後集 2(46~90条)後集
1一字知らずとも詩心があれば
一字不識,而有詩意者,得詩家真趣。一偈不參,而有禪味者,悟禪教玄機。
一字も知らなくても詩心のある者は、詩人の本当の趣を得ている。一つの偈も参究していなくても禅の味わいのある者は、禅教の玄妙な働きを悟っている。
2弓の影も蛇に見える
機動的,弓影疑爲蛇蠍,寢石視爲伏虎。此中渾是殺氣。念息的,石虎可作海鷗,蛙聲可當鼓吹,觸機倶見真機。
心の働きが騒がしい者は、弓の影も蛇や蠍と疑い、横たわる石も伏せた虎と見る。この中はすべて殺気である。思いが静まった者は、石の虎も海の鷗とし、蛙の声も楽の音とする。触れるところすべてに真の働きを見る。
3つながれていない舟のように
身如不繋之舟,一任流行坎止。心似既灰之木,何妨刀割香塗。
身はつながれていない舟のようで、流れるにも瀬に止まるにも任せる。心はすでに灰になった木のようで、刀で割られようと香を塗られようと何の差し障りもない。
4鶯は喜び蛙は嫌うが
人情聽鶯啼則喜,聞蛙鳴則厭。見花則思培之,遇草則欲去之。倶是以形氣用事。若以性天視之,何者非自鳴其天機,非自暢其生意也。
人の情は、鶯の声を聞けば喜び、蛙の鳴き声を聞けば嫌う。花を見れば育てようとし、草に出会えば抜こうとする。みな形と気質で事を処しているのである。もし本性から見るなら、どれが自分で天の働きを鳴らしていないものであり、自分で生きようとする意を伸ばしていないものであろうか。
5髪が抜け歯が疎くなっても
髪落齒疎,任幻形之彫謝,鳥吟花笑,識自性之真如。
髪が抜け歯が疎くなれば、幻の形が衰えていくのに任せよ。鳥が歌い花が笑うところに、自性の真の姿を知れ。
6内が空けば市でも涼しい
欲其中者,波沸寒潭,山林不見其寂。虚其中者,凉生酷暑,朝市不知其喧。
内に欲の満ちた者は、冷たい淵にも波が沸き立ち、山林にいてもその静けさを見ることができない。内が空いている者は、酷暑にも涼しさが生まれ、町の市のただ中にいてもその騒がしさを知らない。
7多く蓄えれば多く失う
多藏者厚亡。故知富不如貧之無慮。高步者疾顛。故知貴不如賤之常安。
多く蓄える者は大きく失う。だから富が、貧しい者の憂えのなさに及ばないことがわかる。高く歩く者は早く転ぶ。だから貴いことが、賤しい者の常の安らかさに及ばないことがわかる。
8明け方の窓で易を読み
讀易曉窗,丹砂研松間之露。譚經午案,寶磬宣竹下之風。
明け方の窓辺で易を読み、松の間の露で朱の墨をすり、昼の机で経を論じ、竹の下の風に磬の音を響かせる。
9鉢の花、籠の鳥
花居盆内,終乏生機,鳥入籠中,便減天趣。不若山間花鳥,錯雑成文,翺翔自若,自是悠然會心。
花が鉢の中にあれば、ついに生気を欠く。鳥が籠に入れば、たちまち天然の趣が減る。山あいの花と鳥が入り混じって文様をなし、思うままに飛び回って、おのずからゆったりと心に通ってくるのには及ばない。
10「我」の字を真実と思いすぎるな
世人只綠認得我字太真。故多種種嗜好,種種煩惱。前人云:「不復知有我,安知物爲貴。」又云:「知身不是我,煩惱更何侵。」真破的之言也。
世の人はただ「我」という字をあまりに真実のものと思い込んでいる。だからさまざまな好みやさまざまな煩悩が生じる。昔の人は「我があることさえもう知らないのに、どうして物が貴いと知ろうか」と言い、また「この身が我ではないと知れば、煩悩がどうして侵してこようか」と言った。まことに的を射た言葉である。
夾注 1
底本は「只綠」だが、綠(緑)は緣(ゆえに)の誤りと見て「ただ…であるために」と読み替えた。― 訳者
11老いから若さを見よ
自老視少,可以消奔馳角逐之心。自瘁視榮,可以絶紛華靡麗之念。
老いの目から若さを見れば、走り回り競い合う心を消すことができる。衰えた立場から栄華を見れば、華やかで奢った思いを断つことができる。
12昨日の我と今日の彼
人情世態,倐忽萬端,不宜認得太真。堯夫云:昔日所云我,而今卻是伊。不知今日我又屬後來誰。人常作是觀,便可解卻胸中罥矣。
人の情も世の有り様も、わずかな間に万通りに変わる。あまりに真実のものと思い込まないほうがよい。堯夫は「昔日わたしと言っていたものが、今日はかえって彼になった。今日のわたしが、また後日だれになるかはわからない」と言った。人が常にこう見れば、胸の中のもつれを解くことができる。
13熱い雑踏に冷たい眼を一つ
熱閙中,着一冷眼,便省許多苦心思。冷落處,存一熱心,便得許多真趣味。
熱い雑踏の中に冷たい眼を一つ置けば、たちまち多くの苦しい思いを省くことができる。寂しくうち捨てられた境地に熱い心を一つ保てば、たちまち多くの真の味わいを得ることができる。
14一つの楽しみに一つの苦しみ
有一樂境界,就有一不樂的相対待。有一好光景,就有一不好的相乘除。只是尋常家飯,素位風光,纔是個安樂的窩巣。
一つの楽しい境地があれば、すぐに一つの楽しくないものが向かい合って待ち構えている。一つのよい景色があれば、すぐに一つのよくないものが差し引きし合う。ただいつもの家の飯と、官位のない暮らしの眺望こそが、やすらかな住みかである。
15簾を巻き上げて青山を見よ
簾櫳高敞,看青山綠水呑吐雲煙,識乾坤之自在。竹樹扶疎,任乳燕鳴鳩送迎時序,知物我之兩忘。
簾と窓を高く巻き上げ、青い山と緑の水が雲と霞を呑み吐くのを見て、天地の自在さを知る。竹や木が茂るところで、巣の燕や鳴く鳩が季節を送り迎えするのに任せて、物も我も共に忘れることを知る。
16成ったものは必ず崩れる
知成之必敗,則求成之心,不必太堅。知生之必死,則保生之道,不必過勞。
成ったものは必ず崩れると知れば、成し遂げようとする心が度を越して固くなることはない。生まれたものは必ず死ぬと知れば、命を守る道にむやみに苦労することはない。
17竹の影が階を掃いても
古徳云:「竹影掃堦塵不動。月輪穿沼水無痕。」吾儒云:「水流任急境常靜。花落雖頻意自閒。」
昔の高僧は「竹の影が階を掃いても塵は動かず、月の輪が池を貫いても水に跡はない」と言い、わが儒家では「流れがいかに急でも周りは常に静かであり、花がしきりに散っても心はおのずから閑かである」と言う。人が常にこの思いを持って物事に当たれば、身も心もどれほど自由であろうか。
18林の松風、石の上の泉
林間松韻,石上泉聲,靜裏聽來,識天地自然鳴佩。草際煙光,水心雲影,閒中觀去,見乾坤最上文章。
林の間の松風の音と石の上の泉の音を静けさの中で聞けば、天地自然の佩玉の響きだと知る。草むらの霞の光と水の中の雲の影を閑かな中で眺めれば、天地最上の文章だと知る。
19西晋の茨の原を見ていながら
眼看西晉之荊榛,猶矜白刃。身屬北邙之狐兔,尚惜黄金。語云:「猛獸易伏,人心難降。谿壑易塡,人心難滿。」信哉。
目では西晋の荒れた茨の原を見ていながら、なお白刃を誇る。身は北邙山の狐や兎のものになろうとしていながら、まだ黄金を惜しむ。昔の言葉に「猛獣は伏せさせやすいが人の心は降らせがたく、谷や沢は埋めやすいが人の心は満たしがたい」とある。まことにそのとおりである。
20心に風波がなければ
心地上無風濤,隨在皆青山綠樹。性天中有化育,觸處見魚躍鳶飛。
心の地に風も波もなければ、行き着くところすべてが青い山と緑の木である。本性の中に万物を育てる働きがあれば、触れるところで魚が躍り鳶が飛ぶのを見る。
21高い冠と大きな帯の士も
峨冠大帯之士,一旦睹輕蓑小笠飄飄然逸也,未必不動其咨嗟。長筵廣席之豪,一旦遇疎簾浄几悠悠焉靜也,未必不增其綣戀。人奈何驅以火牛,誘以風馬,而不思自適其性哉。
高い冠と大きな帯の士も、ひとたび軽い蓑と小さな笠で飄然と遊ぶ者を見れば、羨んでため息をつかずにはいられない。長い宴席、広い座敷の富豪も、ひとたび疎い簾と清らかな机のもとで悠々と静かにしている者に出会えば、恋しく思う心が増さずにはいられない。人はどうして火牛で駆り立て風馬で誘うようなことばかりして、自分の本性に合わせて生きることを思わないのだろうか。
22魚は水を忘れて泳ぐ
魚得水游,而相忘乎水。鳥乘風飛,而不知有風。識此可以超物累,可以樂天機。
魚は水を得て泳ぎながら水を忘れ、鳥は風に乗って飛びながら風があることを知らない。これを知れば物のしがらみを超えることができ、天の働きを楽しむことができる。
23狐が眠る崩れた石段
狐眠敗砌,兔走荒台,盡是當年歌舞之地。露冷黄花,煙迷衰草,悉屬舊時爭戰之場。盛衰何常,強弱安在。念此令人心灰。
狐は崩れた石段で眠り、兎は荒れた台を走る。みなその昔、歌い舞った場所である。露は菊に冷たく、霞は枯れ草に迷う。いずれも昔の戦の場である。盛衰がどうして常であろうか。強い者も弱い者もどこにいるのか。これを思えば人の心は灰のように冷える。
24栄辱に驚かないから
寵辱不驚,閒看庭前花開花落。去留無意,漫隨天外雲卷雲舒。
寵愛にも恥辱にも驚かないから、庭先に花が咲き花が散るのを閑かに眺める。去るも留まるも心にないから、空の彼方に雲が巻き雲が広がるのに無心に従う。
25蛾は蠟燭に身を投げる
晴空朗月,何天不可翺翔,而飛蛾獨投夜燭。清泉綠卉,何物不可飲啄,而鴟鴞偏嗜腐鼠。噫,世之不爲飛蛾鴟鴞,幾何人哉。
晴れた空に明るい月、どの空でも飛び回れるのに、蛾だけは夜の蠟燭に身を投げる。清らかな泉に緑の草、どれでも飲み食べられるのに、ふくろうはことさら腐った鼠を好む。ああ、世に蛾やふくろうでない者が何人いるだろうか。
26筏に乗るなり筏を捨てる思い
纔就筏便思舎筏。方是無事道人。若騎驢又復覓驢,終爲不了禪師。
筏に乗ったとたんに筏を捨てることを思えば、これこそ事のない道人である。驢馬に乗りながらまた驢馬を探すようでは、ついに悟りきれない禅師にとどまる。
27冷たい眼で権勢の争いを見れば
權貴竜驤,英雄虎戰。以冷眼視之,如蟻聚羶,如蠅競血。是非蜂起,得矢蝟興。以冷情當之,如冶化金,如湯消雪。
権勢家は竜のように争い、英雄は虎のように戦う。冷たい眼で見れば、蟻が生臭いものに群がり、蠅が争って血を吸うのと同じである。是非が蜂の群れのように起こり、得失が蝟の針のように立つ。冷たい心で向かえば、炉が金を溶かし、熱い湯が雪を溶かすのと同じである。
28物欲につながれれば生は哀れ
覊鎖於物欲,覺吾生之可哀。夷猶於性真,覺吾生之可樂。知其可哀,則塵情立破,知其可樂,則聖境自臻。
物欲につながれれば、我が生が哀れであることに気づく。本性のままに悠々と遊べば、我が生が楽しいことに気づく。哀れだと知れば俗な情はその場で破れ、楽しいと知れば聖人の境地がおのずから訪れる。
29胸に物欲がなければ目の前が晴れる
胸中既無半點物欲,已如雪消爐焰冰消日。眼前自有一段空明,時見月在青天影在波。
胸の中に半点の物欲もなければ、すでに雪が炉の炎に消え、氷が日に消えたのと同じである。目の前におのずから一片の晴れた明るさがあれば、いつでも月が青空にあり、その影が波にあるのを見る。
30詩の思いは灞陵橋の上に
詩思在灞陵橋上,微吟就,林岫便已浩然。野興在鏡湖曲邊,獨往時,山川自相映發。
詩の思いは灞陵橋の上にあり、低く吟じれば林と山の洞がたちまち浩然となる。野の興は鏡湖の曲がりのほとりにあり、独り行く時、山と川がおのずから映り合って輝く。
31長く伏せた鳥が高く飛ぶ
伏久者,飛必高,開先者,謝獨早。知此,可以免蹭蹬之憂,可以消躁急之念。
長く伏せていた鳥は必ず高く飛び、先に咲いた花は独り早く散る。これを知れば、足を踏み外す憂いを免れることができ、焦り急ぐ思いを静めることができる。
32棺の蓋を覆って知る
樹木至歸根日,而後知華萼枝葉之徒榮。人事至蓋棺,而後知子女玉帛之無益。
木は根に帰る日に至って、はじめて花や枝や葉が空しい栄えであったと知る。人の事は棺の蓋を覆う日に至って、はじめて子女や財宝が役に立たないと知る。
33真の空は空ではない
真空不空。執相非真。破相亦非真。問世尊如何發付?在世出世,徇欲是苦,絶欲亦是苦。聽吾儕善自修持。
真の空は空ではない。形に執するのも真ではなく、形を破るのも真ではない。問う、世尊は何と言われたか。「世にありながら世を出よ。欲に従うのも苦しみであり、欲を断つのも苦しみである。われら自身がよく修め持つことにかかっている。」
34烈士は千乗も譲るが
烈士讓千乘,貪夫爭一文。人品星淵也,而好名,不殊好利。天子營家國,乞人號饔飧。位分霄壤也,而焦思,何異焦聲。
烈士は千乗の国も譲り、貪る者は一文を争う。人柄は天と地ほど違うが、名を好むことは利を好むことと変わらない。天子は国家を営み、乞食は食事を叫び求める。地位は天と地ほど違うが、思いを焦がすことが声を焦がすことと何が違おうか。
35世の味を知り尽くせば
飽諳世味,一任覆雨翻雲,總慵開眼。會盡人情,隨教呼牛喚馬,只是點頭。
世の味を十分に知り尽くせば、雨になろうと雲になろうとひっくり返るままに任せ、目を開けることさえ面倒になる。人の情をすべて会得すれば、牛と呼ばれようと馬と呼ばれようと呼ぶに任せ、ただうなずくだけである。
36前の思いをとどめるな
今人専求無念,而終不可無。只是前念不滯,後念不迎,但將現在的隨綠,打發得去,自然漸漸入無。
今の人はもっぱら無念を求めるが、ついに無くすことができない。ただ前の思いをとどめず、後の思いを迎えず、今ある縁に従って処していけば、自然に次第に無に入っていく。
37たまたま心に合えばたちまち佳境
意所偶會,便成佳境,物出天然,纔見真機。若加一分調停布置,趣味便減矣。白氏云:意隨無事適,風逐自然清。有味哉,其言之也。
思いがたまたま合えば、たちまち美しい境地となる。物は天然から出てこそ、はじめて真の働きが見える。少しでも手を加えて並べ立てれば、趣はすぐに減る。白楽天は「意は事のない時にゆったりとし、風はおのずから吹く時に清らかである」と言った。味のある言葉である。
38本性が清ければ飯を食い水を飲んでも
性天澄徹,即饑喰渇飲,無非康済身心。心地沈迷,縱譚談禪演偈,總是播弄精魂。
本性が清く澄んでいれば、飢えて飯を食い渇いて水を飲むことも、身と心を安らかにしないものはない。心の地が沈み迷っていれば、たとえ禅を談じ偈を説いても、すべて精神をいたずらにもてあそぶだけである。
39心にある弦のない琴
人心有個真境,非絲非竹,而自恬愉。不煙不茗,而自清芬。須念浄境空,慮忘形釋。纔得以游衍其中。
人の心には一つの真の境地がある。琴でも笛でもないのに、おのずから安らかで楽しく、香でも茶でもないのに、おのずから清らかに香る。思いを浄め境を空しくし、憂いを忘れ形を放してこそ、はじめてその中に遊ぶことができる。
40金は鉱石から出て
金自鑛出,玉從石生。非幻無以求真。道得酒中,仙遇花裏。雖雅不能離俗。
金は鉱石から出て、玉は石から生まれる。幻でなければ真を求める道はない。道は酒の中で得ることもあり、仙人は花の中で出会うこともある。どれほど雅であっても、俗を離れることはできないのである。
41天地の万物はみな一つ
天地中萬物,人倫萬情,世界中萬事。以俗眼觀,紛紛各異,以道眼觀,種種是常。何煩分別,何用取捨。
天地の中の万物、人倫の万の情、世界の万の事は、俗な眼で見れば乱れてそれぞれ違うが、道の眼で見ればどれもみな常のままである。どうして煩わしく分け、何のために選び捨てようか。
42麻の布団の中の和やかさ
神酣布被窩中,得天地冲和之氣。味足藜羹飯後,識人生澹泊之真。
麻の布団の狭い寝床で心がゆったり満ちれば、天地の和やかな気を得る。あかざの汁と飯一杯で味が足りれば、人生の淡泊な真の味わいを知る。
43縛られるも脱するも心にある
纏脫只在自心。心了,則屠肆糟廛,居然浄土。不然,縱一琴一鶴,一花一卉,嗜好雖清,魔障終在。語云:「能休塵境爲真境,未了僧家是俗家。」信夫。
縛られるか脱するかは、ただ自分の心にかかっている。心が悟れば、肉屋や酒屋もそのまま浄土となる。そうでなければ、たとえ琴一つ鶴一羽、花一輪草一本を友として、その好みがどれほど清らかであっても、魔の障りはついに残る。昔の言葉に「休むことができれば塵の世も真の境地であり、悟りきらなければ寺も俗家である」とある。まことにそのとおりである。
44狭い部屋で万の憂いを捨てれば
斗室中萬慮都捐,說甚畫棟飛雲,珠簾捲雨。三杯後一真自得,唯知素琴橫月,短笛吟風。
狭い部屋の中であらゆる憂いをすべて捨ててしまえば、彩色した梁に雲が飛び、珠の簾を巻いて雨を眺めるという話など、今さら何を言うことがあろうか。三杯の酒の後に一つの真を自分で得れば、ただ飾りのない琴を月の下で横に弾き、短い笛を風に吟じることだけを知る。
45万物の静寂の中の一声
萬籟寂寥中,忽聞一鳥弄聲,便喚起許多幽趣。萬卉摧剝後,忽見一枝擢秀,便觸動無限生機。可見,性天未常枯槁,機神最宜觸發。
あらゆる音が静まり返った中で、ふと一羽の鳥のさえずる声を聞けば、たちまち多くの奥深い趣を呼び起こす。あらゆる草木が枯れ落ちた後で、ふと一枝が秀でて伸びているのを見れば、たちまち限りない生気が動き出す。本性の天はこれまで枯れたことがなく、働きの精神は触れ合うことで最もよく現れるのがわかる。