いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻25

昌福寺の談禅の会の告げ文昌福寺談禪榜

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 521字 · 朗読 5分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻25 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

夫道之興替。皆係乎時。故禪法中微。幾至如線。我晉康公扶而起之。力築潰堤。手廻狂瀾。有以維持。然後源流益漲。祖道大行於世矣。公大安三年。得古昌福寺於城之東南。遂拓而新之。今上卽祚之二年。將大闢叢林。闡揚心法。先是。公聞禪之司南弁公。遠遁深山。修眞鍊行。嘗累徵不至。公欲卑辭屈致。或者曰。業已長往。其不迹人間久矣。恐不能易致也。公笑曰。諸佛菩薩。皆以廣度衆生爲意。安有恡法不傳。如人巨富能積而不能散耶。必不爾也。遂聞于上。上遣使敦諭。果應命上道。一如公所忖度。法王鼎來。龍象知歸。凡結社精修如眞公等高行之人。悉皆赴召。其餘宗門宿德。無不臻湊。其集如雲。禪席之盛。古今所無是會也。弁公主盟。眞公副焉。說六祖壇經徑山語錄。每夜談空。率以爲常。乃至五敎。聞人韻士。亦得參赴。分日得場。互談其敎之宗旨。始也各執意相矛楯。雖聞禪法也。亦不甚心服。惘如也。及徐涉其趣。漸入蔗境。領得心要然後。槾山一破。翕然隨以定。自是摳衣請益。知禪之爲無上大法門也。達磨不云乎。千經萬論。只是明心。言下契會。敎將何用。大哉禪之爲道也。雖智所不能及。言所不能窮也。大略以了心爲宗。若欲了心。無心可了。無了之了。是爲眞了。了則是心。心外無佛。如迷自己分上有靈光大寶。向人求索。終日奔忙。祇自苦耳。佛祖所談。無易斯旨。今擧此最上勝味。飽飫士大夫。使入一妙眞源。下至庶人。游霧蒙潤者多矣。一槌手段。已做三韓萬世。則我國其可涯哉。開席凡二十有八日而始罷。其預會高流。咸列于左云云。

およそ道が起こり衰えるのは、みな時にかかっている。だから禅の法が中ごろ衰えて、ほとんど糸筋のようになった。わが晋康公が支えて起こし、力を尽くして崩れた堤を築き、手で狂った波を押し返して支えた。そうしてから流れがいよいよ増し、祖師の道が世に大いに行われた。

公は大安三年に城の東南で古い昌福寺を得て、ついに広げて新しくした。いまの上が即位された二年目に、やがて叢林を大きく開いて心の法を広めようとした。

これより先、公は禅門の導き手である弁公が遠く深い山に隠れて真を修め行を練り、かつてたびたび招いても来ないと聞いた。公が言葉を低くして身を屈めて迎え入れようとすると、ある人が言った。 「すでに遠く去って、人の世に跡をとどめないことが久しいのです。たやすく迎えて来られないでしょう。」 公は笑って言った。 「すべての仏と菩薩は、みな衆生を広く救うことを志とする。どうして法を惜しんで伝えないことを、人が大きな富を持ちながら積むことばかり知って散らすことを知らないようにしようか。必ずそうではあるまい。」 ついに上に申し上げると、上は使者を送って丁寧に諭した。はたして命に応じて道に出たのは、公が推し量ったとおりであった。

法王がまさに来ると、すぐれた僧たちが帰る所を知った。およそ結社して精しく修める真公のような高い行いの人が、みな招きに応じて来た。そのほか宗門の徳高い人たちも集まって来ない者はなく、その集まりは雲のようであった。禅の席の盛んなことは、昔も今もこれほどの会はなかった。

弁公が主宰し、真公が助けた。『六祖壇経』と『径山語録』を講じ、夜ごとに空を語ることを常のこととした。五教に至るまで、名高い人や風雅な士も参加できた。日を分けて席を得て、互いにその教えの趣旨を語った。

はじめはそれぞれ自分の考えを押し通して互いに矛と盾となり、禅の法を聞いても心から従わず、ぼんやりしたようであった。ゆっくりとその趣に浸り、次第に甘い味のする所へ入って心の要を得てからは、塞いでいた山が一度に崩れるようで、そろって従って定まった。これより衣の襟を正して教えを請い、禅が無上の大きな法門であることを知った。

達磨は言わなかったか。 「千の経、万の論は、ただ心を明らかにするものである。言葉の下でじかに悟れば、教えをこれからどこに使うのか。」 大きいことだ、禅が道であることは。知恵でも及べず、言葉でも尽くせない。

おおむね心を悟ることを趣旨とする。心を悟ろうとしても、悟るべき心がない。悟りなき悟りが、まことの悟りである。悟ればそれが心であり、心の外に仏はない。自分の分の上に霊妙な光の大きな宝があることを知らずに、人に求めて一日中あくせく走れば、ただみずから苦しむだけである。仏と祖師が語ったことに、この趣旨を変えるものはない。

いまこの最も高いすぐれた味を挙げて士大夫を飽かせ、一つの妙なるまことの源に入らせた。下は民に至るまで、霧のなかに遊んで潤いを受けた者が多い。ひとたび槌を振るった手際が、すでに三韓万代の事を成したのだから、わが国の福をどうして測りきれようか。

席を開いておよそ二十八日で、ようやく終えた。その会に加わった高い人々を、みな左に並べて記す。

夾注 1

文以類附無所述先後

文は分類ごとに並べ、先後を記さなかった。