いにしえの文 › 韓非子(韓非の書)

主道

韓非子(韓非の書) 韓非子 · 韓非と後学 · 紀元前3世紀 · 段落 3 · 漢字 877字 · 朗読 3.5分

韓非子(韓非の書) 法家が一堂に集まった書である。商鞅の法と申不害の術と慎到の勢を、韓非が受け継いで一つに編んだ。人は善だから善なのではなく、悪をなしえないから善であると見て、君主が頼るべきは仁ではなく法と術と勢であると説く。 矛盾がここから出た。貫けない盾と貫けないものがない矛を一緒に売る楚の人の話で、堯と舜をともに称えることはできないことを示し、難勢でもう一度、仁と勢をめぐって同じたとえを挙げる。切り株を守って兎を待った宋の人(守株待兎)と、足を二度切られてはじめて玉と認められた和氏の璧も、この書の話である。 語ることの難しさを扱った説難には、龍の喉の下に逆さに生えた鱗の話がある。君主にもそのような鱗があり、触れれば死ぬというのだが、当の韓非自身が秦で獄に捕らわれて死んだ。 存韓には、韓非が秦王に奉った文と、そのすぐ後に李斯が「韓非は韓のために来た者なので、帰してはならない」と奉った文が並べて収められている。一人を死に追いやった文書が、その人の書に一緒に残った。

道者,萬物之始,是非之紀也。是以明君守始以知萬物之源,治紀以知善敗之端。故虚静以待,令名自命也,令事自定也。虚則知實之情,靜則知動者正。有言者自爲名,有事者自爲形,形名參同,君乃無事焉,歸之其情。故曰:君無見其所欲,君見其所欲,臣自將雕琢;君無見其意,君見其意,臣將自表異。故曰:去好去惡,臣乃見素;去舊去智,臣乃自備。故有智而不以慮,使萬物知其處;有賢而不以行,觀臣下之所因;有勇而不以怒,使羣臣盡其武。是故去智而有明,去賢而有功,去勇而有强。羣臣守職,百官有常,因能而使之,是謂習常。故曰:寂乎其無位而處,漻乎莫得其所。明君無爲於上,羣臣竦懼乎下。明君之道,使智者盡其慮,而君因以斷事,故君不窮於智;賢者勑其材,君因而任之,故君不窮於能;有功則君有其賢,有過則臣任其罪,故君不窮於名。是故不賢而爲賢者師,不智而爲智者正。臣有其勞,君有其成功,此之謂賢主之經也。

道は万物の始まりであり、是非のかなめである。だから明らかな君は始まりを守って万物の源を知り、かなめを治めて成ると敗れるとの糸口を知る。だから虚しく静かに待ち、名がみずから名のり、事がみずから定まるようにする。虚しければ実のありさまが分かり、静かであれば動くものの正しさが分かる。言う者はみずから名となり、事をなす者はみずから形となる。形と名を照らし合わせて同じであれば、君には為すべき事がなく、ものはそのありのままに帰する。だから「君はその欲するところを見せるな。君が欲するところを見せれば、臣はみずから彫り刻んで見せる」という。「君はその意中を見せるな。君が意中を見せれば、臣はみずから変わったさまを飾って見せる」という。だから「好みを去り憎しみを去れば、臣は地を現す。古きを去り智を去れば、臣はみずから備える」という。だから智があってもそれで思いめぐらさず、万物にその居場所を知らせる。賢があってもそれで行わず、臣下たちが何に拠っているかを見る。勇があってもそれで怒らず、臣下たちにその武を尽くさせる。だから智を去って明があり、賢を去って功があり、勇を去って強さがある。臣下たちは職を守り、百官には常があり、能に応じて使う。これを常に習うという。だから「静まりきってその位もなく居り、澄みきってその居場所をつかめない」という。明らかな君が上で為すことがなければ、臣下たちは下でおそれ慎む。明らかな君の道は、智のある者にその思慮を尽くさせ、君はそれによって事を断じる。だから君は智に行き詰まらない。賢なる者がその才を整えれば、君はそれによって任じる。だから君は能に行き詰まらない。功があれば君がその賢を得、過ちがあれば臣がその罪を負う。だから君は名に行き詰まらない。だから賢でなくて賢なる者の師となり、智でなくて智ある者の正しとなる。臣はその労を得、君はその成し遂げた功を得る。これを賢明な主のたていとという。

道在不可見,用在不可知;虚靜無事,以闇見疵。見而不見,聞而不聞,知而不知。知其言以往,勿變勿更,以參合閱焉。官有一人,勿令通言,則萬物皆盡。函掩其跡,匿其端,下不能原;去其智,絶其能,下不能意。保吾所以往而稽同之,謹執其柄而固握之。絶其望,破其意,毋使人欲之。不謹其閉,不固其門,虎乃將存。不慎其事,不掩其情,賊乃將生。弑其主,代其所,人莫不與,故謂之虎。處其主之側爲姦臣,聞其主之忒,故謂之賊。散其黨,收其餘,閉其門,奪其輔,國乃無虎。大不可量,深不可測,同合刑名,審驗法式,擅爲者誅,國乃無賊。是故人主有五壅:臣閉其主曰壅,臣制財利曰壅,臣擅行令曰壅,臣得行義曰壅,臣得樹人曰壅。臣閉其主,則主失位;臣制財利,則主失德;臣擅行令,則主失制;臣得行義,則主失明;臣得樹人,則主失黨。此人主之所以獨擅也,非人臣之所以得操也。

道は見えないところにあり、その用ははかり知れないところにある。虚しく静かで事なくして、暗がりのうちに瑕を見る。見ても見ないかのようにし、聞いても聞かないかのようにし、知っても知らないかのようにする。その言葉を聞き取ってからは、変えも改めもせず、照らし合わせて調べる。官ごとに一人を置き、言葉を通じ合わせなければ、万事はすべて明らかになる。その跡を覆い、その糸口を隠せば、下の者は源をたどれない。その智を去り、その能を断てば、下の者は意中を推し量れない。わが向かうところを守って照らし合わせ、慎んでその柄をとらえ、固く握る。その望みを絶ち、その意図を破って、人に欲を起こさせない。その閉じるのを慎まず、その門を固めなければ、虎が生じる。その事を慎まず、その内情を覆わなければ、賊が生じる。その主を殺してその座に代わり、人が誰も従うので、これを虎という。その主のかたわらにいて姦臣となり、その主の落ち度を聞き取るので、これを賊という。その党を散らし、その残りを収め、その門を閉じ、その助けを奪えば、国に虎はいなくなる。大きさを量れず、深さを測れないようにし、形と名を合わせ、法のかたを審らかに検め、勝手にふるまう者を誅すれば、国に賊はいなくなる。だから君主には五つの塞がりがある。臣がその主を塞ぐのが塞がり、臣が財と利を握るのが塞がり、臣が勝手に命を行うのが塞がり、臣が義を行うことを得るのが塞がり、臣が人を植えることを得るのが塞がりである。臣がその主を塞げば主は位を失い、臣が財と利を握れば主は徳を失い、臣が勝手に命を行えば主は制を失い、臣が義を行えば主は明を失い、臣が人を植えれば主は味方を失う。これは君主がひとり専らにすべきことであり、臣が握ってよいものではない。

人主之道,靜退以爲寶。不自操事而知拙與巧,不自計慮而知福與咎。是以不言而善應,不約而善增。言已應,則執其契;事已增,則操其符。符契之所合,賞罰之所生也。故羣臣陳其言,君以其言授其事,事以責其功。功當其事,事當其言,則賞;功不當其事,事不當其言,則誅。明君之道,臣不得陳言而不當。是故明君之行賞也,曖乎如時雨,百姓利其澤;其行罰也,畏乎如雷霆,神聖不能解也。故明君無偷賞,無赦罰。賞偷,則功臣墯其業;赦罰,則姦臣易爲非。是故誠有功,則雖䟽賤必賞;誠有過,則雖近愛必誅。䟽賤必賞,近愛必誅,則䟽賤者不怠,而近愛者不驕也。

君主の道は、静まり退くことを宝とする。みずから事を執らずに拙いと巧みとを知り、みずから思いめぐらさずに福と咎を知る。だから語らずともよく応じ、束ねずともよく増える。言葉がすでに応じたなら、その割り符を執る。事がすでに増えたなら、その符を握る。符と割り符が合うところに賞罰が生まれる。だから臣下たちがその言葉を並べれば、君はその言葉によって事を授け、その事によって功を責める。功がその事に当たり、事がその言葉に当たれば賞し、功がその事に当たらず、事がその言葉に当たらなければ誅する。明らかな君の道では、臣が言葉を並べておいて当たらないということがありえない。だから明らかな君が賞を行うさまは、ほどよい雨のように暖かく、民はその恵みを利とする。罰を行うさまは、雷のように恐ろしく、神聖な者でも解くことができない。だから明らかな君には、なおざりの賞がなく、赦す罰がない。賞がなおざりであれば、功ある臣はその務めを怠る。罰を赦せば、姦臣は悪をなしやすくなる。だから本当に功があれば、遠く賤しい者でも必ず賞し、本当に過ちがあれば、近く愛する者でも必ず誅する。遠く賤しい者を必ず賞し、近く愛する者を必ず誅すれば、遠く賤しい者は怠らず、近く愛する者は驕らない。