いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻27

軍中で処士の安置民に答えて手ずから書いた文軍中答安處士置民手書

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 589字 · 朗読 5.6分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻27 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

月日。某啓。僕自在京師。聞處士之名滋久。路隔千里。無由相覿。第深傾渴而已。及去歲十一月。被征東之命。從軍非佳事。以得見處士爲幸。知會面有日。但此都亂熾。未的識好在。以此爲慮耳。及入都。急欲邀見。緣軍門壯鑰謹。誰何甚厲。且處士亦此都人。若與相見。恐軍中有疑者。故未敢爾。昨於幕中簽判朴郞中所寓。値處士方與朴公話。僕素未識面。觀其鬚髮皓然。著緇衣峙緇冠。如世所畫道客居士者。卽自認之。不問名諱。促膝接話。若舊日飽相與遊者。因得略詳其一二。其後於蒲池寺。與朴公相際。特邀致處士。因置酒從容。各賦詩數篇而去。僕以兩日之覿。頗慰昔年積戀之懷。方欲致書。敍所以深仰敬伏之意。尙稽延未先。忽蒙今月某日首辱書敎累幅。辭語高爽。飄飄有凌雲之氣。予然後知眞箇有仙風道韻。嘆伏絶倒。較疇昔加深。而感荷亦爾。但書中以僕比李太白。太白。天人也。其語皆天仙之詞。僕雖耗竭精思。百日百夜。方得一詩。猶不略侔謫仙昏醉中造次所占一語也。處士其不欲假僕以須臾之喘息耶。何簸以大語。將飄去吾平生幺麽不盈眥之福歟。僕之向之比處士以文洋州龐居士者。蓋墨竹絶似與可。參禪得妙如龐薀。故指的實而言耳。非出於媚諛者。處士尙遜避不敢當之。況僕之於太白。邈若霄壤相懸。而處士況之大過。若將誑戲者。愚心不能無小望。兼所曉捕賊事。尋已藏心。予豈輕洩哉。處士有婦與兒。得無慮日支否。幸有私蓄。以長腰若干斗餉之。雖小尙堪延一日。幸納毋拒。朴簽判約與予同遊佛國寺。處士亦相從否。此境多江山佳處。又賊兵小弭。當與處七野服遊歷。時或賦詠。稍遣鬱懷耳。軍中有所厚某甲者。聞予與處士遊。將絹素求墨竹甚勤。爲我一掃可乎。餘留面剖。不宣再拜。

某月某日、某が申し上げます。

私は都にいたときから処士のお名を聞いて久しくなります。道が千里で隔たって互いに見る道がなく、ただ深く慕って渇いていただけです。去年の十一月に東を討てという言いつけを受けました。軍に従うことは良い事ではありませんが、処士にお目にかかれるようになったことを幸いに思って、顔を合わせる日があることを知りました。ただ、この郡に乱れが盛んで、無事でおられるかをはっきりと知れず、これを心配していました。

郡に入って急いで迎えてお目にかかろうとしましたが、軍門の錠が固く慎み深く、誰かと問いただすことがたいへん厳しいものでした。また処士もこの郡の人ですから、もし互いに会えば軍中に疑う者があるかと思って、あえてそうしませんでした。

昨日、幕中の僉判である朴郎中の滞在先で、処士がちょうど朴公と話しておられるのに出会いました。私はもともと顔を知りませんでしたが、鬚と髪が白く、黒い衣を着て黒い冠を高くかぶっているのが、世に描かれる道客や居士のようであるのを見て、すぐみずから見分けました。名を尋ねずに膝を合わせて話を交わすと、昔に飽きるほど互いに遊んだ人のようで、それでその一つ二つを大まかに知ることになりました。その後、蒲池寺で朴公と会って、特に処士を迎えて来させ、酒席を静かに設けて、それぞれ詩を幾編か作ってから別れました。

私は二日お目にかかったことで、幾年も積もった思いをかなり慰めました。いま文を送って、深く仰いで敬い屈む思いを述べようとしていましたが、まだ先延ばしにして先にできませんでした。ところがふいに今月の某日、先に幾枚もの文を下さいました。言葉が高くすがすがしく、ひるがえって雲を越える気がありました。私はそこでようやく、まことに仙人の風と道の響きがあることを知って、感服して倒れそうでした。先日に比べていよいよ深くなり、有り難さもまたそうです。

ただ、文のなかで私を李太白に比べられました。太白は天の人ですから、その言葉はみな天の仙人の言葉です。私は精神をすべて注ぎ出して百日百夜かけて詩一編を得ても、流された仙人がひどく酔ったなかでふいに作り出した一言に、大まかにさえ並べません。処士は私にしばらく息をつく隙も貸してくださらないのですか。どうして大きな言葉で簸って、私の一生の、細かくて目にも足りない福を吹き飛ばそうとされるのですか。

私がさきに処士を文洋州と龐居士に比べたのは、墨で描いた竹が与可にたいへん似て、禅を参じて妙を得たことが龐蘊と同じだったので、実を指して言っただけで、お追従から出たものではありません。処士もなお辞退して避け、あえて当たられませんでした。まして私と太白は天と地のようにはるかに離れているのに、処士が比べられたことがあまりに過ぎて、まるで欺きからかわれるようですから、愚かな心に少し恨みがないわけにはいきません。

あわせて教えてくださった賊を捕らえる事は、すぐ心に収めましたから、私がどうして軽く漏らしましょうか。処士には妻と子がおられますから、日々支えることに心配がないでしょうか。幸いにひそかに蓄えたものがあって、良い米を幾斗か送ります。少しですが、それでも一日を延ばすには足りますから、どうか受けて退けないでください。

朴僉判が私とともに仏国寺に遊びに行くことを約しましたが、処士も付いて行かれますか。この郡には川と山の良い所が多く、また賊の兵が少し静まりました。まさに処士とともに野の衣であまねく遊び、ときに詩を吟じて塞がった心を少し晴らしたいと思います。

軍中に私が篤く思う某がいるのですが、私が処士と遊ぶことを聞いて、白い絹を持って墨で描いた竹をたいへん熱心に願っています。私のために一つ描いてくださいませんか。残りは会って解くことに残しておきます。これでやめ、二度拝みます。