いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻19

法華経の頌、止観の讃 — 法華頌法華經頌。止觀贊。幷序 法華頌

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 140字 · 朗読 1.4分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻19 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

佛以衆生顚倒故。從權引喩導實性。會三趣一理難窮。不二門中超衆聖。譬如日到天中央。此是亭午罄無影。時諸天人皆諦聽。六十小劫如食頃。哀哉三界苦煎熬。有類諸子遊火宅。初將䍽駕喩出之。仍賜犪軒七寶飾。若人四讀未拆理。心猶其心舌其舌。是舌非舌心非心。然後乃得眞寂滅。弟子居士字春卿。稽首妙法蓮華經。劫劫生生願受持。儻見舌底靑蓮生。

仏は衆生が顛倒しているので 方便に従って喩えを引き、真の性に導かれた 三を会して一に趣くので理を窮め難く 不二の門の中で衆の聖を超える たとえば日が天の中央に至ったようで これは真昼だから影がまったく無い その時、諸天と人がみな詳しく聴いて 六十の小劫が食事のひとときのようだった 哀しいことに三界は苦しみに煎られ 諸子が火の宅で遊ぶのに似ている 初めは羊の引く車で喩えて出させ 続いて七つの宝で飾った大牛の車を賜った もし人が四たび読んでも理を拆けなければ 心はなおその心、舌はその舌のままだ この舌が舌でなく心が心でなくなった その後にこそ真の寂滅を得る 弟子である居士は字が春卿 妙法蓮華経に頭を垂れる 劫ごと生ごとに受け持つことを願うので もしや舌の底に青い蓮が生じるのを見るだろうか