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有度

韓非子(韓非の書) 韓非子 · 韓非と後学 · 紀元前3世紀 · 段落 5 · 漢字 1,516字 · 朗読 6.1分

韓非子(韓非の書) 法家が一堂に集まった書である。商鞅の法と申不害の術と慎到の勢を、韓非が受け継いで一つに編んだ。人は善だから善なのではなく、悪をなしえないから善であると見て、君主が頼るべきは仁ではなく法と術と勢であると説く。 矛盾がここから出た。貫けない盾と貫けないものがない矛を一緒に売る楚の人の話で、堯と舜をともに称えることはできないことを示し、難勢でもう一度、仁と勢をめぐって同じたとえを挙げる。切り株を守って兎を待った宋の人(守株待兎)と、足を二度切られてはじめて玉と認められた和氏の璧も、この書の話である。 語ることの難しさを扱った説難には、龍の喉の下に逆さに生えた鱗の話がある。君主にもそのような鱗があり、触れれば死ぬというのだが、当の韓非自身が秦で獄に捕らわれて死んだ。 存韓には、韓非が秦王に奉った文と、そのすぐ後に李斯が「韓非は韓のために来た者なので、帰してはならない」と奉った文が並べて収められている。一人を死に追いやった文書が、その人の書に一緒に残った。

國無常强,無常弱。奉法者强,則國强;奉法者弱,則國弱。荊莊王并國二十六,開地三千里;莊王之氓社稷也,而荊以亡。齊桓公并國三十,啓地三千里;桓公之氓社稷也,而齊以亡。燕襄王以河爲境,以薊爲國,襲涿、方城,殘齊,平中山,有燕者重,無燕者輕;襄王之氓社稷也,而燕以亡。魏安釐王攻燕救趙,取地河東;攻盡陶、魏之地;加兵於齊,私平陸之都;攻韓拔管,勝於淇下;睢陽之事,荊軍老而走;蔡、召陵之事,荊軍破;兵四布於天下,威行於冠帶之國;安釐王死而魏以亡。故有荊莊、齊桓,則荊、齊可以霸;有燕襄、魏安釐,則燕、魏可以强。今皆亡國者,其羣臣官吏皆務所以亂而不務所以治也。其國亂弱矣,又皆釋國法而私其外,則是負薪而救火也,亂弱甚矣!

国に常の強さはなく、常の弱さもない。法を奉じる者が強ければ国は強く、法を奉じる者が弱ければ国は弱い。荊(楚)の荘王は二十六の国を併せ、地を三千里ひらいたが、荘王が社稷を残して死ぬと、楚はそれで滅びへ向かった。斉の桓公は三十の国を併せ、地を三千里ひらいたが、桓公が社稷を残して死ぬと、斉はそれで滅びへ向かった。燕の襄王は河を境とし薊を都として、涿と方城を襲い、斉をくじき、中山を平らげ、燕を味方に持つ側は重く、燕を持たない側は軽くなった。しかし襄王が社稷を残して死ぬと、燕はそれで滅びへ向かった。魏の安釐王は燕を攻めて趙を救い、河東に地を取り、陶と魏の地をことごとく攻め、斉に兵を加えて平陸の都を私し、韓を攻めて管を抜き、淇のほとりで勝った。睢陽の戦いでは楚の軍が老いて逃げ、蔡と召陵の戦いでは楚の軍が破れた。兵は天下にあまねく広がり、威は冠と帯を備えた国々に行き渡ったが、安釐王が死ぬと、魏はそれで滅びへ向かった。だから楚の荘王や斉の桓公がいれば、楚も斉も覇者となれる。燕の襄王や魏の安釐王がいれば、燕も魏も強くなれる。いまみな滅びた国となったのは、その臣下たちや役人がみな乱れるもとに努め、治まるもとに努めなかったからである。その国が乱れ弱っているうえに、みなが国の法を放り出して外のものを私するのは、薪を背負って火を消しに行くようなもので、乱れと弱りはいっそう甚だしくなる。

夾注 1

底本は魏だが、衞と読む説もある。― 訳者

故當今之時,能去私曲就公法者,民安而國治;能去私行行公法者,則兵强而敵弱。故審得失有法度之制者,加以羣臣之上,則主不可欺以詐僞;審得失有權衡之稱者,以聽遠事,則主不可欺以天下之輕重。今若以譽進能,則臣離上而下比周;若以黨舉官,則民務交而不求用於法。故官之失能者其國亂。以譽爲賞,以毁爲罰也,則好賞惡罰之人,釋公行,行私術,比周以相爲也。忘主外交,以進其與,則其下所以爲上者薄矣。交衆、與多,外内朋黨,雖有大過,其蔽多矣。故忠臣危死於非罪,姦邪之臣安利於無功。忠臣之所以危死而不以其罪,則良臣伏矣;姦邪之臣安利不以功,則姦臣進矣:此亡之本也。若是,則羣臣廢法而行私重,輕公法矣。數至能人之門,不壹至主之廷;百慮私家之便,不壹圖主之國。屬數雖多,非所以尊君也;百官雖具,非所以任國也。然則主有人主之名,而實託於羣臣之家也。故臣曰:「亡國之廷無人焉。廷無人者,非朝廷之衰也。家務相益,不務厚國;大臣務相尊,而不務尊君;小臣奉祿養交,不以官爲事。此其所以然者,由主之不上斷於法,而信下爲之也。故明主使法擇人,不自舉也;使法量功,不自度也。能者不可弊,敗者不可飾,譽者不能進,非者弗能退,則君臣之間明辯而易治,故主讎法則可也。

だから今の世にあって、私の曲がりを去って公の法につくことができれば、民は安らかで国は治まる。私の行いを去って公の法を行うことができれば、兵は強く敵は弱くなる。だから得失を審らかにする法度のきまりがあり、それを臣下たちの上に加えるなら、主は偽りで欺かれることがない。得失を審らかにするはかりの目があり、それで遠くの事を聞くなら、主は天下の軽重で欺かれることがない。いま誉れによって能ある者を進めれば、臣は上を離れて下で党を組む。党によって官を挙げれば、民は交わりに努めて法によって用いられることを求めない。だから官が能を失えばその国は乱れる。誉れを賞とし、そしりを罰とすれば、賞を好み罰を憎む人は、公の行いを放って私の術を行い、党を組んで互いにかばい合う。主を忘れて外と交わり、自分の仲間を進めれば、その下の者が上のために尽くすことは薄くなる。交わりが多く仲間が多く、内外に党を組めば、大きな過ちがあっても覆ってくれる者が多い。だから忠臣は罪なきことで危うく死に、姦邪な臣は功なくして安く利を得る。忠臣がその罪でもないことで危うく死ぬなら、良い臣は身を隠す。姦邪な臣が功なしに安く利を得るなら、姦臣が進み出る。これが滅びのもとである。こうなると臣下たちは法を廃して私に重くなることを行い、公の法を軽んじる。能ある人の門にはたびたび至るのに、主の庭には一度も至らない。私の家の都合は百度も思いめぐらすのに、主の国は一度も図らない。従う者がいかに多くても、君を尊ぶものではない。百官がいかにそろっていても、国を任せられるものではない。そうなると主は君主の名があるだけで、実は臣下たちの家に身を寄せているのである。だから臣は言う。「滅びる国の庭には人がいない。」庭に人がいないとは、朝廷の人数が減ったという意味ではない。家々が互いに利を増すことに努めて国を厚くすることに努めず、大臣は互いを尊ぶことに努めて君を尊ぶことに努めず、小さな臣は禄を受けて交わりを養い、官を務めとしない。そうなる理由は、主が上にあって法によって断じず、下の者を信じて任せるからである。だから明らかな主は法によって人を選び、みずから挙げない。法によって功を量り、みずからはからない。能ある者は覆い隠されず、できない者は飾られず、誉める者が進めることもできず、そしる者が退けることもできない。そうなれば君と臣のあいだは明らかに分かれて治めやすい。だから主は法を向き合う相手とすればよいのである。

賢者之爲人臣,北面委質,無有二心。朝廷不敢辭賤,軍旅不敢辭難;順上之爲,從主之法,虚心以待令,而無是非也。故有口不以私言,有目不以私視,而上盡制之。爲人臣者,譬之若手,上以脩頭,下以脩足;清暖寒熱,不得不救;鏌鋣傅體,不敢弗搏。無私賢哲之臣,無私事能之士。故民不越鄉而交,無百里之慼。貴賤不相踰,愚智提衡而立,治之至也。今夫輕爵祿,易去亡,以擇其主,臣不謂廉。詐說逆法,倍主强諫,臣不謂忠。行惠施利,收下爲名,臣不謂仁。離俗隱居,而以詐非上,臣不謂義。外使諸侯,内耗其國,伺其危嶮之陂,以恐其主曰:「交非我不親,怨非我不解。」而主乃信之,以國聽之,卑主之名以顯其身,毁國之厚以利其家,臣不謂智。此數物者,險世之說也,而先王之法所簡也。先王之法曰:「臣毋或作威,毋或作利,從王之指;無或作惡,從王之路。」古者世治之民,奉公法,廢私術,專意一行,具以待任。

賢なる者が人の臣となれば、北に向かって礼物を差し出し、二つの心を持たない。朝廷では賤しい務めを辞さず、軍では難しい務めを辞さない。上のなすことに従い、主の法に従い、心を虚しくして命を待ち、是非を立てない。だから口があっても私に語らず、目があっても私に見ず、上がすべてを制する。人の臣である者は、たとえれば手のようなもので、上は頭を整え、下は足を整え、涼しさ暖かさ寒さ暑さには応じないわけにいかず、鏌鋣の剣が身に迫れば、つかまないわけにいかない。私に賢く明らかな臣を抱えず、私に事をよくする士を抱えない。だから民は郷を越えて交わらず、百里の外に心配ごとを持たない。貴と賤は互いに越えず、愚と智はさおばかりを手にして並び立つ。治まりのきわみである。いま、爵と禄を軽んじ、たやすく去り逃げてその主を選ぶことを、臣は清廉とは言わない。偽りの説で法に逆らい、主に背いて無理に諫めることを、臣は忠とは言わない。恵みを行い利を施し、下の者を手なずけて名を得ることを、臣は仁とは言わない。世を離れて隠れ住み、偽りで上を非とすることを、臣は義とは言わない。外では諸侯に使いし、内ではその国を削り、その危うく険しい傾きをうかがってその主を恐れさせ、「交わりは私でなければ親しまず、恨みは私でなければ解けない」と言い、主がそこでこれを信じて国ぐるみ任せてしまう。主の名を低くして自分の身を顕し、国の厚みを削って自分の家を利することを、臣は智とは言わない。このいくつかは険しい世の説であり、先王の法が退けたものである。先王の法に言う。「臣は威をつくるな、利をつくるな、王の指すところに従え。憎しみをつくるな、王の道に従え。」いにしえ、世が治まっていたころの民は、公の法を奉じ、私の術を廃し、心を専らにし行いを一つにして、備えて任を待った。

夫爲人主而身察百官,則日不足,力不給。且上用目,則下飾觀;上用耳,則下飾聲;上用慮,則下繁辭。先王以三者爲不足,故舍己能而因法數,審賞罰。先王之所守要,故法省而不侵。獨制四海之内,聰智不得用其詐,險躁不得關其佞,姦邪無所依。遠在千里外,不敢易其辭;勢在郎中,不敢蔽善飾非;朝廷羣下,直湊單微,不敢相踰越。故治不足而日有餘,上之任勢使然也。

君主となってみずから百官を調べれば、日が足らず力が及ばない。そのうえ上が目を使えば下は見た目を飾り、上が耳を使えば下は声を飾り、上が思慮を使えば下は言葉を込み合わせる。先王はこの三つでは足りないと考えたので、自分の能を措いて法と術によって賞罰を審らかにした。先王が守ったところは要であったから、法は少なくても侵されなかった。ひとりで四海の内を制し、聡く智ある者もその偽りを使えず、険しくせわしい者もその追従を差し入れられず、姦邪はよりどころを持たなかった。千里の外に遠くいても、あえてその言葉を変えず、郎中の座にあっても、あえて善を覆い非を飾らず、朝廷の下の者たちはまっすぐ集まるだけで、ばらばらに小さく、あえて互いに越えなかった。だから治める事は少なく日は余る。上が勢いに任せたことがそうさせたのである。

夫人臣之侵其主也,如地形焉,即漸以往,使人主失端,東西易面而不自知。故先王立司南以端朝夕。故明主使其羣臣不遊意於法之外,不爲惠於法之内,動無非法。峻法,所以禁過外私也;嚴刑,所以遂令懲下也。威不貳錯,制不共門。威、制共,則衆邪彰矣;法不信,則君行危矣;刑不斷,則邪不勝矣。故曰:巧匠目意中繩,然必先以規矩爲度;上智捷舉中事,必以先王之法爲比。故繩直而枉木斵,凖夷而高科削,權衡縣而重益輕,斗石設而多益少。故以法治國,舉措而已矣。法不阿貴,繩不撓曲。法之所加,智者弗能辭,勇者弗敢爭。刑過不避大臣,賞善不遺匹夫。故矯上之失,詰下之邪,治亂決繆,絀羨齊非,一民之軌,莫如法。厲官威民,退淫殆,止詐僞,莫如刑。刑重,則不敢以貴易賤;法審,則上尊而不侵。上尊而不侵,則主强而守要,故先王貴之而傳之。人主釋法用私,則上下不別矣。

人の臣がその主を侵すさまは、地のかたちのようなもので、少しずつ進んで、主に端を失わせ、東と西が向きを入れ替わってもみずから気づかないようにさせる。だから先王は指南を立てて朝と夕の方角を正した。だから明らかな主は、臣下たちに法の外で心を遊ばせず、法の内で恵みをなさせず、動きに法でないものがないようにする。法を厳しくするのは、過ちを禁じ私を退けるためである。刑を厳しくするのは、命を行き渡らせ下を懲らすためである。威は二つの場に置かず、制は門を共にしない。威と制を共にすれば、多くの邪が現れる。法が信じられなければ、君の行いが危うい。刑が断ち切れなければ、邪に勝てない。だから言う。巧みな匠は目で見ただけでも墨縄に合うが、必ずまずぶんまわしと定規で量る。すぐれた智者はすばやく挙げても事に合うが、必ず先王の法を引き比べる。だから墨縄がまっすぐであれば曲がった木が削られ、水準が平らであれば高い起伏が削られ、はかりを吊せば重いものが軽いものに加えられ、斗や石を据えれば多いものが少ないものに加えられる。だから法で国を治めることは、手に取って置くだけのことである。法は貴い者にへつらわず、墨縄は曲がりに沿ってたわまない。法が加えられるところでは、智ある者も断ることができず、勇ある者もあえて争えない。過ちを刑するとき大臣を避けず、善に賞するとき匹夫を取り落とさない。だから上の落ち度を正し、下の邪を問いつめ、乱れを治め、もつれを断ち、余るものを削り、非をそろえ、民の筋道を一つにするのに、法に及ぶものはない。役人を励まし民に威を立て、溢れと怠りを退け、偽りをやめさせるのに、刑に及ぶものはない。刑が重ければ、貴さで賤しさを取り替えることができない。法が審らかであれば、上は尊く侵されない。上が尊く侵されなければ、主は強く要を守る。だから先王はこれを貴んで伝えた。君主が法を放って私を用いれば、上と下は分かれなくなる。