いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻8

内省の諸郎に差し上げる文呈內省諸郞。

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 372字 · 朗読 3.6分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻8 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

某天地間一微喘也。偶落女媧縆土之戱。不奈愚貧。悞師匡鼎鑿壁之懃。頗窮書史。自登一第。已換九霜。陸沈之恨劇焉。途窮之哭痛矣。朝庭豈不好善。臺閣豈無知音。然性本散踈。加之迂闊。徒自守轉胞之懶。未嘗趨炙手之炎。蝸角纔生。見人卽縮。蟬膓自潔。與物無營。緘口如瘖。掩顔自拙。然則雖窮且苦焉。孰唁之而孰憐之耶。近者。伏聞內省諸郞學士閤下。視草之暇。言及人物。不以爲僕淺薄無取。雌黃潤澤。將欲薦進於國家。僕竊自以爲古人所謂至公之道。廢之已久。不意復行於今日矣。僕旣踈懶迂闊。不敢以長喙頑脣自鳴自叫。而學士諸郞。特置於齒牙之間。至以薦達爲心。況萬萬賢於僕者哉。口嘗笑而不闔。舌嘗詫而不停。躍躍然若已得美官豐祿矣。雖諸郞至公之心。平似無蠅之秤。而鯫生私喜之淚。滴若泣鮫之盤。義不可辜負。禮不可不謝。是用執將斷之索。汲出餘波。連已絶之絃。彈生乾韻。謹隨韻著成記德五言今體詩各一首。連簡繕寫。奉贄于左右。旣有以謝之。復竊望諸郞學士勿謂前言戱耳。期以好爵縻之。以終其惠而已。無任惶悚之至。

私は天と地のあいだの一つのか細い息にすぎません。たまたま女媧が土を縄で垂らして作った戯れの中に落ち、愚かで貧しいことをどうすることもできず、誤って匡衡が壁を穿った勤勉さを師と仰いで、かなり書と史を究めました。ひとたび及第してからすでに九たび霜が移り変わり、陸に沈んだ恨みは甚だしく、道が窮まった慟哭は痛切です。朝廷がどうして善を好まないことがありましょう、台閣にどうして知音がいないことがありましょう。しかし性がもともと散漫で疎く、そのうえ世間知らずなので、ただ自ら怠惰を守るばかりで、手を焼くほどの権勢に近づいたことがありません。蝸牛の角がようやく出ても人を見ればすぐ縮め、蝉の腹のように自ら清くして、物と関わって何かを営むことがありません。口を閉ざして唖のようであり、顔を覆って自ら拙いのです。そうであれば、たとえ窮して苦しくとも、誰が慰め、誰が憐れんでくれましょうか。近ごろ謹んで伺いますところ、内省の諸郎学士閤下が詔を検める合間に人物を語られ、私を浅薄で取るに足りない者とはなさらず、磨いて潤色し、いま国家に薦めて進めようとしてくださるとのことです。私はひそかに、古人のいわゆる至公の道が廃れて久しいのに、思いがけず今日また行われているのだと思いました。私はもとより疎く怠惰で世事にうとく、あえて長いくちばしと鈍い唇で自ら鳴き自ら叫ぶことができないのに、学士の諸郎が特に歯牙のあいだに置いてくださり、薦め通すことにまで心を用いてくださるのですから、まして私より万倍も賢い方々についてはなおさらでしょう。口はいつも笑って閉じず、舌はいつも誇って止まらず、躍り上がるようにして、すでに良い官と豊かな禄を得たかのようです。諸郎の至公の心は蠅も止まらぬ秤のように平らかですが、取るに足りない書生の私の嬉し涙は、泣く鮫人の盤のように滴ります。義として背くことはできず、礼として謝さずにはいられません。そこで切れかかった縄を手に取って残りの水を汲み出し、すでに切れた弦をつないで干からびた調べを弾いてみます。謹んで韻に従い、徳を記した五言の今体詩を一首ずつ作り、書状に添えて清書し、お手もとに贈り物として差し上げます。すでに謝意を申し上げましたうえで、さらにひそかに願いますのは、諸郎学士が先のお言葉を戯れであったとはなさらず、良い官位をもって繋いでくださると約してくださり、その恵みを全うしてくださることです。恐れ入ることこのうえもございません。

夾注 1

幷敍。戊午年。

序をあわせた。戊午の年である。