いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻16 軍門謄錄
京畿の左防禦使に知らせた文諭京畿左防禦使文
懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻16 軍門謄錄 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。
前日分付沿江一滯防灘等事更加詳盡擧行倉卒砲墻排設勢所難爲若令軍人各備空石二葉臨時傳令於各灘岸上盛土積置以作弓家使軍士隱身於其處而發射放砲則事甚便宜相考擧行後牒報
先日申し渡した、江に沿って灘を塞ぐ類の事を、さらに詳しく尽くして執り行え。
にわかに砲を放つ墻を並べ築くことは、勢いとして行いがたいところである。もし軍人ごとに空の俵を二枚ずつ備えさせておいて、時に臨んで伝令し、灘ごとに岸の上に土を詰めて積み置いて弓を射る家を作り、軍士がその所に身を隠して矢を放ち砲を放つようにすれば、事がはなはだ便宜で当を得ている。照らし合わせて執り行った後に報せ。
夾注 2
底本は「沿江一滯」であるが、「一帶」の誤りと見る。
「空の俵」は、まだ穀を詰めていない空の俵である。ここに土を詰めて積み、身を隠す場所を作れという意味である。