いにしえの文 › 韓非子(韓非の書)

心度

韓非子(韓非の書) 韓非子 · 韓非と後学 · 紀元前3世紀 · 段落 3 · 漢字 582字 · 朗読 2.3分

韓非子(韓非の書) 法家が一堂に集まった書である。商鞅の法と申不害の術と慎到の勢を、韓非が受け継いで一つに編んだ。人は善だから善なのではなく、悪をなしえないから善であると見て、君主が頼るべきは仁ではなく法と術と勢であると説く。 矛盾がここから出た。貫けない盾と貫けないものがない矛を一緒に売る楚の人の話で、堯と舜をともに称えることはできないことを示し、難勢でもう一度、仁と勢をめぐって同じたとえを挙げる。切り株を守って兎を待った宋の人(守株待兎)と、足を二度切られてはじめて玉と認められた和氏の璧も、この書の話である。 語ることの難しさを扱った説難には、龍の喉の下に逆さに生えた鱗の話がある。君主にもそのような鱗があり、触れれば死ぬというのだが、当の韓非自身が秦で獄に捕らわれて死んだ。 存韓には、韓非が秦王に奉った文と、そのすぐ後に李斯が「韓非は韓のために来た者なので、帰してはならない」と奉った文が並べて収められている。一人を死に追いやった文書が、その人の書に一緒に残った。

聖人之治民,度於本,不從其欲,期於利民而已。故其與之刑,非所以惡民,愛之本也。刑勝而民静,賞繁而姦生。故治民者,刑勝,治之首也;賞繁,亂之本也。夫民之性,喜其亂而不親其法。故明主之治國也,明賞則民勸功,嚴刑則民親法;勸功則公事不犯,親法則姦無所萌。故治民者禁姦於未萌,而用兵者服戰於民心。禁先其本者治,兵戰其心者勝。聖人之治民也,先治者强,先戰者勝。夫國事務先而一民心,專舉公而私不從,賞告而姦不生,明法而治不煩。能用四者强,不能用四者弱。夫國之所以强者,政也;主之所以尊者,權也。故明君有權有政,亂君亦有權有政,積而不同,其所以立異也。故明君操權而上重,一政而國治。故法者,王之本也;刑者,愛之自也。

聖人が民を治めるのは、本において度り、その欲に従わず、民を利することを期するだけである。だから彼らに刑を与えるのは、民を憎むからではなく、愛の本である。刑が勝てば民は静かであり、賞が繁ければ姦が生じる。だから民を治める者にとって、刑が勝つのは治の始めであり、賞が繁いのは乱の本である。そもそも民の性は、その乱を喜んでその法を親しまない。だから明君が国を治めるにあたっては、賞を明らかにすれば民は功に励み、刑を厳しくすれば民は法を親しむ。功に励めば公の事は犯されず、法を親しめば姦は芽生えるところがない。だから民を治める者は姦を芽生えないうちに禁じ、兵を用いる者は民の心において戦いを服させる。禁ずることがその本に先んずれば治まり、兵がその心において戦えば勝つ。聖人が民を治めるにあたっては、先に治める者が強く、先に戦う者が勝つ。そもそも国の事は先んずることに努めて民の心を一つにし、もっぱら公を挙げて私が従わないようにし、告げる者に賞して姦が生じないようにし、法を明らかにして治が煩わしくないようにする。この四つを用いることができれば強く、用いることができなければ弱い。そもそも国が強くなる所以は政であり、君主が尊くなる所以は権である。だから明君にも権と政があり、乱君にも権と政があるが、積み重ねが同じでないため、その立つところが異なる。だから明君は権を握って上が重く、政を一つにして国が治まる。だから法は王の本であり、刑は愛の出るところである。

夫民之性,惡勞而樂佚。佚則荒,荒則不治,不治則亂,而賞刑不行於天下者必塞。故欲舉大功而難致其力者,大功不可幾而舉也;欲治其法而難變其故者,民亂不可幾而治也。故治民無常,唯治爲治。法與時轉則治,治與世宜則有功。故民樸而禁之以名則治,世知維之以刑則從。時移而治不易者亂,能衆而禁不變者削。故聖人之治民也,法與時移而禁與能變。

そもそも民の性は、労を憎んで安逸を楽しむ。安逸であれば荒れ、荒れれば治まらず、治まらなければ乱れ、賞と刑が天下に行われなければ必ず塞がる。だから大きな功を挙げようとしてその力を至らせることが難しければ、大きな功は望んで挙げることができない。その法を治めようとしてその古いものを変えることが難しければ、民の乱れは望んで治めることができない。だから民を治めるのに常はなく、ただ治まることだけが治である。法が時とともに転ずれば治まり、治が世に適えば功がある。だから民が素朴であれば名によって禁じて治まり、世が智であれば刑によって繋いで従わせる。時が移ったのに治が変わらなければ乱れ、能が多いのに禁が変わらなければ削られる。だから聖人が民を治めるにあたっては、法は時とともに移り、禁は能とともに変わる。

能越力於地者富,能起力於敵者強,強不塞者王。故王道在所開,在所塞,塞其姦者必王。故王術不恃外之不亂也,恃其不可亂也。恃外不亂而治立者削,恃其不可亂而行法者興。故賢君之治國也,適於不亂之術。貴爵則上重,故賞功爵任而邪無所關。好力者其爵貴,爵貴則上尊,上尊則必王。國不事力而恃私學者其爵賤,爵賤則上卑,上卑者必削。故立國用民之道也,能閉外塞私而上自恃者,王可致也。

地に力を加えることができる者は富み、敵に対して力を起こすことができる者は強く、強くて塞がれない者は王となる。だから王の道は開くところにあり塞ぐところにある。その姦を塞ぐ者は必ず王となる。だから王の術は外が乱れないことを恃まず、自分が乱されえないことを恃む。外が乱れないことを恃んで治を立てる者は削られ、自分が乱されえないことを恃んで法を行う者は興る。だから賢君が国を治めるのは、乱されない術に適わせることである。爵を貴べば上が重いから、功に賞して爵を任せれば邪が関わるところがない。力を好む者はその爵が貴く、爵が貴ければ上が尊く、上が尊ければ必ず王となる。国が力を事とせず私の学を恃む者はその爵が賤しく、爵が賤しければ上が卑しく、上が卑しければ必ず削られる。だから国を立て民を用いる道は、外を閉じ私を塞いで上が自らを恃むことができれば、王となることを成し遂げられる。