いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻39

同じ西京の興国寺で諸々の魂の善趣を祈る金光明経説法の文同京興國寺諸魂利往說金經文

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 127字 · 朗読 1.4分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻39 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

六道群生。着若輪於業幻。三身大覺。沖義駕於經王。眷慈留鑰之都。自昔尋戈之地。想多覆沒。猶有冤銜。莫非土莫非臣。斯未忘於一日。自歸佛自歸法。庶追賁於九原。爰遣朝紳。往投寶刹。集三千儀之淨侶。講破靈編。仰八十種之慈客。虔陳妙供。伏願諸魂等永除封執。高蹈眞常。速拋熱惱之區。有如脫屣。徑躡淸涼之境。其若還家。

六道の群がる生は業の幻に輪のごとく着き、三身の大いなる覚りは経の王に沖かな義を駕せられます。

顧みますに、留守を置かれた西京は昔から戈を尋ねた地ですから、覆り没んだ者が多かったであろうと思われ、なお銜んだ冤みがあるでしょう。土ならぬものはなく臣ならぬものはないのですから、これを一日も忘れず、自ら仏に帰し自ら法に帰して、九原の下までも追って賁わせたいと思います。

そこで朝廷の紳を遣わして宝の刹に赴かせ、三千の儀を具えた浄らかな侶を集めて霊なる編を講じ破らせ、八十種の好相をそなえた慈しみの客を仰いで、虔んで妙なる供えを陳べます。

伏して願わくは、諸々の魂らが永く封じ執ることを除き、真常に高く蹈まれますように。熱く悩ましい区を速やかに抛つことが屣を脱ぐようであり、清涼の境を径ちに躡むことが家に還るようでありますように。