右防禦使の呉応鼎を替えることを申し上げた啓右防禦使吳應鼎遞差啓
吳應鼎遞差當否問于都體察使事。傳敎矣吳應鼎之爲防禦使當初固有不勝其任之慮但以乏人故備邊司。啓差矣頃日賊報卒至臣發遣應鼎使合京畿前營右營之軍把截要害且分付云兵分則勢弱當於秃城厚集其陣屯留重兵而多發體探之人遠遠瞭哨視賊兵所向與左防禦使相爲掎角其後聞應鼎擧措煩擾分軍約束頗有違錯秃城守城之軍盡數調用於他處且分兵拒守許多路頭形勢孤弱縱有緩急似難相顧事人多言之臣猶未知其間曲折昨已行文問其䇿應形止欲待其回報而。啓請處置矣伏見諫院之。啓亦必有所聞而然吳應鼎遞差而使他人之可堪者代之甚當
呉応鼎を替えるべきか否かを都体察使に問えと伝教されました。呉応鼎が防禦使となったのは、初めからその任に勝てまいという憂いがありましたが、ただ人が乏しかったので備辺司が申し上げて差し任じたのです。
先日、敵の報せが不意に至りましたので、臣は応鼎を遣わして京畿の前営と右営の軍を合わせ、要害を遮り断たせ、またこのように申し付けました。「兵を分ければ形勢が弱くなるから、禿城に陣を厚く集めて重い兵を留め置き、体探の人を多く出して遠く瞭い、敵兵の向かう所を見て、左防禦使と互いに前後から掎角となって助けよ。」
その後に聞きますと、応鼎の挙措が煩わしく乱れて、兵を分け約束することになかなか食い違いがあり、禿城を守る軍をすべて他所へ移し用い、また兵を分けて多くの路の要を拒み守らせて形勢が孤り弱くなっていますから、急な事があっても互いに顧みがたいように思われると言う人が多くあります。臣はまだその間の経緯を知らず、昨日すでに公文を送ってどのように応じているかを問い、その回報を待って処置を請おうとしておりました。
諫院の啓を伏して見ますと、これも必ず聞くところがあってそうしたものです。呉応鼎を替えて、堪えるに足る他の人に代わらせるのが非常に当然です。