いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻10 辰巳錄

王参将が漢江の南の敵の形勢を探らせるために人を遣わそうとした事を申し上げる状啓馳。啓王參將欲送探漢南賊勢狀

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 259字 · 朗読 2.3分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻10 辰巳錄 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

昨日王參將貽書於臣欲遣南兵三十人從海路往探漢江以南之賊蓋綠忠淸道義兵將李山謙來到開城於路上見唐人言先擊南路之賊則京城之寇自潰唐人入告參將參將卽招山謙問計貽書於臣臣答書極賛其計之妙又定軍官率軍人十名護送唐將與山謙偕行此計若行則京中之賊根本斷絕勢必難久大軍從後皷進而諸軍四面蹴之則必能全勝極爲喜幸王書及臣答書謄書上送近觀。天將所爲只因南軍北軍未能和協大功遷延實在於此伏聞宋經略已到平壤云如蒙經略肯諾則實爲今日恢復之第一䇿近日各處軍兵頗有奮勵勦賊之效而只以糧食不繼未能有爲如。天兵不時前進則以此軍糧除出餉士以收一戰之效勢不得不爾

昨日、王参将が臣に書を送って、南方の兵三十人を海の路から遣わし、漢江の南の敵を探らせようとしました。これは忠清道の義兵将李山謙が開城へ来て、路上で明の人に会い、「南の路の敵をまず撃てば京城の敵はおのずから崩れる」と申したところ、明の人が入って参将に告げ、参将がただちに李山謙を呼んで計策を問い、臣に書を送ったのです。

臣は答える書でその計策の妙を大いに称え、また軍官を定めて軍人十人を率いさせ、明の将を護送して李山謙とともに行かせました。この計策が行われれば京城の敵の根が断たれて、形勢は必ず長く続きがたいでしょうから、大軍が後ろから鼓を鳴らして進み、諸軍が四面から蹴り立てれば、必ず全く勝つでしょう。はなはだ喜ばしく存じます。王参将の書と臣が答えた書を写して上げ送ります。

このごろ明の将らのすることを見ますに、ただ南の兵と北の兵が互いに和合できないせいで大功が引き延ばされておりますから、まことにここにあります。伏して聞きますに、宋経略がすでに平壌に至ったとのことですから、もし経略が喜んで許すなら、まことに今日、国を回復する第一の策となりましょう。

このごろ処々の兵はかなり奮い立って敵を討つ効がありますが、ただ食が続かないので事を成せません。もし明の軍が時に間に合って進まないのであれば、この軍糧を割き出して兵に食わせ、ひとたび戦う効を収めねばなりませんから、形勢としてそうせざるを得ません。

夾注 1

同日

同じ日。