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五蠹

韓非子(韓非の書) 韓非子 · 韓非と後学 · 紀元前3世紀 · 段落 18 · 漢字 4,238字 · 朗読 17.0分

韓非子(韓非の書) 法家が一堂に集まった書である。商鞅の法と申不害の術と慎到の勢を、韓非が受け継いで一つに編んだ。人は善だから善なのではなく、悪をなしえないから善であると見て、君主が頼るべきは仁ではなく法と術と勢であると説く。 矛盾がここから出た。貫けない盾と貫けないものがない矛を一緒に売る楚の人の話で、堯と舜をともに称えることはできないことを示し、難勢でもう一度、仁と勢をめぐって同じたとえを挙げる。切り株を守って兎を待った宋の人(守株待兎)と、足を二度切られてはじめて玉と認められた和氏の璧も、この書の話である。 語ることの難しさを扱った説難には、龍の喉の下に逆さに生えた鱗の話がある。君主にもそのような鱗があり、触れれば死ぬというのだが、当の韓非自身が秦で獄に捕らわれて死んだ。 存韓には、韓非が秦王に奉った文と、そのすぐ後に李斯が「韓非は韓のために来た者なので、帰してはならない」と奉った文が並べて収められている。一人を死に追いやった文書が、その人の書に一緒に残った。

上古之世,人民少而禽獸衆,人民不勝禽獸蟲蛇。有聖人作,搆木爲巢以避羣害,而民悅之,使王天下,號曰有巢氏。民食果蓏蜯蛤,腥臊惡臭而傷害腹胃,民多疾病。有聖人作,鑽燧取火以化腥臊,而民說之,使王天下,號之曰燧人氏。中古之世,天下大水,而鯀、禹決瀆。近古之世,桀、紂暴亂,而湯、武征伐。今有搆木鑽燧於夏后氏之世者,必爲鯀、禹笑矣;有決瀆於殷、周之世者,必爲湯、武笑矣。然則今有美堯、舜、湯、武、禹之道於當今之世者,必爲新聖笑矣。是以聖人不期脩古,不法常可,論世之事,因爲之備。宋人有耕田者,田中有株,兔走觸株,折頸而死,因釋其耒而守株,冀復得兔,兔不可復得,而身爲宋國笑。今欲以先王之政,治當世之民,皆守株之類也。

はるかな上古の世では、人が少なく鳥獣が多く、人は鳥獣や虫や蛇に勝てなかった。聖人が出て、木を組んで巣を作り多くの害を避けさせたので、民は喜んで天下に王とし、有巣氏と呼んだ。民は木の実や蚌や蛤を食べていたので、生臭く脂臭い悪い匂いが腹と胃を損ない、民は多く病んだ。聖人が出て、燧を鑽って火を得、生臭く脂臭いものを変えたので、民は喜んで天下に王とし、燧人氏と呼んだ。中ほどの古の世では、天下に大水が出て、鯀と禹が溝を切り開いた。近い古の世では、桀と紂が暴れ乱れ、湯と武王が討った。いま夏后氏の世に木を組み燧を鑽る者があれば、必ず鯀や禹に笑われる。殷や周の世に溝を切り開く者があれば、必ず湯や武王に笑われる。それなら、いま当世において堯・舜・湯・武・禹の道を美しいとする者があれば、必ず新しい聖人に笑われる。それゆえ聖人は古を修めることを期せず、常に正しいとされるものを倣わず、世の事を論じてそれに応じた備えをする。宋の人で田を耕す者があり、田の中に切り株があった。兎が走って切り株にぶつかり、首を折って死んだので、そこで鋤を放り出して切り株を見張り、また兎が得られることを願った。兎は二度と得られず、身は宋の国の笑いものとなった。いま先王の政で当世の民を治めようとするのは、みな切り株を見張る類である。

古者丈夫不耕,草木之實足食也;婦人不織,禽獸之皮足衣也。不事力而養足,人民少而財有餘,故民不爭。是以厚賞不行,重罰不用,而民自治。今人有五子不爲多,子又有五子,大父未死而有二十五孫。是以人民衆而貨財寡,事力勞而供養薄,故民爭,雖倍賞累罰而不免於亂。

古は男が耕さなくても草木の実が食うに足り、女が織らなくても鳥獣の皮が着るに足りた。力を事としなくても養いが足り、人が少なくて財に余りがあったから、民は争わなかった。それゆえ厚い賞を行わず重い罰を用いなくても、民は自ずと治まった。いま人は子が五人いても多いとは言わず、その子がまた五人の子を持つから、祖父が死ぬ前に孫が二十五人になる。それゆえ人は多く財貨は少なく、力を尽くして働いても得るものは薄い。だから民は争う。賞を倍にし罰を重ねても、乱れを免れない。

堯之王天下也,茅茨不翦,采椽不斵;糲粢之食,䔧藿之羹;冬日麑裘,夏日葛衣,雖監門之服養,不虧於此矣。禹之王天下也,身執耒臿以爲民先,股無胈,脛不生毛,雖臣虜之勞,不苦於此矣。以是言之,夫古之讓天子者,是去監門之養而離臣虜之勞也,古傳天下而不足多也。今之縣令,一日身死,子孫累世絜駕,故人重之。是以人之於讓也,輕辭古之天子,難去今之縣令者,薄厚之實異也。夫山居而谷汲者,膢臘而相遺以水;澤居苦水者,買庸而決竇。故饑歲之春,幼弟不饟;穰歲之秋,䟽客必食。非疏骨肉愛過客也,多少之實異也。是以古之易財,非仁也,財多也;今之爭奪,非鄙也,財寡也。輕辭天子,非高也,勢薄也;爭士槖,非下也,權重也。故聖人議多少、論薄厚爲之政。故罰薄不爲慈,誅嚴不爲戾,稱俗而行也。故事因於世,而備適於事。

堯が天下に王であったとき、茅の屋根は刈り揃えず、櫟の垂木は削らず、挽き割りの飯と、あかざや豆の葉の汁を食べ、冬は鹿の子の皮衣、夏は葛の衣であった。門番の着る物や養いでも、これより劣ってはいない。禹が天下に王であったとき、自ら鋤と鋤先を手にして民の先に立ち、股に肉がなく、脛に毛が生えなかった。臣や奴僕の労苦でも、これより苦しくはない。これによって言えば、そもそも古に天子を譲った者は、門番の養いを捨て、臣や奴僕の労苦を離れたのである。古に天下を譲り伝えたことは、大いに称えるに足らない。いまの県令は、一日で身が死んでも子孫が代々車に乗る。だから人はそれを重んじる。それゆえ人は譲ることについて、古の天子は軽々と辞すのに、いまの県令は手放しがたいとする。薄さと厚さの実が違うからである。そもそも山に住んで谷から水を汲む者は、膢や臘の祭りに互いに水を贈り合う。沢に住んで水に苦しむ者は、人を雇って溝を切る。だから飢えた年の春には年少の弟にも食べさせず、豊かな年の秋には縁の薄い客にも必ず食べさせる。骨肉を疎んじ行きずりの客をいとおしむのではない。多いか少ないかの実が違うのである。それゆえ古に財を軽んじたのは仁だからではなく、財が多かったからである。いま争い奪うのは卑しいからではなく、財が少ないからである。天子を軽々と辞したのは高潔だからではなく、勢が薄かったからである。官の席を争うのは下劣だからではなく、権が重いからである。だから聖人は多少を議し、薄厚を論じて政を行う。だから罰が薄くても慈しみとはせず、誅が厳しくても酷いとはしない。俗に見合わせて行うのである。だから事は世に拠り、備えは事に合わせる。

夾注 1

底本の「爭士槖」は古注の分かれるところである。ここでは「官の席を争う」と読んだ。 ― 訳者

古者文王處豐、鎬之間,地方百里,行仁義而懷西戎,遂王天下。徐偃王處漢東,地方五百里,行仁義,割地而朝者三十有六國。荊文王恐其害己也,舉兵伐徐,遂滅之。故文王行仁義而王天下,偃王行仁義而喪其國,是仁義用於古不用於今也。故曰:世異則事異。當舜之時,有苗不服,禹將伐之。舜曰:「不可。上德不厚而行武,非道也。」乃修教三年,執干戚舞,有苗乃服。共工之戰,鐵銛短者及乎敵,鎧甲不堅者傷乎體。是干戚用於古不用於今也。故曰:事異則備變。上古競於道德,中世逐於智謀,當今爭於氣力。齊將攻魯,魯使子貢說之。齊人曰:「子言非不辯也,吾所欲者土地也,非斯言所謂也。」遂舉兵伐魯,去門十里以爲界。故偃王仁義而徐亡,子貢辯智而魯削。以是言之,夫仁義辯智,非所以持國也。去偃王之仁,息子貢之智,循徐、魯之力使敵萬乘,則齊、荊之欲不得行於二國矣。

古、文王は豊と鎬のあいだに居て、地は四方百里であったが、仁義を行って西戎を懐かせ、ついに天下に王となった。徐の偃王は漢水の東に居て、地は四方五百里であったが、仁義を行って、地を割いて朝貢する国が三十六国あった。楚の文王は彼が自分を害することを恐れ、兵を挙げて徐を討ち、ついにこれを滅ぼした。だから文王は仁義を行って天下に王となり、偃王は仁義を行ってその国を失った。これは仁義が古には用いられて今には用いられないということである。だから言う、世が異なれば事も異なる。舜の時、有苗が服さなかったので禹が討とうとした。舜が言った。「ならぬ。上の徳が厚くないのに武を行うのは道ではない。」そこで教えを三年修め、盾と斧を執って舞ったところ、有苗はそこで服した。共工の戦では、鉄の刃先が短い者は敵に身を近づけることになり、鎧が堅くない者は体を傷つけた。これは盾と斧が古には用いられて今には用いられないということである。だから言う、事が異なれば備えも変わる。はるかな上古は道徳を競い、中ほどの世は智謀を追い、今は気力を争う。斉が魯を攻めようとしたとき、魯は子貢を遣わして説かせた。斉の人が言った。「あなたの言は弁が立たないわけではない。しかし私の望むものは土地であって、その言の説くところではない。」そしてとうとう兵を挙げて魯を討ち、城門から十里のところを境とした。だから偃王は仁義でありながら徐は滅び、子貢は弁も智もありながら魯は削られた。これによって言えば、そもそも仁義や弁智は国を保つ元ではない。偃王の仁を捨て、子貢の智をやめ、徐と魯の力に拠って万乗に当たったなら、斉と楚の望みは二国において行われなかったであろう。

夫古今異俗,新故異備。如欲以寛緩之政,治急世之民,猶無轡策而御駻馬,此不知之患也。今儒、墨皆稱先王兼愛天下,則視民如父母。何以明其然也?曰:「司寇行刑,君爲之不舉樂;聞死刑之報,君爲流涕。」此所舉先王也。夫以君臣爲如父子則必治,推是言之,是無亂父子也。人之情性莫先於父母,皆見愛而未必治也,雖厚愛矣,奚遽不亂?今先王之愛民,不過父母之愛子,子未必不亂也,則民奚遽治哉?且夫以法行刑,而君爲之流涕,此以效仁,非以爲治也。夫垂泣不欲刑者,仁也;然而不可不刑者,法也。先王勝其法,不聽其泣,則仁之不可以爲治亦明矣。

そもそも古と今は俗が異なり、新と旧は備えが異なる。もし寛やかで緩やかな政で急な世の民を治めようとするなら、手綱も鞭もなしに荒い馬を御するようなもので、これは知らないことの弊害である。いま儒家と墨家はいずれも、先王は天下をあまねく愛し、民を見るのに父母のようであったと称える。何によってそれを明らかにするか。こう言う。「司寇が刑を執行すれば、君はそのために音楽を奏させず、死刑の報せを聞けば、君は涙を流した。」これが彼らが持ち出す先王である。そもそも君臣が父子のようであれば必ず治まると言うのだから、この言を推せば、乱れる父子はいないということになる。人の情と性において父母に先立つものはなく、みな愛されているのに必ず治まるわけではない。愛が厚くても、どうしてすぐ乱れずにいられよう。いま先王が民をいとおしむことは父母が子をいとおしむことを越えないのに、子が必ず乱れないわけではない。それなら民がどうしてすぐ治まろうか。しかもそもそも法によって刑を行いながら君がそのために涙を流すのは、仁を示すことであって、治めとすることではない。そもそも涙を垂れて刑したくないと思うのは仁であり、それでも刑さずにいられないのは法である。先王はその法を勝たせてその泣くことに従わなかった。それなら仁で治めとすることができないことも、また明らかである。

且民者固服於勢,寡能懷於義。仲尼,天下聖人也,脩行明道以游海内,海内說其仁、美其義而爲服役者七十人。蓋貴仁者寡,能義者難也。故以天下之大,而爲服役者七十人,而仁義者一人。魯哀公,下主也,南面君國,境内之民莫敢不臣。民者固服於勢,勢誠易以服人,故仲尼反爲臣而哀公顧爲君。仲尼非懷其義,服其勢也。故以義則仲尼不服於哀公,乘勢則哀公臣仲尼。今學者之說人主也,不乘必勝之勢,而務行仁義則可以王,是求人主之必及仲尼,而以世之凡民皆如列徒,此必不得之數也。

しかも民はもとより勢に服するもので、義に心を寄せられる者は少ない。仲尼は天下の聖人で、行いを修め道を明らかにして海内を巡ったが、海内でその仁を喜びその義を美しいとして服し仕えた者は七十人であった。おそらく仁を貴ぶ者は少なく、義を行いうる者は難しいからである。だから天下の大きさをもってしても、服し仕えた者が七十人、仁義の者は一人であった。魯の哀公は劣った主君であるが、南面して国に君たると、領内の民であえて臣とならぬ者はなかった。民はもとより勢に服する。勢はまことに人を服させやすいから、仲尼がかえって臣となり哀公がかえって君となった。仲尼はその義に心を寄せたのではなく、その勢に服したのである。だから義でいけば仲尼は哀公に服さず、勢に乗れば哀公が仲尼を臣とする。いま学者が君主に説くのは、必ず勝つ勢に乗らずに仁義を行うことに努めれば王となれるということである。これは君主が必ず仲尼に及ぶことを求め、世の並の民がみな彼の門弟のようであることを求めることであって、必ず得られない見込みである。

今有不才之子,父母怒之弗爲改,鄉人譙之弗爲動,師長教之弗爲變。夫以父母之愛、鄉人之行、師長之智,三美加焉,而終不動,其脛毛不改。州部之吏,操官兵,推公法,而求索姦人,然後恐懼,變其節,易其行矣。故父母之愛不足以教子,必待州部之嚴刑者,民固驕於愛、聽於威矣。故十仞之城,樓季弗能踰者,峭也;千仞之山,跛牂易牧者,夷也。故明王峭其法而嚴其刑也。布帛尋常,庸人不釋;鑠金百溢,盜跖不掇。不必害則不釋尋常,必害手則不掇百溢,故明主必其誅也。是以賞莫如厚而信,使民利之;罰莫如重而必,使民畏之;法莫如一而固,使民知之。故主施賞不遷,行誅無赦,譽輔其賞,毁隨其罰,則賢、不肖俱盡其力矣。

いま才のない子があり、父母が怒っても改めず、村の人が責めても動かず、師が教えても変わらない。そもそも父母の愛、村の人の働きかけ、師の智という三つの美しいものを加えても、ついに動かず、その脛の毛一本も改めない。州や部の吏が官の兵器を手にし公の法を押し立てて邪な者を探し出してからようやく怖れ、その節を変えその行いを改める。だから父母の愛は子を教えるに足らず、必ず州や部の厳しい刑を待つのである。民はもとより愛には驕り、威には聞き従う。だから十仞の城を楼季が越えられないのは、切り立っているからである。千仞の山で足の悪い羊を容易に牧せるのは、平らだからである。だから賢明な王はその法を切り立たせ、その刑を厳しくする。わずかな布や絹を凡人は手放さず、溶かした金百溢を盗跖も拾わない。必ず害がなければわずかなものも手放さず、必ず手を害するなら金百溢も拾わない。だから賢明な君主はその誅を必ず行う。それゆえ賞は厚くて信があるに越したことがなく、民にそれを利と思わせる。罰は重くて必ず行われるに越したことがなく、民にそれを畏れさせる。法は一つで固いに越したことがなく、民にそれを知らせる。だから主君が賞を施して移さず、誅を行って赦しがなく、誉れがその賞を助け、謗りがその罰に伴えば、賢も不肖もともにその力を尽くす。

今則不然,以其有功也爵之,而卑其士官也;以其耕作也賞之,而少其家業也;以其不收也外之,而高其輕世也;以其犯禁也罪之,而多其有勇也。毁譽、賞罰之所加者,相與悖繆也,故法禁壞而民愈亂。今兄弟被侵,必攻者,廉也;知友被辱,隨仇者,貞也。廉貞之行成,而君上之法犯矣。人主尊貞廉之行,而忘犯禁之罪,故民程於勇,而吏不能勝也。不事力而衣食,則謂之能;不戰功而尊,則謂之賢。賢能之行成,而兵弱而地荒矣。人主說賢能之行,而忘兵弱地荒之禍,則私行立而公利滅矣。

いまはそうではない。功があるからと爵を与えておきながら、その官仕えを低く見る。耕作したからと賞を与えておきながら、その家業をつまらぬものとする。登用に応じないからと退けておきながら、その世を軽んじることを高いとする。禁を犯したからと罪しておきながら、その勇があることを立派だとする。謗りと誉れ、賞と罰が加わるところが互いに食い違っているから、法と禁は崩れ民はいよいよ乱れる。いま兄弟が侵されれば必ず攻めるのを廉と言い、知友が辱められれば仇を追うのを貞と言う。廉と貞の行いが成れば、君上の法が犯される。君主が貞廉の行いを尊んで禁を犯した罪を忘れるから、民は勇を競い、吏は押さえきれない。力を事とせずに着て食えば能があると言われ、戦って功を立てずに尊くなれば賢だと言われる。賢能とされる行いが成れば、兵は弱り地は荒れる。君主が賢能とされる行いを喜んで、兵が弱り地が荒れる禍を忘れれば、私の行いが立って公の利は滅びる。

儒以文亂法,俠以武犯禁,而人主兼禮之,此所以亂也。夫離法者罪,而諸先生以文學取;犯禁者誅,而羣俠以私劒養。故法之所非,君之所取;吏之所誅,上之所養也。法、趣、上、下,四相反也,而無所定,雖有十黄帝不能治也。故行仁義者非所譽,譽之則害功;文學者非所用,用之則亂法。楚之有直躬,其父竊羊,而謁之吏。令尹曰:「殺之!」以爲直於君而曲於父,報而罪之。以是觀之,夫君之直臣,父之暴子也。魯人從君戰,三戰三北。仲尼問其故,對曰:「吾有老父,身死莫之養也。」仲尼以爲孝,舉而上之。以是觀之,夫父之孝子,君之背臣也。故令尹誅而楚姦不上聞,仲尼賞而魯民易降北。上下之利,若是其異也,而人主兼舉匹夫之行,而求致社稷之福,必不幾矣。

儒者は文で法を乱し、俠は武で禁を犯すのに、君主は両方を礼遇する。これが乱れる理由である。そもそも法を離れた者は罪であるのに、諸先生は学問で採られる。禁を犯した者は誅されるのに、俠の群れは私の剣で養われる。だから法が非とするものを君が採り、吏が誅するものを上が養う。法と趣旨と上と下の四つが互いに相反し、定まるところがない。十人の黄帝がいても治められない。だから仁義を行う者は誉めるべき相手ではない。誉めれば功を害する。学問をする者は用いるべき相手ではない。用いれば法を乱す。楚に直躬という者があり、その父が羊を盗んだので、吏に申し出た。令尹が言った。「殺せ。」君に対して直で父に対して曲であるとして、捕らえて罪した。これによって見れば、そもそも君の直な臣は父の荒い子である。魯の人が君に従って戦い、三度戦って三度逃げた。仲尼がその理由を問うと、答えて言った。「私には老いた父があり、身が死んでは養う者がいません。」仲尼は孝だとして、挙げて上に推した。これによって見れば、そもそも父の孝子は君に背く臣である。だから令尹が誅して楚の邪は上に聞こえなくなり、仲尼が賞して魯の民は容易に降り逃げるようになった。上と下の利がこれほど異なるのに、君主が匹夫の行いを併せて挙げながら社稷の福を招こうとするのは、必ず見込みがない。

古者蒼頡之作書也,自環者謂之私,背私謂之公,公私之相背也,乃蒼頡固以知之矣。今以爲同利者,不察之患也。然則爲匹夫計者,莫如修行義而習文學。行義修則見信,見信則受事;文學習則爲明師,爲明師則顯榮,此匹夫之美也。然則無功而受事,無爵而顯榮,爲有政如此,則國必亂、主必危矣。故不相容之事,不兩立也。斬敵者受賞,而高慈惠之行;拔城者受爵祿,而信廉愛之說;堅甲厲兵以備難,而美薦紳之飾;富國以農,距敵恃卒,而貴文學之士;廢敬上畏法之民,而養遊俠私劒之屬。舉行如此,治强不可得也。國平養儒俠,難至用介士,所利非所用,所用非所利。是故服事者簡其業,而游學者日衆,是世之所以亂也。

古、蒼頡が文字を作ったとき、自ら囲んだものを私と言い、私に背くものを公と言った。公と私が互いに背くことを、蒼頡はもとより知っていたのである。いま利を同じくすると考えるのは、吟味しないことの弊害である。それでは匹夫のために計る者は、行いと義を修め学問を習うに越したことはない。行いと義が修まれば信を得、信を得れば事を受ける。学問が身につけば明らかな師となり、明らかな師となれば顕れ栄える。これが匹夫の美しさである。それでは功なしに事を受け、爵なしに顕れ栄えることになる。政がこうであれば、国は必ず乱れ主君は必ず危うい。だから互いに容れない事は、両立しない。敵を斬った者が賞を受けるのに慈恵の行いを高くし、城を抜いた者が爵禄を受けるのに廉愛の説を信じ、甲を堅くし兵器を研いで難に備えながら笏を挿した飾りを美しいとし、農で国を富ませ兵卒で敵を防ぎながら学問の士を貴び、上を敬い法を畏れる民を退けて、遊俠や私剣の輩を養う。振る舞いがこうであれば、治まりと強さは得られない。国が平らかなときは儒者と俠を養い、難が至れば甲を着た兵を用いる。利を与えた相手が用いる相手ではなく、用いる相手が利を与えた相手ではない。それゆえ務めに服する者はその業をおろそかにし、遊学する者が日ごとに多くなる。これが世が乱れる理由である。

且世之所謂賢者,貞信之行也;所謂智者,微妙之言也。微妙之言,上智之所難知也。今爲衆人法,而以上智之所難知,則民無從識之矣。故糟糠不飽者不務粱肉,短褐不完者不待文繡。夫治世之事,急者不得,則緩者非所務也。今所治之政,民間之事,夫婦所明知者不用,而慕上知之論,則其於治反矣。故微妙之言,非民務也。若夫賢貞信之行者,必將貴不欺之士;不欺之士者,亦無不欺之術也。布衣相與交,無富厚以相利,無威勢以相懼也,故求不欺之士。今人主處制人之勢,有一國之厚,重賞嚴誅,得操其柄,以修明術之所燭,雖有田常、子罕之臣,不敢欺也,奚待於不欺之士?今貞信之士不盈於十,而境内之官以百數,必任貞信之士,則人不足官;人不足官,則治者寡而亂者衆矣。故明主之道,一法而不求智,固術而不慕信,故法不敗,而羣官無姦詐矣。

しかも世のいわゆる賢とは貞で信のある行いであり、いわゆる智とは微妙な言である。微妙な言は、上等の智でも知りがたい。いま衆人のための法を作るのに、上等の智でも知りがたいものでするなら、民はそれを知るすべがない。だから糟や糠でも腹いっぱいにならない者は上等の飯や肉に努めず、短い褐さえ満足でない者は模様の刺繍を待たない。そもそも世を治める事において、急を要するものが得られないのなら、緩やかなものは努めるべきところではない。いま治める政、民間の事において、夫婦でも明らかに知っていることを用いず、上等の智の論を慕うなら、それは治めに対して逆である。だから微妙な言は民の務めではない。あの貞で信のある行いを賢とする者は、必ず欺かない士を貴ぶだろう。だが欺かない士とは、欺かせないようにする術がないということでもある。布衣の者が互いに交わるとき、富と厚みで互いに利することができず、威勢で互いに畏れさせることもできない。だから欺かない士を求める。いま君主は人を制する勢に身を置き、一国の厚みを持ち、重い賞と厳しい誅の権柄を握ることができて、明らかな術が照らすところを修めれば、田常や子罕のような臣がいてもあえて欺かない。どうして欺かない士を待つ必要があろう。いま貞で信のある士は十人にも満たないのに、領内の官は百を数える。必ず貞で信のある士に任せれば、人が官に足らない。人が官に足らなければ、治める者が少なく乱す者が多くなる。だから賢明な君主の道は、法を一つにして智を求めず、術を固めて信を慕わない。だから法は崩れず、多くの官に邪や偽りがない。

今人主之於言也,說其辯而不求其當焉;其用於行也,美其聲而不責其功。是以天下之衆,其談言者務爲辨而不周於用,故舉先王言仁義者盈廷,而政不免於亂;行身者競於爲高而不合於功,故智士退處巖穴,歸祿不受,而兵不免於弱。兵不免於弱,政不免於亂,此其故何也?民之所譽,上之所禮,亂國之術也。今境内之民皆言治,藏商、管之法者家有之,而國愈貧,言耕者衆,執耒者寡也;境内皆言兵,藏孫、吳之書者家有之,而兵愈弱,言戰者多,被甲者少也。故明主用其力,不聽其言;賞其功,必禁無用。故民盡死力以從其上。夫耕之用力也勞,而民爲之者,曰可得以富也。戰之爲事也危,而民爲之者,曰可得以貴也。今修文學,習言談,則無耕之勞而有富之實,無戰之危而有貴之尊,則人孰不爲也?是以百人事智而一人用力。事智者衆則法敗,用力者寡則國貧,此世之所以亂也。

いま君主は言について、その弁を喜んでその当否を求めず、行いに用いることについては、その評判を美しいとしてその功を責めない。それゆえ天下の衆のうち、語る者は弁に努めて用に行き届かない。だから先王を持ち出して仁義を語る者が朝廷に満ちながら、政は乱れを免れない。身を行う者は高くあることを競って功に合わない。だから智ある士は退いて岩穴に身を置き、禄を返して受けず、兵は弱さを免れない。兵が弱さを免れず、政が乱れを免れないのは、その理由は何か。民が誉めるもの、上が礼遇するものが、国を乱す術だからである。いま領内の民はみな治めを語り、商鞅や管仲の法を蔵する者が家ごとにあるのに、国はいよいよ貧しい。耕作を語る者が多く、鋤を手にする者が少ないからである。領内はみな兵を語り、孫武や呉起の書を蔵する者が家ごとにあるのに、兵はいよいよ弱い。戦を語る者が多く、甲を着る者が少ないからである。だから賢明な君主はその力を用い、その言を聞かない。その功に賞を与え、役に立たぬものを必ず禁じる。だから民は死力を尽くしてその上に従う。そもそも耕すことは力を使って労しいのに民がそれをするのは、それで富めると思うからである。戦は事として危ういのに民がそれをするのは、それで貴くなれると思うからである。いま学問を修め弁舌を習えば、耕す労もなしに富の実があり、戦う危うさもなしに貴い尊さがある。それなら誰がそれをしないだろう。それゆえ百人が智を事とし、一人が力を用いることになる。智を事とする者が多ければ法は崩れ、力を用いる者が少なければ国は貧しくなる。これが世が乱れる理由である。

故明主之國,無書簡之文,以法爲教;無先王之語,以吏爲師;無私劒之捍,以斬首爲勇。是境内之民,其言談者必軌於法,動作者歸之於功,爲勇者盡之於軍。是故無事則國富,有事則兵强,此之謂王資。既畜王資而承敵國之舋,超五帝、侔三王者,必此法也。

だから賢明な君主の国には、書や文書の飾りはなく、法を教えとする。先王の語りはなく、吏を師とする。私の剣の荒々しさはなく、首を斬ることを勇とする。これで領内の民は、語る者が必ず法に沿い、動く者が功に帰し、勇ある者が軍で力を尽くす。それゆえ事がなければ国は富み、事があれば兵は強い。これを王の資本と言う。すでに王の資本を蓄え、敵国の隙に乗じて五帝を越え三王と並ぶのは、必ずこの法によってである。

今則不然,士民縱恣於内,言談者爲勢於外,外内稱惡,以待强敵,不亦殆乎!故羣臣之言外事者,非有分於從衡之黨,則有仇讎之忠,而借力於國也。從者,合衆弱以攻一强也;而衡者,事一强以攻衆弱也,皆非所以持國也。今人臣之言衡者,皆曰:「不事大,則遇敵受禍矣。」事大未必有實,則舉圖而委,效璽而請兵矣。獻圖則地削,效璽則名卑,地削則國削,名卑則政亂矣。事大爲衡,未見其利也,而亡地亂政矣。人臣之言從者,皆曰:「不救小而伐大,則失天下,失天下則國危,國危而主卑。」救小未必有實,則起兵而敵大矣。救小未必能存,而伐大未必不有䟽,有䟽則爲强國制矣。出兵則軍敗,退守則城拔。救小爲從,未見其利,而亡地敗軍矣。是故事强,則以外權士官於内;救小,則以内重求利於外。國利未立,封土厚祿至矣;主上雖卑,人臣尊矣;國地雖削,私家富矣。事成則以權長重,事敗則以富退處。人主之聽說於其臣,事未成則爵祿已尊矣,事敗而弗誅,則游說之士孰不爲用矰繳之說而徼倖其後?故破國亡主以聽言談者之浮說。此其故何也?是人君不明乎公私之利,不察當否之言,而誅罰不必其後也。皆曰:「外事,大可以王,小可以安。」夫王者,能攻人者也,而安則不可攻也。强則能攻人者也,治則不可攻也。治强不可責於外,内政之有也。今不行法術於内,而事智於外,則不至於治强矣。

いまはそうではない。士と民が内で恣にし、語る者が外で勢を作り、内外ともに悪いまま強い敵に当たるのだから、やはり危ういではないか。だから臣下のうち外の事を語る者は、合従や連衡の党に分け前があるか、仇を報じたい心があって国の力を借りているのである。合従は多くの弱国を合わせて一つの強国を攻めることであり、連衡は一つの強国に仕えて多くの弱国を攻めることである。いずれも国を保つ元ではない。いま臣下で連衡を説く者はみな「大国に仕えなければ敵に遭って禍を受ける」と言う。大国に仕えても必ず実があるわけではないのに、地図を差し出して委ね、印を献じて兵を請う。地図を献じれば地は削られ、印を献じれば名は低くなる。地が削られれば国は削られ、名が低くなれば政は乱れる。大国に仕えて連衡するのは、その利を見ないうちに地を失い政を乱す。臣下で合従を説く者はみな「小国を救わず大国を討たなければ天下を失い、天下を失えば国は危うく、国が危うければ主君は低くなる」と言う。小国を救っても必ず実があるわけではないのに、兵を起こして大国に当たる。小国を救っても必ず保てるとは限らず、大国を討っても必ず隙がないとは限らない。隙があれば強国に制される。兵を出せば軍は敗れ、退いて守れば城は抜かれる。小国を救って合従するのは、その利を見ないうちに地を失い軍を敗らせる。それゆえ強国に仕えれば外の権で内において官を得、小国を救えば内の重みで外において利を求める。国の利が立たないうちに封土と厚い禄が届き、主君は低くなっても臣下は尊くなり、国の地は削られても私の家は富む。事が成れば権で重みを長く保ち、事が崩れれば富をもって退いて暮らす。君主がその臣から説を聞くとき、事が成る前に爵禄がすでに尊くなり、事が崩れても誅さないのなら、遊説の士の誰が、矢のような説を使ってその後をまぐれに賭けないだろう。だから国を破り主君を失うのは、語る者の浮いた説を聞くからである。その理由は何か。それは君が公と私の利に明らかでなく、言の当否を吟味せず、誅罰がその後に必ず行われないからである。みな「外の事は、大きくは王となれ、小さくは安らかになれる」と言う。そもそも王とは人を攻められる者であり、安らかとは攻められないことである。強ければ人を攻められ、治まっていれば攻められない。治まりと強さは外に責められるものではなく、内の政にあるものである。いま内で法術を行わず外で智を事とすれば、治まりと強さには至らない。

鄙諺曰:「長袖善舞,多錢善賈。」此言多資之易爲工也。故治强易爲謀,弱亂難爲計。故用於秦者,十變而謀希失;用於燕者,一變而計希得。非用於秦者必智,用於燕者必愚也,盖治亂之資異也。故周去秦爲從,朞年而舉;衛離魏爲衡,半歳而亡。是周滅於從,衛亡於衡也。使周、衛緩其從衡之計,而嚴其境内之治,明其法禁,必其賞罰,盡其地力以多其積,致其民死以堅其城守,天下得其地則其利少,攻其國則其傷大,萬乘之國莫敢自頓於堅城之下,而使强敵裁其弊也,此必不亡之術也。舍必不亡之術而道必滅之事,治國者之過也。智困於外而政亂於内,則亡不可振也。

俚諺に「袖が長ければ舞がうまく、銭が多ければ商いがうまい」とある。これは資が多ければうまくやりやすいことを言う。だから治まって強ければ謀りやすく、弱くて乱れていれば計りにくい。だから秦で用いられた者は十度変えても謀りが外れることが稀であり、燕で用いられた者は一度変えても計が当たることが稀である。秦で用いられた者が必ず智で、燕で用いられた者が必ず愚だからではなく、おそらく治乱の資が異なるからである。だから周は秦を離れて合従し、一年で攻め取られた。衛は魏を離れて連衡し、半年で滅んだ。これは周が合従で滅び、衛が連衡で滅んだのである。もし周と衛が合従連衡の計を緩め、その領内の治めを厳しくし、その法と禁を明らかにし、その賞罰を必ず行い、その地の力を尽くして蓄えを多くし、その民を死に至らしめて城の守りを固めていたなら、天下がその地を得ても利は少なく、その国を攻めても損害が大きく、万乗の国もあえて堅い城の下で自ら疲れ、強い敵にその疲れを料理させることはしなかったであろう。これが必ず滅びない術である。必ず滅びない術を捨てて必ず滅びる事を説くのは、国を治める者の過ちである。智が外で行き詰まり政が内で乱れれば、滅びを振り払うことはできない。

民之政計,皆就安利如辟危窮。今爲之攻戰,進則死於敵,退則死於誅,則危矣。弃私家之事而必汗馬之勞,家困而上弗論,則窮矣。窮危之所在也,民安得勿避?故事私門而完解舍,解舍完則遠戰,遠戰則安。行貨賂而襲當塗者則求得,求得則私安,私安則利之所在,安得勿就?是以公民少而私人衆矣。

民の計は、みな安らかで利あるところへ行き、危うく窮したところを避けることである。いま彼らのために攻め戦えば、進めば敵に死し、退けば誅に死す。それは危うい。私の家の事を捨てて必ず馬に汗する労を取るのに、家が窮しても上が顧みないのなら、それは窮することである。窮と危うさがあるところを、民がどうして避けずにいられよう。だから私の門に仕えて賦役の免除を確保する。免除が確かになれば戦から遠ざかり、戦から遠ざかれば安らかである。財貨と賄賂を行って要路の者に取り入れば求めが通り、求めが通れば私として安らかであり、私として安らかであればそこに利があるのだから、どうして行かずにいられよう。それゆえ公の民が少なく私の人が多くなる。

夫明王治國之政,使其商工游食之民少而名卑,以寡趣本務而趨末作。今世近習之請行,則官爵可買;官爵可買,則商工不卑也矣。姦財貨賈得用於市,則商人不少矣。聚斂倍農而致尊過耕戰之士,則耿介之士寡而商賈之民多矣。

そもそも賢明な王が国を治める政は、その商人や工人や遊び食う民を少なくし名を低くして、根本の務めへ向かう者が少なく末の生業へ走ることを減らすことである。いま世で身近に馴れた者の取りなしが通れば官爵は買える。官爵が買えれば商人や工人は低くない。邪な財貨と商いが市で通用すれば商人は少なくない。取り集めが農の倍で、至る尊さが耕し戦う士を越えれば、剛直な士は少なく商う民が多くなる。

是故亂國之俗,其學者,則稱先王之道以籍仁義,盛容服而飾辯說,以疑當世之法,而貳人主之心。其言談者,爲設詐稱,借於外力,以成其私,而遺社稷之利。其帶劒者,聚徒屬,立節操,以顯其名,而犯五官之禁。其患御者,積於私門,盡貨賂,而用重人之謁,退汗馬之勞。其商工之民,脩治苦窳之器,聚弗靡之財,蓄積待時,而侔農夫之利。此五者,邦之蠹也。人主不除此五蠧之民,不養耿介之士,則海内雖有破亡之國、削滅之朝,亦勿怪矣。

それゆえ乱れた国の風はこうである。その学者は先王の道を称えて仁義に拠り、姿と衣を盛大にし弁説を飾って、当世の法を疑わしくし、君主の心を二つにする。その語る者は偽りを設け称を騙り、外の力を借りて自分の私を成し、社稷の利を捨てる。その剣を帯びる者は徒党を集め節操を立てて自分の名を顕し、五官の禁を犯す。その賦役を気にする者は私の門に積み込み、財貨と賄賂を尽くして権勢の重い者の取りなしを使い、馬に汗する労を逃れる。その商人や工人である民は、粗く悪い器を作り、贅沢な財を集め、蓄えて時を待ち、農夫の利を横取りする。この五つは国の蠹である。君主がこの五つの蠹のような民を除かず、剛直な士を養わなければ、海内に破れ滅びた国、削られ消えた朝廷があっても、やはり怪しむには足らない。