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說林上

韓非子(韓非の書) 韓非子 · 韓非と後学 · 紀元前3世紀 · 段落 33 · 漢字 3,234字 · 朗読 12.9分

韓非子(韓非の書) 法家が一堂に集まった書である。商鞅の法と申不害の術と慎到の勢を、韓非が受け継いで一つに編んだ。人は善だから善なのではなく、悪をなしえないから善であると見て、君主が頼るべきは仁ではなく法と術と勢であると説く。 矛盾がここから出た。貫けない盾と貫けないものがない矛を一緒に売る楚の人の話で、堯と舜をともに称えることはできないことを示し、難勢でもう一度、仁と勢をめぐって同じたとえを挙げる。切り株を守って兎を待った宋の人(守株待兎)と、足を二度切られてはじめて玉と認められた和氏の璧も、この書の話である。 語ることの難しさを扱った説難には、龍の喉の下に逆さに生えた鱗の話がある。君主にもそのような鱗があり、触れれば死ぬというのだが、当の韓非自身が秦で獄に捕らわれて死んだ。 存韓には、韓非が秦王に奉った文と、そのすぐ後に李斯が「韓非は韓のために来た者なので、帰してはならない」と奉った文が並べて収められている。一人を死に追いやった文書が、その人の書に一緒に残った。

湯以伐桀,而恐天下言己爲貪也,因乃讓天下於務光;而恐務光之受之也,乃使人說務光曰:「湯殺君而欲傳惡聲于子,故讓天下於子。」務光因自投於河。

湯は桀を討ったが、天下が自分を貪ったと言うのを恐れ、そこで天下を務光に譲った。それでいて務光が受け取るのを恐れ、人を遣わして務光にこう言わせた。「湯は君を殺して悪い評判をあなたに移そうとしているから、天下をあなたに譲るのだ。」務光はそこでみずから河に身を投げた。

秦武王令甘茂擇所欲爲於僕與行事。孟卯曰:「公不如爲僕。公所長者,使也。公雖爲僕,王猶使之於公也。公佩僕璽而爲行事,是兼官也。」

秦の武王が甘茂に、御者の職と使者の職のどちらを望むか選ばせた。孟卯は言った。「あなたは御者になるに越したことはありません。あなたの得意は使者の仕事です。あなたが御者になっても、王はやはりあなたに使者の仕事をさせるでしょう。あなたが御者の印を帯びて使者の仕事をすれば、それは官を兼ねることです。」

子圉見孔子於商太宰。孔子出,子圉入,請問客。太宰曰:「吾已見孔子,則視子猶蚤虱之細者也。吾今見之於君。」子圉恐孔子貴於君也,因謂太宰曰:「君已見孔子,亦將視子猶蚤虱也。」太宰因弗復見也。

子圉が孔子を宋の太宰に会わせた。孔子が退くと子圉が入って、客はどうだったかと尋ねた。太宰は言った。「わたしは孔子に会ってみて、おまえを蚤や虱のように小さなものと見るようになった。わたしはこれから彼を君に会わせよう。」子圉は孔子が君に貴ばれるのを恐れ、そこで太宰に言った。「君が孔子に会われたら、やはりあなたを蚤や虱のように見られるでしょう。」太宰はそこで二度と会わせなかった。

夾注 1

底本は商太宰・宋太宰と分かれて書かれている。「宋の太宰」にそろえた。― 訳者

魏惠王爲臼里之盟,將復立於天子。彭喜謂鄭君曰:「君勿聽。大國惡有天子,小國利之。若君與大不聽,魏焉能與小立之?」

魏の恵王が臼里で会盟を開き、あらためて天子を立てようとした。彭喜が鄭の君に言った。「君は聞き入れられませんよう。大国は天子があることを憎み、小国はそれを利とします。もし君が大国とともに聞き入れなければ、魏がどうして小国だけでそれを立てられましょうか。」

晉人伐邢,齊桓公將救之。鮑叔曰:「太蚤。邢不亡,晉不敝;晉不敝,齊不重。且夫持危之功,不如存亡之德大。君不如晩救之以敝晉,齊實利。待邢亡而復存之,其名實美。」桓公乃弗救。

晋の人が邢を討ったので、斉の桓公が救おうとした。鮑叔は言った。「早すぎます。邢が滅びなければ晋は疲れず、晋が疲れなければ斉は重くなりません。そのうえ危ういものを支える功は、滅びたものを存えさせる徳の大きさには及びません。君は遅く救って晋を疲れさせるほうが、斉には実の利があります。邢が滅びるのを待ってから立て直してやれば、その名も実も美しいのです。」桓公はそこで救わなかった。

子胥出走,邊候得之。子胥曰:「上索我者,以我有美珠也。今我已亡之矣。我且曰:子取吞之。」候因釋之。

子胥が逃れる途中、国境の斥候に捕らえられた。子胥は言った。「上がわたしを探しているのは、わたしに美しい珠があるからだ。いまわたしはもうそれを失った。わたしは、おまえが奪って飲み込んだと言うつもりだ。」斥候はそこで放してやった。

慶封爲亂於齊而欲走越,其族人曰:「晉近,奚不之晉?」慶封曰:「越遠,利以避難。」族人曰:「變是心也,居晉而可;不變是心也,雖遠越,其可以安乎?」

慶封が斉で乱を起こして越へ逃げようとしたので、その一族の者が言った。「晋が近いのに、なぜ晋へ行かないのですか。」慶封は言った。「越は遠いから、難を避けるのに都合がよい。」一族の者は言った。「その心を改めるなら晋に住んでもかまいません。その心を改めないなら、遠い越でも安らかでいられるでしょうか。」

智伯索地於魏宣子,魏宣子弗予。任章曰:「何故不予?」宣子曰:「無故請地,故弗予。」任章曰:「無故索地,鄰國必恐。彼重欲無厭,天下必懼。君子之地,智伯必驕而輕敵,鄰邦必懼而相親。以相親之兵待輕敵之國,則智伯之命不長矣。《周書》曰:『將欲敗之,必姑輔之;將欲取之,必姑予之。』君不如與之以驕智伯。且君何釋以天下圖智氏,而獨以吾國爲智氏質乎?」君曰:「善。」乃與之萬户之邑。智伯大悅,因索地於趙,弗與,因圍晉陽。韓、魏反之外,趙氏應之内,智氏以亡。

智伯が魏の宣子に地を求めたが、宣子は与えなかった。任章が言った。「どうして与えないのですか。」宣子は言った。「理由もなく地を求めるから与えないのだ。」任章は言った。「理由もなく地を求めれば、隣国は必ず恐れます。彼の欲が重く飽くことを知らなければ、天下は必ず恐れます。君が地を与えれば、智伯は必ず驕って敵を軽んじ、隣の国々は必ず恐れて互いに親しみます。互いに親しんだ兵で敵を軽んじる国に当たれば、智伯の命は長くありません。『周書』に『破ろうとするなら、必ずしばらく助けてやれ。取ろうとするなら、必ずしばらく与えてやれ』とあります。君は与えて智伯を驕らせるに越したことはありません。そのうえ君はなぜ天下とともに智氏を図ることを措いて、ひとりわが国を智氏の的にしようとされるのですか。」君は言った。「よし。」そこで一万戸の邑を与えた。智伯は大いに喜び、そこで趙に地を求めたが与えられなかったので、晋陽を囲んだ。韓と魏が外で寝返り、趙氏が内で応じ、智氏はそれで滅んだ。

秦康公築臺三年。荊人起兵,將欲以兵攻齊。任妄曰:「饑召兵,疾召兵,勞召兵,亂召兵。君築臺三年,今荊人起兵將攻齊,臣恐其攻齊爲聲,而以襲秦爲實也,不如備之。」戍東邊,荊人輟行。

秦の康公が台を築いて三年になった。楚の人が兵を起こし、兵をもって斉を攻めようとした。任妄は言った。「飢えが兵を招き、疫が兵を招き、労が兵を招き、乱が兵を招きます。君が台を築いて三年、いま楚の人が兵を起こして斉を攻めようとしています。臣は、斉を攻めるのが口実で、秦を襲うのが実ではないかと恐れます。備えるに越したことはありません。」東の境を守らせると、楚の人は進むのをやめた。

齊攻宋,宋使臧孫子南求救於荊。荊大說,許救之,甚勸。臧孫子憂而反。其禦曰:「索救而得,今子有憂色,何也?」臧孫子曰:「宋小而齊大。夫救小宋而惡於大齊,此人之所以憂也,而荊王說,必以堅我也。我堅而齊敝,荊之所利也。」臧孫子乃歸。齊人拔五城於宋而荊救不至。

斉が宋を攻めたので、宋は臧孫子を南の楚へ遣わして救いを求めさせた。楚は大いに喜んで救うことを許し、はなはだ熱心に勧めた。臧孫子は憂えて帰った。その御者が言った。「救いを求めて得られたのに、いまあなたに憂いの色があるのはなぜですか。」臧孫子は言った。「宋は小さく斉は大きい。小さな宋を救って大きな斉に憎まれるのは、人が憂えることなのに、楚王が喜んでいる。必ずわれらを頑張らせようとしているのだ。われらが頑張って斉が疲れるのが、楚の利なのだ。」臧孫子はそこで帰った。斉の人は宋の五つの城を抜いたが、楚の救いは来なかった。

魏文侯借道於趙而攻中山,趙肅侯將不許。趙刻曰:「君過矣。魏攻中山而弗能取,則魏必罷。罷則魏輕,魏輕則趙重。魏拔中山,必不能越趙而有中山也。是用兵者魏也,而得地者趙也。君必許之。許之而大歡,彼將知君利之也,必將輟行。君不如借之道,示以不得已也。」

魏の文侯が趙に道を借りて中山を攻めようとしたので、趙の肅侯は許すまいとした。趙刻は言った。「君は行き過ぎです。魏が中山を攻めて取れなければ、魏は必ず疲れます。疲れれば魏は軽くなり、魏が軽くなれば趙は重くなります。魏が中山を抜いても、趙を越えて中山を保つことはできません。つまり兵を使うのは魏で、地を得るのは趙です。君は必ず許されますよう。許すときに大いに喜べば、彼らは君が利としていることを知って、必ず進むのをやめるでしょう。君は道を貸しながら、やむを得ないという様子を見せるに越したことはありません。」

鴟夷子皮事田成子。田成子去齊,走而之燕,鴟夷子皮負傳而從。至望邑,子皮曰:「子獨不聞涸澤之蛇乎?澤涸,蛇將徙。有小蛇謂大蛇曰:『子行而我隨之,人以爲蛇之行者耳,必有殺子。不如相銜負我以行,人以我爲神君也。』乃相銜負以越公道。人皆避之,曰:『神君也。』今子美而我惡。以子爲我上客,千乘之君也;以子爲我使者,萬乘之卿也。子不如爲我舍人。」田成子因負傳而隨之。至逆旅,逆旅之君待之甚敬,因獻酒肉。

鴟夷子皮が田成子に仕えた。田成子が斉を去って燕へ逃げるとき、鴟夷子皮は通行証を背負って従った。望邑に至って子皮は言った。「あなたは水の枯れた沢の蛇の話をお聞きになったことがありませんか。沢が枯れ、蛇が移ろうとしました。小さな蛇が大きな蛇に言いました。『あなたが行ってわたしが従えば、人は蛇が通ると思って必ずあなたを殺します。互いにくわえ合ってわたしを背負って行くに越したことはありません。そうすれば人はわたしを神君だと思うでしょう。』そこで互いにくわえ合い背負って大通りを渡ったところ、人はみな避けて『神君だ』と言いました。いまあなたは見目がよく、わたしは醜い。あなたをわたしの上客とすれば千乗の君ほど、あなたをわたしの使者とすれば万乗の卿ほどに見えます。あなたはわたしの家来になるに越したことはありません。」田成子はそこで通行証を背負って従った。宿に至ると、宿の主人はたいへん恭しく接し、酒と肉を差し出した。

温人之周,周不納客。問之曰:「客耶?」對曰:「主人。」問其巷人而不知也,吏因囚之。君使人問之曰:「子非周人也,而自謂非客,何也?」對曰:「臣少也誦《詩》曰:『普天之下,莫非王土;率土之濵,莫非王臣。』今君,天子,則我天子之臣也。豈有爲人之臣而又爲之客哉?故曰主人也。」君使出之。

温の地の人が周へ行ったが、周は客を入れなかった。尋ねて言った。「客か。」答えた。「主人です。」その里の人に尋ねたが知らないので、役人は彼を捕らえた。君が人を遣わして尋ねさせた。「おまえは周の人ではないのに、みずから客ではないというのはなぜか。」答えた。「臣は幼いころ『詩』を暗誦して、『広い天の下、王の土でないところはなく、地のはてまで、王の臣でない者はない』とありました。いま君は天子でいらっしゃるから、わたしは天子の臣です。どうして人の臣でありながらその客となることがありましょうか。だから主人と申したのです。」君は人を遣わして彼を出させた。

韓宣王謂樛留曰:「吾欲兩用公仲、公叔,其可乎?」對曰:「不可。晉用六卿而國分,簡公兩用田成、闞止而簡公殺,魏兩用犀首、張儀而西河之外亡。今王兩用之,其多力者樹其黨,寡力者借外權。羣臣有内樹黨以驕主,有外爲交以削地,則王之國危矣。」

韓の宣王が樛留に言った。「わたしは公仲と公叔を二人ともに用いたいが、よいだろうか。」答えた。「なりません。晋は六卿を用いて国が分かれ、簡公は田成と闞止を二人ともに用いて簡公は殺され、魏は犀首と張儀を二人ともに用いて西河の外を失いました。いま王が二人を用いれば、力の多い者は自分の党を植え、力の少ない者は外の権を借ります。臣下のなかに、内で党を植えて主に驕る者があり、外で交わりを結んで地を削る者があれば、王の国は危うくなります。」

紹績昧醉寐而亡其裘。宋君曰:「醉足以亡裘乎?」對曰:「桀以醉亡天下,而《康誥》曰『毋彝酒』者;彝酒,常酒也。常酒者,天子失天下,匹夫失其身。」

紹績昧が酔って眠り、その皮衣を失った。宋の君は言った。「酔うことが皮衣を失うに足るのか。」答えた。「桀は酔いで天下を失いました。『康誥』に『酒を常にするな』とあります。酒を常にするとは、酒を日常にすることです。酒を日常にする者は、天子なら天下を失い、匹夫ならその身を失います。」

管仲、隰朋從於桓公而伐孤竹,春往冬反,迷惑失道。管仲曰:「老馬之智可用也。」乃放老馬而隨之,遂得道。行山中無水,隰朋曰:「蟻冬居山之陽,夏居山之陰。蟻壤一寸而仞有水。」乃掘地,遂得水。以管仲之聖而隰朋之智,至其所不知,不難師於老馬與蟻。今人不知以其愚心而師聖人之智,不亦過乎?

管仲と隰朋が桓公に従って孤竹を討ち、春に行って冬に帰る途中、迷って道を失った。管仲は言った。「老いた馬の智が使える。」そこで老いた馬を放して従ったところ、ついに道を得た。山中を行くのに水がなかったので、隰朋は言った。「蟻は冬に山の南に住み、夏に山の北に住みます。蟻の盛り土が一寸あれば、その八尺の下に水があります。」そこで地を掘り、ついに水を得た。管仲ほどの聖、隰朋ほどの智をもってしても、知らないことに至っては、老いた馬と蟻に師事することを難しがらなかった。いま人が自分の愚かな心で聖人の智に師事することを知らない。これもまた行き過ぎではないか。

有獻不死之藥於荊王者,謁者操之以入。中射之士問曰:「可食乎?」曰:「可。」因奪而食之。王大怒,使人殺中射之士。中射之士使人說王曰:「臣問謁者,曰『可食』,臣故食之,是臣無罪而罪在謁者也。且客獻不死之藥,臣食之而王殺臣,是死藥也,是客欺王也。夫殺無罪之臣而明人之欺王也,不如釋臣。」王乃不殺。

不死の薬を楚王に献じた者があり、取次の者がそれを持って入った。警護に立つ士が尋ねた。「食べてよいのか。」言った。「よろしい。」そこで奪って食べてしまった。王は大いに怒り、人を遣わして警護の士を殺させようとした。その士は人を遣わして王に言わせた。「臣が取次の者に尋ねて『食べてよい』と言ったので臣は食べました。つまり臣に罪はなく、罪は取次の者にあります。そのうえ客が不死の薬を献じたのに、臣が食べたからといって王が臣を殺されるなら、それは死ぬ薬であり、客が王を欺いたことになります。罪のない臣を殺して、人が王を欺いたことを明らかにするのは、臣を放されるに越したことはありません。」王はそこで殺さなかった。

田駟欺鄒君,鄒君將使人殺之。田駟恐,告惠子。惠子見鄒君曰:「今有人見君,則䀹其一目,奚如?」君曰:「我必殺之。」惠子曰:「瞽,兩目䀹,君奚爲不殺?」君曰:「不能勿䀹。」惠子曰:「田駟東慢齊侯,南欺荊王。駟之於欺人,瞽也,君奚怨焉?」鄒君乃不殺。

田駟が鄒の君を欺いたので、鄒の君は人を遣わして殺させようとした。田駟は恐れて恵子に告げた。恵子は鄒の君に会って言った。「いまある人が君に拝謁しながら片目をしばたたかせたら、どうなさいますか。」君は言った。「わたしは必ずそれを殺す。」恵子は言った。「目の見えない者は両目ともしばたたかせますが、君はなぜ殺さないのですか。」君は言った。「しばたたかせずにいられないからだ。」恵子は言った。「田駟は東では斉侯を侮り、南では楚王を欺きました。田駟は人を欺くことにかけては目の見えない者です。君はなぜ恨まれるのですか。」鄒の君はそこで殺さなかった。

夾注 1

底本は瞽であり、今日用いる言葉に移した。― 訳者

魯穆公使衆公子或宦於晉,或宦於荊。犁鉏曰:「假人於越而救溺子,越人雖善遊,子必不生矣。失火而取水於海,海水雖多,火必不滅矣,遠水不救近火也。今晉與荊雖強,而齊近,魯患其不救乎!」

魯の穆公は多くの公子を、ある者は晋に、ある者は楚に仕えさせた。犁鉏は言った。「越から人を借りて水に落ちた子を救おうとすれば、越の人がいかに泳ぎがうまくても、子は必ず助かりません。火が出て海から水を汲めば、海の水がいかに多くても火は必ず消えません。遠い水は近い火を消さないのです。いま晋と楚がいかに強くても、斉は近い。魯の憂いは、彼らが救ってくれないことにあります。」

嚴遂不善周君,患之。馮沮曰:「嚴遂相,而韓傀貴於君。不如行賊於韓傀,則君必以爲嚴氏也。」

厳遂が周の君と折り合いが悪く、それを憂えた。馮沮は言った。「厳遂が相でありながら、韓傀が君に貴ばれています。韓傀に刺客を送るに越したことはありません。そうすれば君は必ず厳氏の仕業と思われるでしょう。」

張譴相韓,病將死。公乘無正懷三十金而問其疾。居一日,君問張譴曰:「若子死,將誰使代子?」荅曰:「無正重法而畏上,雖然,不如公子食我之得民也。」張譴死,因相公乘無正。

張譴が韓の相であったが、病んで死にかけた。公乗無正が三十金をふところにして見舞いに行った。一日して、君が張譴に尋ねた。「もしおまえが死んだら、誰をおまえの代わりにすればよいか。」答えた。「無正は法を重んじ上を恐れます。とはいえ、公子食我が民心を得ているのには及びません。」張譴が死ぬと、君は公乗無正を相とした。

夾注 1

底本は公子食我である。韓国の古い文献で「식아(食我)」と読んできた側に従った。― 訳者

樂羊爲魏將而攻中山,其子在中山。中山之君烹其子而遺之羮,樂羊坐於幕下而啜之,盡一杯。文侯謂堵師贊曰:「樂羊以我故而食其子之肉。」荅曰:「其子而食之,且誰不食?」樂羊罷中山,文侯賞其功而疑其心。孟孫獵得麑,使秦西巴持之歸,其母隨之而啼。秦西巴弗忍而與之。孟孫歸,至而求麑,荅曰:「余弗忍而與其母。」孟孫大怒,逐之。居三月,復召以爲其子傅。其御曰:「曩將罪之,今召以爲子傅,何也?」孟孫曰:「夫不忍麑,又且忍吾子乎?」故曰:「巧詐不如拙誠。」樂羊以有功見疑,秦西巴以有罪益信。

楽羊が魏の将となって中山を攻めたが、その子は中山にいた。中山の君はその子を煮て羹を送ってきた。楽羊は幕の下に座ってそれを飲み、一杯を飲みきった。文侯は堵師賛に言った。「楽羊はわたしのために我が子の肉を食べた。」答えた。「我が子でさえ食べたのですから、誰を食べないでしょうか。」楽羊が中山を破ると、文侯はその功に賞しながらその心を疑った。孟孫が狩りで小鹿を得て、秦西巴に持ち帰らせたところ、その母鹿が従って鳴いた。秦西巴は忍びなくて母鹿に渡した。孟孫が帰り着いて小鹿を求めると、答えた。「わたしは忍びなくてその母に渡しました。」孟孫は大いに怒って追い出した。三月して、また呼び戻してその子の師とした。その御者が言った。「以前は罪されたのに、いま呼び戻して子の師とされるのはなぜですか。」孟孫は言った。「小鹿にすら忍びない者が、わが子に忍びないことをするだろうか。」だから「巧みな偽りは拙い誠に及ばない」という。楽羊は功があって疑われ、秦西巴は罪があってますます信じられた。

曾從子,善相劒者也。衞君怨吳王。曾從子曰:「吳王好劒,臣相劒者也。臣請爲吳王相劒,拔而示之,因爲君刺之。」衞君曰:「子之爲是也,非緣義也,爲利也。吳強而富,衞弱而貧。子必往,吾恐子爲吳王用之於我也。」乃逐之。

曽従子は剣をよく見分ける者であった。衛の君が呉王を恨んでいた。曽従子は言った。「呉王は剣を好み、臣は剣を見分ける者です。臣が呉王のために剣を見ると申し出て、抜いて見せるときに、君のためにこれを刺すことをお許しください。」衛の君は言った。「おまえがそうするのは義によるのではなく、利のためだ。呉は強くて富み、衛は弱くて貧しい。おまえが必ず行くなら、わたしはおまえが呉王に使われてわたしにそうするのではないかと恐れる。」そこで追い出した。

紂爲象箸而箕子怖,以爲象箸必不盛羹於土鉶,則必犀王之杯;玉柸象箸必不盛菽藿,則必旄象豹胎;旄象豹胎必不衣短褐而舍茅茨之下,則必錦衣九重、高臺廣室也。稱此以求,則天下不足矣。聖人見微以知萌,見端以知末,故見象箸而怖,知天下不足也。

紂が象牙の箸を作ると箕子は恐れた。象牙の箸には必ず土の器で羹を盛らないだろうから、きっと犀の角と玉の杯になる。玉の杯と象牙の箸には必ず豆や豆の葉を盛らないだろうから、きっと氂牛や象や豹の胎になる。氂牛や象や豹の胎を食べるなら、必ず短い粗衣を着て茅屋の下に住みはしないだろうから、きっと九重の錦の衣と高い台と広い室になると考えたのである。これに釣り合うだけ求めれば、天下でも足らない。聖人は微かなものを見て芽を知り、糸口を見て末を知る。だから象牙の箸を見て恐れ、天下でも足らなくなると知ったのである。

周公旦已勝殷,將攻商蓋。辛公甲曰:「大難攻,小易服。不如服衆小以劫大。」乃攻九夷而商蓋服矣。

周公旦はすでに殷を破り、商蓋を攻めようとした。辛公甲は言った。「大きなものは攻めにくく、小さなものは服させやすい。多くの小さなものを服させて大きなものを脅すに越したことはありません。」そこで九夷を攻めると、商蓋は服した。

紂爲長夜之飲,懽以失日,問其左右,盡不知也。乃使人問箕子。箕子謂其徒曰:「爲天下主而一國皆失日,天下其危矣。一國皆不知而我獨知之,吾其危矣。」辭以醉而不知。

紂は夜を通しての酒宴を開き、楽しむうちに日付を失って側近に尋ねたが、みな知らなかった。そこで人を遣わして箕子に尋ねさせた。箕子はその一門に言った。「天下の主でありながら国中が日付を失ったのだから、天下は危うい。国中が誰も知らないのに自分ひとり知っていたら、わたしが危うい。」酔っていて分からないと言って断った。

魯人身善織屨,妻善織縞,而欲徙於越。或謂之曰:「子必窮矣。」魯人曰:「何也?」曰:「屨爲履之也,而越人跣行;縞爲冠之也,而越人被髪。以子之所長,游於不用之國,欲使無窮,其可得乎?」

魯の人で、自分は履をうまく編み、妻は白絹をうまく織る者がいて、越へ移ろうとした。ある人が言った。「あなたは必ず窮することになる。」魯の人は言った。「どうしてですか。」言った。「履は履くためのものだが、越の人は裸足で歩く。白絹は冠にするためのものだが、越の人は髪を解いている。あなたの得意なもので、それが使われない国へ行って、窮しないことを望んでも、それが得られるだろうか。」

陳軫貴於魏王。惠子曰:「必善事左右。夫楊,橫樹之即生,倒樹之即生,折而樹之又生。然使十人樹之而一人拔之,則毋生楊。至以十人之衆,樹易生之物而不勝一人者,何也?樹之難而去之易也。子雖工自樹於王,而欲去子者衆,子必危矣。」

陳軫が魏王に貴ばれた。恵子は言った。「必ず側近にうまく仕えなさい。柳は横に植えても生き、逆さに植えても生き、折って植えても生きます。しかし十人が植えて一人が抜けば、生きた柳はありません。十人の多さで生きやすいものを植えても一人に勝てないのはなぜか。植えるのは難しく、取り除くのはたやすいからです。あなたがいかに巧みに王のもとへみずからを植えても、あなたを取り除こうとする者が多ければ、あなたは必ず危うくなります。」

魯季孫新弑其君,吳起仕焉。或謂起曰:「夫死者,始死而血,已血而衂,已衂而灰,已灰而土。及其土也,無可爲者矣。今季孫乃始血,其毋乃未可知也。」吳起因去之晉。

魯の季孫が新たにその君を殺したところへ、呉起が仕えた。ある人が呉起に言った。「死んだものは、死んだばかりのときは血があり、血が乾けば汁が出、汁が乾けば灰となり、灰となれば土になる。その土になってしまえば、どうしようもない。いま季孫はようやく血の段階だから、その先はまだ分からない。」呉起はそこで去って晋へ行った。

隰斯彌見田成子,田成子與登臺四望。三面皆暢,南望,隰子家之樹蔽之。田成子亦不言。隰子歸,使人伐之。斧離數創,隰子止之。其相室曰:「何變之數也?」隰子曰:「古者有諺曰:『知淵中之魚者不祥。』夫田子將有大事,而我示之知微,我必危矣。不伐樹,未有罪也;知人之所不言,其罪大矣。」乃不伐也。

隰斯弥が田成子に会ったところ、田成子はともに台に登って四方を眺めた。三方はみな開けていたが、南を眺めると隰子の家の木が遮っていた。田成子は何も言わなかった。隰子は帰って人にその木を伐らせた。斧が数回打ち込まれたところで、隰子はやめさせた。その家令が言った。「どうしてそんなに何度も変えられるのですか。」隰子は言った。「いにしえのことわざに『淵の中の魚を知る者は吉くない』という。田子は大きな事を起こそうとしているのに、わたしが微かなことを察していると見せれば、わたしは必ず危うい。木を伐らないのは罪にならないが、人が口に出さないことを察しているのは、その罪が大きい。」そこで伐らなかった。

楊子過於宋東之逆旅。有妾二人,其惡者貴,美者賤。楊子問其故。逆旅之父荅曰:「美者自美,吾不知其美也;惡者自惡,吾不知其惡也。」楊子謂弟子曰:「行賢而去自賢之心,焉往而不美?」衞人嫁其子而教之曰:「必私積聚。爲人婦而出,常也;其成居,幸也。」其子因私積聚,其姑以爲多私而出之。其子所以反者,倍其所以嫁。其父不自罪於教子非也,而自知其益富。今人臣之處官者,皆是類也。

楊子が宋の東の宿を通った。妾が二人いて、醜いほうが貴ばれ、美しいほうが賤しめられていた。楊子はその理由を尋ねた。宿の主人は答えた。「美しいほうはみずから美しいと思っているので、わたしにはその美しさが分かりません。醜いほうはみずから醜いと思っているので、わたしにはその醜さが分かりません。」楊子は弟子に言った。「賢く行いながら、みずから賢いと思う心を捨てれば、どこへ行っても美しくないことがあろうか。」衛の人が娘を嫁がせるとき、教えて言った。「必ず自分だけのものを蓄えておけ。人の妻となって出されるのは、ありふれたことだ。最後まで住めるのはまぐれだ。」その娘はそこで自分だけのものを蓄えたが、その姑は私物が多すぎると言って追い出した。その娘が帰るときに持ってきたものは、嫁ぐときのものの倍であった。その父は娘を教えたことの誤りをみずから咎めず、財産が増えたことだけを喜んだ。いま臣として官に就いている者は、みなこの類である。

魯丹三說中山之君而不受也,因散五十金事其左右。復見,未語,而君與之食。魯丹出,而不反舍,遂去中山。其御曰:「反見,乃始善我,何故去之?」魯丹曰:「夫以人言善我,必以人言罪我。」未出境,而公子惡之曰:「爲趙來間中山。」君因索而罪之。

魯丹が三度中山の君に説いたが受け入れられなかったので、五十金を散じてその側近に取り入った。あらためて拝謁すると、まだ何も語らないうちに君は食事をともにした。魯丹は退出して宿に帰りもせず、ついに中山を去った。その御者が言った。「もう一度拝謁して、やっとわたしたちを気に入られたのに、どうして去るのですか。」魯丹は言った。「人の言葉でわたしを気に入ったのなら、必ず人の言葉でわたしを罪するだろう。」国境を出ないうちに、ある公子が彼をそしって言った。「趙のために中山をうかがいに来ました。」君はそこで探し出して罪した。

田伯鼎好士而存其君,白公好士而亂荊。其好士則同,其所以爲則異。公孫友自刖而尊百里,竪刁自宮而諂桓公。其自刑則同,其所以自刑之爲則異。慧子曰:「狂者東走,逐者亦東走。其東走則同,其所以東走之爲則畢。故曰:同事之人,不可不審察也。」

田伯鼎は士を好んでその君を存えさせ、白公は士を好んで楚を乱した。士を好むことは同じだが、それで為そうとしたことは違った。公孫友はみずから足を切って百里奚を尊び、竪刁はみずから去勢して桓公にへつらった。みずから身を傷つけたことは同じだが、みずから身を傷つけて為そうとしたことは違った。恵子は言った。「狂う者が東へ走れば、追う者も東へ走る。東へ走ることは同じだが、東へ走る理由は異なる。だから、同じ事をする人は、よく見極めないわけにはいかない。」

夾注 1

底本は畢だが、異の誤りと見る。― 訳者