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問田

韓非子(韓非の書) 韓非子 · 韓非と後学 · 紀元前3世紀 · 段落 2 · 漢字 448字 · 朗読 1.8分

韓非子(韓非の書) 法家が一堂に集まった書である。商鞅の法と申不害の術と慎到の勢を、韓非が受け継いで一つに編んだ。人は善だから善なのではなく、悪をなしえないから善であると見て、君主が頼るべきは仁ではなく法と術と勢であると説く。 矛盾がここから出た。貫けない盾と貫けないものがない矛を一緒に売る楚の人の話で、堯と舜をともに称えることはできないことを示し、難勢でもう一度、仁と勢をめぐって同じたとえを挙げる。切り株を守って兎を待った宋の人(守株待兎)と、足を二度切られてはじめて玉と認められた和氏の璧も、この書の話である。 語ることの難しさを扱った説難には、龍の喉の下に逆さに生えた鱗の話がある。君主にもそのような鱗があり、触れれば死ぬというのだが、当の韓非自身が秦で獄に捕らわれて死んだ。 存韓には、韓非が秦王に奉った文と、そのすぐ後に李斯が「韓非は韓のために来た者なので、帰してはならない」と奉った文が並べて収められている。一人を死に追いやった文書が、その人の書に一緒に残った。

徐渠問田鳩曰:「臣聞智士不襲下而遇君,聖人不見功而接上。今陽成義渠,明將也,而措於屯伯;公孫亶回,聖相也,而關於州部,何哉?」田鳩曰:「此無他故異物,主有度、上有術之故也。且足下獨不聞楚將宋觚而失其政,魏相馮離而亡其國?二君者驅於聲詞,眩乎辯說,不試於屯伯,不關乎州部,故有失政亡國之患。由是觀之,夫無屯伯之試,州部之關,豈明主之備哉!」

徐渠が田鳩に問うた。「私はこう聞いております。智のある士は下の役を踏まずに君に会い、聖人は功を示さずに上と交わる、と。いま陽成義渠は優れた将でありながら屯伯の役に置かれ、公孫亶回は聖なる相でありながら州や部の役を経させられています。これはなぜですか。」田鳩が言った。「これはほかの何物でもなく、主君に度があり上に術があるからです。それにあなたは、楚が宋觚を将として政を失い、魏が馮離を相としてその国を失ったことをお聞きになりませんか。この二人の君は言葉の響きに押され、弁説に目を眩まされて、屯伯で試さず、州や部を経させなかった。だから政を失い国を失う患いがあったのです。これから見れば、そもそも屯伯での試しも州や部を経ることもないというのが、どうして賢明な君主の備えでありましょうか。」

堂谿公謂韓子曰:「臣聞服禮辭讓,全之術也;修行退智,遂之道也。今先生立法術,設度數,臣竊以爲危於身而殆於軀。何以效之?所聞先生術曰:『楚不用吳起而削亂,秦行商君而富彊。二子之言已當矣,然而吳起支解而商君車裂者,不逢世遇主之患也。』逢遇不可必也,患禍不可斥也。夫舍乎全遂之道而肆乎危殆之行,竊爲先生無取焉。」韓子曰:「臣明先生之言矣。夫治天下之柄,齊民萌之度,甚未易處也。然所以廢先王之教,而行賤臣之所取者,竊以爲立法術,設度數,所以利民萌、便衆庶之道也。故不憚亂主闇上之患禍,而必思以齊民萌之資利者,仁智之行也。憚亂主闇上之患禍,而避乎死亡之害,知明夫身而不見民萌之資利者,貪鄙之爲也。臣不忍嚮貪鄙之爲,不敢傷仁智之行。先生有幸臣之意,然有大傷臣之實。」

堂谿公が韓子に言った。「私はこう聞いております。礼に服し譲ることは身を全うする術であり、行いを修め智を退けることは志を遂げる道である、と。いま先生は法術を立て、度と数を設けておられます。私はひそかに、身に危うく体に危ないことと存じます。何によってそう申すか。聞くところ、先生の術にこうあります。『楚は呉起を用いずに削られ乱れ、秦は商君の法を行って富み強くなった。二人の言はすでに当を得ていたのに、呉起が四肢を裂かれ商君が車裂きにされたのは、世に逢わず主に遇わなかった患いである。』逢い遇うことは必ずしも叶わず、患いや禍は払い除けられません。そもそも身を全うし志を遂げる道を捨てて危うく危ない行いを恣にされる。私はひそかに先生のために取るところがないと存じます。」韓子が言った。「私は先生の言をよく分かっております。そもそも天下を治める権柄、民を斉える度は、まことに身を置きやすいものではありません。しかしながら先王の教えを廃して賤しい臣が取ったところを行う理由は、ひそかに、法術を立て度と数を設けることが民を利し衆庶を便にする道だと考えるからです。だから乱れた主君や暗い上の患いや禍を憚らず、必ず民を斉える資と利を思うのは、仁と智の行いです。乱れた主君や暗い上の患いや禍を憚って死亡の害を避け、自分の身だけを明らかに知って民の資と利を見ないのは、貪り卑しい振る舞いです。私は貪り卑しい振る舞いへ向かうことに忍びず、仁と智の行いを損なうことはあえていたしません。先生には私をいとおしむお心がありますが、実のところは大いに私を損なうものです。」