いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻16 軍門謄錄

京畿の巡察使に送った文移京畿巡察使文

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 314字 · 朗読 2.5分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻16 軍門謄錄 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

近來兵事紊雜雖有抄軍之令而隱漏者太半被抄者未免鍊習之勞而閭閻安坐者反以爲笑本府前者慮有此弊便各營之軍皆帶腰牌定其寸數左營則爲直牌而刻名處塡以靑色後營則爲曲牌而塡以黑色右營則爲方牌而塡以白色前營則爲銳牌而塡以赤色四營諸會則不待考閱而可知其爲某營之軍閭閻之中如有丁壯不爲帶牌者則卽係閒遊漏落之人自無所容此乃紀效新書之法而我國兵典中令水軍帶牌者亦此意也聞左營則前防禦使時幾盡帶牌但未知寸數塡刻如何其他則皆置之相忘之域極爲未便但各使其軍爲之則寸數或大或小塡刻或不精靑朱白黑亦難分明殊非軍陣整齊之意今後於各營使其營將得善手匠人一依見樣磨造精刻其面塡以依方之色分諸五司巡行佩之旣畢報于本府則當不時發遣軍官使之暗行村落點檢虛實本道急速申勅擧行

近ごろ軍の事が乱れ雑じって、兵を抜けという令があっても、隠れ漏れる者が大半である。抜かれた者は習い練る労を免れないのに、里や巷に安らかに座る者はかえってこれを笑う。

本府が先にこのような弊があろうかと憂えて、各營の軍にみな腰牌を帯びさせ、その寸法を定めた。左營は直い牌として名を刻んだ所を青い色で埋め、後營は曲がった牌として黒い色で埋め、右營は角のある牌として白い色で埋め、前營は尖った牌として赤い色で埋める。四つの營がみな集まれば、照らし合わせて点検するのを待たずとも、どの營の軍か分かる。里や巷のうち壮丁で牌を帯びない者があれば、すぐ閑かに遊んで漏れ落ちた人に係わるので、自ずと容れられる所がない。これこそ紀效新書の法であり、我が国の兵典のうちで水軍に牌を帯びさせたのも、やはりこの趣旨である。

聞くに、左營は前の防禦使の時にほとんどみな牌を帯びたというが、ただ寸法と埋め刻みがどうであるか分からない。そのほかはみな互いに忘れた境に置いているので、きわめて穏当でない。ただそれぞれその軍に作らせれば、寸法があるいは大きくあるいは小さく、埋め刻みがあるいは精しくなく、青・朱・白・黒の色も分明でありがたいので、まったく軍陣を整え揃える趣旨ではない。

今より後、各營でその營將に腕の良い匠人を得させ、ひとえに示した見本に従って磨り造らせ、その面を精しく刻み、方位に合う色で埋めよ。五つの司に分けてめぐり帯びさせ、終えた後に本府に報せれば、まさに時を定めず軍官を遣わして、ひそかに村落をめぐって虚実を点検させよう。本道は急ぎ重ねて申し渡して執り行え。

夾注 1

五月二十八日

五月二十八日