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外儲説 右上外儲說右上

韓非子(韓非の書) 韓非子 · 韓非と後学 · 紀元前3世紀 · 段落 42 · 漢字 6,264字 · 朗読 25.1分

韓非子(韓非の書) 外儲說右上 法家が一堂に集まった書である。商鞅の法と申不害の術と慎到の勢を、韓非が受け継いで一つに編んだ。人は善だから善なのではなく、悪をなしえないから善であると見て、君主が頼るべきは仁ではなく法と術と勢であると説く。 矛盾がここから出た。貫けない盾と貫けないものがない矛を一緒に売る楚の人の話で、堯と舜をともに称えることはできないことを示し、難勢でもう一度、仁と勢をめぐって同じたとえを挙げる。切り株を守って兎を待った宋の人(守株待兎)と、足を二度切られてはじめて玉と認められた和氏の璧も、この書の話である。 語ることの難しさを扱った説難には、龍の喉の下に逆さに生えた鱗の話がある。君主にもそのような鱗があり、触れれば死ぬというのだが、当の韓非自身が秦で獄に捕らわれて死んだ。 存韓には、韓非が秦王に奉った文と、そのすぐ後に李斯が「韓非は韓のために来た者なので、帰してはならない」と奉った文が並べて収められている。一人を死に追いやった文書が、その人の書に一緒に残った。

君所以治臣者有三。

君主が臣を治めるのに三つある。

一。勢不足以化則除之。師曠之對,晏子之說,皆舍勢之易也而道行之難,是與獸逐走也,未知除患。患之可除,在子夏之說《春秋》也:「善持勢者,蚤絶其姦萌。」故季孫讓仲尼以遇勢,而況錯之於君乎?是以太公望殺狂矞,而臧獲不乘驥。嗣公知之,故不駕鹿;薛公知之,故與二欒博。此皆知同異之反也。故明主之牧臣也,說在畜烏。

一。勢で教化しきれないなら、これを除く。師曠の答えと晏子の説は、いずれも勢の易しさを捨てて道で行う難しさを説いたもので、これは獣と駆けくらべをするようなもので、患いを除くことを知らない。患いを除きうることは、子夏が『春秋』について語ったところにある。「勢をよく持する者は、その邪の芽を早く断つ。」だから季孫は仲尼を勢に触れたことで責めた。まして勢を君主に置けばなおさらである。それゆえ太公望は狂矞を殺し、奴僕は驥に乗らなかった。嗣公はそれを知っていたので鹿に車を引かせず、薛公はそれを知っていたので二人の欒氏と博奕をした。これらはみな、同じと違うの裏返しを知っていたのである。だから賢明な君主が臣を牧するのは、その説明が烏を飼う話にある。

二。人主者,利害之軺轂也,射者衆,故人主共矣。是以好惡見則下有因,而人主惑矣;辭言通則臣難言,而主不神矣。說在申子之言「六慎」,與唐易之言弋也。患在國羊之請變,與宣王之太息也。明之以靖郭氏之獻十珥也,與犀首、甘茂之道穴聞也。堂谿公知術,故問玉巵;昭侯能術,故以聽獨寢。明主之道,在申子之勸「獨斷」也。

二。君主とは利害の集まる車の軸壺であり、射る者が多いから、君主は皆の的となる。それゆえ好悪が現れれば下の者に乗ずるよりどころができて君主は惑わされ、言葉が漏れ通れば臣は物を言いにくくなって君主は神妙でなくなる。説明は申子が「六慎」を語った話と、唐易が弋射を語った話にある。患いは国羊が改めることを願い出た話と、宣王が大きく息をついた話にある。それを明らかにするのは、靖郭氏が耳飾り十を献じた話と、犀首と甘茂が穴から聞かれた話である。堂谿公は術を知っていたので玉の杯を問い、昭侯は術に長じていたので、それを聞いて独り寝た。賢明な君主の道は、申子が「独断」を勧めたところにある。

三。術之不行,有故。不殺其狗,則酒酸。夫國亦有狗,且左右皆社鼠也。人主無堯之再誅,與莊王之應太子,而皆有薄媼之決蔡嫗也。知貴、不能,以教歌之法先揆之。吳起之出愛妻,文公之斬顛頡,皆違其情者也。故能使人彈疽者,必其忍痛者也。

三。術が行われないのには理由がある。その犬を殺さなければ酒は酸くなる。そもそも国にも犬があり、そのうえ側近はみな社の鼠である。君主には堯の二度の誅や荘王が太子に応じたようなところがなく、みな薄の媼が蔡の巫女に決めさせたような始末である。貴いことは知っていてもそれができない。歌を教える法でまず測るべきである。呉起が愛する妻を去らせ、文公が顛頡を斬ったのは、いずれもその情に背いたことである。だから人に瘡を破らせることができる者は、必ず痛みを忍ぶ者である。

:右經

以上が綱となる文である。

一。賞之譽之不勸,罰之毁之不畏,四者加焉不變,則其除之。

一。賞し誉めても励まず、罰し謗っても畏れず、この四つを加えても変わらないなら、これを除く。

齊景公之晉,從平公飲,師曠侍坐。景公問政於師曠曰:「太師將奚以教寡人?」師曠曰:「君必惠民而已。」中坐,酒酣,將出,又復問政於師曠曰:「太師奚以教寡人?」曰:「君必惠民而已矣。」景公出之舍,師曠送之,又問政於師曠。師曠曰:「君必惠民而已矣。」景公歸,思,未醒,而得師曠之所謂:公子尾、公子夏者,景公之二弟也,甚得齊民,家富貴而民說之,擬於公室,此危吾位者也。今謂我惠民者,使我與二弟爭民耶?於是反國,發廩粟以賦衆貧,散府餘財以賜孤寡,倉無陳粟,府無餘財,宮婦不御者出嫁之,七十受祿米。鬻德惠施於民也,已與二弟爭。居二年,二弟出走,公子夏逃楚,公子尾走晉。

斉の景公が晋に行き、平公に従って酒を飲んだとき、師曠が侍して座っていた。景公が師曠に政を問うた。「太師は何をもって寡人を教えてくれるか。」師曠が言った。「君は必ず民に恵み深くあられること、それだけです。」席の中ほど、酒が進んで出ようとするとき、また師曠に政を問うた。「太師は何をもって寡人を教えてくれるか。」言った。「君は必ず民に恵み深くあられること、それだけです。」景公が出て宿に向かうとき、師曠が送ったので、また師曠に政を問うた。師曠が言った。「君は必ず民に恵み深くあられること、それだけです。」景公は帰って考え、まだ酔いの醒めないうちに師曠の言う意味を悟った。公子尾と公子夏は景公の二人の弟で、斉の民の心をはなはだ得て、家は富み貴く民は彼らを喜び、公室に並ぶほどである。これは私の位を危うくする者たちだ。いま私に民に恵み深くあれというのは、私を二人の弟と民を争わせるためか、と。そこで国に帰ると、倉の粟を出して多くの貧しい者に分け与え、府の余財を散らして孤児や寡婦に賜り、倉に古い粟はなく、府に余財はなくなった。宮の女で侍らぬ者を出して嫁がせ、七十を過ぎた者には禄として米を与えた。徳を売り恵みを民に施して、二人の弟と争った。二年経って二人の弟は逃げ出し、公子夏は楚に逃れ、公子尾は晋に走った。

景公與晏子遊於少海,登栢寢之臺而還望其國,曰:「美哉!泱泱乎,堂堂乎!後世將孰有此?」晏子對曰:「其田成氏乎!」景公曰:「寡人有此國也,而曰田成氏有之,何也?」晏子對曰:「夫田成氏甚得齊民。其於民也,上之請爵祿行諸大臣,下之私大斗斛區釜以出貸,小斗斛區釜以收之。殺一牛,取一豆肉,餘以食士。終歲,布帛取二制焉,餘以衣士。故市木之價,不加貴於山;澤之魚鹽龜鼈蠃𧉻,不貴於海。君重斂,而田成氏厚施。齊嘗大饑,道旁餓死者不可勝數也,父子相牽而趨田成氏者不聞不生。故秦周之民相與歌之曰:『謳乎,其已乎!苞乎,其往歸田成子乎!』《詩》曰:『雖無德與女,式歌且舞。』今田成氏之德而民之歌舞,民德歸之矣。故曰:『其田成氏乎!』」公泫然出涕曰:「不亦悲乎!寡人有國而田成氏有之。今爲之柰何?」晏子對曰:「君何患焉?若君欲奪之,則近賢而遠不肖,治其煩亂,緩其刑罰,振貧窮而恤孤寡,行恩惠而給不足,民將歸君,則雖有十田成氏,其如君何?」

景公が晏子と少海に遊び、柏寝の台に登って自分の国を見渡し、言った。「美しいな。ゆったりと広く、堂々としている。後の世には誰がこれを持つだろうか。」晏子が答えた。「それは田成氏でしょう。」景公が言った。「寡人がこの国を持っているのに、田成氏が持つというのはなぜか。」晏子が答えた。「そもそも田成氏は斉の民の心をはなはだ得ております。彼の民に対するやり方は、上に向かっては爵禄を願って大臣たちに行き渡らせ、下に向かっては私に大きな斗や斛や区や釜で貸し出し、小さな斗や斛や区や釜で取り立てます。牛一頭を殺せば肉一皿だけを取り、残りで士を食わせ、年が終わるまでに布や絹から二着分だけを取り、残りで士に着せます。だから市の木の値は山より高くならず、沢の魚や塩、亀や鼈、螺や蛤は海より高くなりません。君は重く取り立てられ、田成氏は厚く施します。斉にかつて大きな飢えがあり、道端で飢え死んだ者は数えきれませんでしたが、父子が互いに引き連れて田成氏のもとへ走った者で、生き延びなかったという話は聞きません。だから秦周の民は互いに歌って『ああ、もうそうなのか。大きいことよ、田成子のもとへ帰ろうか』と言いました。『詩』に『そなたに与える徳はなくとも、歌いまた舞おう』とあります。いま田成氏の徳に民が歌い舞っているのですから、民の心は彼に帰しています。だから『それは田成氏でしょう』と申したのです。」公はさめざめと涙を流して言った。「なんとも悲しいことではないか。寡人が国を持ちながら田成氏がこれを持つとは。いまどうすればよいのか。」晏子が答えた。「君は何を憂えられるのですか。もし君がそれを奪い返したいのなら、賢者を近づけ不肖の者を遠ざけ、煩わしく乱れたところを整え、刑罰を緩め、貧しく窮した者を振い起こし、孤児や寡婦をいたわり、恩恵を行って足らぬ者に与えられることです。そうすれば民は君に帰します。田成氏が十人いたとしても、君をどうすることもできません。」

或曰:景公不知用勢,而師曠、晏子不知除患。夫獵者,託車輿之安,用六馬之足,使王良佐轡,則身不勞而易及輕獸矣。今釋車輿之利,捐六馬之足與王良之御,而下走逐獸,則雖樓季之足無時及獸矣。託良馬固車,則臧獲有餘。國者,君之車也;勢者,君之馬也。夫不處勢以禁誅擅愛之臣,而必德厚以與天下齊行以爭民,是皆不乘君之車,不因馬之利,舍車而下走者也。故曰:景公不知用勢之主也,而師曠、晏子不知除患之臣也。

ある者はこう言う。景公は勢の用い方を知らず、師曠と晏子は患いの除き方を知らなかった。そもそも狩りをする者が、車の安らかさに頼り、六頭の馬の足を用い、王良に手綱を取らせれば、身は疲れずに素早い獣にも容易に追いつく。いま車の利を捨て、六頭の馬の足と王良の御を捨てて、降りて走って獣を追えば、たとえ樓季の足でも獣に追いつく時はない。良馬と堅い車に頼れば、奴僕でも余りがある。国とは君の車であり、勢とは君の馬である。そもそも勢に身を置いて愛を恣にする臣を禁じ誅することをせず、必ず徳を厚くして天下と行いを並べ民を争おうとするのは、いずれも君の車に乗らず馬の利によらず、車を捨てて降りて走ることである。だから言う。景公は勢の用い方を知らぬ君主であり、師曠と晏子は患いの除き方を知らぬ臣である。

子夏曰:「《春秋》之記臣殺君、子殺父者,以十數矣。皆非一日之積也,有漸而以至矣。」凡姦者,行久而成積,積成而力多,力多而能殺,故明主蚤絶之。今田常之爲亂,有漸見矣,而君不誅。晏子不使其君禁侵陵之臣,而使其主行惠,故簡公受其禍。故子夏曰:「善持勢者,蚤絶姦之萌。」

子夏が言った。「『春秋』に臣が君を殺し子が父を殺した例を記したものは十を数える。いずれも一日の積み重ねではなく、次第に進んでそこに至ったのだ。」そもそも邪な者は、行いが久しくなって積み重なりを成し、積み重なりが成れば力が強くなり、力が強くなれば殺すこともできる。だから賢明な君主は早くこれを断つ。いま田常が乱を起こしたのには次第に現れる徴があったのに、君は誅さなかった。晏子はその君主に侵し陵ぐ臣を禁じさせず、その君主に恵みを行わせた。だから簡公はその災いを受けた。だから子夏は「勢をよく持する者は、邪の芽を早く断つ」と言ったのである。

季孫相魯,子路爲郈令。魯以五月起衆爲長溝,當此之爲,子路以其私秩粟爲漿飯,要作溝者於五父之衢而飡之。孔子聞之,使子貢往覆其飯,擊毁其器,曰:「魯君有民,子奚爲乃飡之?」子路怫然怒,攘肱而入,請曰:「夫子疾由之爲仁義乎?所學於夫子者,仁義也;仁義者,與天下共其所有而同其利者也。今以由之秩粟而飡民不可,何也?」孔子曰:「由之野也!吾以女知之,女徒未及也。女故如是之不知禮也!女之飡之,爲愛之也。夫禮,天子愛天下,諸侯愛境内,大夫愛官職,士愛其家,過其所愛曰侵。今魯君有民而子擅愛之,是子侵也,不亦誣乎!」言未卒,而季孫使者至,讓曰:「肥也起民而使之,先生使弟子令徒役而飡之,將奪肥之民耶?」孔子駕而去魯。以孔子之賢,而季孫非魯君也,以人臣之資,假人主之術,蚤禁於未形,而子路不得行其私惠,而害不得生,況人主乎!以景公之勢而禁田常之侵也,則必無劫弑之患矣。

季孫が魯の相で、子路が郈の令であった。魯が五月に人々を徴発して長い溝を掘らせたとき、子路は自分の禄の粟で粥と飯を作り、溝を掘る者たちを五父の辻で迎えて食べさせた。孔子がこれを聞き、子貢をやってその飯をひっくり返し器を打ち壊させて、こう言わせた。「魯君に民があるのに、あなたはどうしてこれを食べさせるのか。」子路はむっとして怒り、腕をまくって入ってきて言った。「先生は由が仁義を行うのをお嫌いなのですか。先生に学んだのは仁義です。仁義とは、天下とその持つものを共にし、その利を同じくすることです。いま由の禄の粟で民に食べさせるのがいけないのは、なぜですか。」孔子が言った。「由は粗野だな。私はお前が分かっていると思っていたが、お前はまだ及んでいない。お前はもとよりこのように礼を知らぬのか。お前が食べさせたのは、民を愛してのことだ。そもそも礼では、天子は天下を愛し、諸侯は領内を愛し、大夫は官職を愛し、士はその家を愛す。愛すべき範囲を越えることを侵すというのだ。いま魯君に民があるのにお前が恣に愛したのだから、これはお前が侵したのだ。筋違いではないか。」言い終わらないうちに季孫の使者が着き、責めて言った。「肥が民を徴発して使っているのに、先生は弟子をやって役夫に食べさせられた。肥の民を奪おうとなさるのですか。」孔子は車を駆って魯を去った。孔子ほどの賢者でさえそうであり、季孫は魯の君主でもないのに、臣下の資力で君主の術を借り、形になる前に早く禁じたので、子路はその私の恵みを行えず、害は生じずにすんだ。まして君主ならなおさらである。景公の勢で田常の侵しを禁じていれば、必ず脅かされ殺される患いはなかったであろう。

太公望東封於齊,齊東海上有居士曰狂矞、華士昆弟二人者立議曰:「吾不臣天子,不友諸侯,耕作而食之,掘井而飲之,吾無求於人也。無上之名,無君之祿,不事仕而事力。」太公望至於營丘,使吏執殺之以爲首誅。周公旦從魯聞之,發急傳而問之曰:「夫二子,賢者也。今日饗國而殺賢者,何也?」太公望曰:「是昆弟二人立議曰:『吾不臣天子,不友諸侯,耕作而食之,掘井而飲之,吾無求於人也。無上之名,無君之祿,不事仕而事力。』彼不臣天子者,是望不得而臣也;不友諸侯者,是望不得而使也;耕作而食之,掘井而飲之,無求於人者,是望不得以賞罰勸禁也。且無上名,雖知,不爲望用;不仰君祿,雖賢,不爲望功。不仕則不治,不任則不忠。且先王之所以使其臣民者,非爵祿則刑罰也。今四者不足以使之,則望當誰爲君乎?不服兵革而顯,不親耕耨而名,又非所以教於國也。今有馬於此,如驥之狀者,天下之至良也。然而驅之不前,却之不止,左之不左,右之不右,則臧獲雖賤,不託其足。臧獲之所願託其足於驥者,以驥之可以追利辟害也。今不爲人用,臧獲雖賤,不託其足焉。已自謂以爲世之賢士而不爲主用,行極賢而不用於君,此非明主之所臣也,亦驥之不可左右矣,是以誅之。」

太公望が東の斉に封ぜられた。斉の東、海辺に狂矞と華士という処士の兄弟二人がおり、論を立てて言った。「我らは天子に臣とならず、諸侯と友にならず、耕して食い、井を掘って飲む。人に求めるものはない。上から与わる名もなく、君から受ける禄もなく、仕えることを事とせず自分の力を事とする。」太公望が営丘に至ると、役人に命じて捕らえ殺し、最初の誅とした。周公旦が魯でこれを聞き、急使を発して問うた。「そもそもあの二人は賢者だ。国を受けたその日に賢者を殺したのはなぜか。」太公望が言った。「この兄弟二人は論を立てて『我らは天子に臣とならず、諸侯と友にならず、耕して食い、井を掘って飲む。人に求めるものはない。上から与わる名もなく、君から受ける禄もなく、仕えることを事とせず自分の力を事とする』と言いました。天子に臣とならぬ者は、望が臣とすることができません。諸侯と友にならぬ者は、望が使うことができません。耕して食い井を掘って飲み人に求めるものがない者は、望が賞罰で勧め禁ずることができません。そのうえ上の名を望まなければ、智があっても望のために用いられず、君の禄を仰がなければ、賢であっても望のために功を立てません。仕えなければ治めず、任ぜられなければ忠を尽くしません。しかも先王がその臣民を使った手だては、爵禄でなければ刑罰です。いまこの四つで彼らを使えないのなら、望はいったい誰の君となるのでしょうか。兵甲を身に着けずに世に出、自ら耕さずに名を得るのも、国を教える道ではありません。いまここに馬があって、驥のような姿なら天下の至って良い馬です。しかし駆っても進まず、退かせても止まらず、左にしても左に行かず、右にしても右に行かないなら、奴僕は賤しくともその足をそれに託しません。奴僕が驥に足を託したいと思うのは、驥で利を追い害を避けられるからです。いま人に用いられないのなら、奴僕は賤しくともその足を託しません。自ら世の賢士と称しながら主君に用いられず、行いは極めて賢でありながら君に用いられない。これは賢明な君主が臣とする者ではなく、やはり左右に動かぬ驥と同じです。それで誅したのです。」

一曰:太公望東封於齊。海上有賢者狂矞,太公望聞之,往請焉,三却馬於門而狂矞不報見也,太公望誅之。當是時也,周公旦在魯,馳往止之,比至,已誅之矣。周公旦曰:「狂矞,天下賢者也,夫子何爲誅之?」太公望曰:「狂矞也議不臣天子,不友諸侯,吾恐其亂法易教也,故以爲首誅。今有馬於此,形容似驥也,然驅之不往,引之不前,雖臧獲不託足於其軫也。」

一説にこう言う。太公望が東の斉に封ぜられた。海辺に狂矞という賢者がおり、太公望はこれを聞いて出向いて会見を願い、門前で三度馬を退けて待ったが、狂矞は会おうとしなかったので、太公望はこれを誅した。このとき周公旦は魯にいて、馬を駆って止めに来たが、着いたときにはすでに誅していた。周公旦が言った。「狂矞は天下の賢者です。先生はどうしてこれを誅されたのですか。」太公望が言った。「狂矞は天子に臣とならず諸侯と友にならぬと論じた。私は彼が法を乱し教えを変えることを恐れたので、最初の誅としたのだ。いまここに馬があって、姿かたちは驥に似ていても、駆っても行かず引いても進まなければ、奴僕でさえその車に足を託しはしない。」

如耳說衛嗣公,衛嗣公說而太息。左右曰:「公何爲不相也?」公曰:「夫馬似鹿者而題之千金,然而有千金之馬而無一金之鹿者,馬爲人用而鹿不爲人用也。今如耳,萬乘之相也,外有大國之意,其心不在衛,雖辨智,亦不爲寡人用,吾是以不相也。」

如耳が衛の嗣公を説いた。嗣公は喜びながらも大きく息をついた。側近が言った。「公はどうして相とされないのですか。」公が言った。「そもそも馬で鹿に似たものには千金の値がつくが、千金の馬はあっても一金の鹿はない。馬は人に用いられ、鹿は人に用いられないからだ。いま如耳は万乗の国の相の器で、外に大国への志があり、その心は衛にない。弁も智もあっても、やはり寡人のためには用いられない。私はそれで相としないのだ。」

薛公之相魏昭侯也,左右有欒子者曰陽胡、潘其,於王甚重,而不爲薛公。薛公患之,於是乃召與之博,予之人百金;令之昆弟博,俄又益之人二百金。方博有間,謁者言客張季之子在門,公拂然怒,撫兵而授謁者曰:「殺之!吾聞季之不爲文也。」立有間,時季羽在側,曰:「不然。竊聞季爲公甚,顧其人陰未聞耳。」乃輟不殺客,大禮之,曰:「曩者聞季之不爲文也,故欲殺之;今誠爲文也,豈忘季哉!」告廩獻千石之粟,告府獻五百金,告騶私廐獻良馬固車二乘,因令奄將宮人之美妾二十人并遺季也。欒子因相謂曰:「爲公者必利,不爲公者必害,吾曹何愛不爲公?」因私競勸而遂爲之。薛公以人臣之勢,假人主之術也,而害不得生,況錯之人主乎!

薛公が魏の昭侯の相であったとき、側近に欒氏の陽胡と潘其という者があり、王にはなはだ重んじられながら、薛公のためには働かなかった。薛公はこれを憂え、そこで彼らを招いて博奕をし、一人に百金を与え、その兄弟に博奕をさせて、しばらくしてまた一人に二百金を加えた。博奕の半ばしばらくして、取次が客の張季の子が門に来ていると告げると、公はむっとして怒り、兵器を手に取って取次に渡し、言った。「殺せ。私は季が文のために働かぬと聞いている。」しばらく立っていると、そのとき季羽が傍にいて言った。「そうではありません。ひそかに聞くところ、季は公のためにはなはだ尽くしております。ただその人が内に秘めて世に聞こえないだけです。」そこで取りやめて客を殺さず、大いに礼遇して言った。「さきに季が文のために働かぬと聞いたので、殺そうとしたのだ。いままことに文のために尽くしているのなら、どうして季を忘れようか。」そして倉に命じて粟千石を贈り、府に命じて五百金を贈り、馬方に命じて私の厩から良馬と堅固な車二乗を贈り、さらに宦官に命じて宮人のうち美しい侍女二十人を併せて季に遣わした。欒氏の兄弟はそこで互いに言い合った。「公のために働く者は必ず利を得、公のために働かぬ者は必ず害を受ける。我らは何を惜しんで公のために働かぬことがあろう。」そしてひそかに競って励み、ついに彼のために働いた。薛公は臣下の勢で君主の術を借りただけで害が生じずにすんだ。まして君主にそれを置けばなおさらである。

夫馴烏者斷其下翎焉。斷其下翎,則必恃人而食,焉得不馴乎?夫明主畜臣亦然,令臣不得不利君之祿,不得無服上之名。夫利君之祿,服上之名,焉得不服?

そもそも烏を馴らす者は、その下の羽を切る。下の羽を切れば、必ず人に頼って食うことになる。どうして馴れずにいられよう。そもそも賢明な君主が臣を養うのもそのとおりである。臣が君の禄を利としないわけにいかず、上から与わる名に服さないわけにいかないようにする。そもそも君の禄を利とし、上の名に服すれば、どうして従わずにいられよう。

二。申子曰:「上明見,人備之;其不明見,人惑之。其知見,人飾之;不知見,人匿之。其無欲見,人司之;其有欲見,人餌之。故曰:吾無從知之,惟無爲可以規之。」

二。申子が言った。「上が明らかさを見せれば、人はそれに備える。明らかでないところを見せれば、人はそれを惑わす。その知るところを見せれば、人はそれを飾る。知らないところを見せれば、人はそれを隠す。欲のないところを見せれば、人はそれを窺う。欲のあるところを見せれば、人はそれに餌を置く。だから言う。私の側から知る手だてはなく、ただ無為によってこそこれを測ることができる。」

一曰:申子曰:「慎而言也,人且知女;慎而行也,人且隨女。而有知見也,人且匿女;而無知見也,人且意女。女有知也,人且臧女;女無知也,人且行女。故曰:惟無爲可以規之。」

一説にこう言う。申子が言った。「お前の言を慎め、人はお前を知ろうとする。お前の行いを慎め、人はお前に付いて来ようとする。お前に知るところが見えれば、人はお前に隠そうとする。お前に知るところが見えなければ、人はお前の腹を推し量ろうとする。お前が知っていれば、人はお前に秘めようとする。お前が知らなければ、人はお前を動かそうとする。だから言う。ただ無為によってこそこれを測ることができる。」

田子方問唐易鞠曰:「弋者何慎?」對曰:「鳥以數百目視子,子以二目御之,子謹周子廩。」田子方曰:「善。子加之弋,我加之國。」鄭長者聞之曰:「田子方知欲爲廩,而未得所以爲廩。夫虚無無見者,廩也。」

田子方が唐易鞠に問うた。「弋射をする者は何を慎むのか。」答えて言った。「鳥は数百の目であなたを見、あなたは二つの目で鳥を相手にします。あなたは慎んで自分の隠れ覆いを行き届かせることです。」田子方が言った。「もっともだ。そなたはそれを弋射に用い、私はそれを国に用いよう。」鄭の長者がこれを聞いて言った。「田子方は隠れ覆いを作ろうとすることは知ったが、何が隠れ覆いになるかは得ていない。そもそも虚しく何もなく、現れるところのないものが隠れ覆いである。」

一曰:齊宣王問弋於唐易子曰:「弋者奚貴?」唐易子曰:「在於謹廩。」王曰:「何謂謹廩?」對曰:「鳥以數十目視人,人以二目視鳥,奈何不謹廩也?故曰『在於謹廩』也。」王曰:「然則爲天下何以爲此廩?今人主以二目視一國,一國以萬目視人主,將何以自爲廩乎?」對曰:「鄭長者有言曰:『夫虚静無爲而無見也。』其可以爲此廩乎!」

一説にこう言う。斉の宣王が唐易子に弋射を問うた。「弋射をする者は何を貴ぶのか。」唐易子が言った。「慎んで隠れ覆いを設けることにあります。」王が言った。「慎んで隠れ覆いを設けるとは何を言うのか。」答えて言った。「鳥は数十の目で人を見、人は二つの目で鳥を見ます。どうして慎んで隠れ覆いを設けずにいられましょう。だから『慎んで隠れ覆いを設けることにある』と申したのです。」王が言った。「それでは天下を治めるには、何をこの隠れ覆いとするのか。いま君主は二つの目で一国を見、一国は万の目で君主を見る。いったい何をもって自ら隠れ覆いとすればよいのか。」答えて言った。「鄭の長者にこういう言葉があります。『そもそも虚しく静かで無為であって、現れるところがない。』それがこの隠れ覆いとなりましょう。」

國羊重於鄭君,聞君之惡己也,侍飲,因先謂君曰:「臣適不幸而有過,願君幸而告之。臣請變更,則臣免死罪矣。」

国羊は鄭君に重んじられていたが、君が自分を憎んでいると聞き、侍して酒を飲むとき、先に君に向かってこう言った。「臣にもし不幸にして過ちがありましたら、どうか君がありがたく仰せくださいますよう。臣が改めることをお願いすれば、臣は死罪を免れましょう。」

客有說韓宣王,宣王說而太息。左右引王之說之以先告客以爲德。

客のうちに韓の宣王に説いた者があり、宣王は喜んで大きく息をついた。側近は王が喜んだその言葉を持ち出し、先に客に知らせて自分の恩に仕立てた。

靖郭君之相齊也,王后死,未知所置,乃獻玉珥以知之。

靖郭君が斉の相であったとき、王后が死んで誰を立てるかが分からなかったので、玉の耳飾りを献じてそれを探り当てた。

一曰:薛公相齊,齊威王夫人死,中有十孺子皆貴於王,薛公欲知王所欲立而請置一人以爲夫人。王聽之,則是說行於王,而重於置夫人也;王不聽,是說不行,而輕於置夫人也。欲先知王之所欲置以勸王置之,於是爲十玉珥而美其一而獻之。王以賦十孺子。明日坐,視美珥之所在而勸王以爲夫人。

一説にこう言う。薛公が斉の相であったとき、斉の威王の夫人が死んだが、後宮に十人の侍女がいていずれも王に貴ばれていた。薛公は王が立てようとしている者を知っておいてから、一人を立てて夫人とするよう願い出ようと考えた。王がそれを聞き入れれば、言が王に行われたことになって夫人を立てる件で重んじられ、王が聞き入れなければ、言が行われなかったことになって夫人を立てる件で軽んじられる。そこで先に王が立てようとしている者を知り、そのうえで王に勧めて立てさせようと考え、玉の耳飾り十を作り、その一つを美しく仕立てて献じた。王はそれを十人の侍女に分け与えた。翌日、席に着いて美しい耳飾りのある先を見定め、王に勧めてその者を夫人とさせた。

甘茂相秦惠王,惠王愛公孫衍,與之間有所言,曰:「寡人將相子。」甘茂之吏道穴聞之,以告甘茂。甘茂入見王,曰:「王得賢相,臣敢再拜賀。」王曰:「寡人託國於子,安更得賢相?」對曰:「將相犀首。」王曰:「子安聞之?」對曰:「犀首告臣。」王怒犀首之泄,乃逐之。

甘茂が秦の恵王の相であったとき、恵王は公孫衍を愛し、彼とのあいだでこう言ったことがあった。「寡人はそなたを相にしよう。」甘茂の属吏が穴からこれを聞き、甘茂に告げた。甘茂は入って王に謁見し、言った。「王が賢い相を得られましたので、臣はあえて二度拝して祝い申し上げます。」王が言った。「寡人は国をそなたに託している。どこでまた賢い相を得たというのか。」答えて言った。「犀首を相とされるおつもりでしょう。」王が言った。「そなたはどこでそれを聞いたのか。」答えて言った。「犀首が臣に告げました。」王は犀首が漏らしたことを怒り、そこで彼を追放した。

一曰:犀首,天下之善將也,梁王之臣也。秦王欲得之與治天下,犀首曰:「衍其人臣者也,不敢離主之國。」居期年,犀首抵罪於梁王,逃而入秦,秦王甚善之。樗里疾,秦之將也,恐犀首之代之將也,鑿穴於王之所常隱語者。俄而王果與犀首計,曰:「吾欲攻韓,奚如?」犀首曰:「秋可矣。」王曰:「吾欲以國累子,子必勿泄也。」犀首反走再拜曰:「受命。」於是樗里疾也道穴聽之矣。郎中皆曰:「兵秋起攻韓,犀首爲將。」於是日也,郎中盡知之;於是月也,境内盡知之。王召樗里疾曰:「是何匈匈也,何道出?」樗里疾曰:「似犀首也。」王曰:「吾無與犀首言也,其犀首何哉?」樗里疾曰:「犀首也羈旅,新抵罪,其心孤,是言自嫁於衆。」王曰:「然。」使人召犀首,已逃諸侯矣。

一説にこう言う。犀首は天下の優れた将であり、梁王の臣であった。秦王は彼を得てともに天下を治めようとしたが、犀首は言った。「衍は人の臣下です。あえて主君の国を離れることはできません。」一年経って、犀首は梁王に罪を得、逃げて秦に入った。秦王はたいへん彼を厚遇した。樗里疾は秦の将で、犀首が自分に代わって将となることを恐れ、王がいつも内々に話す場所に穴を開けた。しばらくして王はやはり犀首と謀り、言った。「私は韓を攻めたい。どうか。」犀首が言った。「秋ならよろしいでしょう。」王が言った。「私は国をそなたに委ねようと思う。そなたは必ず漏らさぬように。」犀首は後ろに下がって二度拝し、「お言葉を承ります」と言った。そのとき樗里疾は穴からこれを聞いていた。郎中たちはみな言った。「秋に兵を起こして韓を攻める。犀首が将となる。」その日のうちに郎中はみな知り、その月のうちに領内がすべて知った。王は樗里疾を召して言った。「この騒ぎは何だ。どこから出たのか。」樗里疾が言った。「犀首のようです。」王が言った。「私は犀首と話した覚えはない。どうして犀首であろうか。」樗里疾が言った。「犀首は旅の身で、新たに罪を得て心が孤独です。この話で自ら人々に取り入ろうとしたのです。」王が言った。「そうか。」人をやって犀首を召したが、すでに諸侯のもとへ逃げていた。

堂谿公謂昭侯曰:「今有千金之玉巵,通而無當,可以盛水乎?」昭侯曰:「不可。」「有瓦器而不漏,可以盛酒乎?」昭侯曰:「可。」對曰:「夫瓦器,至賤也,不漏,可以盛酒。雖有乎千金之玉巵,至貴而無當,漏,不可盛水,則人孰注漿哉?今爲人之主而漏其羣臣之語,是猶無當之玉巵也。雖有聖智,莫盡其術,爲其漏也。」昭侯曰:「然。」昭侯聞堂谿公之言,自此之後,欲發天下之大事,未嘗不獨寢,恐夢言而使人知其謀也。

堂谿公が昭侯に言った。「いま千金の玉の杯があって、底が抜けて通っていたら、水を入れられるでしょうか。」昭侯が言った。「できない。」「素焼きの器で漏れないものなら、酒を入れられるでしょうか。」昭侯が言った。「できる。」答えて言った。「そもそも素焼きの器は至って賤しいものですが、漏れなければ酒を入れられます。千金の玉の杯があって至って貴くても、底がなく漏れては水も入れられません。誰がそこに飲み物を注ぎましょう。いま君主となって臣下の言葉を漏らすのは、底のない玉の杯と同じです。聖智があっても、その術を尽くせないのは、漏れるからです。」昭侯が言った。「そうだ。」昭侯は堂谿公の言葉を聞いて以後、天下の大事を起こそうとするときは必ず独りで寝た。夢に口走って人にその謀りを知られるのを恐れたからである。

一曰:堂谿公見昭侯曰:「今有白玉之巵而無當,有瓦巵而有當。君渴,將何以飲?」君曰:「以瓦巵。」堂谿公曰:「白玉之巵美而君不以飲者,以其無當耶?」君曰:「然。」堂谿公曰:「爲人主而漏泄其羣臣之語,譬猶玉巵之無當。」堂谿公每見而出,昭侯必獨臥,惟恐夢言泄於妻妾。

一説にこう言う。堂谿公が昭侯に会って言った。「いま白玉の杯があって底がなく、素焼きの杯があって底があります。君が渇かれたら、何でお飲みになりますか。」君が言った。「素焼きの杯で飲む。」堂谿公が言った。「白玉の杯は美しいのに君がそれでお飲みにならないのは、底がないからですか。」君が言った。「そうだ。」堂谿公が言った。「君主となって臣下の言葉を漏らすのは、たとえば底のない玉の杯と同じです。」堂谿公が会って出ていくたびに、昭侯は必ず独りで臥した。ただ夢に口走って妻や妾に漏れるのを恐れたからである。

申子曰:「獨視者謂明,獨聽者謂聰。能獨斷者,故可以爲天下主。」

申子が言った。「独りで見る者を明といい、独りで聞く者を聡という。独りで断ずることができるから、天下の主となれるのである。」

三。宋人有酤酒者,升概甚平,遇客甚謹,爲酒甚美,縣幟甚高著,然不售,酒酸。怪其故,問其所知。問長者楊倩,倩曰:「汝狗猛耶?」曰:「狗猛則酒何故而不售?」曰:「人畏焉。或令孺子懷錢挈壺罋而往酤,而狗迓而齕之,此酒所以酸而不售也。」夫國亦有狗,有道之士懷其術而欲以明萬乘之主,大臣爲猛狗迎而齕之,此人主之所以蔽脅,而有道之士所以不用也。故桓公問管仲:「治國最奚患?」對曰:「最患社鼠矣。」公曰:「何患社鼠哉?」對曰:「君亦見夫爲社者乎?樹木而塗之,鼠穿其間,堀穴託其中。燻之則恐焚木,灌之則恐塗阤,此社鼠之所以不得也。今人君之左右,出則爲勢重而收利於民,入則比周而蔽惡於君。内間主之情以告外,外内爲重,諸臣百吏以爲富。吏不誅則亂法,誅之則君不安,據而有之,此亦國之社鼠也。故人臣執柄而擅禁,明爲己者必利,而不爲己者必害,此亦猛狗也。夫大臣爲猛狗而齕有道之士矣,左右又爲社鼠而間主之情,人主不覺。如此,主焉得無壅,國焉得無亡乎?

三。宋の人で酒を売る者があり、升の量りははなはだ平らで、客にはなはだ丁寧に接し、酒をはなはだ美味く造り、旗をはなはだ高く掲げていたが、それでも売れず、酒は酸くなった。その理由を怪しんで知り合いに尋ねた。年長の楊倩に尋ねると、楊倩が言った。「お前の犬は猛いか。」言った。「犬が猛いと、酒がどういう理由で売れないのですか。」言った。「人が怖がるのだ。子どもに銭を懐に入れ壺や甕を持たせて買いに行かせることもあろうに、犬が出迎えて噛みつく。これが酒が酸くなって売れない理由だ。」そもそも国にも犬がある。道のある士がその術を胸に抱いて万乗の君主を明らかにしようとするのに、大臣が猛い犬となって迎えて噛みつく。これが君主が覆われ脅かされる理由であり、道のある士が用いられない理由である。だから桓公が管仲に問うた。「国を治めるのに何が最も患いか。」答えて言った。「社の鼠が最も患いです。」公が言った。「どうして社の鼠を患うのか。」答えて言った。「君もあの社を造るのをご覧になったでしょう。木を立てて土を塗るのですが、鼠がその隙間を穿ち、穴を掘ってその中に住みつきます。燻せば木が焼けるのが心配で、水を注げば塗った土が崩れるのが心配です。これが社の鼠を捕れない理由です。いま君主の側近は、外に出れば勢と重みを作って民から利を取り、内に入れば党を組んで君に悪を覆い隠します。内で君主の心中を窺って外に告げ、内外ともに重みを持つので、諸臣や百官はそれで富みます。その官吏を誅さなければ法が乱れ、誅せば君主が安らかでなく、それに拠って地位を保つのです。これもまた国の社の鼠です。」だから臣下が権柄を握って禁令を恣にし、自分のために働く者は必ず利を得、自分のために働かぬ者は必ず害を受けると明らかに示す。これもまた猛い犬である。そもそも大臣が猛い犬となって道のある士を噛み、側近がまた社の鼠となって君主の心中を窺い、君主はそれに気づかない。こうであれば、君主がどうして塞がれずにいられ、国がどうして滅びずにいられよう。

一曰:宋之酤酒者有莊氏者,其酒常美。或使僕往酤莊氏之酒,其狗齕人,使者不敢往,乃酤佗家之酒。問曰:「何爲不酤莊氏之酒?」對曰:「今日莊氏之酒酸。」故曰:不殺其狗則酒酸。桓公問管仲曰:「治國何患?」對曰:「最苦社鼠。夫社,木而塗之,鼠因自託也。燻之則木焚,灌之則塗陁,此所以苦於社鼠也。今人君左右,出則爲勢重以收利於民,入則比周謾侮蔽惡以欺於君,不誅則亂法,誅之則人主危,據而有之,此亦社鼠也。」故人臣執柄擅禁,明爲己者必利,不爲己者必害,亦猛狗也。故左右爲社鼠,用事者爲猛狗,則術不行矣。

一説にこう言う。宋の酒売りに荘氏という者があり、その酒は常に美味かった。ある者が下僕をやって荘氏の酒を買わせようとしたが、その犬が人に噛みつくので、使いの者はあえて行かず、別の家の酒を買ってきた。問うた。「どうして荘氏の酒を買わなかったのか。」答えて言った。「今日は荘氏の酒が酸いのです。」だから、その犬を殺さなければ酒は酸くなると言う。桓公が管仲に問うた。「国を治めるのに何が患いか。」答えて言った。「社の鼠が最も苦しいものです。そもそも社は木に土を塗ったものですから、鼠はそこに自ら住みつきます。燻せば木が焼け、水を注げば塗った土が崩れます。これが社の鼠に苦しむ理由です。いま君主の側近は、外に出れば勢と重みを作って民から利を取り、内に入れば党を組んで欺き侮り、悪を覆い隠して君を欺きます。誅さなければ法が乱れ、誅せば君主が危うく、それに拠って地位を保つのです。これもまた社の鼠です。」だから臣下が権柄を握って禁令を恣にし、自分のために働く者は必ず利を得、自分のために働かぬ者は必ず害を受けると明らかに示す。これもまた猛い犬である。だから側近が社の鼠となり、政を執る者が猛い犬となれば、術は行われない。

堯欲傳天下於舜。鯀諫曰:「不祥哉!孰以天下而傳之於匹夫乎?」堯不聽,舉兵而誅殺鯀於羽山之郊。共工又諫曰:「孰以天下而傳之於匹夫乎?」堯不聽,又舉兵而誅共工於幽州之都。於是天下莫敢言無傳天下於舜。仲尼聞之曰:「堯之知舜之賢,非其難者也。夫至乎誅諫者必傳之舜,乃其難也。」一曰:「不以其所疑敗其所察則難也。」

堯が天下を舜に伝えようとした。鯀が諫めて言った。「不吉なことです。誰が天下を一介の匹夫に伝えるでしょうか。」堯は聞かず、兵を挙げて羽山の野で鯀を誅殺した。共工がまた諫めて言った。「誰が天下を一介の匹夫に伝えるでしょうか。」堯は聞かず、また兵を挙げて幽州の都で共工を誅した。そこで天下には、舜に天下を伝えるなとあえて言う者がなくなった。仲尼がこれを聞いて言った。「堯が舜の賢を知ったことは、難しいことではない。そもそも諫める者を誅すまでして必ず舜に伝えたことこそが、その難しいところである。」一説にこう言う。「疑わしいもののために、自ら察したところを損なわないのが難しいのである。」

荊莊王有茅門之法曰:「羣臣大夫諸公子入朝,馬蹄踐霤者,廷理斬其輈,戮其御。」於是太子入朝,馬蹄踐霤,廷理斬其輈,戮其御。太子怒,入爲王泣曰:「爲我誅戮廷理。」王曰:「法者,所以敬宗廟,尊社稷。故能立法從令尊敬社稷者,社稷之臣也,焉可誅也?夫犯法廢令不尊敬社稷者,是臣乘君而下尚校也。臣乘君,則主失威;下尚校,則上位危。威失位危,社稷不守,吾將何以遺子孫?」於是太子乃還走,避舍露宿三日,北面再拜請死罪。

楚の荘王に茅門の法があってこう定めていた。「臣下や大夫や公子たちが入朝するとき、馬の蹄が軒の雨落ちを踏んだ者は、廷理がその車の轅を切り、その馭者を殺す。」そのとき太子が入朝し、馬の蹄が雨落ちを踏んだので、廷理はその轅を切り、その馭者を殺した。太子は怒り、入って王に泣いて言った。「私のために廷理を誅し殺してください。」王が言った。「法とは宗廟を敬い社稷を尊ぶためのものだ。だから法を立て令に従って社稷を尊び敬うことができる者は社稷の臣である。どうして誅せよう。そもそも法を犯し令を廃して社稷を尊び敬わないのは、臣が君を乗り越え、下が上と張り合うことを尊ぶことだ。臣が君を乗り越えれば主君は威を失い、下が張り合うことを尊べば上の位が危うくなる。威を失い位が危うくなって社稷を守れなければ、私は何を子孫に遺せばよいのか。」そこで太子は引き返して走り去り、自分の屋敷を避けて三日野宿し、北を向いて二度拝して死罪を願った。

一曰:楚王急召太子。楚國之法,車不得至於茆門。天雨,廷中有潦,太子遂驅車至於茆門。廷理曰:「車不得至茆門。至茆門,非法也。」太子曰:「王召急,不得須無潦。」遂驅之。廷理舉殳而擊其馬,敗其駕。太子入爲王泣曰:「廷中多潦,驅車至茆門,廷理曰『非法也』,舉殳擊臣馬,敗臣駕。王必誅之!」王曰:「前有老主而不踰,後有儲主而不屬,矜矣!是真吾守法之臣也。」乃益爵二級,而開後門出太子。「勿復過。」

一説にこう言う。楚王が急いで太子を召した。楚の国の法では、車は茅門まで来てはならない。雨が降って庭に水が溜まっていたので、太子はとうとう車を駆って茅門まで来た。廷理が言った。「車は茅門まで来てはなりません。茅門まで来るのは法に反します。」太子が言った。「王が急いでお召しだ。水の引くのを待ってはいられない。」そしてそのまま駆けた。廷理は殳を振り上げてその馬を打ち、その車を壊した。太子は入って王に泣いて言った。「庭に水が多かったので、車を駆って茅門まで参りましたところ、廷理が『法に反する』と言って殳を振り上げて臣の馬を打ち、臣の車を壊しました。王は必ずこれを誅してください。」王が言った。「前には老いた主君がいても越えず、後には跡を継ぐ主君がいても付き従わぬ。見事だ。これこそまことに私の法を守る臣である。」そして爵を二級上げ、裏の門を開けて太子を出し、「二度と通るな」と言った。

衛嗣君謂薄疑曰:「子小寡人之國以爲不足仕,則寡人力能仕子,請進爵以子爲上卿。」乃進田萬頃。薄子曰:「疑之母親疑,以疑爲能相萬乘所不窕也。然疑家巫有蔡嫗者,疑母甚愛信之,屬之家事焉。疑智足以信言家事,疑母盡以聽疑也,然已與疑言者,亦必復決之於蔡嫗也。故論疑之智能,以疑爲能相萬乘而不窕也;論其親,則子母之間也,然猶不免議之於蔡嫗也。今疑之於人主也,非子母之親也,而人主皆有蔡嫗。人主之蔡嫗,必其重人也。重人者,能行私者也。夫行私者,繩之外也;而疑之言,法之内也。繩之外與法之内,讎也,不相受也。」

衛の嗣君が薄疑に言った。「そなたが寡人の国を小さいと見て仕えるに足らぬと思うのなら、寡人の力でそなたを仕えさせることができる。爵を進めてそなたを上卿としたい。」そして田一万頃を進めた。薄子が言った。「疑の母は疑をいとおしみ、疑なら万乗の国の相となっても狭くはないと思っております。しかし疑の家の巫女に蔡の媼という者がおり、疑の母はこれをはなはだ愛し信じて、家の事を任せております。疑の智は家の事を確かに申し上げるに足り、疑の母はすべて疑の言うことを聞きますが、疑と話したことも、やはり必ずもう一度蔡の媼のところで決めてしまいます。ですから疑の智と能を論ずれば、疑なら万乗の国の相となっても狭くないと言われ、その親しさを論ずれば、子と母のあいだでありながら、それでも蔡の媼に相談するのを免れません。いま疑の君主に対する関係は、子と母の親しさではありませんし、君主にはみな蔡の媼がおります。君主の蔡の媼は、必ずその権勢の重い臣です。権勢の重い者とは、私を行える者です。そもそも私を行う者は墨縄の外にあり、疑の言は法の内にあります。墨縄の外と法の内とは仇どうしで、互いに受け入れられません。」

一曰:衛君之晉,謂薄疑曰:「吾欲與子皆行。」薄疑曰:「媼也在中,請歸與媼計之。」衛君自請薄媼。薄媼曰:「疑,君之臣也,君有意從之,甚善。」衛君曰:「吾以請之媼,媼許我矣。」薄疑歸,言之媼也,曰:「衛君之愛疑奚與媼?」媼曰:「不如吾愛子也。」「衛君之賢疑奚與媼也?」曰:「不如吾賢子也。」「媼與疑計家事,已決矣,乃請決之於卜者蔡嫗。今衛君從疑而行,雖與疑決計,必與他蔡嫗敗之。如是,則疑不得長爲臣矣。」

一説にこう言う。衛君が晋に行くとき、薄疑に言った。「私はそなたと一緒に行きたい。」薄疑が言った。「母が家におります。帰って母と相談させてください。」衛君は自ら薄の媼に頼んだ。薄の媼が言った。「疑は君の臣です。君が連れて行こうというお心なら、たいへん結構なことです。」衛君が言った。「私が媼に頼んだところ、媼は私に許してくれた。」薄疑は帰って母に言った。「衛君が疑をいとおしむのは、母に比べてどうですか。」母が言った。「私がお前をいとおしむほどではない。」「衛君が疑を賢いとするのは、母に比べてどうですか。」言った。「私がお前を賢いとするほどではない。」「母と疑が家の事を相談してすでに決めても、占い師の蔡の媼のところへ行って決めてしまいます。いま衛君が疑を連れて行き、疑と計を決めたとしても、必ずほかの蔡の媼とともにそれを壊してしまうでしょう。こうであれば、疑は長く臣でいることはできません。」

夫教歌者,使先呼而詘之,其聲反清徵者乃教之。

そもそも歌を教える者は、まず声を出させて抑えさせてみて、その声がかえって清らかな徴の音に合うなら、そこで教える。

一曰:教歌者,先揆以法,疾呼中宮,徐呼中徵。疾不中宮,徐不中徵,不可謂教。

一説にこう言う。歌を教える者は、まず法で測って、速く発すれば宮に合い、ゆっくり発すれば徴に合うかを見る。速く発して宮に合わず、ゆっくり発して徴に合わなければ、教えることはできない。

吳起,衛左氏中人也。使其妻織組而幅狹於度。吳子使更之,其妻曰:「諾。」及成,復度之,果不中度,吳子大怒。其妻對曰:「吾始經之而不可更也。」吳子出之。其妻請其兄而索入。其兄曰:「吳子,爲法者也。其爲法也,且欲以與萬乘致功,必先踐之妻妾然後行之,子毋幾索入矣。」其妻之弟又重於衛君,乃因以衛君之重請吳子。吳子不聽,遂去衛而入荊也。

呉起は衛の左氏の人である。妻に組紐を織らせたところ、幅が定めの寸法より狭かった。呉子が作り直させると、妻は「承知しました」と言った。できあがってもう一度測ると、やはり寸法に合わなかった。呉子は大いに怒った。妻が答えた。「私は初めに経糸を張ってしまいましたので、変えられなかったのです。」呉子は妻を去らせた。妻は自分の兄に頼んで、戻ることを求めた。兄が言った。「呉子は法を行う人だ。その法を行うのは、やがて万乗の国とともに功を成そうとするためで、必ずまず妻や妾に行ってから世に行う。お前は戻ることを望んではならぬ。」妻の弟はまた衛君に重んじられていたので、衛君の重みを借りて呉子に頼んだ。呉子は聞かず、とうとう衛を去って楚に入った。

一曰:吳起示其妻以組曰:「子爲我織組,令之如是。」組已就而效之,其組異善。起曰:「使子爲組,令之如是,而今也異善,何也?」其妻曰:「用財若一也,加務善之。」吳起曰:「非語也。」使之衣歸。其父往請之,吳起曰:「起家無虚言。」

一説にこう言う。呉起が妻に組紐を見せて言った。「そなたは私のために組紐を織り、これと同じにしてくれ。」組紐ができあがって見比べると、その組紐はとりわけ出来がよかった。呉起が言った。「そなたに組紐を織らせ、これと同じにせよと言ったのに、いまはとりわけ出来がよい。なぜか。」妻が言った。「使った材は同じですが、いっそう念を入れてよくしました。」呉起が言った。「言ったとおりではない。」そして衣を着せて実家に帰した。妻の父が出向いて頼むと、呉起は言った。「起の家に空言はありません。」

晉文公問於狐偃曰:「寡人甘肥周於堂,巵酒豆肉集於宮,壺酒不清,生肉不布,殺一牛遍於國中,一歲之功盡以衣士卒,其足以戰民乎?」狐子曰:「不足。」文公曰:「吾㢮關市之征而緩刑罰,其足以戰民乎?」狐子曰:「不足。」文公曰:「吾民之有喪資者,寡人親使郎中視事,有罪者赦之,貧窮不足者與之,其足以戰民乎?」狐子對曰:「不足。此皆所以慎産也;而戰之者,殺之也。民之從公也,爲慎産也,公因而迎殺之,失所以爲從公矣。」曰:「然則何如足以戰民乎?」狐子對曰:「令無得不戰。」公曰:「無得不戰奈何?」狐子對曰:「信賞必罰,其足以戰。」公曰:「刑罰之極安至?」對曰:「不辟親貴,法行所愛。」文公曰:「善。」明日令田於圃陸,期以日中爲期,後期者行軍法焉。於是公有所愛者曰顛頡後期,吏請其罪,文公隕涕而憂。吏曰:「請用事焉。」遂斬顛頡之脊,以徇百姓,以明法之信也。而後百姓皆懼曰:「君於顛頡之貴重如彼甚也,而君猶行法焉,況於我則何有矣!」文公見民之可戰也,於是遂興兵伐原,克之。伐衞,東其畝,取五鹿;攻陽;勝虢;伐曹;南圍鄭,反之陴;罷宋圍;還與荊人戰城濮,大敗荊人,返爲踐土之盟,遂成衡雍之義。一舉而八有攻。所以然者,無他故異物,從狐偃之謀,假顛頡之脊也。

晋の文公が狐偃に問うた。「寡人は甘く脂ののったものを堂に行き渡らせ、杯の酒と皿の肉を宮に集め、壺の酒を澄ませずに置かず、生肉を並べて置かず、牛一頭を殺して国中に行き渡らせ、一年の収穫をすべて兵卒に着せている。これで民を戦わせるに足るか。」狐子が言った。「足りません。」文公が言った。「私は関所と市の税を緩め、刑罰を緩めている。これで民を戦わせるに足るか。」狐子が言った。「足りません。」文公が言った。「私の民で喪のために財を失った者があれば、寡人が自ら郎中をやって世話をさせ、罪のある者は赦し、貧しく窮して足らぬ者には与えている。これで民を戦わせるに足るか。」狐子が答えた。「足りません。これらはみな生を全うさせるためのものですが、戦わせるのは殺すことです。民が公に従うのは生を全うするためですのに、公がそのうえで迎えて殺すのなら、公に従う理由を失います。」言った。「それではどうすれば民を戦わせるに足るのか。」狐子が答えた。「戦わずにはいられないようにされることです。」公が言った。「戦わずにはいられないようにするとはどうするのか。」狐子が答えた。「信をもって賞し必ず罰すれば、戦わせるに足ります。」公が言った。「刑罰の極みはどこまで至るのか。」答えて言った。「親しい者や貴い者を避けず、愛する者に法を行うことです。」文公が言った。「よし。」翌日、圃陸で狩りをすることを命じ、正午を期限と定め、期限に遅れた者には軍法を行うとした。そのとき公の愛する者のうちに顛頡という者がいて期限に遅れた。役人がその罪を願い出ると、文公は涙を落として憂えた。役人が言った。「どうか処断させてください。」そしてとうとう顛頡の背を斬り、百姓に示して回らせ、法の信を明らかにした。その後、百姓はみな怖れて言った。「君は顛頡のあれほどの貴く重い者にさえ法を行われた。まして我らに何の例外があろうか。」文公は民を戦わせられると見て、そこでとうとう兵を興して原を討ち、これに勝った。衛を討ってその畝を東向きにさせ、五鹿を取り、陽を攻め、虢に勝ち、曹を討った。南に鄭を囲んでその城壁を崩し、宋の囲みを解かせ、帰って楚の人と城濮で戦い、楚の人を大いに破った。戻って践土の盟を結び、ついに衡雍の義を成した。一挙に八つの戦果を得た。そうなった理由はほかの何物でもなく、狐偃の謀りに従い、顛頡の背を借りたことである。

夫痤疽之痛也,非刺骨髓,則煩心不可支也;非如是,不能使人以半寸砥石彈之。今人主之於治亦然,非不知有苦則安,欲治其國,非如是不能聽聖知而誅亂臣。亂臣者,必重人;重人者,必人主所甚親愛也。人主所甚親愛也者,是同堅白也。夫以布衣之資,欲以離人主之堅白、所愛,是以解左髀說右髀者,是身必死而說不行者也。

そもそも瘡や癰の痛みは、骨の髄を刺さなければ心が苛立って堪えられない。そうでなければ、人に半寸の砥石でそれを破らせることはできない。いま君主が治めに向かうのもそのとおりである。苦しみがあってこそ安らかになることを知らないのではない。その国を治めようとするなら、こうでなければ聖智の言を聞いて乱れた臣を誅することができないのである。乱れた臣とは必ず権勢の重い者であり、権勢の重い者とは必ず君主がはなはだ親しみ愛する者である。君主がはなはだ親しみ愛する者は、堅と白を一つと見るようなものである。そもそも布衣の資力で君主の堅白と愛する者を引き離そうとするのは、左の腿を切り落としてから右の腿を説くようなもので、身は必ず死んで説は行われない。