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丁酉の年に退くことを願う表丁酉年乞退表

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 286字 · 朗読 3分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻31 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

云云。年當乞退。望解機務者。老而不退。是豈出於夙心。事未必期。乃久恬於巍位。上章稽晚。伏地慞惶。伏念臣動昧機宜。唯守孤拙。曾淹宦路。若推壑以下之。及遘聖朝。類搏風而上者。歷更津要。進詣機衡。身都相位而未聞乎論道經邦。名竊儒臣而所欠者以文華國。糜費廩祿。豢養妻兒。顧自爲謨則殆幾。其於補世也何有。以玆無用。復當告老之期。豈可貪榮。坐積妨賢之誚。故去歲有歸休之請。而上心難遽棄之爲。特遣內臣。曲傳宣語。誠愧賤微之品。仰煩慰諭之勤。命旣莫違。縱不獲已而就職。國有成例。猶恐自今而廢常。有口皆譏。無顔可措。今則老病交劇。步履猶艱。雖欲自強。又可耐處。伏望云云。至仁篤護。大度兼容。察臣懼群議之沸騰。諒臣連兩年而控告。俾還官政。退伏里閭。魚見放而泳游。亦足以樂。鳥知還而棲止。訖可少休。云云。

云々。年が退くことを願う時に至りましたので、機務を解いてくださるよう願います。老いても退かないのが、どうして平生の心でありましょうか。事が必ずしも期したとおりにならず、ついに長く高い位に安んじてしまいました。文を上げるのが遅れましたので、地に伏して恐れ恐縮しております。

伏して思いますに、臣は動くたびに機微と適宜に暗く、ただ孤り拙いことだけを守ってまいりました。かつて仕官の道に滞っていた時は谷へ押し落とされたようでしたのに、聖なる朝廷に遭ってからは、風を打って昇るかのようでした。要の地位を次々と経て、政の秤を握るところまで進みました。

身は宰相の位にありながら、道を論じ国を治めるという言葉は聞かれず、名は儒臣を盗みましたが、足りないのは文によって国を輝かせることです。倉の禄をついやして妻子を養いますので、振り返れば我が身のための謀りごとはほとんど成し遂げたとはいえ、世に助けとなることに何がありましょうか。このように役に立たない身で、重ねて老いを申し上げる時に当たりましたので、どうして栄えを貪って、座ったまま賢い人を妨げるというお叱りを積みましょうか。

ですから昨年、帰って休むことをお願いしましたのに、君のお心がたちまち捨てることを難しくされて、とくに内臣を遣わされ、細やかにお言いつけを伝えてくださいました。まことに賤しく微かな品でありながら、慰め諭してくださるご苦労をおかけしたことが恥ずかしいのです。ご命令に背けず、やむを得ず職に就きました。国には定まった前例がありますから、今から常の法が崩れるのではないかと恐れます。口のある者は皆そしりますので、顔の置き所がありません。

今は老いと病が代わるがわるひどく、歩くことさえ難しいのです。自ら励もうとしても、また、どうして堪えて留まりましょうか。

伏してお願いいたします、云々。至れる仁で厚く庇われ、大きな度量で併せ容れてくださって、臣が人々の議論の沸き立つことを恐れているのをお察しになり、二年続けて訴えていることをお汲みになって、官の政をお返しし、村里へ退き伏させてください。魚は放たれて泳げば、それもまた楽しく、鳥は帰ることを知って棲めば、ついに少し休むことができましょう。云々。

夾注 1

中謝。

ここに中謝、すなわち謝意を述べる言葉が入る。