いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻19

丁巳年、上元の灯夕の教坊の致語と口号丁巳年上元燈夕。敎坊致語口號。

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 2 · 漢字 260字 · 朗読 2.7分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻19 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

1致語

云云。相氣占雲。知聖人之有作。馱祥輦瑞。自仙府而遠來。恭惟聖上陛下道合通三。德躋咸五。樾下陰暍。世懷周發之仁。衢中設樽。人詠高唐之化。統扶桑之東國。宅松麓之上都。以明堂正寢之未修。居別館離宮者已久。及乎左翔鸞右棲鳳。因舊趾以更新。駟蒼螭六素虯。備法仗而迺入。適屬上元之夕。宏張廣樂之儀。八政六合之笙聲。浮乎天樂。九光四照之燈影。爛若星文。任百戲之交呈。與萬姓而同樂。神人胥慶。夷夏率賓。妾等名在丹臺。身棲絳闕。高唐作雨。雖非巫峽之仙。漢殿獻桃。竊效龜臺之母。兼呈口號。參採人謠云云。

云云。気を見、雲を占って聖人が立たれることを知り、祥いを載せ瑞しいものを運んで、仙人の府から遠く参りました。謹んで思いますに、聖上陛下は道が三つを通ずるにかない、徳は五つを兼ねるに上られました。木の蔭の下で暑気にあたった者を蔭らせられるので、世は周の武王の仁を慕い、四つ辻に酒樽を据えられるので、人は高唐の教化を歌います。扶桑の東の国を統べ、松の麓の都に居を定められました。明堂の正寝をまだ修められず、別館や離宮におられることがすでに久しかったのですが、左に翔鸞を、右に棲鳳を置き、旧い跡に拠って新しく改め、四頭の蒼い螭と六頭の白い虯を駆り、法駕の装いを整えてここにお入りになりました。ちょうど上元の夕べにあたり、広やかな音楽の儀を大きく張られたので、八政六合の笙の音は天の楽に浮かび、九つの光が四方を照らす灯の影は星の文のように輝いています。さまざまな演し物が次々に供されるのに任せ、万民とともに楽しまれるので、神と人が互いに慶び、夷も夏もみな従います。わたくしどもは名が丹台にあり、身は紅い宮に住んでいます。高唐で雨を降らせますが巫峡の仙人ではなく、漢の宮殿に桃を献じて、ひそかに亀台の西王母に倣います。あわせて口号を奉り、民の歌を参考に採りました。云云。

夾注 1

文以類附。故不以所述先後次之。

文を類によって附けたので、述べた前後の順には従わなかった。

2口号

法仗參排綵嶺前。瓊樓珠殿闢三天。鳳燈吐焰銀花合。蟾月成輪玉鏡圓。十里香風熏錦繡。九重春色醉神仙。露盤新獻靈桃顆。更請重廻結子年。

法仗が綵の嶺の前に並び立ち 瓊の楼、珠の殿が三つの天を開いた 鳳の灯が焰を吐くと銀の花が合わさり 蟾の月が輪をなすと玉の鏡が円い 十里の香しい風が錦繡に染み 九重の春の色に神仙が酔う 露を受ける盤に霊しい桃の実を新たに献じ さらに実を結ぶ年が重ねて巡ることを請う