趙光翼・金時若らを忠清道に遣わして兵を呼び集め要害を防がせることを請う啓請遣趙光翼金時若等于忠淸道招募把截。啓
伏念國事日急臣雖在病中不得頃刻弛念蓋賊之所以謀我者以夜繼日而我之所以備賊者無一事可言默觀中外人心只有潰散之計殊不知今日之事勢與前頓異潰散亦無所之也惟當收拾措置刻期無怠庶幾死中求生而已伏見趙仁得。啓辭請遣朴名賢李思命等于忠淸道以備緩急固不爲無見而備邊司以勢難回。啓此固然矣但忠淸道爲京師門戶防守捍禦之䇿不可以不講也今外方武士之不爲從軍者及曾經戰陣而力戰可用者不爲不多特患各邑調發不得其要奸吏因緣舞弄使壯軍隱漏而老弱居先以此徒爲民弊而無益於實用耳臣竊見鏡源判官趙光翼乃淸州人自亂初多有力戰勇敢之效近日久爲備邊司郞廳故屢與相接其才頗爲可用光翼自言曾與權仁龍金時若相約欲召集道內前日戰陣中表表勇力之人分統若干南下戰所自當一隊云所謂權仁龍者以庶孽今爲守門將居喪論者皆以勇力絕倫金時若乃故兵使時敏之弟晋州戰勝時時若與時敏同在其處宣力最多其才氣智慮皆爲可用云此人等皆是忠淸道人道內士卒之勇怯長短無所不知若差除職名幷下送于忠淸道聽巡察使指揮而與助防將全有亨合勢爲把截要害之計其召募之軍令其自擇帶率母得搖奪旣爲召募之後若本道事勢不至緊急則或令直下于南方戰陣之所使之赴戰俟其成效別爲陞擢使人心興起則必有利益光翼今爲鏡源判官北事間重然不若南方之尤急而鏡源判官他人自可爲之大槪今日之事非拔擢難以得人非得人難以濟事故臣從前每請不拘常規廣收人才者其意實非偶然也今光翼仁龍時若等爲先試可而此外又聞前羽林衛韓絢者亦爲可用者云臣頃者招見聽其所言果非碌碌此人亦除授一職使與光翼等同行招募則亦可備一隅之用矣今之議者每患人才乏少然求之苟得其道不棄寒素則一世之士自足供一世之用何患乎無才哉今則不然求之於高顯則志欲已滿無意於報效求之於聲望則毀譽競進名實背馳求之於資格則齷齪因循而卓犖奇偉之才未甞一進此所以人才常患於乏絕世事日至於難爲者也臣之妄意如此而病中雜言無復倫理惟望。聖明諒其憂國之誠而。下備邊司採擇施行何如
伏して思いますに、国の事が日ごとに急で、臣は病の中にあっても、しばらくも心を緩められません。おおよそ賊がわが方を図ることは夜を昼につないで行うのに、わが方が賊を防ぐ備えは一つも言うに足るものがありません。黙って内も外の人の心を見ますに、ただ崩れ散る算段だけがあるばかりで、今日の勢いが前とまったく違って、散っても行く所がないことをまったく分かっておりません。ただまさに収め措置することを、期限を刻んで怠らずにこそ、ほとんど死の中から生きる道を探せるだけです。
伏して趙仁得の啓辞を見ますに、朴名賢・李思命らを忠清道に遣わして急な事に備えることを請うておりますが、まことに見方がないわけではありません。備辺司が勢いとして難しいとして回啓しましたので、これもまたそれらしいのです。ただ忠清道は都の門戸となりますので、守り防ぐ計を講じ究めないわけにはいきません。
いま外の邑の武士で従軍していない者と、かつて戦いの場を経て力を尽くして戦い、用いるに足る者が少なくありません。ただ憂えは、邑ごとに抜いて遣わす事が要領を得ず、姦しい吏がこれを言い掛かりに誤魔化しを働いて、堅い兵は隠れて抜け、老いた者と弱い者が前に立つことです。このために、ひたすら民に弊となるばかりで、実際の用いるものには助けにならないだけです。
臣がひそかに見ますに、鏡源判官の趙光翼は清州の人で、乱離のはじめから力を尽くして戦った勇ましい功が多かったのです。近ごろ長く備辺司の郎庁であったために幾度も会って見ましたが、その才はかなり用いるに足ります。光翼が自ら言うのに、かつて権仁龍・金時若と互いに約して、道の内で過ぎた日に戦いの場で際立って力ある人を呼び集め、いくらか分けて率いて南の戦いの場へ下り、自ら一つの部隊を掌りたいとのことでした。
いわゆる権仁龍という者は庶の出で、いま守門将となって喪の中にありますが、言う者たちはみな力が比べるところがないといいます。金時若はすなわち昔の兵使の金時敏の弟で、晋州の戦いに勝ったとき、時若が時敏と共にその所にいて力を尽くしたことが最も多く、その才も気概も智もみな用いるに足るといいます。この人たちはみな忠清道の人ですので、道の内の兵の鋭さ怯えさ、良し悪しを知らないことがありません。
もし官の名を下されてあわせて忠清道に下し送られ、巡察使の指揮を聞かせ、助防将の全有亨と力を合わせて要害を防ぐ計とさせてください。その呼び集めた兵は自ら選んで率いさせ、揺るがして奪わせないでください。すでに呼び集めた後に、もしその道の勢いが緊急でなければ、そのまま南の戦いの場へ下し送って戦いに進ませ、その甲斐を待って各別に官を上げてやり、人々の心を起こすようにすれば、かならず利があるでしょう。光翼はいま鏡源判官となっておりますので、北の事も重いとはいえ、南のいっそう急なことには及ばず、鏡源判官は他の人が自ずとできます。
おおよそ今日の事は、抜いて用いなければ人を得がたく、人を得なければ事を成しがたいのです。それゆえ臣が前からいつも常の規例に縛られず人材を広く収めることを請うたのは、その意がまことに偶然ではありません。いま光翼・仁龍・時若らをまず試してご覧になり、この他にまた聞きますに、前の羽林衛の韓絢という者も用いるに足るといいますので、臣がさきに呼んで見てその言葉を聞きますと、果たして録々たるものではありませんでした。この人も一つの官を下して光翼らと共に行って呼び集めさせれば、これもまた一隅の用いるものに備えられましょう。
今日議する者たちは、いつも人材が足りないことを憂えます。しかし求めることがまことにその道を得て、寒く微かな者を棄てないなら、一つの世の士が自ずと一つの世の用いるものに優かでしょうから、どうして才のないことを憂えましょうか。いまはそうできておりません。高く現れた所に求めれば、志も欲もすでに満ちて報いる心がなく、名望に求めれば、譏りと称えが争って出て名と実とが互いに齟齬い、資格に求めれば、狭くかりそめに因習にばかり従って、抜きん出て奇しい才が一度も進んで来たことがありません。これが人材がいつも足りないことを憂え、世の事が日ごとに行いにくくなる理由です。
臣の妄りな意がこのようですが、病の中の乱れた言葉で、重ねて条理がありません。ただ願わしくは、聖明が国を憂える誠を量られて、備辺司に下されて選び抜いて施し行わせられてはいかがでしょうか。
夾注 2
乙未三月
乙未の年の三月。
底本は母であるが、毋の誤りと見る。