いにしえの文 › 菜根譚(菜の根を噛む処世の語り) › 全一巻

後集 1(1~45条)後集

菜根譚(菜の根を噛む処世の語り) 菜根譚 · 洪自誠 · 明・万暦年間(1600年頃) · 段落 45 · 漢字 1,598字 · 朗読 6.4分

菜根譚(菜の根を噛む処世の語り) 全一巻 「菜の根を噛むことができれば百のことを成し遂げられる」から名を取った処世の箴言集。前集は人の間で身を守る法を、後集は自然のなかで心を放つ法を説く。儒・仏・道の三つの流れが一つの器に収められている。

1山林の楽しみを語る者

譚山林之樂者,未必真得山林之趣。厭名利之談者,未必盡忘名利之情。

山林に住む楽しみを語る者が、まだ山林の本当の味わいを得ているとは限らない。名利の話を嫌う者が、まだ名利への思いをすっかり忘れているとは限らない。

2釣りにも碁にも

釣水,逸事也,尚持生殺之柄。奕棋,清戲也,且動戰爭之心。

釣りは暇な遊びだが、それでも生かすか殺すかの柄を握っている。碁は清らかな遊びだが、それでも争い戦う心を動かす。

3花が散り葉が落ちた後の真の我

鶯花茂而山濃谷艶,總是乾坤之幻境。水木落而石痩崖枯,纔見天地之真吾。

鶯が鳴き花が茂って山が色濃く谷が美しいのは、すべて天地の幻の境である。水が枯れ葉が落ちて石が痩せ崖があらわになって、はじめて天地の真の我が見える。

4歳月はもともと長い

歳月本長。而忙者自促。天地本寛,而鄙者自隘。風花雪月本閒,而勞攘者自冗。

歳月はもともと長いのに、忙しい者が自分でせき立てる。天地はもともと広いのに、心の狭い者が自分で狭くする。風も花も雪も月ももともと閑かなのに、あくせくする者が自分で煩わしくする。

5趣は多さにあるのではない

得趣不在多,盆池拳石間煙霞具自。會景不在遠。蓬窗竹屋下,風月自賖。

趣を得るのは多さにあるのではない。盆ほどの池と拳ほどの石の間にも、霞と夕映えは備わっている。よい景色に出会うのは遠くにあるのではない。蓬の窓、竹の家の下にも、風と月はおのずから豊かである。

6静かな夜の鐘の音

聽靜夜之鐘聲,喚醒夢中之夢。觀澄潭之月影,窺見身外之身。

静かな夜の鐘の音を聞いて、夢の中の夢を呼び覚ます。澄んだ淵の月影を見て、身の外の身をのぞき見る。

7鳥の声も虫の声も心を伝える秘訣

鳥語蟲聲,總是傳心之訣。花英草色,無非見道之文。學者要天機清徹,胸次玲瓏,觸物皆有會心處。

鳥のさえずりや虫の声は、すべて心を伝える秘訣である。花のつぼみや草の色は、道を示す文章でないものがない。学ぶ者は天の働きを清く澄ませ、胸の内を玲瓏とさせて、触れるものごとのたびに心に通じるところがなければならない。

8字のない書物、弦のない琴

人解讀有字書,不解讀無字書。知彈有絃琴,不知彈無絃琴。以迹用,不以神用,何以得琴書之趣。

人は字のある書物は読めても、字のない書物は読めない。弦のある琴は弾けても、弦のない琴は弾けない。形だけを用いて精神を用いないのでは、どうして琴と書物の本当の趣を得られようか。

9心に物欲がなければ

心無物欲,即是秋空霽海。坐有琴書,便成石室丹丘。

心に物欲がなければ、それがそのまま秋の空、晴れた海である。座るところに琴と書物があれば、そこはたちまち仙人の住む石室、丹丘となる。

10宴が終わった後

賓朋雲集,劇飲淋漓,樂矣。俄而,漏盡燭殘,香銷茗冷,不覺反成嘔咽,令人索然無味。天下事率類此,人奈何不早回頭也。

客や友が雲のように集まり、思うままに飲んで興じるのは楽しい。だがやがて水時計が尽き蠟燭が燃え残り、香が消え茶が冷めると、いつのまにかかえってむせび泣きに変わり、人をすっかり味気なくさせる。天下の事はおおむねこのとおりなのに、人はなぜ早く引き返さないのだろうか。

11その中の趣を一つ得れば

會得個中趣,五湖之煙月盡入寸裏。破得眼前機,千古之英雄盡歸掌握。

その中の趣を一つ会得すれば、五湖の霞と月がことごとく胸の内に入る。目の前の機を見破れば、千古の英雄がことごとく手の内に帰する。

12塵の中の塵、影の外の影

山河大地已屬微塵,而況塵中之塵。血肉身軀且歸泡影,而況影外之影。非上上智,無了了心。

山河大地すらすでに微塵にすぎない。まして塵の中の塵はなおさらである。血と肉のこの身も泡と影に帰する。まして影の外の影はなおさらである。最上の知恵でなければ、はっきりと悟りきった心もない。

13火花の光の中の争い

石火光中,爭長競短。幾何光陰。蝸牛角上,較雌論雄。許大世界。

火打ち石の火花の光の中で長短を争っても、その歳月はどれほどのものか。蝸牛の角の上で雌雄を競っても、その世界はどれほど大きいものか。

14冷えた灯に炎はない

寒燈無焰,敝裘無温,總是播弄光景。身如槁木,心似死灰,不免墮落頑空。

冷えた灯に炎がなく、破れた皮衣に温もりがないのは、すべて目の前の景色をいたずらに飾り立てることである。身が枯れ木のようで心が冷えた灰のようであれば、頑空に落ちることを免れない。

15休むなら今休め

人肯當下休,便當下了。若要尋個歇處,則婚嫁未完,事亦不少。僧道雖好,心亦不了。前人云:「如今休去便休去,若覓了時無了時。」見之卓矣。

人がその場で休む気になれば、その場で終わる。もし別に休む場所を探そうとすれば、子の嫁取り娘の嫁入りをみな済ませても、事はやはり少なくない。僧や道士がよいといっても、そのような心ではやはり終わらない。昔の人は「今休めばそのまま休める。終わる時を探せば終わる時はない」と言った。まことに卓見である。

16冷めた所から熱さを見よ

從冷視熱人,然後知熱處之奔馳無益。從冗入閒境,然後覺閒中之滋味最長。

冷めた立場から熱していた時を見てこそ、熱い場所へ駆け回ることの無益さがわかる。煩わしさから閑かな境地に入ってこそ、閑かさの中の味わいが最も長いことに気づく。

17富貴を浮雲と見ても

有浮雲富貴之風。而不必岩棲穴處。無膏肓泉石之癖。而常自醉酒耽詩。競逐聽人,而不謙盡醉。括淡適己,而不誇獨醒。此釋氏所謂不爲法纏,不爲空纏,身心兩自在者。

富貴を浮雲と見る気風があっても、あえて岩穴に住む必要はない。泉や石に凝り固まった癖がなくても、いつも自分で酒に酔い詩を楽しめばよい。競い追うことは人に任せ、人が酔いつくすのを憎まない。淡泊さは自分に合わせ、独り醒めていることを誇らない。これが仏家のいう「法にもとらわれず、空にもとらわれず」、身も心も共に自在である境地である。

18長短は一つの思いに

延促由於一念,寛窄係之寸心。故機閒者,一日遙於千古,意廣者,斗室寛若兩閒。

長いか短いかは一つの思いによって決まり、広いか狭いかはわずかな心にかかっている。だから心の働きが閑かな者には一日が千年よりも遥かであり、志の広い者には狭い部屋も天地の間ほど広い。

19減らしてまた減らす

損之又損,栽花種竹,儘交還烏有先生。忘無可忘,焚香煮茗,總不問白衣童子。

減らしてまた減らし、花を植え竹を育てることまで、すべて烏有先生に返してしまう。忘れることさえ忘れ、香を焚き茶を煮て、白衣童子が来るかどうかをまったく問わない。

20足るを知れば仙境

都來眼前事,知足者仙境,不知足者凡境。總出世上因,善用者生機,不善用者殺機。

目の前に来る事は、足るを知る者には仙人の境地であり、足るを知らない者には凡俗の境地である。世に現れる縁は、よく用いる者には生かす働きであり、よく用いない者には殺す働きである。

21権勢に取り入る災い

趨炎附勢之禍,甚慘亦甚速。棲恬守逸之味,最淡亦最長。

炎に走り寄って権勢に取り入る災いは、きわめて惨めできわめて速い。静けさに住まい安らかさを守る味わいは、最も淡くて最も長い。

22松の谷川に杖をついて

松澗邊,攜杖獨行,立處雲生破衲。竹窗下,枕書高臥,覺時月侵寒氈。

松の茂る谷川のほとり、杖をついて独り歩けば、立ち止まるところで雲が破れた衣から湧き起こる。竹の窓の下、書物を枕に高く横たわり、目覚めると月の光が古びた毛布に差し込んでいる。

23病む時と死ぬ時を思えば

色慾火熾,而一念及病時,便興似寒灰。名利飴甘,而一想到死地,便味如嚼蠟。故人常憂死慮病,亦可消幻業而長道心。

色欲が火のように燃え立っても、一つの思いが病んだ時に及ぶと、興はたちまち冷えた灰のようになる。名利が飴のように甘くても、一つの思いが死ぬ場に至ると、味はまるで蠟を噛むようになる。だから人が常に死を憂え病を思えば、幻の業を消し去り、道を求める心を育てることができる。

24先を争う道は狭い

爭先的徑路窄,退後一步自寛平一步。濃艶的滋味短,清淡一分自悠長一分。

先を争う道は狭い。一歩退けば、おのずから一歩分だけ広く平らになる。濃く艶やかな味わいは短い。一分だけ清く淡くすれば、おのずから一分だけ長くなる。

25忙しい時に乱れないために

忙處不亂性,須閒處心神養得清。死時不動心,須生時事物看得破。

忙しい時に本性を乱さないためには、閑かな時に心を清く養っておかねばならない。死ぬ時に心が動かないためには、生きている時に物事を見破っておかねばならない。

26隠れ住む林に栄辱はない

隠逸林中無榮辱,道義路上無炎涼。

隠れ住む林の中には栄誉も恥辱もなく、道義の道の上には暑さ寒さのような世の移り気がない。

27暑さではなく暑がる心を

熱不必除,而除此熱惱,身常在清凉台上。窮不可遣,而遣此窮愁,心常居安樂窩中。

暑さはあえて取り除く必要はない。暑さを苦にする心を取り除けば、身は常に涼しい高殿の上にある。貧しさは追い払うことができない。貧しさを憂える心を追い払えば、心は常に安楽な住まいの中にいる。

28進む時に退くことを思え

進步處便思退步,庶免觸藩之渦。着手時先圖放手,纔脫騎虎之危。

進む一歩のところで退く一歩を思えば、垣根に角を引っかけるような災いを免れる。手をつける時にまず手を離す時を図れば、はじめて虎に乗る危うさから脱することができる。

夾注 1

底本は「觸藩之渦」だが、渦(渦巻き)は禍(災い)の誤りと見て「災い」と読み替えた。― 訳者

29貪る者は富んでも乞食

貪得者分金恨不得玉,封公怨不受侯,權豪自甘乞丐。知足者藜羮旨於膏梁,布袍煖於狐貉,編民不讓王公。

貪る者は、金を分け与えられても玉を得られないことを恨み、公に封じられても侯になれないことを怨む。権勢があり富んでいながら、自分から乞食の役を甘んじて引き受けている。足るを知る者は、あかざの汁も脂ののった飯よりうまく、麻の上着も狐の皮衣より暖かい。庶民でありながら王公に引け目を感じない。

30名を誇るより名を避ける

矜名不若逃名趣,練事何如省事閒。

名を誇るのは名を避ける趣に及ばない。事に熟達することが、どうして事を減らして閑かであることに及ぼうか。

31自ら得た人に騒も静もない

嗜寂者,觀白雲幽石而通玄;趨榮者,見清歌妙舞而忘倦。唯自得之士,無喧寂,無榮枯,無往非自適之天。

静けさを好む者は白い雲と奥深い岩を見て玄妙に通じ、栄達を追う者は清らかな歌と妙なる舞を見て疲れを忘れる。ただ自ら得た人だけは、騒がしさも静けさもなく、栄えも枯れもなく、行くところすべてが心のままの天地でないところはない。

32孤独な雲、明るい鏡

孤雲出岫,去留一無所係。朗鏡懸空,靜躁兩不相干。

孤独な雲が山あいから出ていき、去るも留まるも少しもつながれたところがない。明るい鏡が虚空に掛かり、静けさも騒がしさもどちらにも関わらない。

33長く続く味わいは豆と水に

悠長之趣,不得於醲釅,而得於啜菽飲水之餘。惆悵之懐,不生於枯寂,而生於品竹調絲之餘。固知濃所味常短,淡中趣獨真也。

悠久の趣は濃く強い酒から得られるものではなく、豆を噛み水を飲んだあとに得られる。もの悲しい思いは枯れた寂しさから生じるものではなく、笛を吹き弦を調えたあとに生じる。まことにわかる。濃い味は常に短く、淡い中の趣だけが真実である。

34飯を食い眠るところに道がある

禪宗曰:「饑來喫飯倦來眠。」詩旨曰:「眼前景致口頭語。」蓋極高寓於極平,至難出於至易,有意者反遠,無心者自近也。

禅宗では「飢えたら飯を食い、疲れたら眠る」と言い、詩の要諦では「目の前の景色、口に上る言葉」と言う。おおむね、きわめて高いものはきわめて平凡なものに宿り、きわめて難しいことはきわめて易しいことから出る。意図を構えると逆に遠ざかり、無心であればおのずから近づく。

35水が流れても音のないところ

水流而境無聲,得處喧見寂之趣。山高而雲不礙,悟出有入無之機。

水は流れても周りに音がない。騒がしい場所で静けさを見る趣を得なければならない。山は高くても雲は妨げられない。有から出て無に入る働きを悟らなければならない。

36山林も貪れば市場

山林是勝地,一營戀便成市朝。書畫是雅事,一貪癡便成商賈。蓋心無染着,欲界是仙都。心有係戀,樂境成苦海矣。

山林はすぐれた土地だが、ひとたび恋い慕って執着すればたちまち市場となる。書や画は雅な事だが、ひとたび貪って溺れればたちまち商人の仕事となる。おおむね心に染まりも執着もなければ、欲界も仙人の都である。心に縛られや恋しさがあれば、楽しい境地も苦しみの海となる。

37静けさと焦りが分かれれば

時當喧雑,則平日所記憶者,皆漫然忘去。境在清寧,則夙昔所遺忘者,又恍爾現前。可見靜躁稍分,昏明頓異也。

騒がしく雑然とした時に当たると、日ごろ覚えていたことまですべてぼんやりと忘れてしまう。清らかで安らかな境地にあると、昔忘れていたことがまたはっきりと目の前に現れる。静けさと焦りがわずかに分かれるだけで、心の暗さと明るさがたちまち違ってくることがわかる。

38葦の花の布団の下、雪に臥して

蘆花被下,臥雪眠雲,保全得一窩夜氣。竹葉杯中,吟風弄月,躲離了萬丈紅塵。

葦の花の布団の下、雪に臥し雲に眠っても、ひと間の夜気をそのまま保つ。竹の葉の杯の中、風を吟じ月をもてあそび、万丈の紅塵から抜け出す。

39高官の行列に杖一本

袞冕行中,着一藜杖的山人,便增一段高風。漁樵路上,着一袞衣的朝士,轉添許多俗氣。固知濃不勝淡,俗不如雅也。

高位の役人の行列の中に、あかざの杖をついた山の人が一人混じれば、ひときわ高い風情が加わる。漁師や木こりの通る道の上に、官服を着た役人が一人混じれば、かえって多くの俗気が加わる。まことにわかる。濃さは淡さに勝てず、俗は雅に及ばない。

40世を出る道は世の中にある

出世之道,即在渉世中,不必絶人以逃世。了心之功,即在盡心内,不必絶欲以灰心。

世を出る道はそのまま世を渡る中にあり、あえて人を絶って世から逃げる必要はない。心を悟る工夫はそのまま心を尽くす中にあり、あえて欲を断って心を灰にする必要はない。

41身は閑かな所に、心は静けさの中に

此身常放在閒處,榮辱得失,誰能差遺我。此心常安在靜中,是非利害,誰能瞞昧我。

この身を常に閑かな所に置いておけば、栄辱も得失もどうして私を使い回せようか。この心を常に静けさの中に安らかに置いておけば、是非も利害もどうして私をだませようか。

42竹の垣根の下の鶏の声

竹籬下,忽聞犬吠雞鳴,恍似雲中世界。芸窗中,雅聽蟬吟鴉噪,方知靜裏乾坤。

竹の垣根の下でふと犬の吠え声や鶏の鳴き声を聞くと、恍惚として雲の中の世界のようである。書斎の窓の内で蝉の声や烏の騒ぐ声を聞くと、はじめて静けさの中の別天地を知る。

43栄華を望まねば餌も怖くない

我不希榮,何憂乎利祿之香餌。我不競進,何畏乎仕官之危機。

私は栄華を望まないのだから、利禄の香ばしい餌をどうして憂えようか。私は先を争って進もうとしないのだから、官職の危うさをどうして恐れようか。

44泉と石の間を歩けば

徜徉於山林泉石之閒,而塵心漸息。夷猶於詩書圖畫之内,而俗氣潜消。故,君子雖不玩物喪志,亦常借境調心。

山林や泉や石の間をそぞろ歩けば、塵の心が次第に静まる。詩書や絵画の中に遊べば、俗気がおのずから消えていく。だから君子は物にふけって志を失うことはないが、それでも常に景色を借りて心を調える。

45春の華やかさより秋の清らかさ

春日氣象繁華,令人心神駘蕩。不若秋日雲白風清,蘭芳桂馥,水天一色,上下空明,使人神骨倶清也。

春の日は気配が華やかで、人の心を浮き立たせる。だがそれは、秋の日に雲が白く風が清らかで、蘭が香り桂が薫り、水と空が一つの色となって上下が明るく澄み、人の精神と骨までみな清らかになるのには及ばない。