いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻14
初めて正言に任じられて作る初拜正言有作
東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻14 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
1第一首
八載花甎沐帝恩。白頭方始直西垣。平生口訥如囊括。人導無言老正言。
八年のあいだ花甎で帝の恵みに浴し 白髪になって、ようやく西垣に宿直する 生涯、口が重くて袋の口を括ったようなので 人は「もの言わぬ老いた正言」と言う
2第二首
拾遺班秩要而淸。大副書生宿昔情。白首靑衫人莫笑。金衣前導足爲榮。
拾遺の班位は要職であって、しかも清らかで 書生の年来の思いに、大いに適っている 白髪に青い衫だからと、人よ笑うな 金の衣の者が前を導くのだから、誉れとするに足りる