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黃海道の巡察使に知らせた文諭黃海道巡察使文
懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻16 軍門謄錄 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。
屬得跟隨使黃愼馳。啓賊渝。天朝講和之約册使狼狽而還數年羈縻之計盡歸虛地賊情叵測事機方急在我今日之䇿惟在治兵繕甲以决一戰而朝廷根本之計亦在二西今方遣使告急于。天朝更請大兵措置䇿應亦係緊急凡干事機務在周密預爲籌畫毋緩毋急十分善處應行事宜當追後連續知會相考施行
近ごろ跟隨使黃愼の馳せた報せを受けた。賊が明の朝廷と結んだ講和の約束を破って、册封の使いが行き詰まって帰ったので、数年のあいだ繋ぎ止めておこうとした計がみな虚しいところに帰した。賊の内を測ることができず、事の機がまさに急である。
我が方にあって今日の計は、ただ兵を治め甲を繕って一度の戦いを決することにあり、朝廷の根本となる計もまた二つの西の道にある。今まさに明の朝廷へ使いを遣わして急を告げ、あらためて大軍を請うので、処置し応ずる事も緊急に係わっている。
およそ事の機は周密であることに努めよ。あらかじめ計るが、緩めもせず急ぎもせず、十分によく処理せよ。まさに行うべき事は追って引き続き知らせるので、照らし合わせて施行せよ。
夾注 1
「二つの西の道(二西)」は、黃海道と平安道を指す。