郎中の尹威に差し上げる文呈尹郞中威書
月日。某官某再拜。上短書于天曹郞中座右。僕是相國河東公之門下生也。拔出於千百人中。署爲第一。是可謂特達之遇矣。閣下於相國爲玉潤。則宜遇僕如弟行。而凡相國所以待僕之始末也。閣下又宜知之。故言之不疑。相國方柄用時。喜推轂後進。故士之沐膏潤霑滋液者。不爲不多。僕居門下。獨不得與蒙斯恩者。非相國之過。而乃僕之自召也。蓋僕少時。嘗使酒放曠。因得狂易之名。則相國非不欲成就之也。蓋忌狂名。不早爲之地。但以爲年少負氣狂之耳。行且自改。然後用之未晚也。及被病乞退也。俾予作三表。然後大加賞愛。不以僕爲狂。追咎往者之不用。於蟻床中裁箚子甚力。遂薦于上。上亦聞予狂名。竟不能用。以是窮蟄至於是也。宗伯尙爾。況他人哉。自搢紳至于朋伴。莫不以狂目之。僕亦不堪衆人之口。因自號狂客。狂非虛名。亦誠有之。夫大丈夫有才不奮。有蘊不洩。則氣洶洶如水之遇廻曲而渟蓄吼怒。不得發洩。及中酒然後氣發於胸次。到于喉吻。如水之決隄齧岸。崩騰汎溢。不能自止。盡洩然後已。是所以狂也。然此特失意之中憑酒而狂耳。非若中風狂走者。若一旦得意。爲官爵功名所能銜勒。則雖以百計勸之爲狂。終不肯爾。何則。窮則薄其生。達則嗇其身。是亦人之常情也。況士之自狂而反者。不可爲致遠之器。盍覩夫馬乎。馬本在人家。馴服柔良者。則雖間有奇種。亦鮮見籋雲逐日之足矣。其若生長山林海島之間者。見人狂走若駭鹿然。不可遽捉。設捉之。亦不可易馭。幸縻而致之。養于人家。猶啖嚙樹木。不習芻粟。馭則赴坑谷馳淵川。迨馭者僵仆然後乃止。及日久稍狃於人。於是乎屢加銜勒。習以步驟。則足成千里之逸蹄矣。虎帝曰。泛駕之馬。跅弛之士。御之而已。蓋謂此也。嗟乎。一國之人。莫不以僕爲狂人。而及閣下見之。一接笑談。然後知僕之不狂。卽以國士遇之。恨相知之晚。僕每造門。輒倒屣欣迎。促膝握手。朝不知日晡。晚或侵夜分。僕或被酒狂叫。閣下猶不以爲狂。而乃曰。此子實不狂也。但緣有才不奮。無所發洩而爲此也。雖昔鮑叔管仲之相知。白牙子期之暗契。亦何以加之哉。若爾則閣下之於僕。可謂密勿繾綣。心照神交者。而今幸當天曹銓選之任。似可拯拔。則僕若眞狂者。決自必於心恃舊冒觸。略無疑忌。若不幸不如意。則反成怨恚。孤負從前繾綣顧眄之恩矣。僕不然。以愚心忖之。閣下特天曹之執事官耳。非領天曹而主張其柄者也。但因事乘便。微扣于執政相國而已。過此。想不能有所專輒矣。欲扣而無便隙之乘。則無可奈何。已扣而不見聽。則亦無可奈何矣。其得與未得。在一頃刻間耳。皆命也。豈敢多言。
某月某日、某の官の某は二度拝み、吏部の郎中の左右に短い文を差し上げます。
私は相国の河東公の門下生です。千百人のなかから選ばれて第一に置かれたのですから、これは格別に通じた出会いといえます。閣下は相国に婿となられるのですから、まさに私を弟のように扱われるでしょう。また相国が私を扱われた初めと終わりを閣下もまさにご存じでしょうから、それで疑いなく申し上げます。
相国がまさに権を握って用いられていたとき、後に来る者を押し上げることを好まれたので、脂の恵みに浴し甘い水に潤った士は少なくありません。私は門下にありながら、ひとりその恩を受けられなかったのですが、これは相国の咎ではなく、私がみずから招いたことです。
おおむね私は若いとき酒に任せてほしいままに遊んで、狂い軽はずみという名を得ました。相国が私を成し遂げさせようとされなかったのではなく、おおむね狂うという名を嫌って、早く席を設けてくださらなかったのです。ただ年が若く気を頼んで狂っただけだから、次第にみずから改めてから用いても遅くはないと思われたのです。病で退くことを願われたとき、私に表を三つ作らせ、そうしてから大いに褒めて愛され、私を狂っているとは思わず、先日用いなかったことを後になって悔やまれました。病の床で箚子をたいへん力を入れて作り、ついに上に薦めてくださったのですが、上も私が狂っているという名を聞かれていたので、ついに用いられませんでした。このために、窮して伏せたままここまで至りました。
宗伯もそうでしたから、まして他の人はどうでしょうか。役人から友だちに至るまで、私を狂っていると見ない人はありません。私も多くの人の口に堪えられず、みずから狂客と呼びました。狂っているというのは虚しい名だけではなく、また、まことにそうしたところがあります。
およそ大丈夫が才があっても振るえず、蓄えたものがあっても注ぎ出せなければ、気が沸き立って、水が曲がりに出会って溜まり積もり、吠え叫んで破れ出られないのと同じです。酒に酔ってからようやく気が胸から起こって喉と口に至るのは、水が堤を破り岸を噛んで崩れあふれ、みずから止まれず、すべて注ぎ出してからやむのと同じです。これが狂うわけです。しかしこれは、ただ志を失ったなかで酒に寄りかかって狂うだけであり、中風になって狂い走るのとは同じではありません。もし一朝にして志を得て、官と功名が轡と手綱になってくれるなら、百たび誘って狂えと勧めても、ついにそうはしないでしょう。なぜか。窮すればみずからの生を軽んじ、通ればみずからの身を惜しむのが、これもまた人の常の心です。まして、みずから狂って帰ってきた士が、遠くまで至る器にならないことがありましょうか。
あの馬を見られませんか。馬がもともと人の家にいて飼い慣らされて柔らかく順なものは、たとえ変わった種があっても、雲を踏み日を追う脚はまれに見ます。山や林や海の島のあいだで生まれ育ったものは、人を見れば驚いた鹿のように狂うように逃げて、すぐには捕まえられません。捕まえたとしても、また容易には使えません。幸いに繋いで引いて来て人の家で飼えば、それでも木を噛んで食べて、飼い草や穀に慣れません。使えば穴や谷に飛び込み、池や川へ走って、使う者がひっくり返ってからやみます。日が久しくなって次第に人に慣れると、そこで轡と手綱を重ねて掛け、歩みと走りを習わせるので、ついに千里を行くすぐれた蹄を成します。漢の武帝が「車をひっくり返す馬と、気ままな士は、使えばよいだけだ」と言ったのは、おおむねこれを言ったのです。
ああ、国中の人が私を狂った人といわない人はないのに、閣下は私を見て一度笑って話を交わしてから、私が狂っていないことを知られ、すぐ国の士として扱われ、互いに知ったのが遅かったことを残念に思われました。私が門に行くたびに履を逆に履いて喜んで迎えられ、膝を合わせ手を取って、朝に会えば日が傾くのを忘れ、夕べには夜が深くなるまで至りました。私がときに酒に酔って狂うように叫んでも、閣下はそれでも狂っているとは思われず、言われました。「この人はまことに狂っているのではない。ただ才があっても振るえず、注ぎ出す所がなくてこうなるのだ。」昔、鮑叔と管仲が互いに知ったことや、伯牙と鍾子期が言葉なく通じたことでも、また何をこれに加えましょうか。
とすれば、閣下は私にとっては、ひそかに心を尽くして結び、内で照らして深く交わられた方といえます。それなのに、いま幸いに吏部で人を選ぶ役をお受けになって、引き上げてくださるに足るのですから、私がもしまことに狂った者であれば、心に決断して古い情を頼んでみだりに押しかけ、少しも疑い憚ることがないでしょう。そして幸いでなくて思いどおりにならなければ、かえって恨みとなって、さきに結んで世話してくださった恩を背くことになるでしょう。
私はそうではありません。愚かな心で量ってみれば、閣下はただ吏部の事を預かる官であるだけで、吏部を率いてその権を主張される方ではありません。ただ事に従って都合のよい時に乗じて、政を執る相国にひそかに打診されるだけで、これを越えて独りで思いどおりにはできないでしょうと思います。打診しようとしても乗じられる都合のよい隙がなければどうしようもなく、すでに打診されても聞き入れられなければ、またどうしようもありません。得ることと得られないことは一瞬にかかっているだけで、みな運命です。どうしてあえて言葉を多くしましょうか。