朴枢府の有嘉堂の記朴樞府有嘉堂記
距斗城數百許步。有地之控形勝吸秀氣。勢成金盞者。於焉有洞曰萬石。父老相傳云。蓋以多石而名之也。予曰。非也。此洞當有俸八萬石之慶而云耳。非必以石之多也。其後果有士大夫多來家焉。今又本兵樞府相國朴公來卜其居。方新其宅也。邀予及賓友落之。且令閱其所營制度何似。予觀之曰。美矣盡矣。無以復加矣。大抵世之富貴者之搆屋也。多以回萬牛之材。豐其棟宏其柱。壯則壯矣。侈云侈矣。然未有蕭洒出塵之意。今公所搆。有異於是。大小得中。不□〔⿰扌刳〕不隘。其華靡則可謂臻其極。而然中有洒落物外之想。吾不知其所以然而然。此豈公之心匠眼匠所致然耶。凡作堂三間。用二間爲廳事。其上皆以承塵塡之。凡十二井。悉文以丹雘藻繢。光彩煥發。奪人目睛。求名於予。遂名之曰有嘉。蓋取此宅當有嘉慶之意。亦取詩所謂我有嘉賓。以是堂爲迎迓賓客之所故也。隔一間爲佛室。作齋心之所。乃至佛儀。無所不備。入處可以淸心。因名曰靜慮。蓋取禪那。此云靜慮者也。其傍邊左右地。淨如湔洗削平。人不敢唾焉。繞宅環廻。皆植以黃花。花凡十八種。繁艶異常。時已侵冬。黃白交開。爛熳紛糅。其相對正賞外。或有隈墻隱映。如嬌饒美婦人半出帷房。作佯羞態度者。此尤可賞。有竹無慮四十餘本。蔥籠蒙密。僅類江南所見。然江南所產。雖其大可圍。其高干雲。其賤如蓬。此直地性使然耳。非所可貴也。夫豈若此竹之整齊行伍。如人削出束立。迫不至侵。離不爲迂。凡皆如意者乎。其餘花草之奇。非止此耳。遲春迺見耳。此不得敍。夫以淸淨心。居淸淨地。是卽神仙也。何必玉京十二樓之要處耶。吾嘗言男兒於世。得宰相難。得而得至致政又難。今公以樞府帶左揆。先期得謝。優遊於此。日與親舊作揮金之樂。是亦人所難得者。噫。可謂明哲保身。樂性君子者歟。僕也蒙見囑以記。敍萬一以備後之標識而已。非好事爲也。時某年某月日。謹記。
斗城から数百歩ほど離れたところに、地が良い形勝を控き、秀でた気を吸って、勢いが金の盞の形を成しているところがある。そこに万石という洞がある。年長の人たちが互いに伝えて「石が多いのでそう名づけたのだ」と言う。私は言う。「違う。この洞はまさに俸八万石を受ける慶びがあるだろうということで言ったのであって、必ずしも石が多いからではない。」
その後、果たして士大夫が多く来て家を構え、今また兵を本とする枢府の相国である朴公が来て住むところを卜い、まさにその宅を新しくした。私と賓客と友を招いて落成をし、また造った制度がどのようかを閲させた。私は観て言った。「美しく、尽くしている。これ以上加えるものはない。」
おおむね世の富かで貴い者が屋を構えるときには、万頭の牛が引くほどの材を回して、棟を豊かにし柱を宏くするので、壮やかなことは壮やかで、侈りなことは侈りである。しかし蕭やかに洒やかで塵を出た意はない。今、公が構えたものはこれと異なる。大小が中を得て、□くもなく隘くもなく、その華やかで靡やかなことでは極みに臻ったと言えるのに、そのなかに洒落として物の外を想う意がある。私はどうしてそうなのかを知らないままにそうなのであって、これがどうして公の心の匠と眼の匠が致したものでないことがあろうか。
およそ堂を三間に作り、二間を用いて廳の事とした。その上はすべて承塵で塡めたので、井の字の形の枠が合わせて十二、どれも丹い顔料と藻やかな繢で文を置いて、光彩が煥やかに発って人の目の睛を奪う。私に名を求めたので、ついに有嘉と名づけた。おおむねこの宅にまさに嘉い慶びがあるだろうという意を取ったのであり、また『詩』にいわゆる「我に嘉き賓あり」という言葉を取って、この堂を賓客を迎え迓える所としたからである。
一間を隔てて仏の室とし、心を斎える所に作ったので、仏の儀に至るまで備えないものがない。入って居れば心を清くすることができるので、静慮と名づけた。おおむね禅那を取ったもので、ここの言葉で静かに慮るという意である。
その傍らの左右の地は、湔い洗ったように削り平らげたように浄らかで、人は敢えて唾を吐かない。宅を繞って環り廻り、すべて黄の花を植えたが、花はおよそ十八種で、繁く艶やかなことが常と異なる。時すでに冬に侵り入ったのに、黄と白が交じって開き、爛漫と紛れ糅わっている。向かい合ってそのまま賞でるほかに、ときに墻の隈に隠れて映り、嬌やかに饒かな美しい婦人が帷の房から半ば出て、佯りの羞じらいの態度を作っているようなものがあり、これはいっそう賞でるに足る。
竹はおよそ四十余本で、蔥々と籠り蒙く密やかで、やっと江南で見たものに類する。しかし江南で産するものは、その大きさが囲むほどになり、その高さが雲を干し、その賤さは蓬のようであるから、これはただ地の性がそうさせただけで、貴ぶべきものではない。どうしてこの竹が行伍を整え斉え、人が削り出して束ね立てたように、迫っても侵すに至らず、離れても迂らないで、およそみな意のとおりであるのに及ぶだろうか。その他の花や草の奇しさはこれだけではないが、春を遅って見えるものなので、ここには敍べられない。
およそ清く浄らかな心で清く浄らかな地に居れば、これがすなわち神仙である。どうして必ず玉京の十二の楼の要めのところでなければならないのか。私はかつて言った。男児が世において宰相になることは難しく、なってから政を致して退くに至ることはまた難しい。今、公は枢府として左揆を帯びながら、期より先に謝することを得て、ここで優やかに遊び、日々に親しい旧い友と金を揮う楽しみを作っているので、これもまた人が得がたいことである。ああ、明らかに哲く身を保ち、性を楽しむ君子と言えよう。
私は記を囑まれることを蒙ったので、万分の一を敍べて後の標識に備えるだけで、事を好んでしたのではない。ときに某年某月某日、謹んで記す。