いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻14
歸法寺の川辺で感ずるところがあって歸法寺川上有感。
東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻14 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
1第一首
少小翩翩此慣遊。算來三十七年周。莫言川是人非舊。逝水無停豈昔流。
幼いころ、ひらひらとここで遊び慣れていた 数えてみれば、三十七年がめぐった 川は同じで人だけが昔と違う、などと言うな 流れ去る水は止まらない、どうして昔の流れであろう
夾注 1
冠童趁歲夏課處也。予少年時。亦慣遊。
大人も子供も、毎年ここで夏の勉強をした所である。私も若いころ、よく遊び慣れていた。
2第二首
白葛婆娑散髮遊。茂林深樾繞川周。少年蘸足浮盃處。病脚難堪暫下流。
白い葛の衣をゆったりまとい、髪をほどいて遊ぶ 茂った林の深い木陰が、川のまわりを取り巻く 若いころ足を浸し、杯を浮かべた所なのに 病んだ脚では、しばらく水に下りることさえ堪えがたい