真を保っているのに、どうして及ぶだろうか。
12書を読んでも聖賢が見えないなら
讀書不見聖賢,爲鉛槧傭;居官不愛子民,爲衣冠盜;講學不尚躬行,爲口頭禪;立業不思種德,爲眼前花。
書を読んでも聖賢が見えないなら、筆と硯の日雇いである。官に就いても民を愛さないなら、衣冠をつけた盗人である。学問を講じても自ら行うことを尊ばないなら、口先の禅である。事業を立てても徳を植えることを思わないなら、目の前の花である。
13胸のうちの真の文章
人心有一部真文章,都被殘編斷簡封錮了;有一部真鼓吹,都被妖歌艶舞湮沒了。學者須掃除外物,直覓本來,纔有個真受用。
人の心には一編の真の文章があるのに、どれも古びた書物の切れ端に封じこめられている。一曲の真の楽があるのに、どれも妖しい歌とあでやかな舞に埋もれている。学ぶ者は外の物を掃き払い、まっすぐに本来のものを探し当ててこそ、はじめて真の得るところがある。
14苦しみのなかの喜び
苦心中,常得悅心之趣;得意時,須防失意之悲。
苦しい心のなかで、常に心を喜ばせる味わいを得る。意を得たときには、意を失う悲しみを必ず防げ。
15道徳から来た富貴は山の花
富貴名譽,自道德來者,如山林中花,自是舒徐繁衍;自功業來者,如盆檻中花,便有遷徙廢興;若以權力得者,如瓶鉢中花,其根不值,其萎可立而待矣。
富貴と名誉が道徳から来たものは、山林のなかの花のようで、おのずからゆるやかに咲き茂る。功業から来たものは、鉢や柵のなかの花のようで、移し替えられ、興りもすれば廃れもする。権力によって得たものは、瓶や鉢のなかの花のようで、その根は植えられておらず、しおれるのを立ったまま待てるほどである。
夾注 1
底本は「其根不値」だが、値は植(植える)の誤りと見て、「その根は植えられておらず」と読み替えた。― 訳者
16春の花や鳥にも及ばぬようでは
春至時和,花尚舖一段好色,鳥且囀幾句好音。士君子幸頭角,復遇溫飽,不思立好言,行好事,雖是在世百年,恰似未生一日。
春が来て日が和らげば、花もひときわ美しい色を広げ、鳥も幾節かよい声を転がす。士たる者が幸いに頭角をあらわし、そのうえ暖かく腹も満ちて暮らしながら、よい言葉を立て、よい事を行おうと思わないなら、たとえ世に百年を生きても、一日も生まれていないのと同じである。
17引き締めと伸びやかさを併せ持て
學者有段競業的心思,又要有段瀟洒的趣味。若一味斂束清苦,是有秋殺無春生,何以發育萬物。
学ぶ者は、慎み恐れる心構えを持たなければならず、また、さっぱりと伸びやかな味わいも持たなければならない。もしひたすら締めつけて清らかな苦しみばかりを続ければ、秋の殺気だけがあって春の生気がないのであって、何によって万物を育てようというのか。
18真の清廉には名がない
真廉無廉名,立名者正所以爲貪;大巧無巧術,用術者乃所以爲拙。
真の清廉には、清廉という名がない。名を立てる者は、まさに貪るからである。大いなる巧みには、巧みな術がない。術を用いる者は、つまり拙いからである。
19満ちることを戒める器
欹器以滿覆,撲滿以空全。故君子寧居無,不居有;寧處缺,不處完。
欹器は満ちると覆り、貯金の壺は空であることで無事に保たれる。だから君子は、むしろ無にいて有にいず、むしろ欠けたところにとどまって満ち足りたところにとどまらない。
20名の根と客気
名根未拔者,縱輕千乘,甘一瓢,總墮塵情;客氣未融者,雖澤四海,利萬世,終爲剩技。
名の根を抜いていない者は、千乗の富を軽んじ、一瓢の水を甘んじて受けても、結局は俗な情に落ちる。客気が溶けきっていない者は、四海に恵みを及ぼし万世を利しても、ついには余計な手わざにとどまる。
21明るい心と暗い思い
心體光明,暗室中有青天;念頭暗昧,白日下生厲鬼。
心の本体が明るければ、暗い部屋のなかにも青空がある。思いが暗くくらければ、白日のもとでも荒々しい鬼が生まれる。
22名もなく地位もない楽しみ
人知名位爲樂,不知無名無位之樂爲最真;人知飢寒爲憂,那知不飢不寒之憂爲更甚。
人は名と地位が楽しみであることだけを知って、名もなく地位もない楽しみがもっとも真実であることを知らない。人は飢えと寒さが憂いであることだけを知って、飢えもせず寒くもない憂いのほうがいっそう深いことを知らない。
23悪は隠すな、善は急ぐな
爲惡而畏人知,惡中猶有善路;爲善而急人知,善處即是惡根。
悪を行って人に知られるのを恐れるのは、悪のなかになお善への道が残っているのである。善を行って人に知られるのを急ぐのは、善のなかにそのまま悪の根があるのである。
24天の手わざを使わせない法
天之機緘不測。抑而伸,伸而抑,皆是播弄英雄,顛倒豪傑處。君子只是逆來順受,居安思危,天亦無所用其技倆矣。
天の仕掛けは測りがたい。抑えては伸ばし、伸ばしては抑える。どれも英雄を手玉に取り、豪傑をひっくり返すところである。君子はただ、逆境が来れば素直に受け、安らかなときに危うさを思う。それゆえ天も、その手わざを使うところがなくなる。
25気の短い人、恩の薄い人
燥性者火熾,遇物則焚;寡恩者冰清,逢物必殺;凝滯固執者,如死水腐木,生機已絕。俱難建功業而延福祇。
気の短い者は燃えさかる火で、出会うものを焼いてしまう。恩の薄い者は氷のように冷たく、出会うものを必ず殺してしまう。凝り固まって意地を張る者は、死んだ水、腐った木のようで、生きる働きがすでに絶えている。これらはどれも、功業を立てて福を長く続けることが難しい。
26福は招けず、禍は避けられない
福不可邀,養喜神以爲召福之本而已;禍不可避,去殺機,以爲遠禍之方而已。
福は招き寄せることができない。喜びの精神を養って、福を呼ぶ土台とするだけである。禍は避けることができない。殺気を除いて、禍を遠ざける方策とするだけである。
27十のうち九が当たっても
十語九中,未必稱奇,一語不中,則愆尤駢集;十謀九成,未必歸功,一謀不成,則訾議叢興。君子所以寧默毋躁,寧拙毋巧。
十の言葉のうち九つが当たっても、見事だとは言われないのに、一つが外れれば、咎める声が四方から集まる。十の計りごとのうち九つを成しても、功を認められないのに、一つが成らなければ、そしる言葉が群れをなして起こる。君子がむしろ黙って騒がず、むしろ拙くて巧みを弄さない理由である。
28暖かくあってこそ福も厚い
天地之氣,暖則生,寒則殺。故性氣清冷者,受享亦涼薄。唯和氣熱心之人,其福亦厚,其澤亦長。
天地の気は、暖かければ生かし、寒ければ殺す。だから性質と気が冷え冷えとしている者は、受け享けるものも薄く冷たい。ただ和らいだ気と熱い心を持つ人だけが、その福も厚く、その恵みも長く続く。
29天理の道は広く、人欲の道は狭い
天理路上甚寬,稍游心,胸中便覺便覺廣大;人欲路上甚窄,纔寄跡,眼前俱是荊棘泥塗。
天理の道はたいそう広く、少し心を遊ばせるだけで、胸のうちがふと広く大きくなるのを覚える。人欲の道はたいそう狭く、わずかに足跡を寄せただけで、目の前はどこもかしこも茨と泥道である。
30苦しみの果ての福、疑いの果ての知
一苦一樂相磨鍊,鍊極而成福者,其福始久;一疑一信相參勘,勘極而成知者,其知始真。
ひとたび苦しみ、ひとたび楽しんで互いに磨きあい、鍛えが極まったところで成った福こそ、その福がはじめて長く続く。ひとたび疑い、ひとたび信じて互いに照らし合わせ、吟味が極まったところで成った知こそ、その知がはじめて真実である。
31心は空にし、また満たせ
心不可不虛,虛則義理來居;心不可不實,實則物欲不入。
心は空にしなければならない。空であれば義理が来て住む。心は満たさなければならない。満ちていれば物欲が入りこめない。
32水が澄みすぎれば魚がいない
地之穢者多生物,水之清者常無魚。故君子當存含垢納污之量,不可持好潔獨行之操。
地が汚れていれば生き物が多く、水が澄んでいればいつも魚がいない。だから君子は、汚れを含み濁りを受け入れる度量を持つべきで、清らかさばかりを好んで独り行く節操を押し通してはならない。
33荒れ馬も乗りならすことができる
泛駕之馬可就馳驅,躍冶之金終歸型範。只一優游不振,便終身無個進步。白沙云:「爲人多病未足羞,一生無病是吾憂。」真確論也。
車をひっくり返すような荒れ馬も、乗りならせば駆けさせることができる。型から跳ねる湯の金も、ついには鋳型に収まる。ただひたすらのんびりとして奮い立たないなら、一生のあいだ一歩の進みもない。白沙は「人として欠点が多いのは恥じるに足らない。一生欠点がないことこそ、私の憂いである」と言った。まことに的を射た言である。
34ひとたびの貪りが一生を崩す
人只一會貪私,便銷剛爲柔,塞智爲昏,變恩爲慘,染潔爲污,壞了一生人品。故古人以不貪爲寶,所以度越一世。
人はひとたび私欲を貪るだけで、剛さが溶けて弱くなり、知恵がふさがって暗くなり、恩が転じて惨くなり、清らかさが染まって汚れ、一生の人品を崩してしまう。だから古人は貪らないことを宝とした。それによって一世を越えていったのである。
35内外の賊も家人になる
耳目見聞爲外賊,情欲意識爲內賊。只是主人翁惺惺不昧,獨坐中堂,賊便化爲家人矣。
耳と目で見聞きすることは外の賊であり、情欲と分別の意識は内の賊である。ただ主人であるこの心がはっきりと目覚めて曇らず、独り奥座敷に座っていれば、賊はたちまち家の者に変わる。
36成ったものを守り、先の過ちを防げ
圖未就之功,不如保已成之業;悔既往之失,不如防將來之非。
まだ成らない功を企てるのは、すでに成った業を保つのに及ばない。過ぎ去った過ちを悔いるのは、これから来る誤りを防ぐのに及ばない。
37気象・心づかい・趣味・節操
氣象要高曠,而不可疎狂;心思要縝密,而不可瑣屑;趣味要沖淡,而不可偏枯;操守要嚴明,而不可激烈。
気象は高く広くあるべきだが、粗く奔放であってはならない。心づかいは細やかであるべきだが、こまごまと煩わしくあってはならない。趣味は澄んで淡くあるべきだが、偏って枯れてはならない。節操は厳しく明らかであるべきだが、激しく尖ってはならない。
38風が過ぎれば竹は音を残さない
風來疎竹,風過而竹不留聲;雁度寒潭,雁去而潭不留影。故君子事來而心始現,事去而心隨空。
風がまばらな竹林に吹いてきても、風が過ぎれば竹は音を残さない。雁が冷たい淵を渡っても、雁が去れば淵は影を残さない。だから君子は、事が来てはじめて心が現れ、事が去れば心もそれにつれて空になる。
39蜜漬けなのに甘くない
清能有容,仁能善斷;明不傷察,直不過矯。是謂蜜餞不甜,海味不鹹,纔是懿德。
清らかでありながら受け入れることができ、仁でありながらよく決断でき、明らかでありながら詮索しすぎず、まっすぐでありながら直しすぎない。これを、蜜漬けなのに甘くなく、海の物なのに塩辛くないと言う。それこそが美しい徳である。
40貧しくとも自ら投げ出すな
貧家淨掃地,貧女淨梳頭,景色雖不艶麗,氣度自是風雅。士君子一當窮愁寥落,奈何輒自廢弛哉。
貧しい家でも地面を清らかに掃き、貧しい家の娘でも髪を清らかに梳れば、見た目は華やかでなくとも、気品はおのずから雅やかである。士たる者が、ひととき窮して寂しいからといって、どうして自分を投げ出してよいものか。
41暇なときを見過ごさなければ
閒中不放過,忙處有受用;靜中不落空,動處有受用;暗中不欺隱,明處有受用。
暇なときを見過ごさなければ、忙しいときに役に立つ。静かなときを空に落とさなければ、動くときに役に立つ。暗いところで偽り隠さなければ、明るいところで役に立つ。
42思いの起こる所を見張れ
念頭起處,纔覺向欲路上去,便挽從理路上來。一起便覺,一覺便轉,此是轉禍爲福,起死回生的關頭,切莫輕易放過。
思いが起こる所で、わずかでも欲の道へ向かうと気づいたら、すぐに理の道へ引き戻せ。起これば気づき、気づけば転じる。これが禍を転じて福とし、死から起きて生に返る関門である。けっして軽々しく見過ごしてはならない。
43静けさ・暇・淡さのなかに心を見る
靜中念慮澄澈,見心之真體;閒中氣象從容,識心之真機;淡中意趣沖夷,得心之真味。觀心證道,無如此三者。
静けさのなかで思いが澄みとおれば、心の真の本体が見える。暇のなかで気象が落ち着いていれば、心の真の働きが分かる。淡さのなかで意と趣が穏やかであれば、心の真の味わいが得られる。心を観じて道を証するのに、この三つにまさるものはない。
44動きのなかの静けさこそ真の静けさ
靜中靜非真靜,動處靜得來,纔是性天之真境;樂處樂非真樂,苦中樂得來,纔見心體之真機。
静かな所での静けさは、真の静けさではない。動く所で静けさを得てこそ、それが本性という天の真の境地である。楽しい所での楽しみは、真の楽しみではない。苦しみのなかで楽しみを得てこそ、心の本体の真の働きが見える。
45捨てたなら疑うな、施したなら求めるな
捨己毋處其疑,處其疑,即所舍之志多愧矣;施人無責其報,責其報,併所施之心俱非矣。
自分のものを捨てたなら、その疑いにとどまってはならない。疑いにとどまれば、捨てたという志に恥ずべきところが多くなる。人に施したなら、その報いを求めてはならない。報いを求めれば、施した心までも併せてすべて誤りになる。