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鄧至羌
周書 異域伝(周書に記された異域の記録) 全一巻 北周が見た隣人たち。高麗の十三の官職と骨蘇の冠、百済の於羅瑕・鞬吉支と十六の品階が詳しく、蛮・獠・宕昌羌・稽胡など中国の内外のさまざまな族の話が続く。版本を比べた校勘記66条を夾注として併せて訳した。
1鄧至羌
鄧至羌者,羌之別種也。有像舒治者,世為白水酋帥,自稱王焉。其地北與宕昌相接,風俗物產亦與宕昌畧同。自舒治至檐桁十一世。魏恭帝元年,檐桁失國來奔,太祖令章武公導率兵送復之。
鄧至羌は羌の別種である。像舒治という者がいて、代々白水の酋長となり、みずから王と称した。その地は北で宕昌と接し、風俗や物産もおおむね宕昌と同じである。舒治から檐桁まで十一代である。魏の恭帝元年、檐桁が国を失って逃れて来たので、太祖は章武公の導に命じて兵を率いて送り、復位させた。
夾注 1
自舒治至檐桁十一世通典卷一九0鄧至條,「檐桁」作「擔術」。
「舒治から檐桁まで十一代」の檐桁は、通典の鄧至の条では「擔術」となっている。