いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻11
四季花
東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻11 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
臘梅秋菊巧侵寒。輕薄春紅已莫干。及見此花專四序。一時偏艶不堪看。
臘月の梅と秋の菊は巧みに寒さを侵し 軽やかな春の紅い花は、もう及びもつかない この花が四季を独り占めするのを見ると 一時だけひときわ艶やかなものは、見るに足りない
夾注 1
三首
三首。
好許千花伴爾榮。一春歸後可堪爭。吳姬楚艶紛紛散。歲久方知靜女情。
千の花がお前とともに栄えるのを許してもよいが 春がひとたび去ったあと、どうして競えよう 呉の姫も楚の美人も乱れて散ってしまい 年を経てはじめて、静かな女の情を知る
松眞竹悍小柔姿。跨涉炎寒也自宜。爾與春紅同一樣。如何猶到雪霜時。
松は実直、竹は剛く、柔らかな姿が乏しい 暑さも寒さもまたいで過ごすのは、おのずともっともだ お前は春の紅い花と同じ姿なのに どうして雪と霜の時まで咲き続けるのか