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京畿の巡察使に送った文移京畿巡察使文

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 239字 · 朗読 1.9分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻15 軍門謄錄 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

京畿左營鍊兵之事得成模樣而右營軍兵尙無頭緒防禦使亦爲遞易主管無人極爲可慮大槪各官官吏及百姓等不知武學事目本意便易簡約非括軍之比非官門傳令聚會之類而處事之際多失妙理或委諸下人之手致有騷擾遺漏之患或視同抄軍赴防之歸而令民情不安其間節節未便之事不一而足良爲痛心此由各官當事者不識鍊兵之本意而然守令及將官招致旗隊總明白曉諭諄諄敎以各保鄕井如團結香徒之爲常時隨便各習所願之技藝農時則許令歸農而勿使有妨於耕作守令但以賞罰一事明施各哨官使民知勸懲之方則自然着實有效更以此等辭緣一一知委速爲整齊

京畿左營の兵を習わせる事は形を成したが、右營の軍兵はいまだに糸口がない。防禦使もまた替わったのに主管する人がいないので、はなはだ憂慮される。

おおむね各邑の官吏と民らが武學事目の本意を知らない。この法は便宜で易しく簡約で、兵を掻き集めることに比べるものではなく、官門から令を伝えて集める類ではない。ところが事を執る際に妙なる理を多く失って、あるいは下の人の手に委ねて騒がしく漏れ落ちる憂いを生じさせ、あるいは兵を抜いて守りに赴くことと同じに見て、民の心を安からぬものにしている。その間、節々に便宜でない事が一つではないので、まことに心が痛む。

これは各邑で事を任された者が兵を習わせる本意を知らないことに由来する。守令と將官は旗總と隊總を呼んで明白に諭し、こまごまと教えて、それぞれ自分の里を堡として香徒を束ねるようにさせよ。平時には便宜に従ってそれぞれ自分の望む技芸を習わせ、農の季節であれば農に帰ることを許して耕作の妨げにならないようにせよ。守令はただ賞罰の一事を各哨官に明らかに施して、民が勧め懲らす法を知るようにすれば、自然に着実となって効き目があるであろう。あらためてこのような文言を一つ一つ知らせ、速やかに整え揃えよ。

夾注 1

三月十六日

三月十六日