吳總兵の軍中に流れる言を急ぎ申し上げる上申状馳。啓吳總兵軍中流言事狀
自吳總兵來駐安東後軍中盛言此處人民有投入倭奴之意或言府使鄭賜湖有女子二人爲倭所擄故府使與倭相通而輸送糧餉一人倡之百人和之洶洶不已適本府居民自前多數剃髮賣爲女髢如此者十居八九故唐人動輒脫笠查驗以爲投入賊中而來作奸細雖收繫還釋闔境之人疑懼日增赴役者亦不肯入於官府且軍門差官白潢恐被搶掠呵噤安東之糓勿令輸入於慶州大丘等處而各營句管之人恐未及期會逐日移文催督甚急守令不得已潜輸外縣倉糓使之從間路輸去唐兵處處譏察以爲輸送於賊中見輒毆打中路勒駐胥動浮言無所不至又於昨日陳遊擊軍人於十里外捉得安東人剃髮者以爲倭諜嚴囚獄中且陳遊擊軍三人托以樵採出送於三息程外昨昨日走回來告倭奴三名本國人二名皆着本國衣服不意收縛將爲過夜偶然一人得脫解縛逃來云云百爾思之似不近情而疑訝之際又添一倍非但公然倡說察其氣色景像不佳雖厮養下卒若逢我國官人必聚首指示臣之出入時所見如此大小將官若以此移咨則車門亦或以先入爲主不無轉達。天朝之患大槪如此無形之事雖曰保無他虞自古天下之事未甞不因其疑阻遂成難追之悔自。朝廷商量處置俾無意外之患
吳總兵が安東に来て駐まってから後、軍中に「ここの民は倭に付く意がある」という言が盛んで、あるいは「府使鄭賜湖は娘二人を倭に捕らわれたので、府使が倭と通じて軍糧を運び送っている」と言い、一人が唱えれば百人が和して、騒がしさが止みません。
ちょうど本府の民は以前から多くの者が髪を剃って入れ髪として売ってきましたので、このような者が十のうち八、九です。そのため明の人は何かといえば笠を脱がせて調べ、「賊中に付いて帰って来て賊の細作をしている」と言い、捕らえ繋いでも戻して放つとはいえ、境内の人々の疑いと恐れが日ごとに増して、役に出る者も官府に立ち寄ろうとしません。
また軍門から差し向けられた官員白潢が、掠奪を受けるのを恐れて、安東の穀を慶州・大丘などの地へ運び入れるなと叱り止めました。ところが各営で受け持つ者は期限に間に合わないのを恐れて、日ごとに文を送って催促することがはなはだ急ですので、守令はやむなく外の県の倉の穀をひそかに運び、間道から運び去らせました。明の兵は所々で調べ立てて「賊中へ運び送っている」と言い、見るたびに打ちたたき、路の途中で無理に留め置きますので、互いに浮いた言を起こして、至らぬところがありません。
また昨日は陳遊擊の軍人が十里の外で髪を剃った安東の人を捕らえ、倭の諜者だとして獄中に厳しく繋ぎました。また陳遊擊の兵三人が、樵に行くと託して三十里の外に出て、おととい逃げ帰って告げるには、「倭奴三名と我が国の人二名が皆我が国の衣服を着ていて、不意に我らを捕らえ縛り、夜を越させようとしたので、たまたま一人が縛りを解いて脱け出し、逃げて来た」とのことでした。百通りに考えても実情に近くないようですが、疑い怪しむ折に、さらに一倍を加えました。
公然と言を作り出すばかりでなく、その気色やけはいを察しますに、よくありません。下僕や下卒であっても、我が国の官人に出会えば必ず頭を寄せ合って指し示しますので、臣が出入りする時に見たところはこのようです。大小の將官がもしこれをもって公文を回せば、軍門もまた先に聞いたことを主としてしまい、明の朝廷に伝え上げる心配がないとはいえません。
おおむねこのように形のない事は、ほかの憂いはないと保証するとはいえ、昔から天下の事は、その疑いと隔てによって、ついに追いつけぬ悔いを成さなかったことがありません。朝廷において計り処置して、思いがけぬ憂いのないようにしてくださいますよう。