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八経八經

韓非子(韓非の書) 韓非子 · 韓非と後学 · 紀元前3世紀 · 段落 16 · 漢字 2,279字 · 朗読 9.1分

韓非子(韓非の書) 八經 法家が一堂に集まった書である。商鞅の法と申不害の術と慎到の勢を、韓非が受け継いで一つに編んだ。人は善だから善なのではなく、悪をなしえないから善であると見て、君主が頼るべきは仁ではなく法と術と勢であると説く。 矛盾がここから出た。貫けない盾と貫けないものがない矛を一緒に売る楚の人の話で、堯と舜をともに称えることはできないことを示し、難勢でもう一度、仁と勢をめぐって同じたとえを挙げる。切り株を守って兎を待った宋の人(守株待兎)と、足を二度切られてはじめて玉と認められた和氏の璧も、この書の話である。 語ることの難しさを扱った説難には、龍の喉の下に逆さに生えた鱗の話がある。君主にもそのような鱗があり、触れれば死ぬというのだが、当の韓非自身が秦で獄に捕らわれて死んだ。 存韓には、韓非が秦王に奉った文と、そのすぐ後に李斯が「韓非は韓のために来た者なので、帰してはならない」と奉った文が並べて収められている。一人を死に追いやった文書が、その人の書に一緒に残った。

一。凡治天下,必因人情。人情者,有好惡,故賞罰可用;賞罰可用,則禁令可立而治道具矣。君執柄以處勢,故令行禁止。柄者,殺生之制也;勢者,勝衆之資也。廢置無度則權瀆,賞罰下共則威分。是以明主不懷愛而聽,不留說而計。故聽言不參,則權分乎姦;智力不用,則君窮乎臣。故明主之行制也天,其用人也鬼。天則不非,鬼則不困。勢行教嚴,逆而不違,毁譽一行而不議。故賞賢罰暴,舉善之至者也;賞暴罰賢,舉惡之至者也,是謂賞同罰異。賞莫如厚,使民利之;譽莫如美,使民榮之;誅莫如重,使民畏之;毁莫如惡,使民恥之。然後一行其法,禁誅於私家,不害功罪。賞罰必知之,知之,道盡矣。

一。そもそも天下を治めるには、必ず人の情に従う。人の情には好みと憎みがあるから、賞罰を用いることができる。賞罰を用いることができれば、禁令を立てることができて治めの道が備わる。君は権柄を握って勢に身を置くから、令は行われ禁は止む。権柄とは殺し生かす制であり、勢とは衆に勝つ資である。退け置くことに度がなければ権は汚され、賞罰を下と共にすれば威は分かれる。それゆえ賢明な君主は愛を抱いて聞かず、喜びに留まって計らない。だから言を聞いて照らし合わせなければ権は邪な者に分かれ、智と力を用いなければ君は臣に行き詰まる。だから賢明な君主が制を行うさまは天のようであり、人を用いるさまは鬼のようである。天のようであれば非とすることができず、鬼のようであれば行き詰まらない。勢を行い教えが厳しく、逆らっても背けず、謗りと誉れが一つに行われて議論されない。だから賢者に賞を与え暴の者を罰するのは、善を挙げることの極みであり、暴の者に賞を与え賢者を罰するのは、悪を挙げることの極みである。これを、同じものには賞し異なるものは罰すると言う。賞は厚いに越したことがなく、民にそれを利と思わせる。誉れは美しいに越したことがなく、民にそれを栄誉と思わせる。誅は重いに越したことがなく、民にそれを畏れさせる。謗りは憎むべきであるに越したことがなく、民にそれを恥じさせる。そうしてから一つにその法を行い、私の家で誅し禁ずることを止め、功と罪を損なわない。賞罰を必ず知らせる。知らせれば、道は尽きる。

:因情

情に従うことである。

二。力不敵衆,智不盡物。與其用一人,不如用一國,故智力敵而羣物勝。揣中則私勞,不中則任過。下君盡己之能,中君盡人之力,上君盡人之智。是以事至而結智,一聽而公會。聽不一則後悖於前,後悖於前則愚智不分;不公會則猶豫而不斷,不斷則事留。自取一,則毋墮壑之累。故使之諷,諷定而怒。是以言陳之日,必有筴籍。結智者事發而驗,結能者功見而謀成敗。成敗有徵,賞罰隨之。事成則君收其功,規敗則臣任其罪。君人者合符猶不親,而況於力乎?事智猶不親,而況於懸乎?故其用人也不取同,同則君怒。使人相用則君神,君神則下盡。下盡,則臣上不因君,而主道畢矣。

二。力は衆に敵わず、智は物を尽くせない。一人を用いるのは、一国を用いるのに及ばない。だから智と力で張り合えば、多くの物のほうが勝つ。測って当たれば独りで労し、当たらなければ過ちを負う。下の君は自分の能を尽くし、中の君は人の力を尽くさせ、上の君は人の智を尽くさせる。それゆえ事が至れば智を集め、一つ一つ聞いて公に合わせる。聞くことが一つ一つでなければ後が前と食い違い、後が前と食い違えば愚と智が分かれない。公に合わせなければ躊躇して断じられず、断じられなければ事は滞る。自ら一つを取れば、穴に落ちる累いはない。だから遠回しに言わせ、遠回しの言が定まってから迫る。それゆえ言を並べた日に、必ず記録を取らせる。智を集めた者は事が起これば試され、能を集めた者は功が現れて成敗を測る。成敗に徴があり、賞罰がそれに従う。事が成れば君がその功を収め、謀りが崩れれば臣がその罪を負う。人の君たる者は割り符を合わせることさえ自らしないのに、まして力ならなおさらである。事や智さえ自らしないのに、まして懸けて量ることならなおさらである。だから人を用いるのに同じものを取らない。同じであれば君は怒る。人を互いに用いさせれば君は神妙であり、君が神妙であれば下は尽くす。下が尽くせば、臣は上に向かって君に拠らず、主君の道は完うされる。

:主道

主君の道である。

三。知臣主之異利者王,以爲同者劫,與共事者殺。故明主審公私之分,審利害之地,姦乃無所乘。亂之所生六也:主母,后姬,子姓,弟兄,大臣,顯賢。任吏責臣,主母不放;禮施異等,后姬不疑;分勢不貳,庶適不爭;權籍不失,兄弟不侵;下不一門,大臣不擁;禁賞必行,顯賢不亂。臣有二因,謂外内也。外曰畏,内曰愛。所畏之求得,所愛之言聽,此亂臣之所因也。外國之置諸吏者,結誅親暱重帑,則外不籍矣;爵祿循功,請者俱罪,則内不因矣。外不籍,内不因,則姦宄塞矣。官襲節而進,以至大任,智也。其位至而任大者,以三節持之:曰質,曰鎮,曰固。親戚妻子,質也;爵祿厚而必,鎮也;參伍責怒,固也。賢者止於質,貪饕化於鎮,姦邪窮於固。忍不制則下上,小不除則大誅,而名實當則徑之。生害事,死傷名,則行飲食;不然,而與其讎,此謂除陰姦也。翳曰詭,詭曰易。見功而賞,見罪而罰,而詭乃止。是非不泄,說諫不通,而易乃不用。父兄賢良播出曰遊禍,其患鄰敵多資。僇辱之人近習曰狎賊,其患發忿疑辱之心生。藏怒持罪而不發曰增亂,其患徼幸妄舉之人起。大臣兩重提衡而不踦曰卷禍,其患家隆劫殺之難作。脫易不自神曰彈威,其患賊夫酖毒之亂起。此五患者,人主之不知,則有劫殺之事。廢置之事,生於内則治,生於外則亂。是以明主以功論之内,而以利資之外,故其國治而敵亂。即亂之道,臣憎則起外若眩,臣愛則起内若藥。

三。臣と主の利が異なることを知る者は王となり、同じと思う者は脅かされ、ともに事を執る者は殺される。だから賢明な君主は公と私の分かれを調べ、利と害の在りどころを調べる。邪はそこで乗ずるところがなくなる。乱れが生じるところは六つである。主君の母、后と姫、子の一族、兄弟、大臣、世に顕れた賢者である。吏に任じ臣を責めれば主君の母は恣にならず、礼を施すのに等級を異にすれば后と姫は疑わず、勢を分けるのを二つにしなければ庶子と嫡子は争わず、権と拠りどころを失わなければ兄弟は侵さず、下が一つの門に集まらなければ大臣は抱え込まず、禁と賞が必ず行われれば顕れた賢者は乱さない。臣には二つの拠りどころがあり、外と内を言う。外は畏れ、内は愛である。畏れる相手の求めが通り、愛する者の言が聞かれる。これが乱れた臣が拠るところである。外国が多くの吏を置くことについては、親しく近い者を誅し重い財を押さえておけば外に拠るものがなくなり、爵禄を功に従わせ、取りなしを願う者をともに罪すれば内に拠るものがなくなる。外に拠れず内に拠れなければ、邪な者は塞がれる。官は等級を踏んで進み、大任に至る。これが智である。その位が至り任が大きい者は、三つの要で押さえる。質と鎮と固である。親戚と妻子が質であり、爵禄が厚く必ず与えられるのが鎮であり、照らし合わせて責め迫るのが固である。賢者は質で止まり、貪る者は鎮で化され、邪悪な者は固で行き詰まる。忍んで制しなければ下が上に出て、小さいうちに除かなければ大きな誅となる。名と実が当たっていれば直ちに行う。生かせば事を害し、死なせれば名を傷つけるなら、飲食によって行い、そうでなければその仇に渡す。これを陰の邪を除くと言う。覆い隠すことを詭と言い、詭を易と言う。功を見て賞し罪を見て罰すれば、詭はそこで止む。是非が漏れず、説も諫めも通らなければ、易はそこで用いられない。父や兄や賢良の者が散り出ることを遊禍と言い、その患いは隣の敵に資が多くなることである。誅し辱めた人を身近に馴れさせることを狎賊と言い、その患いは憤りを発し辱めを疑う心が生じることである。怒りを隠し罪を握ったまま発しないことを増乱と言い、その患いはまぐれを狙って当てもなく動く人が立つことである。大臣二人がともに重く秤を提げて傾かないことを巻禍と言い、その患いは家が隆んになり脅かし殺す難が起こることである。軽々しくして自ら神妙でないことを弾威と言い、その患いは賊や毒酒の乱れが起こることである。この五つの患いを君主が知らなければ、脅かされ殺される事が起こる。退け置く事が内から生じれば治まり、外から生じれば乱れる。それゆえ賢明な君主は功で内において論じ、利で外に資を与える。だからその国は治まり敵は乱れる。すなわち乱れの道は、臣を憎めば外で起こすのを目眩ましのようにし、臣を愛すれば内で起こすのを薬を用いるようにすることである。

:起亂

乱れを起こすことである。

四。參伍之道:行叄以謀多,揆伍以責失。行參必拆,揆伍必怒。不拆則瀆上,不怒則相和。拆之徵足以知多寡,怒之前不及其衆。觀聽之勢,其徵在比周而賞異也,誅毋謁而罪同。言會衆端,必揆之以地,謀之以天,驗之以物,叄之以人。四徵者符,乃可以觀矣。參言以知其誠,易視以改其澤,執見以得非常。一用以務近習,重言以懼遠使。舉往以悉其前,即邇以知其内,䟽置以知其外。握明以問所闇,詭使以絶黷泄。倒言以嘗所疑,論反以得陰姦。設諫以綱獨爲,舉錯以觀姦動。明說以誘避過,卑適以觀直諂。宣聞以通未見,作鬬以散朋黨。深一以警衆心,泄異以易其慮。似類則合其參,陳過則明其固。知罪辟罪以止威,陰使時循以省衷,漸更以離通比。下約以侵其上:相室約其廷臣,廷臣約其官屬,軍吏約其兵士,遣使約其行介,縣令約其辟吏,郎中約其左右,后姬約其宮媛。此之謂條達之道。言通事泄,則術不行。

四。三と五で照らし合わせる道はこうである。三を行って多くを謀り、五を測って失を責める。三を行うには必ず分け、五を測るには必ず迫る。分けなければ上を汚し、迫らなければ互いに馴れ合う。分けた徴は多寡を知るに足り、迫るその前にはその衆に及ばない。観て聴く形勢は、その徴が党を組むことにあるから、別の者に賞を与え、申し出ないことを誅して罪を同じくする。言は多くの端を集め、必ずそれを地で測り、天で謀り、物で試し、人で照らし合わせる。四つの徴が割り符のように合えば、そこで見ることができる。言を照らし合わせてその誠を知り、見るものを替えてその潤いを改め、見たものを握って常ならぬものを得る。一つを用いて身近に馴れた者に当たり、言を重くして遠くの使者を畏れさせる。過ぎたことを挙げてその以前を知り尽くし、近くに寄ってその内を知り、疎くに置いてその外を知る。明らかなものを握って暗いところを問い、偽って使って汚い漏れを断つ。言を逆にして疑わしいところを試し、論を裏返して陰の邪を得る。諫めを設けて独りの振る舞いを綱にかけ、挙げたり措いたりして邪な動きを見る。明らかに言って過ちを避けるように誘い、身を低くして合わせて直と諂いを見る。聞こえるように広めて見えなかったものを通じさせ、争いを起こして朋党を散らす。一つを深くして衆の心を驚かせ、異なるものを漏らしてその考えを変えさせる。似通っていればその照らし合わせを合わせ、過ちを並べてその固さを明らかにする。罪を知りながら罪を避けさせて威を止め、ひそかに人を使って時々巡らせて内心を調べ、次第に入れ替えて通じ合い党を組むのを引き離す。下を縛ってその上を侵させる。相室は廷臣を縛り、廷臣はその属官を縛り、軍の吏はその兵士を縛り、使者はその随行を縛り、県令はその属吏を縛り、郎中はその側近を縛り、后と姫はその宮女を縛る。これを枝が伸びて通じる道と言う。言が通じ事が漏れれば、術は行われない。

:立道

道を立てることである。

五。明主,其務在周密。是以喜見則德償,怒見則威分。故明王之言隔塞而不通,周密而不見。故以一得十者,下道也;以十得一者,上道也。明主兼行上下,故姦無所失。伍、閭、連、縣而鄰,謁過賞,失過誅,上之於下、下之於上亦然。是故上下貴賤相畏以法,相誨以利。民之性,有生之實,有生之名。爲君者有賢知之名,有賞罰之實。名實俱至,故福善必聞矣。

五。賢明な君主は、その努めが緻密で隠れていることにある。それゆえ喜びが現れれば徳が返され、怒りが現れれば威が分かれる。だから賢明な王の言は塞がって通らず、緻密で現れない。だから一つで十を得るのは下の道であり、十で一つを得るのは上の道である。賢明な君主は上と下を兼ねて行うから、邪に抜け道がない。五戸と里と隣里と県とが隣り合い、過ちを申し出れば賞され、過ちを見逃せば誅される。上が下に対しても、下が上に対してもそうである。それゆえ上と下、貴と賤が互いに法で畏れ合い、互いに利で教え合う。民の性には、生の実があり、生の名がある。君たる者には、賢で智という名があり、賞罰の実がある。名と実がともに至るから、福と善は必ず耳に入る。

:參言

言を照らし合わせることである。

六。聽不參,則無以責下;言不督乎用,則邪說當上。言之爲物也以多信,不然之物,十人云疑,百人然乎,千人不可解也。吶者言之疑,辯者言之信。姦之食上也,取資乎衆,籍信乎辯,而以類飾其私。人主不饜忿而待合參,其勢資下也。有道之主聽言,督其用,課其功,功課而賞罰生焉,故無用之辯不留朝。任事者知不足以治職,則官收。說大而誇則窮端,故姦得而怒。無故而不當爲誣,誣而罪臣。言必有報,說必責用也,故朋黨之言不上聞。凡聽之道,人臣忠論以聞姦,博論以内一,人主不智則姦得資。明主之道,己喜則求其所納,己怒則察其所搆,論於已變之後,以得毁譽公私之徵。衆諫以效智故,使君自取一以避罪,故衆之諫也敗。君之取也,無副言於上以設將然,令符言於後以知謾誠語。明主之道,臣不得兩諫,必任其一語;不得擅行,必合其參,故姦無道進矣。

六。聞くことを照らし合わせなければ下を責めるすべがなく、言を用によって督さなければ邪な説が上に当たる。言というものは多さで信じられるようになるもので、そうでない事でも、十人が言えば疑い、百人が言えばそうかと思い、千人が言えば解けなくなる。口ごもる者は言が疑わしく、弁の立つ者は言が信じられる。邪な者が上を食いものにするのは、衆から資を取り、弁で信を借り、似通った例で自分の私を飾るのである。君主が憤りを抑えきれずに照らし合わせを待たないなら、その形勢は下に資を与えることである。道のある主君は言を聞けばその用を督し、その功を評する。功を評すれば賞罰がそこから出るから、役に立たぬ弁は朝廷に留まらない。事を任された者の智がその職を治めるに足りなければ、官を取り上げる。言が大きく誇っていれば、その端を詰める。だから邪が掴めて責める。理由もなく当を得ていないのを偽りと言い、偽れば臣を罪する。言には必ず報いがあり、説には必ず用を責めるから、朋党の言は上の耳に届かない。そもそも聞く道は、臣が忠から論じて邪を申し上げ、博く論じて一つに収めさせることである。君主が智でなければ邪は資を得る。賢明な君主の道は、自分が喜べばその吹き込まれたところを探り、自分が怒ればその仕組まれたところを調べ、すでに変わった後に論じて、謗りと誉れ、公と私の徴を得る。衆が諫めて智と理由を献じ、君に自ら一つを取らせて罪を避けようとする。だから衆の諫めは失敗となる。君の取り方は、上であらかじめ別の言を置いてそうなるように仕組むのではなく、後に言を突き合わせさせて偽りと誠を知るのである。賢明な君主の道では、臣は二通りに諫めることができず、必ずその一つの言に任され、勝手に行うことができず、必ずその照らし合わせに合わせる。だから邪は進み出る道がない。

:聽法

聞くことの法である。

七。官之重也,毋法也;法之息也,上闇也。上闇無度,則官擅爲;官擅爲,故奉重無前;奉重無前,則徵多,徵多故富。官之富重也,亂功之所生也。明主之道取於任,賢於官,賞於功。言程,主喜,俱必利;不當,主怒,俱必害,則人不私父兄而進其仇讎。勢足以行法,奉足以給事,而私無所生,故民勞苦而輕官。任事者毋重,使其寵必在爵;處官者毋私,使其利必在祿,故民尊爵而重祿。爵祿所以賞也,民重所以賞也,則國治。刑之煩也,名之繆也,賞譽不當則民疑,民之重名與其重賞也均。賞者有誹焉,不足以勸;罰者有譽焉,不足以禁。明主之道,賞必出乎公利,名必在乎爲上。賞譽同軌,非誅俱行。然則民無榮於賞之内。有重罰者必有惡名,故民畏。罰所以禁也,民畏所以禁,則國治矣。

七。官が重くなるのは法がないからであり、法が絶えるのは上が暗いからである。上が暗く度がなければ官は勝手に行い、官が勝手に行うから受け取るものが前例なく重くなり、受け取るものが前例なく重くなれば取り立てが多くなり、取り立てが多いから富む。官が富み重くなることは、乱れた功が生じるところである。賢明な君主の道は、任から取り、官において賢を見、功において賞する。言を測って主君が喜べばともに必ず利があり、当を得ずに主君が怒ればともに必ず害がある。そうであれば人は父や兄を私せず、自分の仇をも進ませる。勢が法を行うに足り、受け取るものが務めに充てるに足って、私が生じるところがない。だから民は労苦しても官を軽んじる。事を任された者に重みを持たせず、その寵が必ず爵にあるようにし、官に就いた者に私をさせず、その利が必ず禄にあるようにする。だから民は爵を尊び禄を重んじる。爵禄は賞するためのものであり、民が賞するものを重んじれば国は治まる。刑が煩わしくなり名が狂うのは、賞と誉が当を得なければ民が疑うからである。民が名を重んじることは、賞を重んじることと等しい。賞される者に謗りがあれば励ますに足らず、罰される者に誉れがあれば禁ずるに足らない。賢明な君主の道では、賞は必ず公の利から出て、名は必ず上のために働くことにある。賞と誉が軌を同じくし、非と誅がともに行われる。そうであれば民は賞の外で栄えるものがない。重く罰された者には必ず悪い名がつくから、民は畏れる。罰は禁ずるためのものであり、民が禁ずるものを畏れれば国は治まる。

:類柄

権柄の類である。

八。行義示則主威分,慈仁聽則法制毁。民以制畏上,而上以勢卑下,故下肆很觸而榮於輕君之俗,則主威分。民以法難犯上,而上以法撓慈仁,故下明愛施而務賕納之政,是以法令隳。尊私行以貳主威,行賕納以疑法,聽之則亂治,不聽則謗主,故君輕乎位而法亂乎官,此之謂無常之國。明主之道,臣不得以行義成榮,不得以家利爲功;功名所生,必出於官法。法之所外,雖有難行,不以顯焉,故民無以私名。設法度以齊民,信賞罰以盡民能,明誹譽以勸沮。名號、賞罰、法令三隅。故大臣有行則尊君,百姓有功則利上,此之謂有道之國也。

八。義を行うことを見せれば主君の威は分かれ、慈しみと仁に耳を傾ければ法制は崩れる。民は制で上を畏れているのに、上が勢で下に身を低くすれば、下は恣に荒々しく突っかかり、君を軽んじる習いを栄誉とする。だから主君の威は分かれる。民は法で上を犯しにくくしているのに、上が法を慈しみと仁で揺さぶれば、下は愛と施しを看板にして賄賂を納める政に努める。それゆえ法令は崩れる。私の行いを尊んで主君の威を二つにし、賄賂を行って法を疑わしくする。それを聞き入れれば治めが乱れ、聞き入れなければ主君を謗る。だから君は位において軽くなり、法は官において乱れる。これを常のない国と言う。賢明な君主の道では、臣は義を行うことで栄えを成せず、家の利を功とできず、功と名が生じるところは必ず官の法から出る。法の外のものは、行い難いことであっても、それで世に出させない。だから民は私の名を得るすべがない。法度を設けて民を斉え、賞罰に信を置いて民の能を尽くさせ、謗りと誉れを明らかにして励まし止める。名号、賞罰、法令が三つの隅となる。だから大臣に行いがあれば君を尊び、百姓に功があれば上を利する。これを道のある国と言う。

:主威

主君の威である。