いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻3
李亜卿が李平章の韻を用いて、いろいろな菜の種を送ってくれたのに次韻する次韻李亞卿用李平章韻寄多般菜種
東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻3 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
食菜予非有邑侯。乞君蔬種到如符。少年如子寧胝手。老圃宜吾正皓鬚。相印解來今已久。園葵扰去反爲愚。不須憑仗催詩雨。波及恩踰漑灌濡。
菜を食うわたしは、邑を持つ諸侯ではないのに あなたに菜の種を乞うたら、符節が合うように届いた あなたのような若い人が、どうして手に胼胝ができようか 老いた畑作りの役は、髭の白いわたしにふさわしい 宰相の印を解いてから、今はもう久しい 園の葵を抜き去ったのは、かえって愚かであった 詩を催す雨に頼る必要もない 波のように及ぶ恵みが、水を引いて潤すよりも余る
夾注 3
需
需である。
二首
二首である。
來詩云。生成德在何憂瘠。况有催詩雨亦濡。
送って来た詩に「生み育てる徳があるのだから、どうして痩せた地を憂えよう、まして詩を催す雨まで潤してくれるのだから」と言った。
園蔬播種賴君侯。閱得多般與意符。渴待葱畦抽弱手。佇看苽架引長鬚。從今勉作持鉏樂。但恐行成食草愚。趁却繁滋堪佐酒。邇來天許土如濡。
園の菜の種をまけたのは、あなたのおかげだ いろいろ見てみると、わたしの思いにかなっている 渇くように待っている、葱の畦が柔らかな手を抜き出すのを じっと見ている、瓜の棚が長い鬚を伸ばすのを 今からは鋤を持つ楽しみに励もう ただ、草ばかり食う愚か者になりはしないかと恐れる 茂るのを待てば、酒の肴にするに足りる このごろ天が、土を潤すことを許してくれた
夾注 1
予家土瘠。近得別地稍沃。
わたしの家の土は痩せているが、このごろ別に少し肥えた地を得た。