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第77章 — 天道天道

道徳経(道と徳を説く経典) 道德經 · 老子、注釈 王弼・河上公 · 紀元前4〜3世紀(王弼の注は3世紀) · 段落 2 · 漢字 79字 · 朗読 0.3分

道徳経(道と徳を説く経典) 徳経 八十一章、五千字。墓から出た帛書本は今日用いる版本と字が異なり、同じ句をめぐって読みの分かれる箇所が多い。王弼は哲学として、河上公は治めと養生として読む。

1天の道は弓を張るのに似ている

天之道,其猶張弓與?高者抑之,下者舉之;有餘者損之,不足者補之。天之道,損有餘而補不足。人之道則不然,

天の道は、弓を張るのに似ているだろうか。高いものは抑え、低いものは挙げ、余りのあるものは減らし、足りないものは補う。天の道は、余りのあるものを減らして足りないものを補う。人の道はそうではなく、

注 5
王弼

與天地合德,乃能包之,如天之道。如人之量,則各有其身,不得相均,如惟無身無私乎,自然然後乃能與天地合德。

天地と徳を合わせてこそ、これを包むことができ、天の道のようになる。人の器で言えば、それぞれに自分の身があって互いに均しくすることができない。ただ身もなく私もなくてこそ自然であり、そうしてはじめて天地と徳を合わせることができる。

河上公

天道暗昧,舉物類以為喻也。

天の道は暗くて知りがたいので、物のたぐいを挙げて喩えとしたのである。

河上公

言張弓和調之,如是乃可用耳,夫抑高舉下,損強益弱,天之道也。

弓を張るときに和らげ調えてこそ用いることができる、という言葉である。そもそも高いものを抑え低いものを挙げ、強いものを減らし弱いものに益すのが、天の道である。

河上公

天道損有餘而益謙,常以中和為上。

天の道は余りのあるものを減らして謙る者に益し、つねに中和を上とする。

河上公

人道則與天道反,

人の道は天の道と反対である。

2ただ道を持つ者だけである

損不足以奉有餘。孰能有餘以奉天下?唯有道者。是以聖人為而不恃,功成而不處,其不欲見賢。

足りないところから減らして余りのあるところを奉る。誰が余りのあるものをもって天下を奉ることができるだろうか。ただ道を持つ者だけである。だから聖人は為しても頼らず、功が成っても留まらず、その賢さを見せようとしない。

注 6
王弼

言唯能處盈而全虛,損有以補無,和光同塵,蕩而均者,唯其道也。是以聖人不欲示其賢以均天下。

満ちたところに処りながら虚を全うし、有るものを減らして無いものを補い、光を和らげ塵と同じくして、広く均しくすることができるのは、ただその道だけである、という言葉である。だから聖人はその賢さを示して天下を均しくしようとはしない。

河上公

世俗之人損貧以奉富,奪弱以益強也。

世俗の人は貧しいところから減らして富めるところを奉り、弱いところから奪って強いところに益す。

河上公

言誰能居有餘之位,自省爵祿以奉天下不足者乎?唯有道之君能行也。

誰が余りのある位にありながら、自ら位と禄を省いて天下の足りない者を奉ることができようか、という言葉である。ただ道を持つ君主だけが行うことができる。

河上公

聖人為德施,不恃其報也。

聖人は徳を施しながら、その報いに頼らない。

河上公

功成事就,不處其位。

功が成り事が就っても、その位に留まらない。

河上公

不欲使人知己之賢,匿功不居榮,畏天損有餘也。

自分の賢さを人に知らせようとせず、功を隠して栄えに留まらない。天が余りのあるものを減らすことを畏れるのである。