いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻16 軍門謄錄

京畿の右防禦使に知らせた文諭京畿右防禦使文

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 284字 · 朗読 2.4分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻16 軍門謄錄 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

傳聞秃城城前設爲木栅排比太密其處形勢不能目見徒以傳聞便否難知但木栅太密遮蔽眼目賊之在遠時則可以石車砲矢制之若近在木栅之下城上之人爲木栅所礙放砲發矣皆不如意反爲有害南方鎭堡城外垓子之外自前兩樹枳木亭時以爲奇䇿而賊來反以枳本自蔽放砲城上之人不得制之此亦可爲深戒設栅形止急速詳審牒報勿令畫蛇添足徒困民力城堞多少預爲參量分定各軍東西南北某堞則某某人守之各定其所不相紊亂又出遊軍俟賊勢所向合力守禦此乃守城大法秃城之堞幾何而守城之軍足與不足預爲參定磨鍊於五垜立小旗五十垜立大旗垜上各書軍士之名一聞砲聲則軍士一齊城上守把信地城中寂然若無人如此整齊閒暇然後可以守城守城節制備細開錄牒報

聞くに、禿城の城の前に木栅を立てたが、並べたものがあまりに密だという。その所の形勢を目で見ておらず、いたずらに伝え聞いただけなので、便宜かどうかは知りがたい。

ただ木栅があまりに密であれば目を覆う。賊が遠くにある時は石車と砲と矢で制することができるが、もし賊が木栅の下にぴたりと近づけば、城の上の人が木栅に妨げられて砲を放ち矢を放つことがみな思うようにいかず、かえって害となる。

南方の鎭堡で、城の外の堀の外に昔から枳の木を植えて、当時は奇なる計と思っていた。しかし賊が来ると、かえって枳の木で自分の身を隠したので、城の上の人が砲を放っても制することができなかった。これもまた深く戒めるに足る。木栅を立てた有り様を急ぎ詳しく調べて報せ、蛇を描いて足を添えるようにして、いたずらに民の力だけを苦しめることのないようにせよ。

城の狹間がいくらかをあらかじめ計って軍を分け定めるが、東西南北のどの狹間はだれそれが守るようにして、それぞれその場所を定めて互いに乱れないようにせよ。また遊軍を出して、賊の勢いの向かうところを見て力を合わせて防がせよ。これこそ城を守る大きな法である。

禿城の狹間がいくらで、城を守る軍が足りるか足りないかをあらかじめ計り定めて調えよ。五つの狹間ごとに小さな旗を立て、五十の狹間ごとに大きな旗を立て、狹間の上にそれぞれ軍士の名を書け。ひとたび砲の音を聞けば軍士が一斉に城の上に登って自分の受け持つ場所を守り、城の中は静かで人がいないようにせよ。このように整い揃って閑かであった後にこそ、城を守ることができる。城を守る節制を具えて詳しく記して報せ。

夾注 5

底本は「放砲發矣」であるが、「發矢」の誤りと見る。

底本は「自前兩樹枳木亭時」であるが、「種樹」と「當時」の誤りと見る。

底本は「反以枳本自蔽」であるが、「枳木」の誤りと見る。

「禿城」は、水原の南にある禿城山城である。

「遊軍」は、一つの場所を受け持たず、形勢に従って移り動いて助ける兵である。