蔡靖が枢密院副使・左散騎常侍・翰林学士丞旨を辞退したが許さない教書蔡靖讓樞密院副使左散騎常侍翰林學士丞旨不允敎書
云云。鴻樞地密。必資愼重之臣。騎省班淸。須待瑰奇之輔。至若學士之任丞旨。爲高唐制。翰林學士六人高年重德者爲丞旨。獨承密命。德宗好文。尤難其選。況以一身而兼任。向之數者。其非有磊落過人之度。殆不堪其職矣。卿王佐之才。皇居之寶。恭謹則石君之書馬。學識則竇攸之辨鼮。累涉重官。動有休績。西土之人。古稱難理。爾之司鑰則靡不革心。北方之俗。性本孔頑。卿之杖鉞則無有干紀。夫忠義之心。臣所守也。卿旣有而無愧。爵賞之柄。君所司也。予何惜而不施。故使總機要之司。帶文章之任。所欲報爾勞者此耳。其不服朕命而讓爲。云云。
云云。
枢密院は地が秘密であるから、必ず慎み深く重い臣を基としなければならず、散騎省は班が清いから、すぐれて抜きん出た輔弼を待たねばならない。学士として丞旨を兼ねることに至っては、いよいよ高い。唐の制度では翰林学士六人のうち、年高く徳の厚い者を丞旨とした。ひとり秘密の命を奉り、徳宗が文を好んで、その選をとりわけ難しいこととした。まして一身で先の数々の職を兼ね帯びるのであるから、志が大きく人にすぐれた度量がなければ、とてもその職に堪えられまい。
卿は王を輔ける材であり、皇居の宝である。恭しく慎むことは石建が馬の字を点検したのに等しく、学識は竇攸が鼮鼠を見分けたのに等しい。幾度も重い官を経て、動くたびに美しい功績があった。
西の地の人は昔から治めがたいと言われてきたが、汝がその地を預かると心を改めない者はなく、北の地の風俗はもともと甚だ頑なであるが、卿が鉞を杖とすると法を犯す者がなくなった。
そもそも忠義の心は臣の守るところであり、卿はすでにそれを持って恥じるところがない。爵と賞の柄は君の司るところであり、朕がどうして惜しんで施さずにいようか。それゆえ機要の司を統べさせ、文章の任を帯びさせた。汝の労に報いたいのはこれだけなのに、どうして朕の命に服さず辞退するのか。
云云。